跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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16 悪癖とおまじない

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 目が覚めて真っ先に飛び込んできたのは見慣れた天井。

 鳴り響く端末のアラームを止めて、ゆっくりと上体を起こす。閉め切ったカーテンから差し込む朝日が今日は快晴だと告げている。久しぶりに取れた十分な睡眠のお陰で頭はスッキリしていた。キッチンにいるらしい姉さんの悲鳴が聞こえて、今度は何を焦がしたんだろうかと現実逃避をしてみたり。
 そうやって少しだけ悪あがきをした俺は、現実と向き合うためつけたままのギアを外し、立てた片膝に項垂れて深く息を吸った。

 完全に寝落ちした。



「おはよ、琥珀。今日は顔色いいじゃん」

 大学近くのカフェで顔を合わせたと同時に萩原にそう言われ、思わず乾いた笑いが出る。顔色いいよね。俺も鏡を見て同じこと思ったから自覚ある。最近は特にヴァイスのことを考えてて寝れてなかったから油断した。

「寝落ちした……ヴァイスの前で、話してたのに」
「フードさんの前で?ログアウトしてもアバター残るらしいけどそれお前の身体どうなってんの」

 そう、AWOではログアウトしててもその場にアバターが残る仕様になっている。だから魔物とかに襲われないように宿屋や拠点など安全な場所でログアウトするのが基本だ。昨日は拠点に戻ってからも裏庭で少し話してた、はず。

「鍵は渡してあるから、多分ヴァイスなら普通にベットに寝かせてくれてると思うけど…」

 前にも同じことしたからね、その時の教訓を活かしてヴァイスには拠点の鍵を渡してある。最初は断られたんだけど、ヴァイスのベットで目を覚ますよりは何倍も俺の精神衛生にいいからゴリ押しした。別に見られて困るものはないし、俺がいないときにヴァイスが外で寒い思いをするくらいなら中で待ってて欲しいって説得で。AWOは現実と違って四季がないから季節は変わらないけど、夜は少し冷える時があるから。

 そもそも寝落ちするなって話だし、そこは本当に申し訳ないと思ってるんだけど。ヴァイスといるとなんか眠くなっちゃうんだよね。落ち着いた声が聞いてて心地いいからかな。

「合鍵まで渡してるのに付き合ってねえの?それともやっと告白してきた?」
「してないし付き合ってもいない」

 告白、その単語を聞いてまたひとつ胸に重しが増えた感じがする。そうだよ、告白をどうするか悩んでて、そのためにヴァイスを探してたんだよ。なのに解毒薬を作ったり討伐したりしてるうちに本来の目的を忘れて、久しぶりに話すヴァイスの声が心地よくて寝落ちして。ヴァイスに迷惑かけちゃった。

 何度目かのため息を吐いて髪を耳にかける。そのまま無意識にピアスに手が伸びて、触れた硬い感触に悪癖だなと手を離した。不安なことがあるとつい癖で触ってしまう。ぐっすり寝たお陰か、それとも昨日のヴァイスとのやりとりがプレイの一環になったのか。今日は抑制剤の副作用も軽くて身体の調子だけはすこぶる良いのに。時間が経つほどに気持ちだけが重く沈んでいく。

「なんだ、掲示板で盛り上がってたからようやく告白したかと思って期待したのに」

 ほらこれ、と言って萩原が見せてきた端末の画面を確認すると「フードさん応援隊」という言葉が目についた。何これ。

「例の魔導士を探してる異邦人の穏やかな部類の掲示板な。昨日フィーアで強敵が出たんだって?そこでお前の正体に気づいた奴が書き込んでたけど、途中からお前とフードさんの距離が近いって方に話が逸れていったらしくて」

 ヴァイスの距離は元々近いよ、と返しながら斜め読みすると結構詳細に俺たちのことが書かれていた。最初に書き込んでくれた人、俺を聖魔導士ではなく一応薬師として扱ってくれてる。コマンドを受けてる時の、見つめ合ってたって言われてるからnormalの人なのかな。俺が抱えられたところも書き込まれてるし。あ、この甘酸っぱいって書き込み多分ノクスさんのだ。ノクスさん以外にも何人か俺たちの仲を応援してる人がいる。

 ざっと読んだけど最後は鈍感な俺に振り回されるフードさんを応援しよう!という感じの流れになっていた。というか振り回されてるの主に俺の方だと思うんだけど。可愛いねって微笑まれていつもドキドキしてる俺の方が振り回されてるよね?

「にしても、今ってフードさん据え膳状態なのか」
「変なこと言わないで。ヴァイスはそんなことしないから」

 前回寝落ちしたときは衛兵の詰所に連れ帰られはしたけど、俺を自室のベットに寝かせて自分は床で寝てた人だよ?起きてから丁寧に経緯を説明されたし、衣服の乱れもなかったんだから。寧ろそれがあったからあの人の紳士さを信用したまである。はじめましてがナンパだったからね。一応そういう警戒はしてたんだよ。

 力説する俺に萩原は安心したように「そんなにいい人ならやっぱり付き合いな」と溢した。お前は俺が今まで付き合ってきた男を知ってるもんね。萩原と姉さんのお墨付きをもらうくらい男運のない俺でも、ヴァイスが明らかに優良物件とわかる。違う世界に住むヒトNPCだけど。そこはもう悩むのをやめたから。

 あとはヴァイスが、俺と同じ気持ちか確かめるだけ。



 用事を片付けて大学から帰りいつもより手早く諸々を済ませた俺は、ログインしてまず最初に自室にいることを確認した。うん、見慣れた俺の拠点の天井だ。ヴァイスはちゃんと鍵を使ってくれたらしい。
 衣服の乱れもなく、起き上がって周りを見渡すと机の上にメモが置いてあった。俺が寝ちゃったから合鍵で拠点に入った、勝手に入ってごめんみたいな内容が丁寧に書いてある。鍵を渡した時点で俺の不在時にもヴァイスがここに入ることを承諾してるからいいのに。

 ぐぐ、とひとつ伸びをしてキッチンに向かう。ヴァイスにお礼とごめんねのお菓子を作ろう。意外と甘いものが好きなヴァイスが、俺の作ったお菓子で顔を綻ばせるのを見ると胸が暖かくなる。好きな人に喜んでもらうのはすごく嬉しい。ヴァイスは喜んでくれるかな。喜んでくれると、いいな。

 髪を耳にかけて何を作るか考える。現実と同じように、今日は体調がいい。ダイナミクスや体調まで反映されるこの技術は相変わらず恐ろしいなと、触った耳に何もついてなくて募った不安を誤魔化すように思考を変えた。
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