跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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19 返答は

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「『沈黙の冬グラキレンテ』」

 暗闇の世界で静かに呪文が響く。途端に足元を冷気が走り抜けて、魔力を吸い取られて動けないはずの背筋が震えた。そんな血の気が引いているであろう俺の手が何かに触れる。冷え切った手の指を絡めるように繋がれて、手を引かれて、すっぽり包まれるように抱きしめられる。
 ぱき、ぱきりと、魔物が凍って砕ける音がしてる。でもそれより、くっついた部分から伝わる熱があつくて、もっと熱を感じたくて強張った身体を預けた。

 ずるりと、服の下に潜り込んでいた蔦が抜かれる。俺を巻き込まないようにか、身体に這っていた蔦は凍ってなくてぬるついた感触が気持ち悪い。その感触で思い出したように恐怖心が近付いてきて、上がりそうになる悲鳴を押し殺す。あたたかいのに、さむくて、こわい。

 耳元に寄せられた口が俺の名前を呼んでる。返事をしたいのに、声が出ない。目を閉じて凍えたように震えるだけで動けない俺の耳に「ごめんね」って優しく言葉が降ってくる。

「ベル、『“俺を見て“』」

 優しい響きで紡がれるコマンドはひどく心地良い。おれの、すきなひとのおねがい。かなえてあげたい。

 きつく瞑っていた瞼をひらいて、ぼやけた視界にいるヴァイスを見る。いつの間にか周りは明るくなっていて、眩しい世界でそれでもヴァイスをみつめた。褒めるように頭を撫でられる。その手が、あたたかい手が、頬に添えられて。
 一瞬暗くなった視界と柔らかいなにかが唇に当たった感触。顔を離したヴァイスが小さく俺の名前を呼ぶ。だいじょうぶ。この感触はいやじゃない。

 見つめているともう一度ヴァイスの唇が降ってきて、でも今度は触れたまま名前を呼ばれた。唇をつつくように舌が這う。おとなしく結んでいた口の力を抜くと、いい子とでも言うように添えられた手がすり、と頬を撫ぜる。

 割り開かれた隙間から潜り込んだ舌が歯列を辿る。上顎を撫でて、奥で縮こまっていた舌に擦り合わされると気持ちいい。強張っていた身体から力が抜けて崩れそうになる。腰に回った腕に支えられて、頬に添えていた手が逃さないと言わんばかりにうなじを這って逃げ場がない。背筋がびりびりする。明るさに慣れてきた視界がまたじわりと滲む。少しだけ伏せられたヴァイスの瞳が、じっと俺をみてる。

 こくりと、上を向いていた俺の中に溜まった唾液を飲み込む。お腹がじんわり熱い。それなのに雪解け水が身体に浸透するような感覚がした。

 最後に触れるだけのキスをして、ゆっくりと唇が離れていく。

 支えられながら、力の抜けた身体はずるずると地面にへたり込む。涙で滲んだ視界にヴァイスがいる。偵察隊の服じゃない。休みだから、制服を着てる必要はないもんね。俺だけが知ってるつもりだったけど、全然そんなことはないって気付いてた。知らないフリをしていたかった。

 俯いた拍子にぽたりと手に涙が落ちる。ここは穴ぐらみたいで、氷漬けにされた魔物の破片が砕けてそこらじゅうに転がっている。そういえばこのタイプの魔物は氷にも弱いんだったとか、助けてくれてありがとうとか、粘膜接触による魔力供給とか思考がぐちゃぐちゃでどれも言葉にならなくて。それでも何か言わなくちゃと考えて溢れたのはたった一言だった。

「ヴァイスがすき」

 一言だけ。でもこの一言が俺にはすごく重くて、怖くて、聞いてほしい言葉だった。秘めていた言葉を吐いて仕舞えば後は抑えが効かなくて、どんどん言葉が溢れてくる。

「なんでヴァイスは俺を構うの。あなたが好きなのは女の子なんでしょ」

 街で活動していれば自然と衛兵や街の人の会話も耳にする。ヴァイスが男に声をかけるのは初めてだとか、でも髪色がいつものあいつの好みだって聞こえてきて。衛兵の詰所で聞いたヴァイスのアピールポイントも知ってる情報以上に知らないことがいっぱいで、俺はあなたのことなにも知らないんだってひとりで傷付いてた。

「俺がこの髪色だから間違えた?俺がその気になっちゃったから、揶揄ってみたの?」

 そんな人じゃないってわかってるのに。わざと嫌な言い方をして、俺の性格が悪いってバレたら嫌われちゃうかな。嫌われたくないのに言葉が止まらない。幼稚な嫉妬と、不安と、どうしようもない感情が湧いて出てくる。重いんだよ。全部どうしていいかわからないから、お願いだから一緒に考えて。

 俯いた状態から顔が上げられない。ヴァイスはいつも俺の話を遮らずに聞いてくれる。だから今も、多分俺の言葉が終わるのを待ってくれてるだけだと思う。でもこの沈黙が俺の疑問を肯定してるようで、ずっと黙っているヴァイスが、どんな表情を浮かべているか見るのが怖い。

「ヴァイスは、俺のことどう思ってるの」

 頬を涙が伝う。込み上がる嗚咽を堪えて、ヴァイスの返事を待つ。滲んだ視界を拭おうとした手がゆるく掴まれて、指を絡められる。

「ベルのことが好きだよ」

 こっち向いて、と優しく言われて恐る恐る顔をあげる。交わった視線に、彼の瞳が柔らかく細められた。

「俺さ、昔から探してる子がいて。小さい頃に一緒に遊んでた子なんだけど、その子が夕焼けみたいなオレンジの髪だったことしか覚えてないんだ」

 ほつれた三つ編みにそっと手が伸ばされる。丁寧に解いて肩から滑り落ちたそれが、穴の上から差し込む光に照らされた。紅茶みたいなオレンジ色。ヴァイスが探してる人の色。

「女の子に声をかけてたのは否定しない。すごく可愛かった記憶があるから女の子だと思ってたから。でもね、君に初めて出会ったときに『ああ、この子だ』って思ったんだ」

 解かれた髪のひと束を掬い取って、ヴァイスが口づける。それが王子様みたいで、ただただ見惚れていた。

「運命だと思った。俺が探してたのはこの子で、ベルのことが好きなんだって」
「おれ、異邦人なのに……?」
「それでも。ベルだって魂が教えてくれた」

 ほら、と繋がれていた俺の手がヴァイスの胸に当てられる。とくとくと感じる鼓動は俺と同じくらい早鐘を打っている。

「わかる?ベルには格好良い俺を見てて欲しくて内緒にしてたけど、いつもドキドキしてたよ」

 とくとく、同じはやさで刻まれる鼓動が重なる。抱き寄せられた身体がすっぽりと包まれて伝わる体温があたたかい。声も、触れる手も全部が優しくて愛おしい。だからこそ臆病者が顔を出す。

「おれでいいの?俺わりと嫉妬深いし重いよ」
「ベルからの嫉妬なら大歓迎だけど、悲しませたくないから気をつけるね」

 頬に、目蓋に、優しく唇が落とされる。涙を拾われて、それが大丈夫だよって言ってるみたいで。たまに聞こえる俺を呼ぶ声にひどく安心する。

「好きだよ、ベル。俺と付き合ってくれる?」

 こつりと、額を合わせて問いかけられる。見つめる視線は俺だけに向けられていて、その瞳の色に、お守りのピアスと同じ色だから安心するんだとようやく気付いた。この出会いを、運命を、信じても良いのかもしれない。俺は異邦人プレイヤーで、あなたはゲームの世界のヒトNPCだけど。ヴァイスを、俺の好きな人を信じてみたい。

 俺が、本当にあなたの運命なら。あなたと一緒にいる権利が欲しい。

 穴の上から差しこむ光が氷に反射して、夜を閉じ込めたみたいなヴァイスの髪に柔らかく彩りを添えている。それがとても綺麗で、愛しさが募って、俺は軽く触れるだけのキスで問いかけに応えた。
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