跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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20 死因、ときめき

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 起きてまず目に入ったのが好みど真ん中の顔面だった時、人の心臓は死を覚悟するくらい跳ね上がるということを皆さんはご存知だろうか。

 ドッドッと勢いよく鼓動をはやめた心臓を押さえて深呼吸を試みる。今度こそ死ぬかと思った。過去に同じ経験をしてるはずなのに破壊力は変わらないんだ。でも今回は悲鳴を上げなかったから経験値は溜まってるはず。誰か俺を褒めて欲しい。
 褒められるならヴァイスがいいけど、俺の心臓に負荷をかけたのもヴァイスだから今回はだめ。ときめくとか胸が高鳴るみたいな可愛いものじゃなかった。丸太で心臓を思いっきり殴りつけられたぐらいの衝撃に襲われた。

 そろりと、眠っているヴァイスの様子を窺う。床に座り込んで上半身をベッドに預けるようにして眠っている彼の手が、俺のそれと繋がっている。そういえば手を繋いでいてとか口走った気がする。泣き疲れて寝ちゃった俺を拠点まで運んでくれただけでなく、わがままも聞いてくれたらしい。
 ヴァイスは詰所に戻らなくていいのかな。魔物のこととか報告しないといけないよね。でもまだ離れがたくて一緒にいたい。いま何時なんだろう。

 伏せられた睫毛が影を落とす寝顔も良い……。まじまじと寝顔を堪能しながら起こすべきか熟考していると、控えめに聞こえた笑い声。ぱちりと覗いた綺麗なアイスグレーにみつめられて俺はそこで全てを悟った。

「た、狸寝入り…!」
「おはよう、ベル。寝込みを襲ってくれてもよかったのに」

 たぬきってなに?と言いながら朗らかに笑ってヴァイスが俺の顔に手を伸ばす。そういえば狸って外国では空想の生き物と思われてるところもあるんだっけ。AWOはヨーロッパをモデルにしてるから、狸がいないのかも。
 絡まないように丁寧に俺の髪を梳くヴァイスの手にすり寄る。撫でてくれる手つきが優しい。この手も好き。目を閉じて前髪を耳にかけてくれる手を受け入れながら、一応主張はしておこうと口を開く。

「寝込みを襲ったりなんてしないよ。ヴァイスもしてないでしょ?」

 許可なく触れるようなことをして嫌われたくないし、と内心で溢しながら聞いてみれば返ってきたのは沈黙。てっきり肯定されると思ってたからこの反応は予想してなかった。目を開けてヴァイスをじっと見る。
 え、寝込みを襲われてたのかな。ヴァイスはそういう不誠実なことはしないと思ってたんだけど。

「ベルが覚えてるかわからないけど」
「うん?」

 説明をしてくれるらしい。こてりと首を傾げて続きを促せば、ヴァイスは少しだけ困ったように眉を下げた。

「ほとんど寝ぼけてるんだろうとは思ったんだけどね。泣き疲れて眠くなってる君にキスをせがまれて、応じてる途中で寝ちゃったのは襲ったことになるのかな」
「それ、は……俺が悪いんじゃないかな…?」

 どう思う?って覗き込むようにこちらを見るヴァイスに途切れがちにそう返す。俺そんなこと言ってたんだ。じわりと顔に熱が集まるのがわかる。手を繋いでとお願いした事といい、思いっきり甘えてて恥ずかしい。

 赤くなっているであろう耳のふちをすり、とヴァイスの指が撫ぜる。照れてるところもかわいいねと呟かれてさらに熱が上がった。
 あからさまだけど、話を逸らさせてもらおう。この話題を続けてたらまたキスしたくなっちゃうかもだし。

「そういえば、あなたは詰所に戻らなくていいの?魔物のこととか報告あるでしょ」
「ベルが帰るまではここにいれるよ。簡単な報告はギードさんがしてくれてるから」

 なんでギードさんが、と思ったら顔に出てたらしい。俺が寝てる間に交わされたやり取りと経緯を説明してくれた。



 寝てる俺を抱えてヴァイスが拠点に戻ってきた時、水やりのためにこっちに来たギードさんと鉢合わせたらしい。合鍵を使ってまさに家にへ入ろうとしてる時。普段はギードさんは農園と繋がっている裏庭から入ってくるんだけど、街の方に用事があった時は玄関のある表の門から来る。
 今回もそうやって表から入って玄関をみたら、本当にたまたま、寝てる俺とそれをお持ち帰りしてるような構図のヴァイスがいたわけで。ふたりとも俺が成人してるのは知っているけど、アバターの見た目が未成年だから「そのベルトに手を出すのはよくないと思うぞ」なんて小言をもらったとヴァイスが苦笑いをした。

 そこで弁解と訂正を挟みつつ軽く状況を説明をしたら、それならと報告役を引き受けてくれたとか。寝落ちログアウトと違ってまだ俺がこっちにいる感じがしたから、ヴァイスはその申し出に甘えることにしたんだって。ログアウトしたアバターってそんなに違うのかな。抜け殻みたいとは小耳に挟んだっことがあるけど、実はまだ見たことがないんだよね。

 でもそうか、ヴァイスはまだ一緒にいれるんだ。ディスプレイを表示させて確認したらいつも俺たちが裏庭で話してるぐらいの時間。のんびりお茶をするぐらいの余裕はある。

 リザの「ヴァイスにお礼しなさいよ」という言葉が頭に浮かぶ。お礼、クッキーを焼いたんだけど喜んでくれるかな。今までも何度か手作りのお菓子を振る舞ってるし喜んでくれてたけど、いざ付き合うとなると途端に相手の反応が怖くなるのはなんでなんだろう。

「まだいれるならお茶しない?その、クッキーを焼いてて……魔導士のことでヴァイスに迷惑かけちゃったから、お礼になればいいんだけど」
「迷惑はかけられてないし、俺がベルのためにしたかったから動いただけだよ」

 好きな子が困ってたら助けてあげたいでしょ、と眉を下げてヴァイスが笑う。困らせちゃった。どうしよう。
 subになっているからかヴァイスの一言で簡単に心が揺れる。ダイナミクスが安定しない。付き合っている相手の反応を気にしてすぐに不安になるのは俺の悪い癖だ。

 俺の顔が曇ったのがバレたのか、ヴァイスが少し躊躇しながら隣に座っていいか聞いてきた。返事をする前にベッドが軋んでそっと抱きしめられる。

「ベルはたまにお菓子を作ってくれるよね。俺の自惚れじゃないなら、俺が喜ぶと思って用意してくれてると思うんだけど」

 落ち着かせるためにか、俺の背中を軽くさすりながらヴァイスが話す。声が優しい。抱きしめられて、大人しく聞いてるのを確認してアイスグレーが柔らかに細められる。

「好きな人には笑っててほしいの、ベルも同じでしょ?俺もベルの笑顔が見たくて勝手にしたから、今回はお相子ってことでいつも通り一緒にお茶しようよ」

 どう?と覗き込んできたヴァイスが微笑みながら俺の返事を待ってくれてる。好きな人には笑っててほしい、お揃いの気持ちが嬉しい。こくりと頷けばさらに嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

「あ、でもこれだけもらっておこうかな」

 そう溢してヴァイスが俺の頬に手を添える。なんだろうと見上げるとヴァイスの瞳にきょとんとした顔の俺が見えて、額をくすぐる夜色の髪に思わず目を瞑る。

 ふに、と柔らかい感触を残したのは手を添えられているのとは反対の頬で、口じゃないんだと残念に思って目を開けた俺に追撃が待っていた。

「おはようのキス、おかわりはいる?」

 そう言って笑うヴァイスの笑顔を至近距離で浴びて、油断しきっていた俺の心臓がまた死を覚悟するくらい跳ね上がる。慣れないと本当にときめきで死ぬかもしれない。でも慣れるくらいキスをせがんだら、今日はお茶どころじゃなくなっちゃうんだろうか。
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