跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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21 それだけではないけれど

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 結局あのあと一緒にお茶を楽しむことはできなかった。お茶の用意をしようと立ち上がった瞬間にぐらりと視界が揺れて、倒れそうになったところをヴァイスに抱き止められたからだ。
 ヴァイスが言うには魔力酔いという症状らしい。身体に混ざった他人の魔力を馴染ませる時に目眩を起こしやすくなるんだって。

 状態異常の一種かなとディスプレイを確認するとHPたいりょくがかなり減っていた。馴染ませるには体力を消耗するようだ。俺たち異邦人と違ってこの世界の人は体力や魔力が減っても確認するすべがないから、目眩が起こりやすいと言う形で伝わっているのかも。
 魔力酔いの症状には魔力の相性も関係してくるらしいけど、俺とヴァイスの魔力はそれなりに相性がいいとヴァイスが教えてくれた。寝てる間にある程度の魔力が馴染んでいたから立ち上がるまで気付かなかった可能性が高いとか言っていた気がする。

 そんな状態でお茶を淹れようとするとふらついて危ないからと、抱えられたままベッドに戻されたわけで。体力が消耗してるだけだからポーションを飲んでも良かったんだけど、ヴァイスが抱きしめてくれてるから甘えることにした。甘やかされるのもの構われるのも好き。たまに頬を触られてふにふにと揉まれるのも、ヴァイスが楽しそうだから悪くない。

 そうやってヴァイスに背中を預けて抱きしめられながら軽く世間話をして、俺が欠伸をひとつしたところで夜の訪問はお開きになった。丁寧に寝かしつけられた気がする。詰所に帰るヴァイスをお見送りしたかったのに「途中で倒れそうで心配だから」とヴァイスが許してくれなかったので。うとうとしてたから記憶が曖昧だけど布団をかけられておやすみのちゅーをしたのは覚えてる。

 まあそんな感じで寝落ちログアウトで朝を迎えて、ヴァイスと付き合えたんだとふわふわした思考で朝食を済ませたあと。いつものように抑制剤を服用して俺はようやく思い至ったわけである。

 ヴァイスにダイナミクスについて説明しないといけない。



 そんなわけで月曜日の夕方。そろそろ夏休みを迎える大学から帰った俺はのんびりと夕食の準備をしていた。だって今日ヴァイスは仕事だし。仕事の邪魔はしたくないから、ログインしたら会いに行って「明日話したいことがある」ってことだけ伝えるつもり。
 仕事のシフトは戻るって言ってたから、明日になれば裏庭に会いにきてくれると思うけど。俺がヴァイスの顔を見たいから少しだけ覗きに行きたい。

 お鍋に蓋をして手を洗ったあとは乾燥機から洗濯物の回収。綺麗に畳んで姉さんと俺のものを分けて並べる。旅行好きの両親は今日も不在。いまはベルギーにいると楽しそうなポストカードが届いていた。
 先にお風呂を済ませて、少しだけ課題を進めてたら玄関の方から姉さんのただいまの声。リビングから顔だけ出して「今夜はポトフだよ」って伝えたら洗面所から歓喜の悲鳴が聞こえる。最近忙しそうだったから、元気が出るように姉さんの好きなものにしてみました。喜んでもらえて良かった。

 お鍋を温め直してると手洗いを済ませた姉さんが隣に立つ。飲み物の用意だけお願いして、深めのお皿にポトフをよそうと後ろの方で「匂いだけでもう美味しい」って呟く声がした。まだ食べてないのにと小さく笑う。今日は自信作だから食べても美味しいよ。

 食事をしながら姉さんに仕事の話を振ってみる。やらないといけないことが山積みだけどだからこそ楽しい、そう返す姉さんは本当に楽しそうで安心した。見た目は母さんに似ておっとりしてるのに、昔からじっとしていられない人だから無理をしていないか心配だったから。

 楽しいならいいやと胸の内で自己完結していると、今度は姉さんの方から俺の近況を聞かれる。こう言う時の俺が出す話題は萩原や大学、そしてAWOでの話だ。
 シルバーアックスの話をしていると、ふと姉さんに見つめられてることに気付く。いつもは明るく相槌をしてくれるのに今日は静かだ。どうしたんだろうと見つめ返すと視線を和らげた姉さんが口を開いた。

「琥珀、好きな人できた?」

 あるいは付き合ってる人、と正解を言い当てる姉さんは嬉しそうに笑う。鋭い、俺ってそんなに顔に出てるのかな。でも昔から姉さんにだけは隠し事できた試しがないから、姉さんがすごいのかも。

「できた……昨日から、付き合ってる人」

 ぎこちなくそう返すと返事はあっさりしたもので、姉さんの視線はポトフに戻る。萩原と姉さんだけは今までの俺の恋愛歴を知っている。これまで碌でもない男としか付き合ってないと知りながら、いつも恋人ができたと報告してもあまり口を出されたことがないなと気付いた。俺の意思を尊重してくれてるらしい。今度こっそり姉さんの好きなアイスを買っておこう。今はお礼を言ってもはぐらかされそうだから。

「そういう姉さんはいい人いないの?今まで付き合ってたとか聞いたことないけど」
「琥珀はお父さんたちの馴れ初め聞いたことある?」

 質問に質問で返された。ふたりの馴れ初め、聞いたことあるような気がする。母さんが前に言ってたはずだ。

「「顔がいい男がいたからアタックしちゃった」」

 ぴたりと重なった回答が記憶が確かなことを証明してくれた。旅行先の飛行機で隣の席になった父さんの顔がドストライクだったから話しかけたんだっけ。特に集中してる時の横顔が良いと惚気られたからよく覚えている。

「お母さんが言ってたのよ。『顔を見た瞬間にビビッときた』って。私はまだそういう人に出会えてないからいいの」

 それなりに顔がいい人はいるんだけどね、と溢しながら姉さんがため息を吐く。姉さんの好きな俳優やアイドルはある程度知っているけれど、確かに同級生が言っているような「この人を推してます!」って感じではなかったかもしれない。そう考えると好みど真ん中な人って意外と見つからないよね。
 俺が面食いなのは母さんの遺伝なんだと思いながらホクホクのじゃがいもを割る。猫舌にはちょっと厳しいので息を吹きかけて冷ましてみたり。いけるかな、いってみよう。

「琥珀はその恋人さんのどこが好きなの」

 もぐ、と無事に火傷することなく迎えることが出来たじゃがいもを咀嚼しながら考える。ヴァイスの好きなところ。性格も声も優しく触れてくる体温も好き。でも人に伝える時にわかりやすいのはこれだなとひとりごちて、こくりとじゃがいもを飲み込んで口を開いた。

「顔がすごく格好良いところ」

 ヴァイスの顔、本当に好みど真ん中でいつまでも見ていられるんだよ。
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