跪いて手をとって

宵待(よいまち)

文字の大きさ
23 / 34

23 ちなみに、した

しおりを挟む
「おいヴァイス、そろそろ魔導士様を解放してやれ」

 抱きしめられたままヴァイスに寄りかかっていると後ろから声がかかった。もぞりとヴァイスの腕の中で身じろいで振り向けば、偵察隊の人が立っている。いつもヴァイスと一緒にいる人だ。フードで顔は見えないけど、声色からおそらく呆れたような表情をしているんだろうなと思う。

「出発までまだ時間あるでしょ」
「俺らはな。その子の予定は聞いてないだろ」

 ようやく付き合えて浮かれるのもわかるけどさ、と続けられた言葉にちょっといたたまれない気持ちになる。仕事の邪魔している申し訳なさと既に交際がバレているという点で。よく考えたらキスもだけどスキンシップがいつもより多いし、あからさまに恋人対応をされているらしくて恥ずかしい。

 でもヴァイス、浮かれてるんだ。このふわふわした気持ちでいるのが俺だけじゃないのは嬉しい。

「俺は今日は調薬しか予定ないから大丈夫です。あとこれ、差し入れなので使ってください」

 腕の中でもごもごとそう告げてから、地面に敷いた布の上のポーション類を指差す。流石にちょっと動きにくいのでそろそろヴァイスと離れよう。そう思って立ちあがろうとするとヴァイスもそれに気付いたのか、腕から解放してくれた。でも立ち上がってすぐに後ろから覆い被さる形でお腹の前に腕を回される。アバターを変えてから身長差が広がったから、俺の頭の少し上にヴァイスの頭がある。これいま俺が背伸びしたら顎に頭突きしちゃうな。気をつけよう。

 偵察隊の人と向き合えば近くにいるのはこの人だけで、他の人たちは少し離れたところで雑談をしていた。ヴァイスを呼びに来たのかな。いつも一緒に巡回してるし、仲良しさんだったりするんだろうか。

「差し入れありがとう。昨日は俺のせいで大変な目に合わせて悪かったな」
「居場所を聞いたのは俺ですし、むしろ教えてくれてありがとうございます」

 ぺこ、と小さくお辞儀をして名前を呼ぼうとしたところで言葉が止まる。口を開きかけて不自然に言葉を止めた俺に気付いたのか、偵察隊の人がどうしたのかと問いかけてきた。

「えっと、お名前聞いてもいいですか」
「アルムだ。そいつから俺の名前を聞いたことぐらいあるんじゃないか?」

 魔導士様は記憶力いいし覚えてるだろ、と不思議そうに視線が向けられた気がする。確かに聞き覚えあるし、実際に巡回中のヴァイスと話してる時に目の前で名前を呼んでいるところも見たことはあるんだけど。

「名乗っていただいてないのに勝手に呼ぶのは失礼かなと思って。俺はベルトです。魔導士様って呼び方は性に合わないので、俺のことも名前で呼んでください」

 今は魔導士でなく薬師の服装だしね。そう思いながら名乗るとアルムさんは笑いながら「ご丁寧にどうも」とわざとらしく畏まって一礼を返してくれた。結構ノリがいい人だ。

「ベルトは礼儀正しいな。もしコイツに不満があったら溜め込まずにちゃんと言うんだぞ」

 ヴァイスを肘で小突きながら忠告されて首を傾げる。ヴァイスにされて嫌なこと、何かあるかな。あんまりないかもしれない。そもそもヴァイスは俺の嫌がることをしないと思うんだよね。
 頭上で繰り広げられている世間話を聞き流しながら考えてみる。嫌なこと、してほしくないこと……あ、あれは嫌かも。

 ペチペチとヴァイスの手を叩く。すぐに「なあに」と柔らかな響きで返事をしてくれた。こちらを見たヴァイスのフードを引いて、耳元に口を寄せて声を潜める。

「あなたの仕事に含まれているだろうし、緊急時は人命救助を優先するのは仕方ないと思うんだけど……できれば、昨日みたいな方法は俺だけにしてほしい、です」

 心が狭くてごめん。そう付け足してお願いを伝えると深いため息と共にぎゅう、と抱きしめられる。呆れられたかなと少しだけ不安になったけど、すぐに聞こえた「ベルがかわいい」という呟きで不安は消えた。

「俺からもひとつ謝罪があるんだけど」

 無意識に身体に入っていた力を抜いてヴァイスに寄りかかると、俺の肩口に額を埋めてヴァイスが小さくそう呟く。謝罪、されるようなこと何かあったっけ。

「俺たちって休みの日でもポーション類は持ち歩くようにしてて、本当は昨日もそれをベルにかければよかったんだけど……下心があったからあの方法にしちゃった」

 だから余程のことがない限りあの方法で助けないし、ベルだったからあのやり方にしたんだよ。ちゅ、と耳元でリップ音を鳴らしてヴァイスの頭がまた俺の頭上に戻る。でも俺は耳に吹き込まれた事実に脳が追いつかなくて、とりあえず何か言わなければと思って開いた口はよくわからない返答を紡いだ。

「ご馳走様でした…?」

 ふ、と小さく息を吹き出した音と密着した身体に伝わる振動。顔は見えないけれど明らかに笑われている。

「笑わないで!俺だって変なこと言った自覚があるんだから」
「だって、そう返されるとは思ってなかったから」

 くすくすと笑いながら「俺の魔力は美味しかった?」とヴァイスが囁いてくる。本当にやめてほしい。あなたの声も好きだから余計に顔に熱が集まる。
 もうどうにでもなれと諦めて、雪解け水みたいだったと感想を漏らせばまた身体から伝わる振動が増した。ヴァイスがここまで笑ってるのは珍しいので俺もつられて笑ってしまう。

 そうやってふたり笑ってるとアルムさんの「俺がいるのに自分たちだけの世界に入るなー」と言う棒読みの声が割り込んできて、そのあまりにも雑な横槍に今度は3人で笑いが起こる。そんな俺たちの声に他の偵察隊の人たちがどうしたんだとこっちを見てるけど、楽しくなってしまったので止めることなくヴァイスに預けた身体を揺らして笑みを溢した。

「なんだ、やけに楽しそうにしてるな」
「ギードさん」

 後ろから聞こえた声にヴァイスの腕の中から顔を出して振り返れば、ギードさんが珍しそうに俺たちを見ていた。よ、と軽く手を挙げて挨拶を返してくれた彼は地面に置かれたポーション類を見て「差し入れご苦労さん」とひとつ手に取る。それだけで足りるのかな。もっと持って行ったほうがいいんじゃないだろうか。

「ギードさん、今日は重装備だね」
「護衛がいるとはいえ流石にいつもの格好で魔物に触るわけにはいかんだろ」

 いつも軍手ではなく分厚い革製のグローブをつけたギードさんがそう返して、他の偵察隊の人を呼びマジックポーションを持つように声をかける。集まってきた人は俺にはポーションのお礼を、そしていまだに離れないヴァイスには揶揄いの言葉を投げて出発の準備を完了した。

「ベルト、お前さん今日は時間あるか」
「リザに納品するポーションの調薬ぐらいしか予定ないから、時間はいっぱいあるよ」
「なら頼みたいことがあるんだが」

 ギードさんの頼み事、薬師関連かな。農薬はこの前に納品したばかりだから違うはず。なんだろう。

「ギルドの横にちっこい赤い屋根の建物があるだろ。あそこに呼ばれてるんだが、俺はこいつらと森に行くから代わりに行ってきてくれねえか」
「その用事、行くのが俺でいいの?」
「いいから頼んでんだ。『ギードの代わりに来た』って言えばそれで伝わるはずだ」

 よろしくな、と言い残してギードさんは愛用のくわを手に威勢よく森の方へ歩き出してしまった。後ろ姿が「楽しみで仕方ない」って感じの雰囲気を出している。魔物といっても植物のことだから、農園の人からすればうきうきのイベントなんだろうか。

 ギードさんに続くように、偵察隊の人たちも農園の門の方へ移動を始めた。一度だけぎゅう、と抱きしめて名残惜しそうにヴァイスが俺から離れていく。そういえばヴァイスに明日の予定を聞いていない。
 ちょっと待ってと服の裾を摘んで引き留めて、当初の目的を果たすために声をかけた。

「ヴァイス、明日ってうちに来る?」
「いつも通り行こうと思ってたけど…何か予定でもあった?」
「あなたと会う予定なら。ちょっと話しておきたいことがあるから、念のために確認したかっただけ」

 お茶の用意して待ってるねと言えばヴァイスも嬉しそうに頷いてくれる。行ってくるねと言う声に返事をしようとして、前に姉さんが言っていた言葉を思い出してヴァイスの手を取る。

 どうしたのって訊ねる落ち着いた声には返さず、祈るように彼の手を握って口を開いた。

「俺らの世界では、出掛ける時に一声かけると事故が減るって研究結果が出てるんだ」

 あなたは強いから必要ないかもしれないけれど。それでも大切な相手を思って願うことはいくらあっても尽きないし、ちゃんと言葉で伝えたい。

「気をつけて、いってらっしゃい。明日会えるのを楽しみにしてるね」

 しっかりと目を見てそう言えば、ヴァイスは少し驚いた顔をした後にアイスグレーの瞳を溶かす。握ってるのとは反対の手を俺の前髪を耳にかけて、ゆるめた口でやわらかく返事をしてくれた。

「ベル、ちなみになんだけど」
「なに?」
「いってらっしゃいのちゅーはしてくれないの」

 少ししゃがんで目線を合わせた彼が揶揄うようにそう言ったせいで、思わず他の人の位置を確認してまた笑われたのはふたりだけの秘密である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

Dom/Subユニバース読み切り【嘉島天馬×雨ケ谷颯太】

朝比奈*文字書き
BL
🖤 Dom/Subユニバース 毎週日曜日21時更新! 嘉島天馬(クーデレ・執着Dom)× 雨ケ谷颯太(ワンコ系・甘えんぼSubよりSwitch) 読み切り単話シリーズ。命令に溺れ、甘やかされ、とろけてゆく。 支配と愛情が交錯する、ふたりだけの濃密な関係を描いています。 あらすじは各小説に記載してあります。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ
ファンタジー
五感完全再現のフルダイブVRMMO《リアルコード・アース》。 遅れてゲームを始めた童顔ちびっ子キャラの主人公・蓮は、戦うことより“料理”を選んだ。 作るたびに懐いてくるもふもふ、微笑むNPC、ほっこりする食卓―― 今日も炊事場でクッキーを焼けば、なぜか神様にまで目をつけられて!? ただ料理しているだけなのに、気づけば伝説級。 癒しと美味しさが詰まった、もふもふ×グルメなスローゲームライフ、ここに開幕!

婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。

猫宮乾
BL
 【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)

処理中です...