跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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28 約束しよう

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「本当にごめんベルちょっとだけ待って」

 背中に手を回したまま、ヴァイスの目を見ていれば返されたのは静止の声で。俺が何か言うより先に肩口に寄せられた藍色が「あっこれもまずいかも」と呟いてすぐさま離れる。
 ただ肩口から顔が離れはしたものの、完全に身体を離すのも違うらしい。控えめに俺を抱き寄せていた腕は所在なげに背中を彷徨ってうろうろしている。「いっそ見えない方が」とか「でも近すぎても」とか早口で繰り広げられる自問自答をぽかんと眺めることしかできなかった。

 珍しい、ヴァイスが狼狽えてる。

 とりあえず嫌がられてはなさそうなので、言われた通り大人しく待っていよう。そう思って僅かに空いた隙間を埋めるように身を寄せると、目の前の身体があからさまに強張るのを感じた。……本当にどうしたんだろう。

「ヴァイス?」

 流石に心配になって声をかけると、明後日の方を向いて視線をそらしたままのヴァイスの横顔が見えた。まだ待ってた方がいいのかな。ちょっとってどのくらいだろう。
 ただ待っているのは暇だからとヴァイスの髪を触っていると小さく名前を呼ばれる。なあにって顔を覗き込めば、それでも視線が合わないまま観念したかのようにヴァイスが口を開いた。

「こういうのって段階が必要だと思うし、そんなつもりで来たわけじゃないんだけど」
「うん?」
「本当にそういうつもりで言ったわけじゃなくて、でもやっぱり好きな子にかわいいこと言われたら俺も我慢できなくなっちゃうというか」

 続けられる言葉の着地点がわからなくて首を傾げる。よくわからないけど、この人いま何かを我慢してるってことなのかな。

「ヴァイスに我慢させたくないし、不満があったら教えて。さっきそう言ったばかりなんだけど」

 じっと見つめているとちらりと視線が交わった。だからね、とようやくこちらを見たヴァイスが困ったままの顔で俺を引き寄せる。ずるずると力なく落ちてきた藍色がぽすりと肩に乗った。

「触りたいって、ただ恋人らしく手を繋いだり抱きしめたり……ベルに触れて、大切にさせて欲しいって意味で。大事にしたいしその予定だったんだよ。でも君があまりにも無防備だから」

 すり、と藍色が俺の髪と混ざり合って離れる。控えめに腰に回っていた腕は俺を引き寄せたまま、隙間なんて許さないと言わんばかりにぎゅっと抱きしめられた。

 そうされたことでようやく、本当にようやく俺はヴァイスが言いたいことがわかって一気に体温が上がった。密着した身体の、俺のお腹というかヴァイスの腰のあたりにある硬い感触で。

「恋人がお風呂上がりってだけでもまずいのに、シャツはぶかぶかで胸元いっぱい空いてるし抱きついてきてかわいいこと言われたら流石にね。……なんで下履いてないの」
「は、履いてるしヴァイスだからいいかなって思っ、なんで大きくするの?!」
「なんで大丈夫って思うかなあ」

 俺の髪に顔を埋めたヴァイスの、一番危ないでしょって呆れた声が耳に落とされる。ちゃんとパンツは履いてるし訪問者が女の子じゃないから大丈夫と思ったんだって。むしろ来たのがあなただから急いで服を着たのに、なんで怒られてるのかわからない。というか、俺こそ聞きたいんだけど。

「あなた女の子が好きじゃないの」
「ベルが好きって俺ちゃんと言ったよね???」

 ずっと女の子が好きだったんなら性的対象も女の子じゃないの。恋愛と性欲はイコールじゃないし、ダイナミクスのパートナーと恋人が別の人だっている。……前に付き合ってた相手がそのタイプで「男なんてキモくて抱けるわけないだろ」って言ってたの思い出しちゃった。忘れてたのに。なんなら暴力性の捌け口にしたかっただけで、恋人とも思われてなかったのかもしれない。

 黙り込んだ俺に何を思ったのか、ヴァイスの心配そうな声が聞こえた。抱きしめていた手が離れて俺の頬に添えられる。覗き込んできたアイスグレーに、今度は俺が視線を伏せる。

「ベルも、我慢しないで。不安なことはちゃんと『“教えていって?“』」

 そういう話をしたかったんでしょ。困った顔で笑うあなたの、優しいコマンドに促されるまま口を開く。何から話せばいいんだろう。ダイナミクスのことも説明しないといけなくて、でも俺の怖いと思うことも聞いてほしくて言葉に詰まる。

「すっぽり抱きしめられるのが好き。だからずっと、男の人を好きになってた」
「うん」
「でも俺はこんなんだから、可愛げがないとか、subのくせに大きい男は気持ち悪いって言われて……あなたは女の子が好きだったから、そういう相手は小さくてかわいい子がいいのかなって」
「ベルはかわいいよ。今のベルも、前のベルもどっちもかわいいし同じくらい好きだよ」

 辿々しい説明でちゃんと伝わってるかわからない。降ってくる唇も、優しく触れてくる体温も。いつかなくなる日がくるかもしれないって、そんな考えがずっと頭の片隅にこびりついて消えない。

「ヴァイスのこと信じたいのに、手を伸ばしたら振り払われるかもって。ヴァイスが探してた本当の誰かが、あなたのことを見つけて一緒にいっちゃうんじゃないかって思うと怖い」

 あなたの運命は俺なんだって信じていたい。信じて、縋っていたい。でも信じて手を伸ばした先で、それが振り払われたら。そうなったら。

「じゃあ、もしそうなったらベルは殴ってでも俺を引き留めて」

 いきていけないと、そう続く言葉は音にならなくて。はくりと口だけを動かした俺のかわりに上から優しい声が降ってきた。

「嘘つきだって、ずっとそばに居ろって俺を怒って。殴って跪かせてでも俺を引き留めて。力尽くでもいいから俺を君の運命にして」

 ベルならそれができるでしょ?って目の前のdomしはいしゃが笑う。その提案があまりにも予想外で、執着を許すどころか繋ぎ留めろという重さにぽろりと目から雫が落ちる。頬を伝うそれをもったいないと舐め取られて口付けられて。こつりと合わさった額で夜の帷が下りる。

「ベル、『“復唱して“』。ずっとそばに居てって、俺のことを離さないでって言って」
「……ヴァイスと、あなたと一緒にいたい」

 藍色の紅茶色の狭間で、ひっそりと密約が交わされる。アイスグレーの瞳がじっと俺を見てて、一番星みたいなそれに促されるままに言葉が紡がれていく。

「手を繋いで、俺のこと離さないで。ヴァイス、『“返事は?“』」
「ベルとずっと一緒にいる。…もう離してあげれないから、覚悟してね」

 あまりにも重くて執着に塗れたコマンド。でも不安に煽られやすい俺にはそのくらい重い方がちょうどいいのかもしれない。同じ気持ちで同じ枷を嵌めて、夜に混ざり合うようにぴったりと抱きしめて体温を溶かしていく。

「あ」
「どうかした?」
「その、……ヴァイスのそれ、手伝った方がいい?」

 まだ若干あたるそれに身じろぎすれば、少しの沈黙の後きっぱりと拒否された。

「なんで」
「いま手を出したら、ベルは絶対後で身体目当てだったのかもとか心配するでしょ。だから駄目」

 否定はできない。気持ちを切り替えるから30秒だけ待っててと言われて、ただ待つのも暇なのでカウントしたらかわいいことしないでと怒られた。してないのに。
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