跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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29 おねだり

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「つまり俺はdomで、ベルを構いたくなるのはその性質の一部ってこと?」
「そういうことになるかな」

 穏やかな灯りが影を落とすヌックの中、クッションと毛布の隙間に埋もれながらヴァイスの言葉を肯定する。結局あのあとすぐに、俺のくしゃみを聞いたヴァイスによってこのヌックに運び込まれてしまったのだ。

 毛布でぐるぐる巻きにされた俺は、丁寧に魔法で髪を乾かしてもらいながらダイナミクスの説明をすることになった。それよりも俺はこの魔法について色々質問したかったのに。話がそれると困るからと後回しにされちゃった。知らない魔法だったから、あとで絶対聞こうと脳内にメモをして今に至る。

「ベルはどっちにもなれるよね」
「うん。俺はswitchっていうdomとsubを切り替えられるやつだから」

 するすると自分の髪に滑る指を目で追いながら説明を続ける。最初よりも確実に状態の良くなった髪は、絡まることなく指をすり抜けてクッションの上を泳ぐ。……本当はそろそろ髪じゃなくて俺自身も構ってほしいんだけど。盗み見たヴァイスが楽しそうだから大人しくされるがままでいる。

「あなたは感覚でわかってるかもだけど、この世界の人はsubが多いんだよね。だから異邦人……特に低ランクのdomが威張って問題を起こすんだと思う」

 高ランクだとsubdropの対処とか講習への参加が義務付けられているから、逆に問題を起こすようなことをしなくなるんだけどね。なんで低ランクの人ってあんな感じなんだろう。subならちょっと威圧すれば何でも言うことを聞くと勘違いしてるのかな。そんなわけないのに。

 一番は高ランクのdomがテリトリーを示して管理することだけど、ヴァイスの仕事を考えるとお偉いさんを差し置いて矢面に立つわけにもいかないだろうな。幸いフィーアには衛兵の詰め所があるから、そこまで大きな問題が起きたりはしないはず。

「ベル?」

 話を止めた俺の顔をヴァイスが覗き込んでくる。それに何でもないと返して、落ちてきた髪を耳にかけた。

 この人がプレイ相手を必要としてなかったの、いままで偵察隊での仕事で欲求を賄えてたってことだよね。これだけダイナミクスが安定してるってことは、精神的な揺れが少ないか自分でコントロールできるぐらい感情の抑制が上手なのかも。なんか俺に付き合わせるの申し訳なく思えてきた。俺に合わせようとして、ヴァイスが無理したらやだな。
 とりあえずいつかは必要になるだろうから、時間があるときにヴァイスにもsubdropの対処法を教えないと。

「ベル、こっち向いて」

 耳朶に触れていた俺の手を、ヴァイスがゆるく掴んで引き離す。言われた通りに顔を向けた瞬間、視界いっぱいに見えたアイスグレーに思わず目を瞑った。

 おでこ、目尻、頬に可愛らしいリップ音と共に口付けが降ってくる。口にはしてくれないのかな。口付けの雨が止んだのでそっと目を開けると、鼻先が触れる距離でヴァイスがじっと俺を見ていた。

「話し合い、するんでしょ?ベルも不安なことは全部教えて。俺たちふたりのことなんだから、君ひとりで決めたりしないで」

 俺も一緒に考えるから。そう言って笑うアイスグレーは穏やかで、ゆるく掴んだままの手に指が絡まる。なんで不安になってるのがわかったんだろう。

 手を引いて、ヌックの外に座り込んでいたヴァイスを中に誘う。かなり狭いけど、クッションに埋もれる俺と上体だけを横たえたあなた。ぎゅうぎゅうになってるのを言い訳にくっつけばじんわりと体温が混ざる。うちの薬草の香りの中に、ほんの少しだけヴァイスが使ってくれた香油の匂い。

「睡眠や食欲と一緒で、ダイナミクスの性質は定期的に欲求を発散しないとバランスが崩れて体調に影響が出るんだよね。だから『プレイ』っていうお互いの欲求を満たすやり取りが必要になるんだけど」

 毛布越しに抱きしめられたまま、ぽつぽつと言葉をこぼす。少しの変化も見逃さないと言わんばかりに、グローブをつけていない手が俺の顔にかかった前髪を耳にかけた。

「支配したい・されたいって気持ちは同じでも、ダイナミクスの欲求は人によって方向性が違う。支配したいって欲求が、身の回りの世話をさせることで満たされるdomもいれば、subの世話を焼くことで満たされるdomもいるみたいに」

 お返しに夜色の髪を梳いてあげれば、目を細めてヴァイスが笑う。呼吸が混ざるぐらい近い距離。ペンダントライトの下で、夜に落とされる柔らかな炎の色。狭いけど穏やかなヌックの中でくつろいでいる恋人。

「街の治安を管理してるって、見方を変えれば支配してるとも言えるでしょ。あなたは仕事で十分に欲求を満たせてたのに……俺に付き合わせたせいで、上手くいってたバランスが崩れたら嫌だなって」

 そう思いました、と締めくくってヴァイスの反応を待つ。髪を梳いていた彼の節くれだった指が、耳から頬を辿っておとがいを持ち上げた。唇を這うように添えられた親指は、けれど焦らすように触れるだけで互いの距離は保たれたまま見つめ合う。

「ベルとこうしていれるなら大歓迎。むしろもっと君はわがままになっていいよ。__だから、いま何が欲しいか俺に『“教えていって?“』」

 耳に届いたそれがコマンドだと認識した瞬間、じわりと胸に甘さが滲んだ。

 まただ。ヴァイスにコマンドを出されるとふわふわした心地になる。いままで付き合ってきたdomには、この人のお願いなら聞いてあげようかなぐらいの感覚だったのに。目の前の恋人に全てを曝け出して、委ねて、あなたの好きにされたいのだと本能が鳴く。

「ヴァイス」
「うん」
「くちに、キスしてほしい…」

 熱に浮かされたようにアイスグレーを見つめる。ようやく訪れた唇。すぐに離れてしまったそれを求めて「もっと」と声に出せば、二度、三度と軽い触れ合いの後に舌が潜り込んできた。

「ん…、ぅ、あ」
「かわいい。言えてえらいね」

 歯列をなぞって、擦りあわせて、吸われる。合間に耳に流し込まれるコマンドと褒める声にとろとろと思考が蕩ける。いつの間にかヴァイスが覆い被さっていて、呼吸すら煩わしくて伸ばした舌を噛まれてると身体に甘い痺れが走った。薬草と香油の香りに混ざって、ほんの微かに肺を満たすヴァイスの匂い。くらくらする。酩酊ってこんな感じなのかなとぼんやり考えて、うなじを撫ぜる指の感触にふるりと身体を震わせる。

 最後にもう一度舌を吸われて、繋がった銀糸も舐め取られる。力の抜けた身体をクッションに沈めたまま、滲む視界で夜を見上げればヴァイスが心配そうに覗き込んできた。

「ベル、大丈夫?」

 手を出さないって言ったのにごめんね、とヴァイスが言葉を続ける。それに首を振って、少しだけ汗ばんだ夜色の髪を引き寄せる。いまは少しも離れたくない。

「俺が欲しいって言ったから、ヴァイスは悪くないよ」

 でもコマンドの頻度は減らして欲しいかも。まだ甘い痺れが残ってる感じがする。こんなに甘やかされて、これが癖になっちゃったらどうしよう。

「ヴァイスじゃないと満足できなくなりそう……」
「なっていいよ。離すつもりも、離されるつもりもないから」

 ぽつりと溢した声は聞こえてたらしい。近づいてきた顔に視界が夜の帷に閉じ込められる。見えるのはアイスグレーだけで、あなたが見てるのもきっと俺だけ。

「……癖になったら、責任取ってもらうから」
「もちろん。ベルこそ、嫉妬しちゃうから今みたいなかわいいおねだりコマンドは俺だけにしてね」

 支配したいのかされたいのか。とりあえずお互い自分だけを見て欲しいのは一致してるようなので、返事のかわりにもう一度おねだりをすることにした。
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