跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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33 油断は禁物

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「ベル、ちゃんと聞いてる?」

 改めて決意を固めていると、ふにふにと揉まれていた頬を片手でむにっと掴まれる。そのまま顎を上に向けさせられて、少し呆れた顔のヴァイスが視界に入った。

「質問してきたのは君でしょ。俺をほったらかして何考えてたの」

 話を聞かない悪い子になっちゃった?と俺を覗き込んだままのヴァイスが冗談めかして笑う。アイスグレーは相変わらず優しい色をしてて、怒っていないと一目でわかった。俺は考え事をしてるとよくやっちゃうけど、domの話を聞かないのは本来ならお仕置きされてもおかしくない行為だ。無意識に身体が強張ったの、気付かれてないといいな。

 いまだに両頬は片手で掴まれたままだけど、痛くないようにか掴む力は全く入ってなくて。こういう何気ないところにヴァイスの優しさを感じる。このお仕置きは、怖くない。
 ヴァイスに気付かれないように一瞬止めた息を細く吐いたあと、わざとらしくむっとした顔を作ってここだけは反論せねばと口を開く。

「考えてたの、あなたのことなんだけど」

 ほったらかしにしてたわけではなくて。ただちょっと考え事に集中しすぎただけ。でも話を聞いてない俺が悪いのは事実だから、ごめんなさい。

 俺の反論が予想外だったのか、ヴァイスはきょとんとしている。そうなの、と聞かれたのでそうだよって返したら、目の前の美丈夫の口元が嬉しそうに綻んだ。その顔も好き。ヴァイスはいつもにこにこしてるけど、たまに見せてくれるこの表情は少しだけ幼い感じがしてかわいい。ときめきすぎて心臓が痛い。

 恋人のかわいさに内心で「わーーー!」っと叫んでいると、ようやく考えがまとまったのかギードさんから声がかかる。

「よし、ベルトこの苗に触ってみてくれ」

 あ、やっぱり俺が触らないと駄目なんですね。浮ついた気分が急降下してしまった。いまここにいる異邦人は俺だけだし仕方ないかと憂鬱な気持ちで前髪を耳にかけていると、それが伝わったのかヴァイスが控えめに説明を始める。

「ベルも知ってる通り、へオラチアは周りから魔力を吸収して成長する。だから気温と明るさ以外に条件があるとすれば、魔力の供給源になるものが必要なんじゃないかな」
「地底湖とノインにはそれがあるの?」
「あるよ。地底湖は輝苔ヒカリゴケの群生地だし、ノインは魔法石が取れる鉱脈で有名だからね」

 輝苔、薬師さんが残してくれた調薬ノートで名前を見かけたことがある。材料の欄に書いてあるから素材だろうとは思ってたけど、地底湖で採取できるんだ。

 ちなみに薬師さんはかなりの感覚派だったのか、調薬キットと一緒に残されていたノートには「輝苔」「光ってるやつ」「ピカピカの苔」の3パターンで記載されていた。これも手順の内容からたぶん同じ素材だろうと予測しただけなので、違う素材の可能性は大いにある。最近になってようやく「いっぱい煮る」が弱火でじっくり煮ることだとわかってきた段階なので。なんで「いっぱい燃やす」が強火で焼くことなのに、煮るになると弱火の意味になるんだろう。

「念の為に聞くけど、輝苔って光ってる…?」
「光ってるよ」

 恐る恐る聞いた俺にヴァイスが苦笑いで答えた。ふたりとも俺が調薬ノートの解読に苦しんでいるのを知っているから、こうした素材に対しての初歩的な質問にも丁寧に教えてくれてすごく助かっている。

「輝苔ってのはあれだ。陽が当たってるうちは光を溜めて、暗くなると青白く光る苔だな」

 頭の中でその様子を思い出しているのか、ギードさんが人差し指をくるくるしながら掘り下げて説明を繋げた。地底湖といってもお椀型の洞窟の上に大きな穴が空いている形状らしい。だから輝苔も日光を溜めることができるそうだ。

「どの魔力でも成長するだろうが、光魔法に強く反応するなら光属性の方がいいだろ」

 ここにちょうど光属性がいることだし、と回していた指を俺に向けてギードさんが話をまとめる。結局そこに着地しちゃうんだね。でもそういうことなら協力するしかない。美容液でもちもちになった肌をヴァイスが気に入ってそうなので。少しでも好かれる要素は多い方がいいし、そのための努力を怠るつもりはない。

 苗と向きあってしゃがみ込む。後ろから「やっと始まるか」とアルムさんの声が聞こえた。そういえばいたね。香ばしい匂いがしてるけど、焚き火で何を焼いてたんだろう。

「じゃあ、触るね」

 MPの消費量を確認するためにディスプレイを表示させ、そろりと苗の方へ指を近づける。怖いものはどうしようもないので、ヴァイスの手をしっかり握らせてもらった。もちろん彼の利き手は自由にしてある。アルムさん達もいるし、何かあったときはすぐに助けてもらえるとは思うけど一応ね。

 つん、と。そろそろと近づけた指が、魔力を通さない布の上に置かれた苗を軽くつついた。すぐに指を離してしまったからか何も反応がない。MPが減少していないことを確認して、今度は葉の上を撫でるように指でなぞる。

 艶々とした丸い葉はつるりとした感触をしていた。何度か撫でていると、少しだけMPのゲージが減った。同時にやわく指を掴まれる感覚。ディスプレイに向けていた視線を苗に戻すと、最初より気持ち程度に大きくなった葉が俺の人差し指を囲むように集まっている。
 これあれだ。映像でしか見たことないけど、赤ちゃんがお母さんの指を握ってるみたい。

「どうだ?」
「魔力は若干吸われたけど、そこまで変化はないよ」

 思ってたより怖くなかったし、むしろちょっとかわいい。ギードさんの方を向いてそう言おうとした瞬間、濡れた感触が腕を這った。

「ベル!」

 繋いでいた手はそのままに、お腹に回った腕に身体を引き上げられる。いつの間に移動したのか、アルムさんが腕に絡みついたそれを切り落としたのが見えた。堪えきれなかった引き攣った声が漏れる。

「ベル、大丈夫?」

 十分に距離を離れたところで俺を降ろして、ヴァイスが顔を覗き込んできた。視界が揺れる。どっどっと早鐘を打つ心臓が痛い。本体から切り離された魔物の一部が、ずるりと腕から滑り落ちる。

「ぜ、ぜんぜんかわいくない…」

 あの魔物、目を離した一瞬で肘まで登ってきた。
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