跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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5 フィーアの街は

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 リザの話ではこうだ。

 この世界には目に見えない「魔素」と呼ばれるエネルギーが流れている。地域によって多少の濃度差があれど、大地や河川、空気中とありとあらゆる場所に魔素は存在している。リザにはわからないらしいが、そのあたりの感覚が優れている人には気の流れの様なものが見えるとか。
 そして体内にある魔力を媒体に属性を付与し、高エネルギー体である魔素を動力として発動させるのが魔法なんだそうだ。

「この魔法を使う時が問題で、使用した魔素の一部が汚染された状態で体内に残ってしまうの。それが穢れよ」
「つまり魔法を頻繁に多く使う魔導士ほど穢れが溜まりやすいってこと?」
「そういうことになるわね」

 でもここが難しくて、とリザが言葉を続ける。ふと横を見ると、ノクスさんが空中に向かって何かを操作しているのが見えた。異邦人がクエストとかチャットを確認する時って空中にモニターやディスプレイが投影されるんだけど、それが見えるのは操作してる本人だけなんだよね。指の動きが文字を入力してるっぽいからシルバーアックスの人にチャットでも飛ばしてるのかもしれない。

「浄化されないまま穢れが溜まると結晶化するの。身体の中だったり皮膚から突き出していたりするらしいわ。ただ、その結晶化するまでの許容量は個人の魔力保有量で変わってくるのよ」

 この世界にいる生物はすべて魔力を身体に宿している。魔物やヒトはもちろん、植物にも魔力を宿しているものがあるらしい。でもその魔力量には個体差がある。「各個体が保有している魔力が多いほど穢れが結晶化するまでの猶予が長い」というのが王宮の魔導士達の研究で判明していることだ。

 魔導士は魔力が多くないとそもそも魔導士として十分な活動ができないから、実はそこまで穢れを気にしないで大丈夫らしい。ただ強力な魔法ほど一度で溜まる穢れも増えるから、楽観的に構えているのも良くないそうだけど。
 逆に元々の魔力が少ない人は、そもそも魔法を使うこと自体が難しいから穢れが溜まることもほぼない。つまり一番注意しないといけないのは、それなりに魔力のある魔導士以外の魔法を使う人だ。

「いま白刃に聞いたんだが、プレイヤーは穢れが溜まっても時間経過で浄化するんだと。ただ穢れがある間はデバフみたいに若干身体の動きが鈍くなる気がするって」
「その辺りは異邦人も変わらないのね。少量の穢れであれば、安静にしてるだけで自然と浄化されるの」

 穢れを浄化する方法はいくつかあるけど、基本的には自然に浄化されるのを待つのだそうだ。浄化魔法を使える人は少ないし、浄化用のアイテムもかなりの高値だとかで平民には手が出せないらしい。

「ベルトが穢れを知らないってことは、聖魔導士は穢れが溜まらないのかもな」
「それか溜まってもすぐにオート浄化で消し飛ぶかですよね」

 プレイヤーレベルも低いし、フィーアを活動拠点にしている俺はまだMP消費が少ない弱い魔法しか覚えていない。だから溜まる穢れも少ないだろうし、単に俺がステータス画面を確認してなくて穢れに気付いていなかった可能性もある。そのあたりの検証は必要なのかもしれない。

「他の属性魔法と同じように、浄化魔法は聖魔導士でなくても覚えられるわ。でも、穢れを完璧に浄化するなら上位魔法でないと無理なのよ」

 上位魔法、つまり魔法の練度を上げてレベルアップさせないと使えないのか。

 フィーアより先に行くなら魔法をばんばん打てる人が欲しいだろうし、穢れというデバフを解除するのにその使い手が穢れたら意味がない。だから聖魔導士を欲しているとリザは考えているみたいだ。

「それで、情報を掴もうと必死になっている異邦人なのだけど」

 カウンターをすり抜け、リザが店内へゆったりと足を運ぶ。大通りに面している横長の窓は今日は閉め切られたままだ。小さな耳を震わせながら、カーテンの隙間からリザがそっと外の様子を窺う。
 この淡い青色をしたカーテンは彼女のお気に入りらしく、この街に根を下ろすことになってから決めたこだわりの一品らしい。重ねられた白いレースから柔らかな光が漏れている。

「ベルトが隠れている間に、それとなく街のみんなと話をすり合わせて相談したのよ。聞かれても適当にはぐらかしましょうって。貴方と顔見知りの人も多いから」
「そんなことになってるの」
「ええ。貴方は意外とお節介だから、協力してくれる人も多くて助かってるわ」

 この街の住民は、仲間を売ったりしないのよ。そう告げてリザはこちらを真っ直ぐに見て微笑んだ。

 いつだったか、ギルドからの依頼でフィーアの外に仕入れに行く彼女を護衛したことがある。この世界でも珍しい獣人。異邦人たちから奇異の目で見られたり心にない言葉を吐かれていると知ったのはその時だ。それが好奇心や憧れ、物珍しさからの視線でも見られている方の心は摩耗する。

 そうでなくても、この世界のNPCというだけで物みたいに扱うプレイヤーは大勢いるのに。

「ベルトやノクスさんみたいな異邦人って少数派なの。最近は増えてきたけど、それでも私達を“NPC“と呼んで粗雑に振る舞う異邦人は多いまま」

 初めてフィーアの街に足を踏み入れた日のことが頭に浮かぶ。あの時も横暴なプレイヤーと揉めたんだっけ。

 勝手に動かされる荷馬車、道を塞いで広げられた地図。売り物だった黄色い果実は無断で持ち去られ、籠から落ちたひとつは視線を向けられることすらなく踏み潰される。そこに居るのに、まるで見えていないかのように無視される街の人たち。
 アイツらにとって、この世界の住民は“ヒト“として存在していない。彼等は“そこにあるだけのオブジェクト“であり、自分の意思や心なんて持たないプログラムされた作り物NPCとして扱われてる。

 そういう光景を見るたびに、なんとも言えない感情が胸を埋め尽くすように湧いてくる。この世界のヒトが尊重されない姿を見るたびに、酷い扱いを受けるsubの姿と重ねてしまう。
 黙って見ていられなかった。黙って見ていたくなかった。物みたいにヒトを見るdomにも、物みたいに扱われるsubにもなりたくなかった。

「だからこそ私達は私達をヒトとして接してくれる相手には親切にするわ。ベルトやノクスさんがそうしてくれるように」

 お客様は神様だけど、無理難題を強いてくる疫病神はごめんよ。そう言って沈んだ空気を払拭するようにリザが悪戯っぽく笑う。彼女の長い髪がさらりと肩から滑り落ちた。

 俺の行動は親切心でしてるんじゃない。自分がそうなりたくないからしてる打算的な優しさだ。

 それでも。

 友人が笑ってるから、あの時の行動はきっと間違いじゃなかった。それで面倒ごとに巻き込まれることになっても、ああして違反行為をするプレイヤーを止めることでみんなを守れるのなら俺は後悔しないんだろう。

「リザも、前みたいに変な客が来たらすぐ呼んでね。友人のために俺がボコボコにしてあげるから」

 だって俺もこの街の一員で、フィーアのみんなは仲間を売ったりしないんだから。
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