跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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7 惚れた方が負けというけれど

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 魔物が出るからか、この世界の街はどこも塀で覆われている。くり抜かれた夜空は綺麗だけど、少し窮屈だ。現実世界でも夜空はビルに遮られてるはずなのに、塀で塞がれた視界が窮屈に感じるのはなんでだろう。

 そんなことを考えながら帰路につく。ノクスさんとはギルドの近くで別れて、今はひとり。月明かりに照らされた石畳もとうに終わりを告げ、街の中心部から離れた今は気持ち程度の整備がされた道が伸びていた。
 フィーアの北側、その中でも端の位置にぽつんと俺の拠点は建っている。北門からもそれなりに離れているここは、用事がない限り誰も来ない静かな場所だ。隠れ家みたいにひっそりと佇むその家に根を下ろして、もうすぐ3ヶ月ほどになる。

 

 戦闘に興味が持てなかった俺だが、リア友の萩原はぎわらから狩りに誘われることもあってなんとなくAWOを続けていた。受験が控えている頃は流石に控えていたが、大学に通うようになってからも続けていたのは萩原のお陰だろう。そうやってたまに顔を出す程度でも聖魔導士としてのんびりこの世界を旅していた。

 そんな頃だ。長くなるから割愛するが、とある依頼をきっかけに農園主さんと仲良くなった俺は、彼__ギードさんとたまにお茶を楽しむ「茶飲み友達」というなんとも不思議な立ち位置になっていた。そうやってクッキーを持参していつものように世間話をしていると、話の流れで農園で育てている茶葉と共に紅茶を入れる道具を譲ってもらうことになったのだ。

 大事そうに箱を抱えて戻ってきたギードさんは、その茶器を古い友人から押し付けられたと言っていた。自分は鍋で淹れるから使わないと言ったのに、気付いたら玄関に置かれていて驚いたと。そう笑いながら机に箱を乗せて俺を促す。

 箱の蓋をそっと持ち上げると、金木犀のようなオレンジ色の布に包まれてそれは現れた。

 透明なガラス製のポット。少し変わった形をしていたけれど、そういうデザインだと思うくらいには違和感のない、とても綺麗なフォルムでそこに鎮座していた。一緒についている茶漉しも、よく見ると持ち手の部分に細かい装飾がある。
 透明な器の中で茶葉が踊る様子はさぞ綺麗だろう。そう思って早速その場で淹れようとアイテムとして受け取って、インベントリを確認して俺の思考は停止した。

 アイテム名が「調薬キット」と表記されていたからだ。これが副業薬師サブジョブやくしの始まりである。



 そこからあれよあれよと様々があり、薬師として生産職の街であるここフィーアに活動拠点を置くことにして、今こうして拠点を構えるようにもなった。ちなみにギードさんはお隣さんでもある。入り口こそ反対側だが、俺の拠点と柵を挟んだ向こう側が農園の果樹ゾーンなので。

 そして借りるときに判明したことだが、ここも元々は調薬キットの持ち主の家だったらしく、その人が拠点を移してからはギードさんが管理していたそうだ。茶飲み友達料金でほぼタダで売ってもらった。ちゃんと支払うと抵抗したが、使ってくれる方が管理しなくて楽だからと押し切られてしまったのだ。拠点として登録するときに「そういう巡り合わせだったんだろう」と彼が目を細めて、懐かしそうにしていたのをよく覚えている。
 調薬キットに、薬師が住んでいた家。友人さんの物を丸々受け継ぐような形になった俺に、ギードさんはとてもよくしてくれる。例えば、薬草の水やりとか。

 拠点の入り口、煉瓦作りの低めの塀を通り抜ける。玄関まで続く飛び石をちょっと横道に外れて、迷うことなくそのまま裏庭へ足を向けた。
 この家は周りをぐるりと植物が囲うように生えている。農園と接している鉄柵や塀には蔦が這っているし、隣の大きな木は屋根の半分を隠すように葉が茂っている。葉の隙間から溢れる月明かりは流石に心許なくて小さく呪文を唱えた。

「『光よここへルクスマイス』」

 ぽわりと空中に光が灯る。風で飛ばされる前の、蒲公英たんぽぽの綿毛のようにふわふわと光が浮かぶこれは俺が初めて覚えた魔法だ。練度が上がった今はもっと明るく照らすこともできるけど、静かな夜の邪魔にならないように控えめに足元を照らしてもらう。

 ここの植木や薬草は自生したものやギードさんから株分けしてもらったものだ。俺が来れない日や別の場所にいて時間が取れない日は、農園のついでに彼が軽く世話を見てくれている。朝と夕方、農園と接している鉄柵に掛けられた札でお互いに水やりの有無を確認しているのだ。もうすぐ日付が変わる今は水やりなんてとうに終わっている。

 だから、本当は水やりを言い訳に急いで戻ってくる必要はなかったんだけど。今日は火曜日だったから。

 微かに灯る光に案内されるように慣れた道を辿ってついた裏庭の、家のちょうど窪んだ位置にはテラスがある。風で木の葉が擦れる音、足首をくすぐる薬草の澄んだ香り。石畳に置かれた丸い机とベンチの上は、屋根に這うように凌霄花のうぜんかずらのような花をつけたお気に入りの植木が伸びている。その下に、ひとりのお客さん。

 足音で俺が来るのがわかっていたのだろう。そうでなくても、彼は気配に聡い偵察部隊の先鋭だ。俺が声をかけるより先に、本を開いて俯いていた彼が顔を上げて……一瞬驚いたように視線を止めて、すぐその表情を緩めた。

 「おかえり、ベル」

 柔らかな響きで紡がれる自身の名前。初めて会った時から呼ばれる愛称は、なぜか耳に馴染んでしまって訂正をしていない。見た目が変わってるのに俺だってすぐわかったんだなとか、それを嬉しく思うのはなんでだろうとか。他にも言いたいことはいくつかあるはずなのに。俺が応えられたのは「ただいま」の一言だけで。そのたった一言で、目の前の男が嬉しそうに笑う。
 普段は被っているフードはここでは外されて、その整った顔立ちを隠すことなく晒している。だからこそはっきりと見える表情と視線を受け止めることになった俺は、とくとくと鼓動を早める羽目になるのだ。

 今日はまだ火曜日の夜。仕事を終えたヴァイスが俺に会いにくる日とわかっていて、裏庭に来てしまう時点で俺の負けなのだろうか。




____________

追記

書き始めていた時から決めていた設定を忘れていたのでこそっと修正しました。
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