跪いて手をとって

宵待(よいまち)

文字の大きさ
8 / 34

8 親友の結論

しおりを挟む
「掲示板で有名になってるの、琥珀だろ」

 水曜日の昼を少し過ぎた頃、大学の食堂で向かい合わせに座った萩原にそう問われる。ざわざわと賑わっている食堂は人が溢れているけれど、だからこそあまり聞かれたくない会話も大勢の声に紛れてくれて都合がいい。

 まぁ、現実世界ではdomでいることが多いからか、俺の周りはいつも少しだけ人が離れてるのだけど。威圧感を出さないようにしているけど、身長のせいか怖がられている気がする。

「あれのせいで軽くアバターを弄ったから、今ちょっと高2ぐらいに若返ってる」
「高2ってことはあれか、成長期の前の小さい琥珀ちゃんになってるんだ」

 なつかし、と笑って目を細める萩原とは幼馴染だ。正確には幼馴染とはちょっと違うけど、説明が面倒なので俺も萩原も幼馴染ということにしている。だから当然、成長期の頃の俺も知ってるわけで。それまで並んでいた背がいつの間にか見下ろす位置にいて驚いた記憶がある。
 ぐんぐん伸びた俺と違って、ゆるやかに成長したこの男は人懐っこくていつも誰かといて楽しそうだ。バイトに大学にゲームにと忙しそうにしているのに、どれも疎かせず器用にやっている。対人関係に難のあるらしい俺は、現実でもゲームでも人に囲まれてる萩原に助けられることが多かった。

「160後半って、あんなに小さかったっけ」

 でも10cmも縮んでるなら小さいよね。自己完結して適当に触っていた端末から手を離す。前髪が邪魔で無造作に耳にかけたのに、ピアスに引っかかって余計に気分が下がった。

「琥珀が機嫌悪いの珍しいな。フードさんに何か言われたとか?」

 ずばりと、核心をつかれて髪を解こうとした手が止まった。付き合いが長いとこういう時に困る。でも誰かに話を聞いてほしくて萩原を呼んだのだから、むしろ良かったのかもしれない。

 AWOにはたくさんのNPCが存在するが、その中でも衛兵の偵察隊は身を潜めやすいように暗めの色合いの服装にフードを被っている。街だけでなく森や洞窟を探索する異邦人であるなら、そんな彼等をそれなりに目撃することになるだろう。
 そういったよく目撃するNPCのことを掲示板で話す時、その見た目や特徴から仮の名前がつけられるのだ。リザなら「雑貨屋の令嬢」とか、偵察隊なら「フードさん」とか。

 だから「フードさん」と呼ばれる人は複数いる。でも萩原が示しているフードさんは、この場合ひとりしかいない。

 ヴァイス__俺の友人、なはずの人。

 初めて会った時からずっと、俺は彼との適切な距離を探してる。



「俺たち、前にどこかで会ったことない?」

 フィーアに来て早々に起こった揉め事を解決して、駆けつけた衛兵に事情を説明してる時に言われたのがこれである。完全にナンパだった。

 あの時は他の仕事で衛兵が出払ってて、偵察隊が駆り出されたらしい。そこで初めてヴァイスに会ってナンパ紛いなことをされて、ベルって呼んでいい?って愛称が決められてた。それ以降は街で会うたびに一緒にお茶したり世間話したり可愛いねって言われたりしているうちに、いつの間にか絆されて今に至っている。

 自分でもちょろいとは思う。でも許してほしい。顔も性格もめちゃくちゃ好みな男に口説かれて落ちないのは難易度が高すぎた。



「何か言われた、っていうか……俺が聞きたくなかったなって」

 昨日、俺の姿を見て笑いかけてくれた顔が脳裏に浮かんだ。身長が縮んだ俺を見たヴァイスの、ひどく優しい瞳が胸を締め付ける。小さくてかわいい、と噛み締めるように呟いたその声がずっと頭の隅に居座り続けている。

「小さいほうが、やっぱりいいのかな」

 ぽつりと溢れた言葉は随分と弱々しくて、我ながら参ってるんだなと自嘲する。惚れた方が負けだとしたら、惚れられた相手を好きになった場合はどうなるんだろ。告白はしてこないくせに、思わせぶりに甘い言葉を吐いてくるヴァイスのせいにすればいいのかな。それとも口説いてるつもりはなくて、俺が勝手に勘違いして好きになっちゃっただけだったりして。あまりにも俺の好みの人だったから、意識しすぎちゃったのかも。

「あの人ならどんな琥珀でも好きだと思うけど」

 あの溺愛は身長とか関係ないって、そう言いながら萩原は氷が溶けて薄くなったカフェラテのストローをぐるりと回す。水とカフェラテがぐるぐるマーブル状になって混ざりあう。

__お前ってsubでも可愛げないよな。次に付き合うなら、同じswitchでも小さくて可愛いやつにするわ__

 元彼のひとりに言われた言葉だ。別れた事自体に後悔はないけど、思ってたよりも傷ついたのかこの言葉だけは頭にこびりついて離れない。

「本人に直接聞いたわけじゃないんだろ?なら大丈夫だって」
「だとしても……そもそも、ヴァイスはゲームの中の人だし、大丈夫だったとしてどうしようもないでしょ」
「ゲームだろうが現実だろうが、好きになったなら素直に動いた方がいいって」

 恋は理屈じゃないだろ、って。珍しく萩原が熱く語る。今まで俺が付き合ってた相手が悉くことごとく駄目な男だったのを知っているからか、紳士的なヴァイスを応援してるらしい。お前って俺の味方じゃなかったんだ。裏切りだ。

「適切な距離って言うけど、琥珀がそこまで悩んでる時点でもう答えは出てるだろ。頑張って告白してこい」

 机に項垂れる俺のつむじを見ながら、カフェラテの最後の一口を飲み込んで萩原が席を立つ。簡単に言わないでほしい。講義があるからと去っていく彼の背を眺めながら、俺はゆっくりと重いため息を吐いた。

 適切な距離を探してる。自分と、ヴァイスが傷つかないようにするにはどうしたらいいのか。それをずっと考えてる。昨日見送った彼の背を思い出しながら、ずっと。



 偵察隊は本来なら昼夜問わずフードを被っている。闇夜に紛れやすいように、気配を消しやすいようにフードには認識阻害の呪文を仕込まれているとか。その布で隠れた下が誰なのかを見分けるのは親しくならないと難しくて、入隊してすぐの新人はよく間違えると、苦笑いしているのにどこか楽しそうな表情で教えてくれたのも鮮明に覚えてる。

 ヴァイスしろなのに髪は夜を閉じ込めたような藍色なんだと思ったこと。それなのに伏せられた瞼から覗く瞳は、冬の朝の息を呑むほど静かな澄んだ空の色でとても綺麗なこと。帰り際にフードを被り直しながら言う「街で見かけたら俺から話しかけるから、他の男に声かけないでね」って冗談も、緩やかに微笑むその顔も、本を読む時の横顔だって。彼と交わしたたわいもない話も全部。

 全部覚えてしまってるくらい、彼のことを無意識に見ている。探してる。好きになったら駄目なのに。

 告白したら、ヴァイスはこのぐるぐると渦を巻いた悩みごと一緒に飲み込んでくれるだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

Dom/Subユニバース読み切り【嘉島天馬×雨ケ谷颯太】

朝比奈*文字書き
BL
🖤 Dom/Subユニバース 毎週日曜日21時更新! 嘉島天馬(クーデレ・執着Dom)× 雨ケ谷颯太(ワンコ系・甘えんぼSubよりSwitch) 読み切り単話シリーズ。命令に溺れ、甘やかされ、とろけてゆく。 支配と愛情が交錯する、ふたりだけの濃密な関係を描いています。 あらすじは各小説に記載してあります。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ
ファンタジー
五感完全再現のフルダイブVRMMO《リアルコード・アース》。 遅れてゲームを始めた童顔ちびっ子キャラの主人公・蓮は、戦うことより“料理”を選んだ。 作るたびに懐いてくるもふもふ、微笑むNPC、ほっこりする食卓―― 今日も炊事場でクッキーを焼けば、なぜか神様にまで目をつけられて!? ただ料理しているだけなのに、気づけば伝説級。 癒しと美味しさが詰まった、もふもふ×グルメなスローゲームライフ、ここに開幕!

婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。

猫宮乾
BL
 【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)

処理中です...