跪いて手をとって

宵待(よいまち)

文字の大きさ
10 / 34

10 南の魔物

しおりを挟む
 薄暗い森の中、ざわめく草木に隠れて移動する魔物の気配。足音もなく背後から忍び寄ってくる影に魔法を飛ばせば、その一撃で事切れた魔物は光の粒となって散っていった。

 ヴァイスに会いに行こう。そう思って街に出てきた俺は、現在シルバーアックスと森を駆け抜けて素材集めをしている。
 


 時は戻って数刻前。とりあえず街に出てきた俺は、ヴァイスの居場所を聞こうと衛兵の詰所に向かう途中でリザに捕まった。

 なんでも数日前から南の平原に魔物が住み着いたようで、衛兵達がかなり手を焼いているらしい。ギルド経由で討伐依頼を受けた異邦人が言うには、普段のフィーア周辺では見かけないようなレベルの高い魔物だそうだ。掲示板で稀に現れると報告されている「強敵ボスエネミー」と言うやつかもしれない。
 街を守る衛兵達も決して弱くはないのだけど、その魔物が吐いた息を浴びると毒状態になるらしく、討伐にあたっている衛兵や異邦人にそれなりの被害が出てしまったので一時撤退を余儀なくされたそうだ。

 その怪我人たちのためにポーション類を至急用意しなければいけなくて、無事だった異邦人がリザの雑貨屋を訪れたものの在庫切れ。そこにちょうど窓から俺が見えたとかでリザが慌てて捕獲したと言うのがことの顛末だ。

 それで、問題のポーションはそれなりに持っていたので渡せたのだけど……解毒薬は俺も数個しか所持していなかった。確実に数が足りない。拠点にも必要な素材がなくて、そろそろ調達に行こうと思ってた矢先のこの事件だ。
 間の悪さに嘆いてる暇もない。なんせ今この瞬間も毒に蝕まれてる人がいるのだから。特にこの世界の人は死に戻りできないから、急がないといけない。

 応急処置として痛み止めをリザに託し、素材を集めるために東門へ駆けていく俺に気付いて声をかけてくれたのがシルバーアックスだった。とりあえず急いでいるからと簡単に説明して森に行こうとしたところ、手伝うと申し入れてくれたのだ。

「今のでこの辺りの魔物はいなくなりましたね」
「みたいだな。それにしても、ベルトって意外と強かったんだな」

 護衛の必要なかったか、とノクスさんが俺を見ながら感心したようにそう続ける。人助けの気持ちも勿論あるだろうが、どうやら俺を心配してついて来てくれたらしい。

「素材集めに集中できるからノクスさん達がいてくれて助かってますよ。それに俺ひとりだと、火力が足りなくて時間がかかっちゃうので」

 一応ソロでフィーアを活動拠点にしてるから、俺ひとりでもこの辺りの魔物は倒せる。でも数が多かったり、物理ダメージに耐性のある魔物だと手間取るから本当にありがたかった。

「でも聞いてたより魔法の威力が高いね。これが本職の魔導士との違いなのかな」

 ちらりと白刃さんを見ながら本田さんが興味深そうにしている。本田さんは槍使いのお姉さんで、ゲームを始めた時に「槍使いといえば本田だよなぁ!」と名前を決めたそうだ。普段はOLさんらしく、AWOにログインするために日々残業と戦ってると遠い目をしていた。社会人ってすごい。

「それよりも俺は穢れが溜まらない方が気になる。ノクスから聞いてたけど、本当に穢れが溜まらないのか?」
「この前ちょっと検証してみたんですけど、溜まってはいるみたいです。すぐに無くなったので浄化能力が高いんだと思います」

 簡単な魔法だと目を離した一瞬で浄化されるみたいで、検証するためにステータス画面を睨みながら魔法を使う羽目になった。それなりに難易度の高い魔法でも数秒しか表示されなかったから、聖魔導士の浄化能力が高くて速攻消し飛んでる説が有力だ。
 いいな高性能オート浄化……と白刃さんが羨ましそうに呟く。でも聖魔導士にも欠点があるんだよね。

「その代わり属性付与にかなり魔力を持ってかれるので、俺の場合は物理ダメージで火力を出せないんですよ」
「うわ、それは結構辛いな。MP管理しっかりしないと死に戻るだろ」
「だから普段はマジックポーションを握りしめてます」

 シルバーアックスのみんなが話しながら器用に魔物を倒してくれているお陰で、俺は集中して素材を採取していく。この薬草はワサビみたいな見た目をしていて、ワサビみたいに水辺にしか自生していない。でも味は辛いというより苦い薬草だ。フィーア周辺だとフュンフに向かう道中にある湖か、東の森にある泉の近くでしか採取できないレア素材である。

「白刃そっち頼んだ!」
「はいはい……『風の斬撃ウェントスパダ』」

 素早く呪文を唱え、白刃さんが軽く剣を振るう。この前は見れなかった白刃さんの魔法は、剣に魔法を纏わせてまとわせて放つ風属性の斬撃だった。他の属性でも纏わせられるらしいけど、風属性が一番安定するらしい。

 魔法を使う人間には、実は自分が使いやすい魔法というものがある。白刃さんなら風属性、俺の場合は光属性がそれにあたるのだろう。
 前にリザから聞いた説明と合わせると、おそらくだが体内に宿している魔力にも属性があるのだと思う。使いたい属性魔法に必要な魔素と体内の魔力が同じ属性だと発動しやすいという推測だ。

 ただこの属性の付与も少し特殊で、俺は風や水といった定番とされる属性の魔素を操るのにかなりの魔力を必要とする。魔力の属性の関係かと思っていたけど、白刃さんの話を聞く限り属性付与にそこまで魔力を必要としないらしいので、光属性や闇属性の魔素は他とは少し違のかもしれない。
 光属性の魔法、暗闇や洞窟だと付与するときに必要な魔力が半分になるんだよね。しかも光魔法の威力も上がるから、普段と同じ量の魔力を込めると実質4倍くらい火力が上がるっていうとんでも魔法になる。だから俺は夜の方が魔法を使いやすい。

「多分これだけあれば足りるはずなので、急いで南の方に行きましょう。衛兵が簡易テントで拠点を置いてるらしいのでそこを目指します」
「わかった。このまま南下していけそうか?一度戻ってフィーアを経由して向かう方法もあるが」
「件の魔物がどの辺りにいるのかわからないので、安全のためにもフィーアを経由しましょう」

 急いだ方がいいのは勿論なんだけど、俺たちが南下して魔物と鉢合わせたり交戦中の衛兵とぶつかって戦況を乱すのは避けたい。ここは遠回りになっても安全策を取るべきだ。

「急ぎましょう」

 どうか、フィーアのみんなや協力してくれる異邦人が無事でありますように。祈りながら、身体能力向上のバフをかけて俺たちは森を駆け出した。

 お願いだから、ヴァイスが怪我していませんように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。

猫宮乾
BL
 【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

ゲームにはそんな設定無かっただろ!

猫宮乾
BL
 大学生の俺は、【月の旋律 ~ 魔法の言葉 ~】というBLゲームのテストのバイトをしている。異世界の魔法学園が舞台で、女性がいない代わりにDomやSubといった性別がある設定のゲームだった。特にゲームが得意なわけでもなく、何周もしてスチルを回収した俺は、やっとその内容をまとめる事に決めたのだが、飲み物を取りに行こうとして階段から落下した。そして気づくと、転生していた。なんと、テストをしていたBLゲームの世界に……名もなき脇役というか、出てきたのかすら不明なモブとして。 ※という、異世界ファンタジー×BLゲーム転生×Dom/Subユニバースなお話です。D/Sユニバース設定には、独自要素がかなり含まれています、ご容赦願います。また、D/Sユニバースをご存じなくても、恐らく特に問題なくご覧頂けると思います。

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...