死神憑きの微笑み

戸山紫煙

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陰陽庁

再び、出会い

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ゴールデンウィークも明けて大学は少しだけ静かになった。サークルに明け暮れる人や五月病になってしまった人が来なくなったのだろう、少しだけ学内の通りは歩きやすくなった。
そんな日の昼、沙夜は再びいつもの公園にいた。あの後数日間は後ろめたい思いがあって公園へ赴くことができていなかった。数日ぶりの公園で彼女はかつてのように弁当箱を開けた。いつも通り質素で少ない弁当を食べ始めた。
半分ほど食べ終え、彼女は初めの日のように狭い空を見上げた。小鳥が飛び交う影が小さく見え、すぐにビルの影に消えていく。空を見上げる瞳の端に再び人影が見えた気がした沙夜は人影の方向を向く。
「あっ」
思いもよらぬ人影に沙夜は声を小さくあげる。そこにいたのは志木河だった。
「その…」
バツが悪そうに志木河は頭をかきながら沙夜の方を向いていた。沙夜も同じく顔を志木河に向けられずに俯いた。
「ごめんなさい」
二人の言葉は静かな空間に同時に響いた。二人とも驚いたように口を閉じた時、小鳥のさえずりが街に響く。その空気を裂いたのは志木河だった。
「いいよ、悪かったのは俺の方だから。」
大人らしく頭を下げて謝った志木河の姿を見て沙夜も申し訳なさがこみ上げてきた。そして静かに口を開く。
「でも…」
「いいって。急にあんなこと言ってしまったのは不躾だった。」
謝罪の言葉を紡ごうとした沙夜を遮り志木河はさらに言葉を繋げる。しかし前回の反省を伝え切れていない沙夜はさらに必死になって言葉を繋げる。
「でも、急に泣いて、逃げてしまって…」
「気にしないで。」
先ほどよりも志木河は強めに沙夜の言葉を遮った彼は気まずそうに目を逸らした。二人の間には重い時間が流れる。互いにどうしていいのかわからず、ドギマギする中で沙夜は気を利かせて話しかける。
「あの…今日はどうして…」
不意に話しかけられたことで焦りながら志木河は軽い咳払いをしてから本題に入る。
「ああ、えっと、この間の話の続き…なんだけれど…」
前回泣かせてしまったことを後ろめたく思い、志木河は小夜の様子をうかがいながら恐る恐る話す。沙夜も前回のことをフラッシュバックしながらも、覚悟を決めて答える。
「い、いいですよ。」
その硬い表情を見て志木河も慎重になる。
「まあ、ここじゃあ何だから。その辺の店にでも入ろうか。」
周りを見回した彼は沙夜の様子を見ながら場所の移動を促した。彼女もそれに同意して頷くと、ゆっくり広げた弁当を片付けて荷物をまとめた。二人は初めて並んで立つ。志木河は男性らしい170 cm程度の身長で、標準的な女性の身長である沙夜と並ぶと大きく見えた。距離感の保てない二人は並ぶでもなく、志木河がリードして歩く一歩後ろを沙夜がついていく形で近くの喫茶店まで歩いていった。

カランと入り口のベルが鳴ると大学生くらいの年齢の女性が席の案内のために近づいてきた。奥の窓際の席に案内された二人は向かい合って席に着き、沙夜はアイスティーを、志木河はアイスコーヒーを頼んだ。
飲み物を待つ間、二人はなんとも話をする間合いをうかがいながら静かにしていた。そんな様子に痺れを切らした志木河が切り出す。
「…今度は俺の方について話をするよ。」
そう言うと改めて胸ポケットから取り出した名刺をチラつかせた。
「俺は内閣府・陰陽庁所属の調査員、志木河薫です。」
ちょうど注文した飲み物が二人の前に置かれた。カランと氷が音を立ててグラスの下へ落ちた。
「あの、陰陽庁って…」
沙夜は前回から疑問に思っていたことを投げかける。志木河はつらつらと回答を返す。
「ああ、秘密裏に超常的な物事の解決に取り組む政府組織だ。」
「でもそんなの聞いたこともない…」
「まあ、そりゃ当たり前かもな。公にはされていない組織だ。学校なんかで習わないのはもちろん、国民で知ってるのなんてほんの一握りだ。」
沙夜は信じがたい話を無理やりに納得させる。
「そんな組織がなぜ私に?」
「それなんだがな…」
志木河は少しだけ言葉を選ぶために目線を外す。そしてできるだけ理解を促すように丁寧に話し始める。
「死神っていうのがこの世には存在する。」
「へ、へえ。」
唐突な聴き慣れない“死神”の言葉に訝しげな表情を浮かべる。その表情を気にすることなく志木河は話を続けた。
「普通は死の淵にいる人間の魂を持っていくんだが、そいつらにはどうやらってのがあるらしい。」
「持っていきたい?」
「死神たちの中で魂にランク付けがあるらしい。」
あまりにも突飛な話が続き、沙夜の頭は混乱していた。半分呆れたようにため息混じりの声で沙夜は聞く。
「そんなこと、どうやって…」
「まあいいよ、それは後で。それで、そのってのが数多の苦難を乗り越えてきた人間の魂らしい。」
「苦難を…乗り越えた魂…」
一つひとつの言葉を飲み込むために沙夜は復唱する。
「普通はこの世界を探し回ってそういう人間を探すんだろうが、もっと楽な方法を考えた死神ヤツがいる。」
「簡単にいい魂を手に入れる方法?」
「そう。それがある人間にわざと苦難を与えるってことだ。」
「そんなこと…」
流石にもはや呆れたような声を隠すことなく、少し笑いを含んだ声で沙夜は返す。
「高等な死神はヒトに取り憑くことができるらしい。そいつらは取り憑いた人間の周りの人間の魂をいただきながら、いい魂を育てる。」
「そして最後にはその人の魂を…」
「そうだ。たくさんの人間の魂を見定めながら、好きな時にいただき、最後は取り殺すってことだ。」
一通りの説明を終えた志木河は一息つき、コーヒーを飲んだ。
「信じられないけど…」
目を伏せて沙夜はため息混じりに返す。しかし志木河は依然として真剣な瞳を沙夜に向けている。そして沙夜の不信感を受け止め、返す。
「まあそりゃそうだろうな。俺だってこんな仕事するまではこんな話到底信じなかっただろうよ。」
一転して志木河は椅子の背もたれに腕をかけ、リラックスしたような姿勢になった。沙夜は未だに話を信じられないまま、ひとまず質問をする。
「それで…その、死神に取り憑かれた人を探して志木河さんは一体何を?」
「その死神を引き剥がして捕らえる。」
唐突に志木河は真剣な目に戻る。沙夜はその目を見て、少しだけ考えを改めた。
「そんなこと、できるんですか?」
「わからない。ただ、死神憑きが協力してくれないことには、この計画は完成しないんだ。」
沙夜は改めて聞いた話を整理して考える。志木河がわざわざ自分に接触し、長々と空想のような信じがたい話を真剣にしたこと、そして彼が誰かに協力を求めていること。沙夜は恐る恐る問いかけた。
「それを、私に?」
志木河はコーヒーを一口飲み、落ち着いて答える。
「ああ。君が死神憑きではないかという話を上層部から言われてね。それで君に接触を試みた、というわけだな。」
突然静かな日常に現れた男の素性とその理由を聞き、信じられないながらにも沙夜は俯いた。
死神、という言葉に思い当たる節がないわけではなかった。これまでの自分の周りに起きた悲劇。それが志木河の言葉を信じきれない沙夜の頭をよぎっては、信用するように促していた。
もしも自分の身に起こる悲劇が死神という得体の知れないものによるものだったとしたら。沙夜は自身が抱えている罪の意識が解放される可能性を見出した。それと同時に死神が自分の身から消えたとしたらどうなるのかについては、希望と同時に不安もあった。
「その…死神がいなくなったら私は…」
不安げな表情を浮かべて沙夜は聞く。その表情は先ほどまでの信じきれない話を適当に聞いていたときのものとは違った。
「まだ断言はできないが、少なくとも不幸体質みたいなものからは解放されるんじゃないかと考えている。」
志木河は真摯な目を沙夜へ向けた。沙夜の協力を得るため、説得するように目で訴えかけていた。しかし彼の言った言葉には協力を得るためだけの適当な発言でない雰囲気もあった。
「そう…なのね…」
不幸から解放されるという言葉は沙夜にとって大きな魅力があった。彼女のこれまで18年間の苦しみを解放する。そんなことを言ってくれた人はこれまで誰一人としていなかった。そもそもそんな不幸は理由のない、運命というものによるものだと考えていた。だが沙夜にひとつの答えと希望の光が灯った。
一呼吸置いて沙夜は志木河の目を見た。その瞳にはこれまでよりも生命力が宿っていた。
「あの…私、何をすればいいですか?」
その目を見た志木河は少し驚いたような顔をした。
「それは、協力してくれるってことかな?」
「はい…この状況から…逃れられるのなら。」
志木河はうまくいくと思っていなかった協力要請の成功に喜ぶとともに、沙夜の瞳の力強さを見てこれまで以上に彼女を救うために努力をしようという気持ちが芽生えていた。
「わかった。それじゃあまずは我々の研究施設に来てもらうことになるだろう。連絡先を教えてもらってもいいかな?」
彼女は志木河に連絡先を伝え、志木河も連絡先を彼女に渡した。沙夜は未だに志木河のだらしない見た目に不信感こそあったものの、すがるような気持ちで彼に頼った。まだ先の見えない苦境の中に一筋の光が見えたような気がしたが、それが確かなものであるとは信じきれずにいた。
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