死神憑きの微笑み

戸山紫煙

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陰陽庁

新しい日々

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一人は気楽なものだ。
共同で使う場所の掃除もないし、煩わしい人間関係もない。
隣に誰が住んでいるかは気になるには気になるけど、さしてそれが問題と思うことも今のところない。
それに多分向こうも学生で、互いにさして気にしてはいないだろう。
やることといえば、家の掃除と食事の支度、洗濯なんかも全部自分の部屋で完結する。
自由とは孤独である、なんて言うけれどそれは私にとても向いているってことなんだろう。
無理を言って大学にまで入れてもらったのだ。それも東京の大きい大学に。そうしたら、なんとかして成績も優秀に修めて卒業しなくては。
これから、一人で生きていくために勉強する機会をもらえたことを感謝しなくては。

大学は広すぎてまだまだ落ち着かない。授業のある教室も迷ってしまいそうだし、春だからか色んなサークルがチラシを配っていて煩わしい。
授業はなんとかついていけている。教科書もちゃんと読み込めば今まで知らなかったことがわかってくる。
席も自由で友達を作るのだって自由、これはとてもありがたいことだ。誰とも話さなくても生きていくことができるのだから。
毎日朝起きて、学校へ行き、授業を受けて帰るだけ。
こんなに理想的な生活はない。求めていたものが手に入った実感を得た。

ある日、いつも通り私は大学へ向かっていた。変わらない通学路、なんとなく見覚えのある学生の群れの中に自分が溶けこんだ。
いつも通る東側の校門で大学の警備員と目が合った。いつもは合わせないが合ってしまった手前、こちらも軽い会釈だけしてみた。
学生に溶け込んではいるものの、自前の白い髪や、やや痩せすぎな手足は少しだけ浮いている気もする。でも仕方がないのだ。髪は高校に入る時点でもうすでにストレスのせいで真っ白になっていた。食事は人並みに取っているつもりだが、少ないのかもうしばらくずっと華奢な体をしている。
少し自分の風貌を気にしながら教室に入って席についた。いつもの窓際。窓からは僅かだが学外の景色が見える。上の空になってしまったときはぼんやりと外を眺めて過ごしている。
今日も外をぼーっと見ていた。春めいて木々が青々としてきたことで大学の前の通りは少しだけ華やかさが増したように感じた。学生や街の人々が通りゆく姿を見ているとあっという間に時間が過ぎる。
もうすぐ授業の終わりだ。最後に出されたレポートの締め切りやテーマをレジュメの片隅にさっとメモして私は教室を出た。

昼の時間。私は大学の食堂が苦手だ。たくさんの人で溢れて、居場所がない気がしてしまう。
最近、お気に入りの場所を見つけた。大学を出てすぐのところにある小さな公園。遊具も2つくらいしかなく、きっと近隣の人々にも忘れ去られたような公園。その端のベンチが昼食をとる場所になっていた。
公園なのに、最近できたのか大きなビルが近くにあることで日陰になってしまう。そのせいで人も寄り付かない。植えられていたであろう花々は弱々しく咲き、逆に雑草は強く生い茂っていた。ベンチから見上げる空は遠くて狭く見える。それも好きだった。
いつものように作ってきたお弁当を膝の上で開け、食べる。ここだけは時間がゆっくり進んでいるような気がした。ここにいる自分だけが自由で、落ち着ける場所だと思っている。
ゆっくり食事をすればまたあの喧しい大学の中に戻って過ごす時間は少なくなる。慌しい日々に休息を与えてくれるのが公園での時間だった。

午後の授業も出席して、ノートを取る。知識を得るのは面白くもないが苦痛でもない。必要だと強く感じているから、体がそれに応答する。まだ高校生みたいに手紙を回しているような人もいるが、端の席を取れればそんなものに付き合わされる必要もない。ただ真面目にノートを取り、参考書を読み、理解を深めるだけだった。
ほとんどの学生が授業を終える頃、私も授業を終えて帰路に着く。まだ授業が残っている人やサークルのある人たちは教室で暇を潰している。そんな様子を横目に教室を出た。
誰とも関わらない1日が今日も終わる。朝通った通学路は、夕方には西陽で金色に煌めいているようにも見えた。
電車に揺られて15分程度、さらに降りて3分程度の好立地に住んでいる。たまたまいいアパートがあって、借りることができた。壁は薄いが、気になることも特にない。
2階に上がり、一番奥の部屋の鍵を開ける。やっと一人になれる空間だ。誰とも話さないとはいえ、外は少し息が詰まる。
窓の外は日が落ちかけて紺色とオレンジ色のコントラストが街にかかっている。この時間が、一番落ち着くのだ。今日も罪を重ねなかった自分に与えられた絶景なのだと。
一息つくと、夕飯の支度を始めてあとは時の流れるままに1日を終える。眠りにつくときは少しだけ不安が差すのが嫌いだ。明日がくる、明日も今日と同じように、罪を重ねないように孤独な日を送れますように、と祈りながら眠くなるまで待つことしかできない暗闇が、少しだけ怖いのかもしれない。
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