死神憑きの微笑み

戸山紫煙

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始まり

出会い

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4月も終わりとなり、ゴールデンウィークへ向けて大学生たちは浮き足立つ季節となった。友人と遊ぶ予定を立てたり、サークルの活動予定を立てる人々が学内のベンチが埋まっていた。
もはや休日のような雰囲気の学内で沙夜はただ一人真面目に授業を受けるためだけに登校していた。
昼休みになると沙夜はいつも通り校門を出て公園へ向かった。
『人が多くて過ごしづらいなあ…』
ぼんやりといつもよりも生きづらい感覚を覚えながら小さな弁当箱に収められたご飯をつつく。賑わう学内と違い、いつもと変わらない様相を示す公園の中は相変わらずじめっとした雰囲気だった。
「あの…」
一人で居られるはずの空間に知らない男の声が響いた。沙夜はびくりとしてから振り返ると見知らぬ男がベンチの隣に立っていた。黒く無造作な髪にスーツを着ているもののネクタイも緩み、ワイシャツのボタンも2つほど開けられて会社員とは思えない姿をしている。しかも大学生と言うにはやや歳が上に見えた。
「え…な、なんでしょう?」
声をしばらく出していなかった沙夜の声は小さく、掠れていたのに加えて知らない男に声をかけられたことによる怯えから震えていた。
「笠ノ葉沙夜…って君のことかな?」
名前を呼ばれたことで尚更怯えた沙夜は少しだけ男から離れるようにベンチに座り直した。
「だ、誰ですか、あなた…」
「ああ、ごめんね。こういう者です。」
男はスーツの胸ポケットからおもむろに名刺を取り出し、片手で沙夜の方へ突き出した。沙夜は受け取るのをためらいながら差し出された名刺を覗き込む。
『…陰陽庁、調査部…しきかわ、かおる…?』
聞き覚えのない単語の羅列に疑問を抱きながら差し出された名刺をそっと両手で受け取る。沙夜は改めて名刺に目をやりながら男の顔を見上げる。やはり記憶にない男だった。
「あの、私に何か…」
「君が“死神憑き”、ってことであっているかな?」
死神憑き、という物騒かつ聞き覚えのない単語に沙夜はますます不安を抱く。怯えたように体を縮こめる沙夜に対してためらうことなく志木河しきかわと名乗る男は話を続ける。
「君を探していた、保護するために。君のその特異な体質を国が求めている。手を貸してくれないかな。」
つらつらとわけのわからないことを連ねられた沙夜は久しぶりに出す大きめの声で言葉を遮る。
「あの!」
驚いたように志木河は口をつぐみ、目を丸くして沙夜を見つめた。
「し、しにがみつき、って何ですか?体質とか国とか、私には心当たりが全く…」
大きい声を出してしまったことによる照れもあり、小さい声で遠慮がちに沙夜は志木河へ質問した。志木河も少し申し訳なさそうに頭を掻きながら答えを考えた。
「あ、えっと…その、君の周りの人間に何か不幸が多いと感じたことは、ないかな?」
思いもよらなかった返答に沙夜は言葉を失う。それはまさに沙夜がこの生涯で苛まれてきたことそのものであったからだ。脳裏にこれまで沙夜の身に降りかかった出来事が走る。数多くの苦しみや悲しみが迫ったことで沙夜の瞳からは意思に関係なく涙が流れた。
流れた涙は頬を伝い、沙夜の膝に広げられた弁当箱に落ちる。止めどなく流れる涙は弁当を包んでいた袋にまで落ち、布にしみを残していく。
俯いた沙夜の様子に戸惑う志木河はそっとその様子を伺い、状況を悟った。とっさにスーツのポケットに押し込まれていたハンカチを探し出し、彼女の前に差し出した。
「あ、えっと、ごめんね。い、嫌なこと思い出させちゃったかな…」
戸惑いが隠せない志木河は跪き、目線を沙夜に合わせながらハンカチを差し出している。沙夜自身も自分が思いもよらず涙を流してしまったことに対して焦っていた。
「い、いいです。あの、放っておいて下さい。」
沙夜は辛うじて言葉を紡ぎ、取り乱したように急に立ち上がって鞄を持つ。立ち上がったことで弁当箱はひっくり返り、汚れてしまったが、それに構うことなく落ちたものを拾って鞄に詰め込んだ。泣いた顔を見られないように志木河の方を向かないでそのまま足早に公園を去ろうとする沙夜に対して志木河はハンカチを渡そうと手を伸ばす。
「ごめんよ、そんなつもりじゃなかったんだ。涙、拭いて…」
「もう、いいですから。」
追って声をかける志木河の声を遮り、沙夜はその手を振り払った。その衝撃で志木河の手からハンカチがこぼれ落ちた。しかし沙夜はその様子も見ることなく逃げるように駅へと駆けて行った。
日陰のコンクリートにぽつりと落とされたハンカチを前に志木河は立ち尽くしていた。沙夜が駆けて大通りへ曲がっていくその背中を見て、もう追いかける気もしなくなっていた。
『今日は、ダメかもしれないな。しかし、申し訳ないことをしてしまった。』
ぼんやりと志木河はそんなことを考えながら反省し、ゆっくりと腰をおろしてハンカチを拾い上げた。ハンカチの汚れを振り払い、もとのポケットへしまい込んで志木河も沙夜が走って行った方向と逆方向へと歩いていった。
『困ったな、次にどうやって話しかけようか。とりあえず謝ってみるしかないか。』
志木河は歩きながらぼんやりと反省していた。
『どうしよう、申し訳ないこと、してしまったかも。』
同じように沙夜も走り抜けたあと、頭を冷やして反省していた。彼女は息を切らせながら残りの駅への道をゆっくりと歩いていた。沙夜は未だに少しだけ溢れる涙をカーディガンの袖で拭いながら、やむを得ず授業の残る大学を後にした。
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