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第四話 反転の再現薬
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「とにかく、君には美味しい食事をして、ふかふかのベッドで寝て、しっかりと体調を整えてもらう。急にたくさんは食べられないだろうから、少しずつ、胃に優しいものを作らせよう。君専属の侍女はもう選別してある。後で部屋に来るように伝えているから、色々と教えてもらうといい」
「は、はぁ……」
ズ、と鼻を啜り、泣き腫らした目を押さえながら話に耳を傾けていたアマリリスであるが、矢継ぎ早に語られるアデルバートの話の内容に困惑する。
「あの、どうしてそれほどまでに良くしてくださるのですか?」
「え……? ああ、すまない。やっと君を見つけられて、大人気なくもはしゃいでしまったな」
アデルバートは照れ臭そうに、手の甲を口元に当てた。その口角は僅かに弧を描いている。
「積もる話はたくさんあるのだが……それは追々、ゆっくりと、少しずつ伝えていくとしよう。まずは体力をつけることが最優先だ。その細い足だと、まともに歩くこともできまい」
「あ……す、すみません」
「責めているわけではない。少しでも俺に感謝の気持ちがあるのなら……そうだな、元気になることをその返礼として受け取ろう」
「……はい」
どこまでもアマリリスを思い遣ってくれるアデルバートに、アマリリスの心が少しずつ解きほぐされていく。
不意に、アデルバートが眉間に皺を寄せ、重々しい口調でアマリリスに語りかけた。
ピン、と空気が張り詰め、自然とアマリリスの背筋も伸びてしまう。
「アマリリス。君の家族の処遇についてなのだが」
『家族』という単語に、びくりと肩が跳ねる。
そうだ、確かあの時、父も、母も、妹も、名ばかりの許嫁も――アマリリスを虐げてきた者は残らず兵に捕縛されていた。
「えっと、その……わたしの家族は今、どうしているのでしょうか?」
「厳重に牢に繋いでいる。繋がれる身となり、少しでも自らの行いを悔い改めてくれれば良かったのだが――あの者どもの口からは聞くに耐えん言葉ばかりが吐き出される。これから尋問だ。神を冒涜したのだから、相応の罰は受けてもらう」
「罰……?」
「ああ。我が国が開発した秘薬の実験台になってもらう」
そう言って胸ポケットから、濃い紫の液体が入った小瓶を取り出した。
「これは、反転の再現薬。飲んだ者がこれまで犯した罪が、その者の身に跳ね返り、再現される。君への酷遇を白日のもとに晒すとともに、自らの過ちをその身に受けさせ反省を促すものなのだが……そこまでの効果は期待しない方がよさそうだ」
アデルバートの言葉に、アマリリスも悲痛な顔をして視線を下げた。
彼らは、アマリリスを傷つけることに何の罪悪感も抱いていなかった。自らの行いが正しいと信じて疑っていなかった。きっと、最期まで悔い改めることはないだろう。
「アマリリス。君が……いや、鱗が現れたのは何歳の頃だ?」
「え、と……鱗が現れたのは十二歳です」
言葉を選んで問うたアデルバートだが、アマリリスはその問いの意味を理解したらしく、消え入りそうな声で答えた。
つまり、十二歳の頃から非道な行いは始まったということ。
「――よし、分かった。カルロ、薬の効果対象が決まったぞ。アマリリスが十二歳の頃から、今日に至るまで、奴らが彼女に痛みを与えた行為全て、だ」
「承知いたしました」
黒いフードを被った魔術師が、音もなく室内に現れた。
アマリリスはギョッとするが、カルロと呼ばれた魔術師は薬を目線の高さに掲げて何やら呪文を唱えた。すると、紫紺の光がぼんやりと立ち登り、アマリリスを包み込んだ。そしてキラキラと弾けるように輝きながら再び小瓶の中へと収束していった。
「準備は整った。アマリリスを虐げた奴らに鉄槌を下しにいく。きっと見るに耐えない凄惨な光景となるだろう。君はここに残っているように」
アデルバートは獲物を狙う獣のように金の瞳をギラつかせながら立ち上がると、部屋に専属侍女を呼ぶようにと扉の外の護衛に言い付けて、足速に部屋を出ていった。
「は、はぁ……」
ズ、と鼻を啜り、泣き腫らした目を押さえながら話に耳を傾けていたアマリリスであるが、矢継ぎ早に語られるアデルバートの話の内容に困惑する。
「あの、どうしてそれほどまでに良くしてくださるのですか?」
「え……? ああ、すまない。やっと君を見つけられて、大人気なくもはしゃいでしまったな」
アデルバートは照れ臭そうに、手の甲を口元に当てた。その口角は僅かに弧を描いている。
「積もる話はたくさんあるのだが……それは追々、ゆっくりと、少しずつ伝えていくとしよう。まずは体力をつけることが最優先だ。その細い足だと、まともに歩くこともできまい」
「あ……す、すみません」
「責めているわけではない。少しでも俺に感謝の気持ちがあるのなら……そうだな、元気になることをその返礼として受け取ろう」
「……はい」
どこまでもアマリリスを思い遣ってくれるアデルバートに、アマリリスの心が少しずつ解きほぐされていく。
不意に、アデルバートが眉間に皺を寄せ、重々しい口調でアマリリスに語りかけた。
ピン、と空気が張り詰め、自然とアマリリスの背筋も伸びてしまう。
「アマリリス。君の家族の処遇についてなのだが」
『家族』という単語に、びくりと肩が跳ねる。
そうだ、確かあの時、父も、母も、妹も、名ばかりの許嫁も――アマリリスを虐げてきた者は残らず兵に捕縛されていた。
「えっと、その……わたしの家族は今、どうしているのでしょうか?」
「厳重に牢に繋いでいる。繋がれる身となり、少しでも自らの行いを悔い改めてくれれば良かったのだが――あの者どもの口からは聞くに耐えん言葉ばかりが吐き出される。これから尋問だ。神を冒涜したのだから、相応の罰は受けてもらう」
「罰……?」
「ああ。我が国が開発した秘薬の実験台になってもらう」
そう言って胸ポケットから、濃い紫の液体が入った小瓶を取り出した。
「これは、反転の再現薬。飲んだ者がこれまで犯した罪が、その者の身に跳ね返り、再現される。君への酷遇を白日のもとに晒すとともに、自らの過ちをその身に受けさせ反省を促すものなのだが……そこまでの効果は期待しない方がよさそうだ」
アデルバートの言葉に、アマリリスも悲痛な顔をして視線を下げた。
彼らは、アマリリスを傷つけることに何の罪悪感も抱いていなかった。自らの行いが正しいと信じて疑っていなかった。きっと、最期まで悔い改めることはないだろう。
「アマリリス。君が……いや、鱗が現れたのは何歳の頃だ?」
「え、と……鱗が現れたのは十二歳です」
言葉を選んで問うたアデルバートだが、アマリリスはその問いの意味を理解したらしく、消え入りそうな声で答えた。
つまり、十二歳の頃から非道な行いは始まったということ。
「――よし、分かった。カルロ、薬の効果対象が決まったぞ。アマリリスが十二歳の頃から、今日に至るまで、奴らが彼女に痛みを与えた行為全て、だ」
「承知いたしました」
黒いフードを被った魔術師が、音もなく室内に現れた。
アマリリスはギョッとするが、カルロと呼ばれた魔術師は薬を目線の高さに掲げて何やら呪文を唱えた。すると、紫紺の光がぼんやりと立ち登り、アマリリスを包み込んだ。そしてキラキラと弾けるように輝きながら再び小瓶の中へと収束していった。
「準備は整った。アマリリスを虐げた奴らに鉄槌を下しにいく。きっと見るに耐えない凄惨な光景となるだろう。君はここに残っているように」
アデルバートは獲物を狙う獣のように金の瞳をギラつかせながら立ち上がると、部屋に専属侍女を呼ぶようにと扉の外の護衛に言い付けて、足速に部屋を出ていった。
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