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第三章 記憶と緩まる封印
こたつとみかん
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最近、鬼丸の様子がおかしい。
七緒に毛糸を返しに行ったあたりから、物憂げに空を眺めていることが増えた。それだけではない。姿が見えないからと探していたら、大抵壁にもたれて苦しそうに腹部を押さえているのだ。慌てて結衣が駆け寄っても、「大丈夫」の一点張りで何も教えてはくれない。
最初はただの腹痛かと思っていたが、どうも違うようだ。
少しすれば痛みは引いていつもの鬼丸に戻るのだが、姿をくらませる頻度が増えたように思う。結衣に心配をかけまいとそうしているのだろうが、もしそのまま気を失ってしまったら、と最悪の場合を考えると事情を話して欲しいと思うのも自然なことだろう。
あるいは、体調不良の相談もできないほど、自分は頼りない存在なのだろうか。結衣と鬼丸の信頼関係はそれほど薄いものだったのか。鬼丸に限ってそんなことはないと、自分に言い聞かせてはみるが、どうしても後ろ向きな考えは絡みつく蛇のようにしつこく付き纏う。
それだけでも胸がギュッと締め付けられる切なさを感じるというのに、もう一つ結衣を悩ませていることがある。
「鬼丸、そろそろ年越しだね」
「ああ、そうだな」
年の瀬も年の瀬、あと数日で新年を迎えるというある日の夜。結衣は自室に出した小ぶりのこたつに肩まで潜り込みながら、対面でみかんを剥いている鬼丸に声をかけた。
今日の鬼丸は調子がいいらしい。桃色に色づいている頬を眺めながら、結衣は密かに目を細めた。
「ん? 欲しいのか」
「え? あー、うん。いいの?」
じっと見つめすぎたらしく、鬼丸に気づかれてしまった。何やら誤解をしているようだけれど、結衣はみかんが好きだ。もしかして半分分けてくれるのかな、という期待を込めて肯定してみた。
「仕方がないやつだな」
鬼丸はフッと笑って、みかんを一粒剥くと、「ん」と結衣の口元に手を突き出した。
「え? あ、あーん?」
一瞬戸惑ったものの、結衣は素直に口を開けてみかんを口内へ迎え入れた。歯でみかんの薄皮を破ると、プチッと身が弾けて甘酸っぱい果汁が広がる。
「ふ、うまいか」
鬼丸は優しい目をしながら、もう一つ、もう一つと結衣の口にみかんを運ぶ。
「あ、ありがとう」
流石に何度も「あーん」をされれば気恥ずかしくなってくる。結衣が淡く頬を染めながら視線を逸らすと、対面に座っていた鬼丸がいつの間にか真横まで近づいてきていた。
「わ、お、鬼丸?」
「まったく、口についているぞ」
突然の近距離にどきりと胸が高鳴るが、一方の鬼丸は呆れ顔をしている。結衣より一回り小さな鬼丸の手が伸びてきて、グイッと親指で唇を拭われる。
「あ、ありがとう」
だめだ、流石に恥ずかしい。どうしたんだろう。
そう、最近結衣を悩ませているもう一つのこと。それは、鬼丸がいつにも増して結衣に甘いことなのだ。
過保護なのは昔からなのだけれど、こう、結衣を見つめる眼差しや、結衣に触れる手つきがこれまで以上に慈しみに満ちている気がするのだ。割れ物のように丁寧に扱われて嫌なわけがない。けれど、たまに、鬼丸の瞳が燃えたぎる炎のようにゆらりと揺れて見える時がある。
一番戸惑っているのは、そんな鬼丸を前にして、結衣の心臓が跳ねてしまうことなのだ。
どうしてか、鬼丸の赤い目に見つめられると、射抜かれたように動けなくなってしまう。どこか懐かしささえ感じてしまい、より一層結衣を動揺させる。
(なんだろう……鬼丸の目。ずっと昔に見たことがある気がする。召喚の儀で出会うもっと前に……もしかして、私と鬼丸は小さい頃に出会っている?)
「ねえ、鬼丸。私たちってもしかして……?」
「ぐっ……」
「鬼丸!?」
記憶の糸を辿り始めた結衣が鬼丸に問いかけた時、突然鬼丸がお腹を押さえてこたつに突っ伏してしまった。首筋には大量の冷や汗が滲み、呼吸が荒くなっている。
慌ててこたつから飛び出した結衣が鬼丸の背中をさすろうと手を伸ばす。
「痛っ」
けれど、激しい静電気が起こったようなピリッと鋭い痛みに弾かれてしまう。
「大丈夫だ……今の俺に触れるな……!」
鬼丸はこたつ布団を掻き抱くように腹部に集めている。見るからに大丈夫ではない。フゥフゥと苦しそうに肩で息をしている。
耐えきれずに鬼丸へと手を伸ばそうとして、長袖で隠れていた手首の紋様が袖口から顔を覗かせた。
「え……」
光っている。
結衣の手首の忌々しき封印の紋が、青白い光を発しては消えてを繰り返している。点滅しているかのような光は淡く儚いものであるが、このようなことは初めてだ。
「く……先に休むぞ」
「え!? 鬼丸! 一人じゃ……」
鬼丸はよろりと転倒しそうになりながらも立ち上がり、半ば倒れるようにして壁に肩を押し付けて、擦るように結衣の部屋を出て行ってしまった。程なくして鬼丸の部屋の方向から扉が閉まる音がしたので、無事に部屋には辿り着けたようだ。
鬼丸を引き止めようと伸ばし、宙に虚しく取り残されてしまった手をゆっくりと下ろす。
「鬼丸……」
何かが変わろうとしている、そんな言いようのない不安が結衣の心を掻き乱した。
七緒に毛糸を返しに行ったあたりから、物憂げに空を眺めていることが増えた。それだけではない。姿が見えないからと探していたら、大抵壁にもたれて苦しそうに腹部を押さえているのだ。慌てて結衣が駆け寄っても、「大丈夫」の一点張りで何も教えてはくれない。
最初はただの腹痛かと思っていたが、どうも違うようだ。
少しすれば痛みは引いていつもの鬼丸に戻るのだが、姿をくらませる頻度が増えたように思う。結衣に心配をかけまいとそうしているのだろうが、もしそのまま気を失ってしまったら、と最悪の場合を考えると事情を話して欲しいと思うのも自然なことだろう。
あるいは、体調不良の相談もできないほど、自分は頼りない存在なのだろうか。結衣と鬼丸の信頼関係はそれほど薄いものだったのか。鬼丸に限ってそんなことはないと、自分に言い聞かせてはみるが、どうしても後ろ向きな考えは絡みつく蛇のようにしつこく付き纏う。
それだけでも胸がギュッと締め付けられる切なさを感じるというのに、もう一つ結衣を悩ませていることがある。
「鬼丸、そろそろ年越しだね」
「ああ、そうだな」
年の瀬も年の瀬、あと数日で新年を迎えるというある日の夜。結衣は自室に出した小ぶりのこたつに肩まで潜り込みながら、対面でみかんを剥いている鬼丸に声をかけた。
今日の鬼丸は調子がいいらしい。桃色に色づいている頬を眺めながら、結衣は密かに目を細めた。
「ん? 欲しいのか」
「え? あー、うん。いいの?」
じっと見つめすぎたらしく、鬼丸に気づかれてしまった。何やら誤解をしているようだけれど、結衣はみかんが好きだ。もしかして半分分けてくれるのかな、という期待を込めて肯定してみた。
「仕方がないやつだな」
鬼丸はフッと笑って、みかんを一粒剥くと、「ん」と結衣の口元に手を突き出した。
「え? あ、あーん?」
一瞬戸惑ったものの、結衣は素直に口を開けてみかんを口内へ迎え入れた。歯でみかんの薄皮を破ると、プチッと身が弾けて甘酸っぱい果汁が広がる。
「ふ、うまいか」
鬼丸は優しい目をしながら、もう一つ、もう一つと結衣の口にみかんを運ぶ。
「あ、ありがとう」
流石に何度も「あーん」をされれば気恥ずかしくなってくる。結衣が淡く頬を染めながら視線を逸らすと、対面に座っていた鬼丸がいつの間にか真横まで近づいてきていた。
「わ、お、鬼丸?」
「まったく、口についているぞ」
突然の近距離にどきりと胸が高鳴るが、一方の鬼丸は呆れ顔をしている。結衣より一回り小さな鬼丸の手が伸びてきて、グイッと親指で唇を拭われる。
「あ、ありがとう」
だめだ、流石に恥ずかしい。どうしたんだろう。
そう、最近結衣を悩ませているもう一つのこと。それは、鬼丸がいつにも増して結衣に甘いことなのだ。
過保護なのは昔からなのだけれど、こう、結衣を見つめる眼差しや、結衣に触れる手つきがこれまで以上に慈しみに満ちている気がするのだ。割れ物のように丁寧に扱われて嫌なわけがない。けれど、たまに、鬼丸の瞳が燃えたぎる炎のようにゆらりと揺れて見える時がある。
一番戸惑っているのは、そんな鬼丸を前にして、結衣の心臓が跳ねてしまうことなのだ。
どうしてか、鬼丸の赤い目に見つめられると、射抜かれたように動けなくなってしまう。どこか懐かしささえ感じてしまい、より一層結衣を動揺させる。
(なんだろう……鬼丸の目。ずっと昔に見たことがある気がする。召喚の儀で出会うもっと前に……もしかして、私と鬼丸は小さい頃に出会っている?)
「ねえ、鬼丸。私たちってもしかして……?」
「ぐっ……」
「鬼丸!?」
記憶の糸を辿り始めた結衣が鬼丸に問いかけた時、突然鬼丸がお腹を押さえてこたつに突っ伏してしまった。首筋には大量の冷や汗が滲み、呼吸が荒くなっている。
慌ててこたつから飛び出した結衣が鬼丸の背中をさすろうと手を伸ばす。
「痛っ」
けれど、激しい静電気が起こったようなピリッと鋭い痛みに弾かれてしまう。
「大丈夫だ……今の俺に触れるな……!」
鬼丸はこたつ布団を掻き抱くように腹部に集めている。見るからに大丈夫ではない。フゥフゥと苦しそうに肩で息をしている。
耐えきれずに鬼丸へと手を伸ばそうとして、長袖で隠れていた手首の紋様が袖口から顔を覗かせた。
「え……」
光っている。
結衣の手首の忌々しき封印の紋が、青白い光を発しては消えてを繰り返している。点滅しているかのような光は淡く儚いものであるが、このようなことは初めてだ。
「く……先に休むぞ」
「え!? 鬼丸! 一人じゃ……」
鬼丸はよろりと転倒しそうになりながらも立ち上がり、半ば倒れるようにして壁に肩を押し付けて、擦るように結衣の部屋を出て行ってしまった。程なくして鬼丸の部屋の方向から扉が閉まる音がしたので、無事に部屋には辿り着けたようだ。
鬼丸を引き止めようと伸ばし、宙に虚しく取り残されてしまった手をゆっくりと下ろす。
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