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例の話?ええ、霊の話です
「どうしようどうしようどうしよう…」
「ルウシェ、落ち着いて」
翌日、私はミエーテル公爵家を訪れていた。そして今、ガクガク震える私の背中を優しくさすってくれているのは、良き友人のギュンター様である。鼻筋が通り、深い青色の瞳で、青味がかった銀髪が美しい美青年である。変わり者だと後ろ指刺される私の良き理解者だ。
「君は風邪を引いて来ていなかったから知らないと思うけど、この間モブデス伯爵家主催のパーティでレイナード殿とカサンドラ嬢は仲睦まじく寄り添っていた。それはもうべったりと。風邪を引いた婚約者を心配する素振りも見せず、好機とばかりに他の令嬢に手を出す。そんな男との婚約なんて解消して正解じゃないか?前向きに考えよう」
「うぅ…ギュンター様…違うんです。私はレイナード様との婚約解消が悲しいわけでは決してないのです。両親には悪いことをしたと思いますが…あぁ…レイナード様、どうか、どうか死なないでぇぇ」
「え?何その物騒な願い」
おいおいと泣く私に、ギュンター様は訳がわからないと眉間に皺を寄せた。そんなことはお構いなしに私は話を続ける。
「戻って来ないの…!レイナード様に着いて行ってしまって…あぁ、あの顔は絶対何かよからぬことを企んでいるわ…どうしようぅぅ」
「…あぁ、なるほど。例の話だね?」
例の話。ええ、霊の話ですとも。
ギュンター様は困ったように笑っているが、笑い事ではない。レイナード様の生死に関わる大問題だ。
「ええと、騎士の悪霊だっけ?君に取り憑いているっていうの…」
ギュンター様の問いに、私は目にいっぱいの涙を浮かべて神妙に頷いた。
私、ルウシェ・レイミエールは、この世に在らざるものを引きつける特殊な体質の持ち主である。
物心ついた頃には、この世のものではないものの姿が見えており、よく何もない空中に向かって笑いながら手を伸ばしては両親を心配させた。
五歳頃までは人間と霊の区別もつかなかった。
側から見れば壁や空に向かってケタケタ笑いながら話し続ける姿は奇行でしかない。そのうち私は陰で『奇人令嬢』と呼ばれるようになった。
両親に泣かれ、ようやく自分が異端児であると悟った。霊は誰にでも見えるものでもないし、会話できるものでもない。人前で霊が見える素振りを見せてはならないのだと、幼いながらに理解した。
そんな中でのノロワレール侯爵家との婚約。私が十歳の時だった。
『奇人令嬢』という不名誉な呼び名を持つ私と婚約を結んでくれたことは感謝すべきであり、私はこれ以上両親を悲しませないように、婚約者として相応しい立ち居振る舞いを心掛けた。厳しいマナーのレッスンにも食らいつき、沢山本を読んで見識を深めた。レイナード様の前でも取り繕い懸命に優秀な侯爵令嬢を演じた。
だが、彼と過ごす時間は素を見せられないという制約があり、とても息苦しいものだった。
転機が訪れたのは私が十ニ歳の時。私は悪霊に取り憑かれた。
十日間も高熱が続き、悪夢に魘され、ああこのまま死んでしまうかと思ったその時、私に取り憑いた霊が姿を見せた。
そしてーーー
私たちは意気投合した。
「ねえ何度聞いても文脈がおかしくないかい?」
「え?そうかしら?」
改めて私と悪霊との出会いを語って聞かせると、ギュンター様はひくひくと頬をひくつかせた。
私の前に姿を現した悪霊は、先の時代の騎士でアーノルドと名乗った。彼は戦で主君を失い、味方の策略に嵌められて辛くも命を落とした王の右腕とも言うべき騎士だったという。
主君を守りきれず、更には信頼し、背中を預けた仲間に裏切られて殺された恨みを持ちながら百年もこの世を彷徨っていた。そしていつしか彼の恨みの念から悪霊となってしまったらしい。
冥土の土産にと、彼は淡々と自らの人生を語ってくれた。私は彼の話がどうしようもなく辛くて悲しくて、わんわんと声を上げて泣いた。
『霊の身体では泣くことも叶わない。我に代わり其方が泣いてくれたことで幾分か胸につかえていたものが無くなった』
アーノルドはそう言い、私の前に跪き礼を言ってくれた。
『ねえ、私で良ければいつでもお話を聞くわ。もっとアナタのことが知りたいの』
「と、いうわけで。それ以来ずっと私はアーノルドに取り憑かれているのです」
「そ、そう…僕は君の身に何も起こらないのであれば…いい、と思うよ」
私の話を聞いたギュンター様は困ったように眉根を下げているが、決して私のことを馬鹿にしたり頭がおかしいと言ったりはしない。いつも優しく微笑んで寄り添ってくれる。なんと素敵な殿方なのか。婚約者がいないのが不思議でならない。
「もちろん、アーノルドは私の身体に害を及ぼさないように気を付けてくれています。むしろ霊を引きつける私の体質を案じて、害意のある霊を蹴散らしてくれていて…お陰で他の霊に害を加えられることもなくなったし、なんなら無害な浮遊霊達と気兼ねなくお話しすることができるようになりました」
そう、アーノルドを始めとした霊達はみんな、私にとても良くしてくれる。
各々の生前の話はすごくためになったし、色んな人生経験を積んだ気になれた。それに、『奇人令嬢』と避けられて、ギュンター様以外に友人が居ない私にとって、霊達はとても良き話し相手となってくれた。霊達は結構お話好きなのだ。
ギュンター様と出会った時も、私は空に向かって話しかけていた。普通の人ならその様子を見ると遠巻きにコソコソ陰口を言うのだが、ギュンター様は『誰と話しているの?僕も仲間に入れて』と笑顔で声を掛けてくれたのだ。
それ以来、私はギュンター様の前でだけは、本来の自分でいられる。
「アーノルド殿は、ルウシェのことを大切にしてくれてるんだね。悪霊と言うより、もはや守護霊みたいだよね」
「はい…彼は私のこととなると本当、過保護っていうか…親バカっていうか…ああ…彼が今頃何をしているのか…心配です…!」
私は再びレイナード様の身を案じて、青ざめる頬を両手で覆った。身勝手に婚約解消をされた相手だとは言え、命の危険があるとなると別だ。決して看過することはできない。
ギュンター様は震える私の背中を優しくさすってくれる。
「大丈夫だよ、数日もすれば気が済んで帰ってくるでしょ」
「そうだといいのですが…はぁ」
しかし、三日経ってもアーノルドは帰ってこなかった。
「ルウシェ、落ち着いて」
翌日、私はミエーテル公爵家を訪れていた。そして今、ガクガク震える私の背中を優しくさすってくれているのは、良き友人のギュンター様である。鼻筋が通り、深い青色の瞳で、青味がかった銀髪が美しい美青年である。変わり者だと後ろ指刺される私の良き理解者だ。
「君は風邪を引いて来ていなかったから知らないと思うけど、この間モブデス伯爵家主催のパーティでレイナード殿とカサンドラ嬢は仲睦まじく寄り添っていた。それはもうべったりと。風邪を引いた婚約者を心配する素振りも見せず、好機とばかりに他の令嬢に手を出す。そんな男との婚約なんて解消して正解じゃないか?前向きに考えよう」
「うぅ…ギュンター様…違うんです。私はレイナード様との婚約解消が悲しいわけでは決してないのです。両親には悪いことをしたと思いますが…あぁ…レイナード様、どうか、どうか死なないでぇぇ」
「え?何その物騒な願い」
おいおいと泣く私に、ギュンター様は訳がわからないと眉間に皺を寄せた。そんなことはお構いなしに私は話を続ける。
「戻って来ないの…!レイナード様に着いて行ってしまって…あぁ、あの顔は絶対何かよからぬことを企んでいるわ…どうしようぅぅ」
「…あぁ、なるほど。例の話だね?」
例の話。ええ、霊の話ですとも。
ギュンター様は困ったように笑っているが、笑い事ではない。レイナード様の生死に関わる大問題だ。
「ええと、騎士の悪霊だっけ?君に取り憑いているっていうの…」
ギュンター様の問いに、私は目にいっぱいの涙を浮かべて神妙に頷いた。
私、ルウシェ・レイミエールは、この世に在らざるものを引きつける特殊な体質の持ち主である。
物心ついた頃には、この世のものではないものの姿が見えており、よく何もない空中に向かって笑いながら手を伸ばしては両親を心配させた。
五歳頃までは人間と霊の区別もつかなかった。
側から見れば壁や空に向かってケタケタ笑いながら話し続ける姿は奇行でしかない。そのうち私は陰で『奇人令嬢』と呼ばれるようになった。
両親に泣かれ、ようやく自分が異端児であると悟った。霊は誰にでも見えるものでもないし、会話できるものでもない。人前で霊が見える素振りを見せてはならないのだと、幼いながらに理解した。
そんな中でのノロワレール侯爵家との婚約。私が十歳の時だった。
『奇人令嬢』という不名誉な呼び名を持つ私と婚約を結んでくれたことは感謝すべきであり、私はこれ以上両親を悲しませないように、婚約者として相応しい立ち居振る舞いを心掛けた。厳しいマナーのレッスンにも食らいつき、沢山本を読んで見識を深めた。レイナード様の前でも取り繕い懸命に優秀な侯爵令嬢を演じた。
だが、彼と過ごす時間は素を見せられないという制約があり、とても息苦しいものだった。
転機が訪れたのは私が十ニ歳の時。私は悪霊に取り憑かれた。
十日間も高熱が続き、悪夢に魘され、ああこのまま死んでしまうかと思ったその時、私に取り憑いた霊が姿を見せた。
そしてーーー
私たちは意気投合した。
「ねえ何度聞いても文脈がおかしくないかい?」
「え?そうかしら?」
改めて私と悪霊との出会いを語って聞かせると、ギュンター様はひくひくと頬をひくつかせた。
私の前に姿を現した悪霊は、先の時代の騎士でアーノルドと名乗った。彼は戦で主君を失い、味方の策略に嵌められて辛くも命を落とした王の右腕とも言うべき騎士だったという。
主君を守りきれず、更には信頼し、背中を預けた仲間に裏切られて殺された恨みを持ちながら百年もこの世を彷徨っていた。そしていつしか彼の恨みの念から悪霊となってしまったらしい。
冥土の土産にと、彼は淡々と自らの人生を語ってくれた。私は彼の話がどうしようもなく辛くて悲しくて、わんわんと声を上げて泣いた。
『霊の身体では泣くことも叶わない。我に代わり其方が泣いてくれたことで幾分か胸につかえていたものが無くなった』
アーノルドはそう言い、私の前に跪き礼を言ってくれた。
『ねえ、私で良ければいつでもお話を聞くわ。もっとアナタのことが知りたいの』
「と、いうわけで。それ以来ずっと私はアーノルドに取り憑かれているのです」
「そ、そう…僕は君の身に何も起こらないのであれば…いい、と思うよ」
私の話を聞いたギュンター様は困ったように眉根を下げているが、決して私のことを馬鹿にしたり頭がおかしいと言ったりはしない。いつも優しく微笑んで寄り添ってくれる。なんと素敵な殿方なのか。婚約者がいないのが不思議でならない。
「もちろん、アーノルドは私の身体に害を及ぼさないように気を付けてくれています。むしろ霊を引きつける私の体質を案じて、害意のある霊を蹴散らしてくれていて…お陰で他の霊に害を加えられることもなくなったし、なんなら無害な浮遊霊達と気兼ねなくお話しすることができるようになりました」
そう、アーノルドを始めとした霊達はみんな、私にとても良くしてくれる。
各々の生前の話はすごくためになったし、色んな人生経験を積んだ気になれた。それに、『奇人令嬢』と避けられて、ギュンター様以外に友人が居ない私にとって、霊達はとても良き話し相手となってくれた。霊達は結構お話好きなのだ。
ギュンター様と出会った時も、私は空に向かって話しかけていた。普通の人ならその様子を見ると遠巻きにコソコソ陰口を言うのだが、ギュンター様は『誰と話しているの?僕も仲間に入れて』と笑顔で声を掛けてくれたのだ。
それ以来、私はギュンター様の前でだけは、本来の自分でいられる。
「アーノルド殿は、ルウシェのことを大切にしてくれてるんだね。悪霊と言うより、もはや守護霊みたいだよね」
「はい…彼は私のこととなると本当、過保護っていうか…親バカっていうか…ああ…彼が今頃何をしているのか…心配です…!」
私は再びレイナード様の身を案じて、青ざめる頬を両手で覆った。身勝手に婚約解消をされた相手だとは言え、命の危険があるとなると別だ。決して看過することはできない。
ギュンター様は震える私の背中を優しくさすってくれる。
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