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第九話 再び、月夜の湖畔にて 2
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「え……?」
何事かと見上げると、星空に負けないほど眩い金色の目に捉えられる。
「アリエッタ。夜光虫の光の意味することを覚えているか?」
「えっと……」
夜光虫は蛍に似た夜にのみ光る虫。清く澄んだ水辺に生息し、大切な相手への愛を乞うために舞う無害な魔蟲。
「あの日の余の求愛は、子供の戯言だと受け取られてしまったが、改めてアリエッタに愛を乞おう」
「え……」
ルイ様の言葉の意味を理解できないでいるうちに、ルイ様は人差し指だけでなく、私の全ての指を絡め取ってしまった。
ギュッと握った手を口元へ運び、私の指先に唇を寄せる。
「アリエッタ、好きだ。これからもずっと、余の側にいてほしい」
「あ……」
心臓がギュッと鷲掴みにされたように軋んだ。
ドキドキと、血が沸騰しそうなほどに身体が熱い。
「え、っと……その、ルイ様はずっと私と一緒に過ごしていらっしゃるので、ルイ様の『好き』は家族愛のようなものではないかと……」
私は自分に言い聞かせるようにおずおずと言った。
そう、きっとそうだ。勝手に一人の女として好意を向けられていると勘違いして、もし違ったら? それは虚しすぎて目も当てられない。
それに、今の幸せな関係を壊したくない。そんな臆病な私が顔を覗かせる。
「ただの家族だと思っている女に触れたいと思うか? その瞳に自分だけを映してほしいと思うのか? 他の男と楽しそうに話している姿を見ただけで嫉妬に狂いそうになると言うのか?」
「え、ええっ……⁉︎」
ルイ様の金色の目が、鋭く輝いている。まるで私に本心を曝け出せと言っているようで、誤魔化すなと言われているようで、この場から逃げ出してしまいたくなる。そんな私の気持ちに感付いたのか、ルイ様は私を逃すまいと握る手の力を強めた。
「この想いが異性への好意ではないと言うのなら、試してみるか?」
「え、試すって、どうやって……?」
「――アリエッタ、お前に触れたい」
窺うように上目遣いで見つめてくるルイ様はずるい。
きっとルイ様は、そう、思春期で身近にいる手頃な女である私に興味を持っているだけ。
「だ、だ、ダメですっ! そ、それは、その……多分! お年頃ですから! ちょっと女性に興味が湧いてきているだけであって……」
苦しい言い訳を胸に、私は反論した。
「ミーシャには何も感じんぞ」
「……え? それはそれで問題がありそうな……」
「余が触れたいと思うのはアリエッタだけなのだ。頬に触れるだけだ。それ以外には何もしない」
「う……す、少しだけ、ですからね」
あっさりと根負けした私は、諦めてルイ様に頬を差し出した。そっと、割れ物を扱うようにルイ様の長い指が触れる。
「ん……」
ツウッと頬をなぞっては大きな掌で包み込まれる。その度に、背筋にぞくりと未知の感覚が走り、ルイ様の顔を見ることができなくて、視線を所在なく彷徨わせてしまう。
「……アリエッタはなんとも思っていない相手に、これほど欲情するものだというのか?」
「よ、欲情っ⁉︎」
「ああ、触れれば触れるほど、もっと触れたくて、腕の中に抱きすくめたくて仕方がない」
「え、あ、あの……」
ついつい視線を合わせてしまった私は激しく後悔した。
だって、ルイ様の目は燃えるような熱を帯びていて、私に向ける感情が単なる家族愛ではないことを如実に語っていたのだから。
「余の胸の音を聞いてみろ」
「わっ」
グッと腕を引かれて、耳をルイ様の胸に押しつけられる。
ルイ様の鼓動は信じられないほど早くて、私に特別な感情を抱いていると叫びまくっている。
「アリエッタ、余はアリエッタを一人の女として愛しているのだ。この気持ちに偽りはない。だから、アリエッタもいい加減、余の気持ちを認めてはくれないか」
「うう……だって、ルイ様は私のご主人様で、仕えるべき相手だから……」
「それがなんだというのだ。お世話役ではなく、恋人として側にいればいい」
「ヒィ……」
自分に言い訳をして誤魔化してきたことが、ことごとく論破されていく。
「難しいことは考えるな。アリエッタはどう思っている? まだ余を男として見れぬか? アリエッタの目にはまだ子供に映っているのか?」
「そ、そんなわけありません! むしろ男らしすぎて、カッコ良すぎて困っているぐらいです!」
ヤケクソで叫んだ言葉に、ルイ様は僅かに目を見開いた。
「だ、だって……急すぎます。ついこの間まで可愛い子供だったじゃありませんか。なのに、こんなに素敵に成長しちゃって、私の背もあっさり追い抜いちゃって……私も自分の気持ちに追いつかなくて戸惑っているんです!」
ああ、言ってしまった。
ずっとずっと自分を偽ってきて、考えないようにしてきたのに、認めてしまった。
半ベソをかきながら、キッとルイ様を睨みつける。完全に八つ当たりだ。ルイ様はたじろぎつつも、どこか嬉しそうに頬を緩めている。
「それで、つまり、アリエッタは余のことをどう思っているのだ?」
「う……す、好きです……きっと、一人の男性として。でも、もう少し気持ちの整理がつくまで、待って欲しいです」
私は異性を好きになったことがない。
ルイ様のことはもちろん大好き。でも、芽生えた恋心をゆっくり育てる間も無くどんどん成長していくのだもの。
そりゃ、自分の気持ちを持て余してしまうというもの。
ルイ様は、じわりと私の目尻に滲んだ涙を愛おしそうに指の腹で拭ってくれる。
「ふ、今はその答えが聞けただけで良しとしよう。春を迎えたら、余は成人の儀に臨む。無事に成人を迎えた時、改めてアリエッタへの愛を叫ぶとしよう」
「さ、叫ぶのはやめていただきたく……」
「む、そうか。ならば耳元で頷いてくれるまで囁き続ける方がいいか?」
「ヒィッ! そ、そんなことをされたら死んでしまいます!」
「どうしてだ? アリエッタは平気なのだろう? 余がこうして触れても、何とも思わないのだろう?」
ルイ様が悪い顔をしている。分かっていてこんなことを言っているんだ!
「平気じゃないって言っているでしょう⁉︎ も、もう! ルイ様、意地悪です!」
「ククッ。素直にならないアリエッタが悪い。これからは隙あらば愛していると告げることにするから覚悟しておくように」
「ひゃ……」
ルイ様は私の耳にそっとキスを落とした。全然待ってくれないじゃない!
満足げなルイ様に、私はこれからますます翻弄されていくのだろう。
どこかで期待している自分がいることに気が付いて、ブルブル頭を振ると、「どうかしたのか?」と蕩けるような笑顔を向けてくるルイ様。
ああ、もう。春にはきっと、私はあっさりと籠絡されているのだろう。
何事かと見上げると、星空に負けないほど眩い金色の目に捉えられる。
「アリエッタ。夜光虫の光の意味することを覚えているか?」
「えっと……」
夜光虫は蛍に似た夜にのみ光る虫。清く澄んだ水辺に生息し、大切な相手への愛を乞うために舞う無害な魔蟲。
「あの日の余の求愛は、子供の戯言だと受け取られてしまったが、改めてアリエッタに愛を乞おう」
「え……」
ルイ様の言葉の意味を理解できないでいるうちに、ルイ様は人差し指だけでなく、私の全ての指を絡め取ってしまった。
ギュッと握った手を口元へ運び、私の指先に唇を寄せる。
「アリエッタ、好きだ。これからもずっと、余の側にいてほしい」
「あ……」
心臓がギュッと鷲掴みにされたように軋んだ。
ドキドキと、血が沸騰しそうなほどに身体が熱い。
「え、っと……その、ルイ様はずっと私と一緒に過ごしていらっしゃるので、ルイ様の『好き』は家族愛のようなものではないかと……」
私は自分に言い聞かせるようにおずおずと言った。
そう、きっとそうだ。勝手に一人の女として好意を向けられていると勘違いして、もし違ったら? それは虚しすぎて目も当てられない。
それに、今の幸せな関係を壊したくない。そんな臆病な私が顔を覗かせる。
「ただの家族だと思っている女に触れたいと思うか? その瞳に自分だけを映してほしいと思うのか? 他の男と楽しそうに話している姿を見ただけで嫉妬に狂いそうになると言うのか?」
「え、ええっ……⁉︎」
ルイ様の金色の目が、鋭く輝いている。まるで私に本心を曝け出せと言っているようで、誤魔化すなと言われているようで、この場から逃げ出してしまいたくなる。そんな私の気持ちに感付いたのか、ルイ様は私を逃すまいと握る手の力を強めた。
「この想いが異性への好意ではないと言うのなら、試してみるか?」
「え、試すって、どうやって……?」
「――アリエッタ、お前に触れたい」
窺うように上目遣いで見つめてくるルイ様はずるい。
きっとルイ様は、そう、思春期で身近にいる手頃な女である私に興味を持っているだけ。
「だ、だ、ダメですっ! そ、それは、その……多分! お年頃ですから! ちょっと女性に興味が湧いてきているだけであって……」
苦しい言い訳を胸に、私は反論した。
「ミーシャには何も感じんぞ」
「……え? それはそれで問題がありそうな……」
「余が触れたいと思うのはアリエッタだけなのだ。頬に触れるだけだ。それ以外には何もしない」
「う……す、少しだけ、ですからね」
あっさりと根負けした私は、諦めてルイ様に頬を差し出した。そっと、割れ物を扱うようにルイ様の長い指が触れる。
「ん……」
ツウッと頬をなぞっては大きな掌で包み込まれる。その度に、背筋にぞくりと未知の感覚が走り、ルイ様の顔を見ることができなくて、視線を所在なく彷徨わせてしまう。
「……アリエッタはなんとも思っていない相手に、これほど欲情するものだというのか?」
「よ、欲情っ⁉︎」
「ああ、触れれば触れるほど、もっと触れたくて、腕の中に抱きすくめたくて仕方がない」
「え、あ、あの……」
ついつい視線を合わせてしまった私は激しく後悔した。
だって、ルイ様の目は燃えるような熱を帯びていて、私に向ける感情が単なる家族愛ではないことを如実に語っていたのだから。
「余の胸の音を聞いてみろ」
「わっ」
グッと腕を引かれて、耳をルイ様の胸に押しつけられる。
ルイ様の鼓動は信じられないほど早くて、私に特別な感情を抱いていると叫びまくっている。
「アリエッタ、余はアリエッタを一人の女として愛しているのだ。この気持ちに偽りはない。だから、アリエッタもいい加減、余の気持ちを認めてはくれないか」
「うう……だって、ルイ様は私のご主人様で、仕えるべき相手だから……」
「それがなんだというのだ。お世話役ではなく、恋人として側にいればいい」
「ヒィ……」
自分に言い訳をして誤魔化してきたことが、ことごとく論破されていく。
「難しいことは考えるな。アリエッタはどう思っている? まだ余を男として見れぬか? アリエッタの目にはまだ子供に映っているのか?」
「そ、そんなわけありません! むしろ男らしすぎて、カッコ良すぎて困っているぐらいです!」
ヤケクソで叫んだ言葉に、ルイ様は僅かに目を見開いた。
「だ、だって……急すぎます。ついこの間まで可愛い子供だったじゃありませんか。なのに、こんなに素敵に成長しちゃって、私の背もあっさり追い抜いちゃって……私も自分の気持ちに追いつかなくて戸惑っているんです!」
ああ、言ってしまった。
ずっとずっと自分を偽ってきて、考えないようにしてきたのに、認めてしまった。
半ベソをかきながら、キッとルイ様を睨みつける。完全に八つ当たりだ。ルイ様はたじろぎつつも、どこか嬉しそうに頬を緩めている。
「それで、つまり、アリエッタは余のことをどう思っているのだ?」
「う……す、好きです……きっと、一人の男性として。でも、もう少し気持ちの整理がつくまで、待って欲しいです」
私は異性を好きになったことがない。
ルイ様のことはもちろん大好き。でも、芽生えた恋心をゆっくり育てる間も無くどんどん成長していくのだもの。
そりゃ、自分の気持ちを持て余してしまうというもの。
ルイ様は、じわりと私の目尻に滲んだ涙を愛おしそうに指の腹で拭ってくれる。
「ふ、今はその答えが聞けただけで良しとしよう。春を迎えたら、余は成人の儀に臨む。無事に成人を迎えた時、改めてアリエッタへの愛を叫ぶとしよう」
「さ、叫ぶのはやめていただきたく……」
「む、そうか。ならば耳元で頷いてくれるまで囁き続ける方がいいか?」
「ヒィッ! そ、そんなことをされたら死んでしまいます!」
「どうしてだ? アリエッタは平気なのだろう? 余がこうして触れても、何とも思わないのだろう?」
ルイ様が悪い顔をしている。分かっていてこんなことを言っているんだ!
「平気じゃないって言っているでしょう⁉︎ も、もう! ルイ様、意地悪です!」
「ククッ。素直にならないアリエッタが悪い。これからは隙あらば愛していると告げることにするから覚悟しておくように」
「ひゃ……」
ルイ様は私の耳にそっとキスを落とした。全然待ってくれないじゃない!
満足げなルイ様に、私はこれからますます翻弄されていくのだろう。
どこかで期待している自分がいることに気が付いて、ブルブル頭を振ると、「どうかしたのか?」と蕩けるような笑顔を向けてくるルイ様。
ああ、もう。春にはきっと、私はあっさりと籠絡されているのだろう。
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