ファインダー越しの君と過ごす夏

水都 ミナト

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第一話 カメラを買った ※ただし幽霊付き

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 カメラを買った。一眼レフカメラってやつだ。

 ちなみにカメラについての知識はほとんどない。まあ、使いながら覚えようと思う。

 新品で買ったら心許ない貯金がガッツリ減ってしまうので、ケチって中古で買った。大学二年、親元離れた土地で一人暮らしの俺からしたら、カメラは高すぎるからな。
 中古でも前の持ち主が大事に手入れして使ったカメラなら、案外状態はいい。ふらりと立ち寄った中古カメラを扱う店で、ほぼ新品のカメラと出会えた俺は運が良かったと思う。

 下宿先のワンルームマンションに帰って、早速買ったカメラを取り出した。かなり状態がいい。店主のおっちゃんからカメラの扱いや手入れ方法について教えてもらったし、とにかくまずはファインダーを覗いてみたい。

 ローテーブルとベッド、三段ボックスにテレビぐらいしかない部屋にやって来た新入りを早速ローテーブルの上に置く。うん、かっこいいじゃん。光沢の効いた黒にカメラ独特のフォルム。

 角度を変えてカメラをしばらく眺める。ちょっとテンション上がるな。今年の夏はこいつを首から下げてあちこち旅して回りたい。

 ドキドキと高揚する気持ちを抑えつつ、カメラの電源を入れた。今時のカメラは液晶画面で色々操作できるから便利だ。でも、やっぱり早くファインダーを覗いてみたいよな。

 少し気取ってカメラを構えると、左眼を瞑って右眼でファインダーを覗き込んだ。


「ん? なんで真っ暗なんだ? 蓋……は開いてるし……」


 おかしい。不良品か?

 新品同然、破格の値段ということで飛びついてしまったけど、尚早だったか?


「くそっ…………ん?」


 人のいいおっちゃんだったから余計に裏切られた気分だ。

 俺は舌打ちをしながら再びファインダーを覗く。


『やほー! 可愛く写ってる?』

「わあっ!?」


 はあ!? ちょ、なんで?

 慌ててカメラから顔を離して部屋の中を見渡す。

 いや、うん。居ないよな。居てたまるかってもんだ。でも、幻覚だけじゃなくて幻聴も聞こえたぞ。自分で気づいてないだけで、もしかして相当疲れが溜まってるとか? まあ、試験とレポートとバイトでここ最近は確かに忙しかったけど……

 見間違い、そして聞き間違いか? と思い直して、恐る恐る三度みたびファインダーを覗く。


『ちょっと! 見えてるし聞こえてるんでしょう? 失礼しちゃうー』


 いる。確かに、ファインダー越しに見えている。

 その子は腰に両手を当てて前屈みにカメラを覗き込む体勢をしている。服装はセーラー服。


 俺の部屋の中に女子高生がいる。
 ……は?


「え、ちょ、は? どういうことだ?」


 いや、意味が分からん。

 カメラから顔を離して再びファインダーを覗けば、俺の部屋をもの珍しそうに物色する女子高生が見える。カメラから眼を離せば元通りの部屋。ファインダーを覗けば女子高生。離せばただの俺の部屋。覗けばJK。


『お、混乱してる混乱してる』

「そりゃ混乱するだろう! え、なに、君誰? 幽霊?」


 ファインダー越しにだけ見えて会話できる女子高生とか、幽霊以外考えられない。


『そうだねえ。死んじゃったから幽霊なのかな? 死んだ時にそのカメラを持ってたからか、カメラ越しにだけ見えるっぽいよ』

「マジか」

『マジマジ。見えてるっしょ?』


 ひらひらと顔の前で両手を振る彼女は間違いなく俺の目にしかと写っている。なんだこれは。


「マジで幽霊かよ……事故物件ならぬ事故カメラじゃん」

『あはは! そうそう。地縛霊的な? いや、物に憑いてるから……何? 付喪神?』

「それは神様だろうが」


 ケタケタと女子高生がお腹を抱えて笑っている。

 え? 俺はこの先このカメラで写真を撮ろうとしたら彼女が見えるってことか?


『ねえ、お兄さんの名前は? 何歳? 何してる人?』

「めっちゃ聞くじゃん」

『だってカメラを持ってる限りは顔を合わすんだし、自己紹介しとこうよ。あ、私はね、小鳥遊たかなし 陽菜ひな。十七歳。華のJKだよ~ほれほれ、頭が高いぞ』

「悪徳代官かよ」

『あはは!』


 小鳥遊陽菜と名乗った女子高生は、身長は160センチぐらいで黒髪。肩甲骨が隠れるぐらいまで髪を伸ばしている。前髪は姫カットってやつ? 顔まわりの髪を顎のラインで切り揃えている。ぱっちりとした二重で、整った顔立ちの清楚系。人懐っこい性格も相まって、さぞかしモテたことだろうと思わせる。


『さ、次はお兄さんだよ』


 ほれほれ、早く。と右手をマイクのように握ってインタビューするように突き出してくる。まったく……


「あー、名前? 早乙女さおとめ 悠馬ゆうま。二十歳。大学生。以上」

『うっそ、つまんない!』


 一体何を求めているのやら。ブーブーと文句を垂れる小鳥遊。

 何を期待しているのか知らないけど、俺はいたって平凡な大学生。一人暮らしに憧れて、実家から離れた大学に進学して、講義とバイト漬けの日々を送っている。外見も悪くはないが、普通だと思う。癖毛がちな髪はマッシュショートにして栗色に染めている。少し生え際が黒くなってきているけど、大学が始まる前に染め直せばいいか。

 なんてぼんやり現実逃避がてら考えていると、ファインダー越しの小鳥遊がテレビ台に無造作に置かれた卓上カレンダーを見つけたらしく覗き込んでいる。


『ふーん、悠馬ってばカレンダーに罰つけるタイプなんだ』


 いや、早速呼び捨てかよ。俺の方が年上なんだけど。


「毎日同じような生活を送ってると今日が何日か分からなくなるんだよ。それに、昨日までテスト期間だったし」

『ってことは、今日は八月一日? 夏休みじゃん!』

「ああ、そうだよ。だから張り切ってカメラなんか買って、女子高生のお化けに取り憑かれたってわけ。お盆には帰るのか?」

『えー、帰らないよう。だって私はまだ成仏してないんだもーん』


 今度はベッドにボスンと腰を下ろして足をブラブラさせている。自由すぎんか?


「はあ、折角この夏はあちこち出掛けてカメラで写真を撮ろうと思ってたのに……」


 思わず漏らした言葉に、小鳥遊の目が輝いた。


『本当に!? あちこちって、電車とか飛行機とかに乗って? 四十七都道府県制覇しちゃう?』

「いやいや、流石にそれは無理だから。でも、まあ……行きたい場所に行こうと思ってるよ」


 日常から離れて、普段感じられない空気に触れて、現地の人と交流すれば、灰色がかった俺の景色も少しは色彩を取り戻すかな、なんて。そんな漠然とした思いを抱いている。


『私も連れて行って!』


 少しおセンチになっていると、カメラの真前まで顔を近づけた小鳥遊が懇願してきた。いや、近いし。毛穴まで見えてるし。肌綺麗だな、おい。


「連れていくも何も……そのためにカメラ買ったんだから、こいつは持っていくよ。カメラを持っていくなら、それに憑いてるお前も着いてくるってことだろ?」


 非常に不本意だけど、そういうことなのだろう。今更返品もなあ。カメラ自体は気に入っているし。


『やった! 私、カメラを買ってすぐに死んじゃったから、全然写真撮れてなくって。フラッと行きたいところに行ってカメラを構えてその場所の風景を切り取ってみたかったの。だから、そのカメラを色んなところに連れて行って、たくさん写真を撮ってほしい』


 心から嬉しそうに表情を華やがせたかと思ったら、今度は瞳を伏して表情を翳らせる。

 色んな場所の写真を撮りたい。それが小鳥遊の未練なのだったら、たくさん写真を撮っていれば、そのうち成仏するんじゃないか?


「よし、いいぞ。元よりそのつもりだったしな。でもファインダーを覗かないと姿は見えないんだろう? なかなか不便だな」

『姿はね! でも声は聞こえるはずだよ? カメラに触れてないとダメだけど」

「マジ?」


 早速小鳥遊の言葉の真偽を確かめるべく、カメラから顔を離した。ずっと片目を閉じてファインダーを覗いていたから少し蛍光灯の光が眩しい。


『やほー。聞こえる?』

「うわっ」

『ちょっと、失礼じゃない?』


 本当に聞こえた。それに俺の声も向こうに届いているようだ。姿が見えないから、今何をしているのか気になる。


「ん? お前はこのカメラがある限り、ずっと近くにいるわけか?」

『うん、そう。あ、安心して! カメラの電源が落ちたら私も強制的に眠りに落ちるから』

「ほう」


 さて、とりあえず。

 財布を漁って一枚の航空券を取り出す。


『おおっ、それはもしや!?』


 小鳥遊が前のめりに航空券を覗き込んでいる様子が簡単に想像できる。カメラを持ち上げて少し覗いてみると、思った通りローテーブルに両手をついてこちらをジッと見つめていた。


「テスト頑張ったご褒美に買っといたんだ。明日出発。ま、旅は道連れっていうしな。俺はカメラ初心者だから、連れていく代わりに色々テクニックを教えてくれよ」

『まっかせて! 披露できずに終わった様々なテクを見せてあげるわ!』


 ファインダー越しの小鳥遊は、両手でカメラを構える仕草をして得意げな顔をしている。


「ふ、分かった。よろしくな」


 こうして、俺の一生忘れられない一夏が幕を開けたのだった。
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