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第六章 影の誓いと、触れられない距離
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夕暮れの光が落ちきり、屋敷は静かな夜の気配に包まれていた。
廊下のランプが淡く灯り、長い影を床に落としている。
キャロルは、自室の窓辺に立っていた。
外には、夜露を帯びた白薔薇の列。そして――遠くに控える兵の見張り灯。
(今日は……疲れたわ)
胸の奥に重たい溜め息がこぼれる。
クリスの視線。
ルークの誓い。
リネアの微笑――
それぞれの想いが、静かに絡み合い、心の奥を締めつけていた。
(私は、誰にも近づかないはずだったのに)
拳を握りしめた、その時。
扉の外で、控えめにノックが響く。
「……キャロル様。少々、お時間をよろしいでしょうか」
落ち着いた低い声。
聞き覚えのある声音に、キャロルは目を瞬かせた。
「ルーク様?」
扉を開けると、ランプの明かりが彼の金の髪を柔らかく照らし出した。
整った横顔は礼儀正しく、しかし瞳の奥に、静かな緊張が宿っている。
「遅い時間に申し訳ありません。ですが……どうしても今夜のうちに、お伝えしておきたいことがありまして」
「……入りなさい」
キャロルは静かに頷き、彼を部屋へ招き入れた。
ランプの灯りが揺れ、二人の影が壁に寄り添う。
ルークは姿勢正しく立ったまま、言葉を探すように沈黙を保つ。
「今日は……お騒がせしました。殿下が、庭へ来られた時のことです」
キャロルは小さく首を横に振る。
「あなたが謝ることではありませんわ」
「ですが――」
ルークの瞳に、かすかな葛藤が浮かぶ。
「殿下は……キャロル様のことで、強く心を揺らしておられます。
あれほど真剣な表情の殿下を、私は初めて見ました」
胸の奥が、わずかに揺れた。
「……それは、私にとって喜ぶべきことなのでしょうか」
自嘲にも似た笑みで、キャロルは視線を落とす。
「前世の……いいえ、私の過ちの行き着いた先を思えば、むしろ恐ろしいだけです」
「おそれ、とは……」
「近づけば近づくほど、あの人を失う未来に縛られてしまう気がするのです」
声はかすかに震えていた。
ルークは、静かに息を飲む。
「キャロル様。……それでも、殿下は――」
言いかけ、言葉を飲み込む。
沈黙が、わずかに重く落ちる。
「私には、踏み込めません。
けれど……殿下は、あなたを手放すつもりなど、きっと一瞬もお持ちでない」
キャロルは、目を伏せた。
(それが――怖いのに)
温かなものが胸の奥で疼く。
「ルーク様。あなたは……どうして、そこまでして私を案じてくださるの?」
問いかけは、無意識に零れ落ちていた。
ルークは微かに笑みを和らげる。
「殿下があなたを守り切れないとき――
誰かが、影でその役を担わねばなりません」
穏やかな声。
しかし、その奥には強い意志があった。
「私は、王家の剣です。
ですが……それと同時に、あなたの味方でもいたい」
「……味方」
「ええ。例えこの忠誠が、誰にも知られぬ影のものだとしても」
その言葉が、静かに胸へ落ちていく。
(前世では……誰も、私を信じてはくれなかったのに)
気づけば、息がわずかに震えていた。
「ルーク様。
それでは、あなたは殿下と――私の間に立つということになりますわ」
「その覚悟で、ここへ来ました」
まっすぐな瞳。
迷いは一片もなかった。
キャロルは目を伏せ、そっと口を開く。
「……ありがとう。でも、勘違いしてほしくはありません」
細い声で告げる。
「私は、殿下を……」
言葉が喉でつかえる。
溺れるほど愛して、そして処刑台の上で手放された男。
心の奥底には、まだ涙の痕が残っている。
「……愛さないと、決めたのです」
しっかりとした声で言い切った。
その瞬間――胸の奥で鋭い痛みが走った。
(どうして、こんなに痛むの……)
ルークは目を伏せ、静かに微笑む。
「いいえ。決意というものは、傷つきながらしか守れないこともあります」
「……それでも、私は」
「キャロル様」
ルークは一歩、近づいた。
触れない距離を保ったまま、柔らかく言う。
「どうか――ひとりで戦わないでください」
その声音に、キャロルの瞳が揺れた。
「私は、影から支えます。
殿下が間違いへ踏み出しそうなときも。
あなたが心を閉ざしてしまいそうなときも」
「……本当に、影の騎士ね」
かすかな笑みが零れる。
ルークは静かに膝を折り、頭を垂れた。
「――私の剣は、あなたの無実と未来のために」
その誓いは、誰にも聞かれぬはずの密かな宣言だった。
しかしその瞬間。
扉の外の廊下の陰――
そこに、ひとりの少女が立ち尽くしていた。
栗色の髪。
翡翠の瞳。
リネア。
扉にそっと指を触れ、瞳を細める。
(お姉さま……そんな顔、私には一度も見せてくれなかったのに)
胸の奥で、静かに、
甘く冷たい何かが膨らみ始めていた。
廊下のランプが淡く灯り、長い影を床に落としている。
キャロルは、自室の窓辺に立っていた。
外には、夜露を帯びた白薔薇の列。そして――遠くに控える兵の見張り灯。
(今日は……疲れたわ)
胸の奥に重たい溜め息がこぼれる。
クリスの視線。
ルークの誓い。
リネアの微笑――
それぞれの想いが、静かに絡み合い、心の奥を締めつけていた。
(私は、誰にも近づかないはずだったのに)
拳を握りしめた、その時。
扉の外で、控えめにノックが響く。
「……キャロル様。少々、お時間をよろしいでしょうか」
落ち着いた低い声。
聞き覚えのある声音に、キャロルは目を瞬かせた。
「ルーク様?」
扉を開けると、ランプの明かりが彼の金の髪を柔らかく照らし出した。
整った横顔は礼儀正しく、しかし瞳の奥に、静かな緊張が宿っている。
「遅い時間に申し訳ありません。ですが……どうしても今夜のうちに、お伝えしておきたいことがありまして」
「……入りなさい」
キャロルは静かに頷き、彼を部屋へ招き入れた。
ランプの灯りが揺れ、二人の影が壁に寄り添う。
ルークは姿勢正しく立ったまま、言葉を探すように沈黙を保つ。
「今日は……お騒がせしました。殿下が、庭へ来られた時のことです」
キャロルは小さく首を横に振る。
「あなたが謝ることではありませんわ」
「ですが――」
ルークの瞳に、かすかな葛藤が浮かぶ。
「殿下は……キャロル様のことで、強く心を揺らしておられます。
あれほど真剣な表情の殿下を、私は初めて見ました」
胸の奥が、わずかに揺れた。
「……それは、私にとって喜ぶべきことなのでしょうか」
自嘲にも似た笑みで、キャロルは視線を落とす。
「前世の……いいえ、私の過ちの行き着いた先を思えば、むしろ恐ろしいだけです」
「おそれ、とは……」
「近づけば近づくほど、あの人を失う未来に縛られてしまう気がするのです」
声はかすかに震えていた。
ルークは、静かに息を飲む。
「キャロル様。……それでも、殿下は――」
言いかけ、言葉を飲み込む。
沈黙が、わずかに重く落ちる。
「私には、踏み込めません。
けれど……殿下は、あなたを手放すつもりなど、きっと一瞬もお持ちでない」
キャロルは、目を伏せた。
(それが――怖いのに)
温かなものが胸の奥で疼く。
「ルーク様。あなたは……どうして、そこまでして私を案じてくださるの?」
問いかけは、無意識に零れ落ちていた。
ルークは微かに笑みを和らげる。
「殿下があなたを守り切れないとき――
誰かが、影でその役を担わねばなりません」
穏やかな声。
しかし、その奥には強い意志があった。
「私は、王家の剣です。
ですが……それと同時に、あなたの味方でもいたい」
「……味方」
「ええ。例えこの忠誠が、誰にも知られぬ影のものだとしても」
その言葉が、静かに胸へ落ちていく。
(前世では……誰も、私を信じてはくれなかったのに)
気づけば、息がわずかに震えていた。
「ルーク様。
それでは、あなたは殿下と――私の間に立つということになりますわ」
「その覚悟で、ここへ来ました」
まっすぐな瞳。
迷いは一片もなかった。
キャロルは目を伏せ、そっと口を開く。
「……ありがとう。でも、勘違いしてほしくはありません」
細い声で告げる。
「私は、殿下を……」
言葉が喉でつかえる。
溺れるほど愛して、そして処刑台の上で手放された男。
心の奥底には、まだ涙の痕が残っている。
「……愛さないと、決めたのです」
しっかりとした声で言い切った。
その瞬間――胸の奥で鋭い痛みが走った。
(どうして、こんなに痛むの……)
ルークは目を伏せ、静かに微笑む。
「いいえ。決意というものは、傷つきながらしか守れないこともあります」
「……それでも、私は」
「キャロル様」
ルークは一歩、近づいた。
触れない距離を保ったまま、柔らかく言う。
「どうか――ひとりで戦わないでください」
その声音に、キャロルの瞳が揺れた。
「私は、影から支えます。
殿下が間違いへ踏み出しそうなときも。
あなたが心を閉ざしてしまいそうなときも」
「……本当に、影の騎士ね」
かすかな笑みが零れる。
ルークは静かに膝を折り、頭を垂れた。
「――私の剣は、あなたの無実と未来のために」
その誓いは、誰にも聞かれぬはずの密かな宣言だった。
しかしその瞬間。
扉の外の廊下の陰――
そこに、ひとりの少女が立ち尽くしていた。
栗色の髪。
翡翠の瞳。
リネア。
扉にそっと指を触れ、瞳を細める。
(お姉さま……そんな顔、私には一度も見せてくれなかったのに)
胸の奥で、静かに、
甘く冷たい何かが膨らみ始めていた。
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