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第二章 手がかりを探しに

映る影

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 外が晴れている日には必ず魔法の練習を行っていた姉妹は、みるみるうちに魔法を完成させていった。
 雷の魔法と治癒魔法も、魔女さんから合格点が貰える程にまで成長した二人は、そろそろ動き出す頃合いなのではと考え、次なる作戦会議を行っていた。

「それでは! 洞窟のオリを見に行く作戦会議を始めたいと思います!」

 ルルの一声から始まった会議は、埃っぽく暗くて前の見えない物置小屋で行われていた。なぜ物置小屋で作戦会議をしているのか。その答えは至ってシンプルで、魔女さんに見つからないような場所を選んだのだ。

「暗くて怖いから早く終わらせようよぉ……」

 ナナは一刻も早く会議を終わらせて、この物置小屋から出たい気持ちでいっぱいだ。

「魔女さんにも気付かれない内に終わらせるから大丈夫!」

「ほんとかなぁ」

 ルルの元気な声が、小屋の中で反響してとてもうるさい。そして、いつもは少しだけ聞き取りづらいナナの小さな声は、小屋の中では丁度良い大きさで聞こえる。

「うん! お姉ちゃんに任せてよ!」

「うん、任せた」

 するとその瞬間、暗闇の中にドタドタドタと何かが崩れる音がした。

「お姉ちゃん……大丈夫?」

 ナナは動いていないので、何か起きたのはルルの方だろう。すると、物が崩れた際に舞ってしまったと思われるホコリが鼻を刺激する。
 ついに耐えられなくなったナナが、コホコホと咳をしながら物置小屋の扉を開いて外に出た。
 物置小屋は家の外に備え付けてあるため、暗闇に慣れた目が太陽の光に照らされてとても眩しい。手の平で陽の光を遮るようにして、ナナが物置小屋の中を見る。

「お姉ちゃん……何してるの……?」

 そこには、木の板でサンドイッチのように挟まれたルルの姿があった。ゆっくり近づいて行くと、ルルがこちらへと手を伸ばしている。

「ナナ……助けて……」

「もー」

 ナナが呆れ顔でそう言うと、ルルの上に覆いかぶさっていた薄い木の板を退けて、伸ばされた手を掴んで勢いよく引っ張った。
 ルルはよろけるようにして物置小屋から出ると、ナナと同じように太陽の光に顔を背けた。

「どうやったらあんな体勢になるの……」

 ルルの服についたホコリを払いながら、ナナがどうしようも無い人を見る目を浮かべながら尋ねる。
 するとルルは、陽の光に慣れない目を細くしながらナナを見た。

「座りながら話そうかなって思ったら、上手く座れなくて落ちちゃって」

「もー、危ないなー」

 ルルの体中に付いたホコリを払っていると、あることに気が付いた。

「お姉ちゃん、手の甲から血が出てるよ……!」

 木の板で負ってしまったと思われる軽いかすり傷だが、血を久しぶりに見たナナは慌てた声を上げた。そう言われて自分の手の甲を見たルルは、何故だか興奮したように足踏みをした。

「これ! 魔法で治せるよ!」

「魔女さんに物置で怪我したって言うの?」

 ナナが首を傾げながら尋ねると、ルルは首を大きく横に振った。

「違うよ! ナナの覚えた魔法だよ!」

 足をジタバタとさせながら無邪気な笑みを浮かべたルル。その目の前ではナナが雷でも浴びたかのような衝撃を受けていた。

「ナナ、ちゆまほー使える!」

 ルルの口にした言葉の意味が分かったナナも、興奮した様子で足をジタバタとさせた。

「うん! だから私に掛けてみて!」

「分かった……!」

 ルルが怪我をした手の甲を突き出すと、ナナはそこに両手をかざした。あの時の魔女さんみたいに。

「うぅー、緊張するー」

 ナナはそう言いながらも目をつぶる。辺りに風の音だけが流れている。その時、ナナの手から水色の光が浮かんだ。
 すると、手の甲が心地よい温かさに包まれ、みるみるうちに傷が消えていく。
 数秒もその様子を眺めていれば、すっかり傷なんて無くなっていた。

「すごーい! すごいよナナ! ちゃんと治ったよ!」

 ルルが大きな声をナナに向けると、段々と水色の光がしぼんでいった。

「ふぅ……本当?」

「ほんとほんと! ほら!」

 ルルは手の甲をナナの顔の前に突き出す。
 傷の消えた手の甲を見たナナは、表情を嬉色に染めてその手を取った。

「ほんとだ……! ナナもちゆまほー出来ちゃった!」

 自分が治した手の甲を見続けるナナ。
 ずっと一緒に過ごしてきて、ここまで嬉しそうなナナを見るのは初めてかもしれない。
 本当に魔女さんを尊敬しているのだなぁ。と感じさせられる。

「すごいのは分かったから! 今は作戦会議だよ!」

「あ、そっか」

「でもどうしよう。物置小屋は埃っぽくなっちゃったし」

「ここでいいんじゃない? 魔法の練習をしてるフリしながらで」

 ルルは「うーん」と腕を組んで頭を悩ませたが、すぐに顔を上げて大きく頷いた。

「そうだね! ここでぱぱっと話しちゃおうか!」

「うん……!」

 するとルルは手を胸の前に伸ばして、魔法の練習をしているフリを始めた。それに続くように、ナナも胸の前に手を伸ばす。

「洞窟に行くって言ってたの、明日でもいいかな」

「ナナは大丈夫だけど、魔女さんには何て言って行くの?」

 ルルの手の前には火が着いた。火の魔法であれば、喋りながらでも出来るようになったのだ。

「買い物!」

「えー、何も買って帰らないのに? 怪しまれちゃうよ?」

 ナナの手からも光が溢れ、それをルルの火に近づける。
 すると、ボッと音を上げながら火が大きくなった。

「大丈夫! お店が閉まってたって言えば!」

「全部のお店が閉まってることなんか珍しいよ」

「それも大丈夫! まだお肉とお野菜は家にあるらしいから魚だけを買いに行く予定!」

「うーん、それなら良いのかも……」

 ルルの悪知恵はよく働く。こういった発想は、真面目なナナには出来ない。
 良い所も悪い所も埋め合うような姉妹だが、魔女さんは「面白いから良いじゃない」と笑って認めてくれている。

「じゃあそれで決まりで!」

 その言葉にナナが頷いて見せると、ルルは顔程の大きさはある火の玉を遠くへと投げた。
 今回はあんまり飛ばなかった方だが、十メートルは飛んだだろう。

「何時くらいに行くの?」

「うーん、帰る時に暗くなるのは嫌だから、お昼食べたらすぐ!」

「山までは一時間で……洞窟までも一時間だとすると……四時くらいには帰って来れそうだね」

 ナナが手早く計算をすると、ルルは「うん!」と言って頷いた。

「そうすればいつも家に帰る時間には帰れるよね!」

「そうだね……うん、それでいいと思う」

 これで決まりだ。明日は遂に洞窟を探索しに行く。
 全ては魔女さんの目を治すため……それと、少し冒険もしてみたいから。

「よし! じゃあ今日は明日に向けてよく寝るように!」

「うん……!」

 そう言って、二人は浮き足立ちながら玄関へと小走りで向かった。

 その時、家の窓に映っていた黒い影が、家の中へと消えていった。
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