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これまでのこと
02
しおりを挟む長い時間をかけてようやく学校の最寄駅に到着した列車から、ぞろぞろと大勢の少年たちが降車する。彼らがグラントリー校の生徒であることは、各々が携えた大きなトランクからも明白であった。夕刻に差し掛かっている駅のホームからは、強烈な西日に照らされながらそびえ立つ建物群が見えた。
駅舎から出ると、北に向かって幅の広い真っすぐな道が伸びていた。生徒たちの大群は一堂に緩やかな傾斜のあるその道を登っていく。ミオとサミュエルも集団の後方に紛れて歩いていく。
道の両脇には様々な店が軒を連ねていた。書店や文房具店などをはじめとして、魔道具専門店やカフェなどもあるようだ。通りから分岐した路地にも所狭しと店が立ち並んでいた。
それらの店先を眺めながら坂を上りきると、真正面にレンガを積み上げて作られた背の高い塀が現れた。道はこの塀に沿うように東西へ向きを変えている。塀の向こうには複雑な意匠が施された尖った屋根と、壁面にはめ込まれたステンドグラスの一部が覗いている。王都の大聖堂を彷彿とさせる造りに教会だろうかとミオは思った。
集団は塀に沿ってそのまま左に進んでいく。塀の向こうには教会以外にもいくつもの建物が立ち並び、その間隙を縫うように様々な種類の樹冠が垣間見えている。
しばらく歩くと、ようやく塀が途切れた。正門までたどり着いたようだ。ここから先はどこへ向かえばいいのだろう。ミオが隣を歩くサミュエルを見上げると、彼は少しおどけた仕草で肩をすくめた。知らないらしい。
とりあえず、正門から中へ入る。入ってすぐの正面に、大量の水を巻き上げる大きな噴水があった。横を通る時に細かい水滴が火照った肌に当たって心地よい。噴水の向こう側には2階建ての建物があり、その前で職員と思しき男性が大声で生徒たちに何か叫んでいる。
「はい! ごきげんよう! お久しぶり! はい! それぞれの寮に行ってね! 部屋割りはそれぞれの寮に掲示されてるからね! はい! ごきげんよう! 寮に行って! 部屋割りは先生知らないから! ごきげんよう!」
「ごきげんよう」
「はい! ごきげんよう! どうしたの!」
「声でかっ」
思わず耳に手をやったサミュエルを見て、大声を張り上げていた男性はしまったというふうに握りこぶしを口の前に当てる。
「ごめんね。つい大声になっちゃった。どうしましたか?」
「いえ。僕たち3学年に転入することになっているのですが、どこへ行けばいいのか分からなくて」
「転入生? あー、聞いてる聞いてる。ちょっと待ってね」
男性がちょいと横を向いてから、耳元に手を当てて話し出すのをそばで待つ。その間にミオは信じがたいものを見るようにサミュエルを凝視した。
「あんだよ」
「サミー、何あの喋り方。『僕』なんて言ってるの初めて聞いた」
「俺はオンオフ切り替えられるタイプなの」
べ、と小さく舌を出したサミュエルは、男性が2人に向き直るのを見るとすぐに先ほどのすまし顔に戻る。
「まず寮監の先生、バークス先生って言うんだけど、その人から諸々の説明があるみたい。悪いけどそこに行ってもらえるかな」
男性はそう言うと、左手に持っていたバインダーから紙を1枚抜き出す。そのまま空中に紙を放り投げると、空中をひらひらと舞っていた紙がひとりでに折り畳まれて鳥の形になった。
パタパタと音を立てて羽ばたき始めた紙の鳥に男性が行き先を告げる。
「僕はここから離れられないから、この子に着いていってくれる?」
「はい、ありがとうございます」
「構わないよ。僕はネイサン・ベイツ。使役魔法の担当だから、授業で会うかな? たぶんね」
「その時はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
よそ行きの顔をしたサミュエルに続いてベイツにお礼を言ってその場を離れる。目の前には忙しなく羽を動かしながら先導をする紙の鳥がいる。ミオは再び隣のサミュエルを見上げて先ほどの質問の続きを始めた。
「なんでオンとオフが学校では必要なんだ? 城では見たことなかった。団長たちにはいつものサミュエルだったのに」
「あの人たちに猫被ったってしょうがねェだろ。オンオフあるほうが便利なことも多いわけ。ここで学べ、人間1年生め」
人間は15年生だ! と興奮するミオに適当に相槌を打ちながら、広い敷地内を紙の鳥の後に続いて東側へ進む。教会らしき建物があった方角だ。
紙の鳥はいくつもある建物のうちのひとつに吸い込まれていく。比較的新しい3階建ての建物だった。入り口をくぐると広めの玄関ホールがあり、左右の壁の入り口に近い部分にそれぞれ1つずつ扉がある。紙の鳥はそれらの扉は通り過ぎて、玄関ホールを真っすぐ突っ切った先にある階段を上がっていく。
2階に着くと、ここもホールになっていた。1階とは異なり、ホールの中ほどの左右の壁に扉がある。ホールを横切ると右側の扉の前で紙の鳥が止まる。開けろ、と言うことらしい。サミュエルが扉を開けると紙の鳥は中へと進む。扉の向こうはやや幅の狭い廊下になっていて、両側に等間隔に扉がある。
廊下を半分ほど進んだとき、左側の扉の前で紙の鳥は羽ばたきを止めてひらひらと床に落下した。扉には金色のプレートが掲げてあり、黒い文字で「エドウィン・バークス」と書かれている。どうやら、ここがベイツの言っていた寮監の部屋のようだ。
サミュエルは廊下に落ちた紙の鳥を拾い上げていたミオに目配せをしてから、扉をノックをした。するとすぐにややくぐもった男性の声で「はい」と返事があった。
「失礼します」と声を掛けてサミュエルはドアノブをひねった。
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