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5.楽しいひととき
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そう言って笑うスナオくん。少し砕けてきた口調に俺も嬉しくなってきた。大将嬉しかっただろうなあ。
「だから【南町亭】ができたのは…あれ、俺名前聞いてないや」
「俺?」
「他に誰がいるの」
クックックと声を出して笑い始めたスナオくん。まさかスナオくんに名前を教えるほどの仲になるなんて。
「小畑《おばた》だよ」
「ありがとう、小畑さんのおかげで【南町亭】はオープンできたんだ」
そう言われ、俺はまたジワっと目が潤んできた。
「ダメだな、歳取ったら涙もろくなって」
「小畑さんは三年前と全然変わってないよ。…そうだ、休日のお昼はどうしているの?」
「コンビニとか、たまに自炊かな。給料前とかさ」
どうしてそんなことを聞くのだろうと思いつつ答えると、スナオくんはズイッと顔を近づけた。
「じゃあ小畑さんのお昼、よかったら作ってあげようか?土曜日のこの時間ならいつも一人だから来れる日に来てよ。携帯番号教えて?」
思わぬ提案に驚いたが逃す手はない、と思い少し考えたふりをして答えた。
「お願いするわ。家、近いし…でもどうして」
「小畑さんの胃袋も掴んでみたいなって」
プロポーズかよ、と笑いながらも内心もう心臓がドキドキだった。
それから土曜日は【南町亭】に行くことになった。十四時くらいが誰もいなくなると聞いていたから、朝ごはんを少し遅めに食べ、午前中を過ごし、チャリで十五分走る。暖簾がない引き戸を開ければスナオくんが待っててくれる。忙しい時は賄い飯の時もあるけど、たいていは俺のために定食を作ってくれているようだ。数回か通ううちに、スナオくんも時間をあわせて二人で同じテーブルで昼食をとるようになっていた。
先週は青椒肉絲定食、今週はナポリタンとサラダ。メニューはお任せだし、当日にならないとわからないのでチャリで走っている時楽しみで仕方ない。ご飯を食べながら話をするのもまた楽しい。その中で知ったのだけど、スナオくんの名前の漢字はそのまま『素直』だった。社交的ではなかったスナオくんは、この名前が嫌で長いこと反発していたらしい。
「素直ないい子でいなさい、みたいな感じで嫌だったんだ」
「いい名前じゃん」
ナポリタンをくるくるとスプーンに巻き付け口にするとケチャップが多めで懐かしい味が広がる。
「素直になれないんだよね、名前嫌ってたから、呪いかな」
「ははっ面白い事言うね」
毎週話をしていくうちに、俺の中でスナオくんの情報がどんどん蓄積されていく。そして何より愛しさとかそう言う恋愛感情も蓄積されていく。
すると不安や諦めも比例してしまい俺の心の中はグチャグチャ。好きになっていっても、叶うわけないのに、と仲良くなっても告白できないのに、と。なかなか難しいのだ。まだ若かったら。勢いよく前に進めたかもしれないけれど。
「あれ?」
スナオくんが食後のコーヒーを淹れている間に、封筒が床に落ちていることに気がついた。ピンクの可愛らしい封筒だ。俺はそれを拾い上げ、スナオくんの近くまで持っていった。背中を向けてコーヒーを入れていた彼はこちらを振りかえる。
「これ落ちてたよ」
俺の手からスナオくんはその封筒を取ると何だか困ったような顔になる。何だろうか。
「…バイトの女の子から渡されたんですけどね。家で読んで欲しいって」
「あ…」
その言葉でピンときた。バイトの子は、いつも昼にオーダーを取りに来てくれる、可愛らしい女の子だろう。彼女はきっとスナオくんへの想いを手紙にしたためたのだろう。自分の心臓が飛び出しそうなほど動悸が激しくて、俺は聞こえないか心配になった。スナオくんはその封筒を見つめながら言う。
「さすがにないかな。彼女八つも年下だし」
コーヒーを入れ終えて、テーブルに置く。向かいに座ったスナオくんに俺は意を決して聞いた。
「スナオくん、彼女はいないの」
「うん。いないよ。二年前に別れてから、もうなんだかめんどくさくって」
彼女がいないことに、ホッとしながらもやっぱりヘテロなんだよなと思う。しかも二年前なら、出会った頃は彼女がいたんだなと訳の分からない感情でモヤモヤしていた。
「小畑さんは?俺初めて見た時、既婚者かと思ってた。サラリーマンの人って落ち着いて見えるからさ。でも指輪ないし…」
「まあこんな歳だし、嫁がいるのが普通なんだけどね」
「小畑さんの胃袋掴んだ子はまだいないの?」
スナオくんの何気ない言葉。だけどそれは俺の心臓を突いた。
それを君が言うなんて、と思った瞬間俺はもう言葉にしてしまっていた。
「いるよ」
「そうなんだ、じゃあその子に…」
言葉を遮るように俺は立ち上がりテーブルの上のスナオくんの手を取った。衝動はもう抑えられなくて。
「スナオくんだよ、胃袋だけじゃなくて…!」
「だから【南町亭】ができたのは…あれ、俺名前聞いてないや」
「俺?」
「他に誰がいるの」
クックックと声を出して笑い始めたスナオくん。まさかスナオくんに名前を教えるほどの仲になるなんて。
「小畑《おばた》だよ」
「ありがとう、小畑さんのおかげで【南町亭】はオープンできたんだ」
そう言われ、俺はまたジワっと目が潤んできた。
「ダメだな、歳取ったら涙もろくなって」
「小畑さんは三年前と全然変わってないよ。…そうだ、休日のお昼はどうしているの?」
「コンビニとか、たまに自炊かな。給料前とかさ」
どうしてそんなことを聞くのだろうと思いつつ答えると、スナオくんはズイッと顔を近づけた。
「じゃあ小畑さんのお昼、よかったら作ってあげようか?土曜日のこの時間ならいつも一人だから来れる日に来てよ。携帯番号教えて?」
思わぬ提案に驚いたが逃す手はない、と思い少し考えたふりをして答えた。
「お願いするわ。家、近いし…でもどうして」
「小畑さんの胃袋も掴んでみたいなって」
プロポーズかよ、と笑いながらも内心もう心臓がドキドキだった。
それから土曜日は【南町亭】に行くことになった。十四時くらいが誰もいなくなると聞いていたから、朝ごはんを少し遅めに食べ、午前中を過ごし、チャリで十五分走る。暖簾がない引き戸を開ければスナオくんが待っててくれる。忙しい時は賄い飯の時もあるけど、たいていは俺のために定食を作ってくれているようだ。数回か通ううちに、スナオくんも時間をあわせて二人で同じテーブルで昼食をとるようになっていた。
先週は青椒肉絲定食、今週はナポリタンとサラダ。メニューはお任せだし、当日にならないとわからないのでチャリで走っている時楽しみで仕方ない。ご飯を食べながら話をするのもまた楽しい。その中で知ったのだけど、スナオくんの名前の漢字はそのまま『素直』だった。社交的ではなかったスナオくんは、この名前が嫌で長いこと反発していたらしい。
「素直ないい子でいなさい、みたいな感じで嫌だったんだ」
「いい名前じゃん」
ナポリタンをくるくるとスプーンに巻き付け口にするとケチャップが多めで懐かしい味が広がる。
「素直になれないんだよね、名前嫌ってたから、呪いかな」
「ははっ面白い事言うね」
毎週話をしていくうちに、俺の中でスナオくんの情報がどんどん蓄積されていく。そして何より愛しさとかそう言う恋愛感情も蓄積されていく。
すると不安や諦めも比例してしまい俺の心の中はグチャグチャ。好きになっていっても、叶うわけないのに、と仲良くなっても告白できないのに、と。なかなか難しいのだ。まだ若かったら。勢いよく前に進めたかもしれないけれど。
「あれ?」
スナオくんが食後のコーヒーを淹れている間に、封筒が床に落ちていることに気がついた。ピンクの可愛らしい封筒だ。俺はそれを拾い上げ、スナオくんの近くまで持っていった。背中を向けてコーヒーを入れていた彼はこちらを振りかえる。
「これ落ちてたよ」
俺の手からスナオくんはその封筒を取ると何だか困ったような顔になる。何だろうか。
「…バイトの女の子から渡されたんですけどね。家で読んで欲しいって」
「あ…」
その言葉でピンときた。バイトの子は、いつも昼にオーダーを取りに来てくれる、可愛らしい女の子だろう。彼女はきっとスナオくんへの想いを手紙にしたためたのだろう。自分の心臓が飛び出しそうなほど動悸が激しくて、俺は聞こえないか心配になった。スナオくんはその封筒を見つめながら言う。
「さすがにないかな。彼女八つも年下だし」
コーヒーを入れ終えて、テーブルに置く。向かいに座ったスナオくんに俺は意を決して聞いた。
「スナオくん、彼女はいないの」
「うん。いないよ。二年前に別れてから、もうなんだかめんどくさくって」
彼女がいないことに、ホッとしながらもやっぱりヘテロなんだよなと思う。しかも二年前なら、出会った頃は彼女がいたんだなと訳の分からない感情でモヤモヤしていた。
「小畑さんは?俺初めて見た時、既婚者かと思ってた。サラリーマンの人って落ち着いて見えるからさ。でも指輪ないし…」
「まあこんな歳だし、嫁がいるのが普通なんだけどね」
「小畑さんの胃袋掴んだ子はまだいないの?」
スナオくんの何気ない言葉。だけどそれは俺の心臓を突いた。
それを君が言うなんて、と思った瞬間俺はもう言葉にしてしまっていた。
「いるよ」
「そうなんだ、じゃあその子に…」
言葉を遮るように俺は立ち上がりテーブルの上のスナオくんの手を取った。衝動はもう抑えられなくて。
「スナオくんだよ、胃袋だけじゃなくて…!」
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