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7.スナオ、怒る

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「スナオのやつ、二ヶ月前にスマホ故障したんですよ。それでメルアドとかの連絡帳が全部ダメになったらしくて。小畑さんの連絡先がもう分からないんだって言ってたんです。だから、同僚の城南さんに助けていただいたんですよ」
俺は二人にスナオくんとアドレス交換していることがとっくにバレていたのが恥ずかしくて、思わず目を伏せる。
「助けてって大袈裟な…チキンカツ定食ね。小畑は?」
慌ててメニューを見ると以前よりかなり種類が増えていた。もちろんオープン当時からあるチキン南蛮定食も健在だ。
「じゃチキン南蛮定食を」
「はい。そうだ、チキン南蛮定食ね、メニュー考えるときにスナオが一番始めに決めたんです。恩人の好物だからって」
俺は思わず頭を上げた。するとシンジくんはそのまま厨房に戻り、あとにはニヤけている城南が残されていた。
スナオくんは俺を嫌ったから連絡しなかったのではなく、連絡できなかった。俺が来なくなって、元気がなくなるほどだったなんて。胸がじわじわして城南がいなければきっと泣いていた。
ごめん、スナオくん。そしてありがとう。俺は厨房に駆けつけて頭を下げたい気持ちでいっぱいだった。
しばらくして城南のチキンカツ定食と、チキン南蛮定食が運ばれてきて、テーブルに置かれた。それを運んできたのは、スナオくんだった。
「あ…」
俺は咄嗟に声が出ない。スナオくんは接客中にあるまじき膨れっ面をしている。
「小畑さん今日何時上がりですか」
「む、向こうに戻るから十六時くらいかな」
「お時間いただいていいですか。ここで待ってますから」
有無を言わさない雰囲気のスナオくん。俺は頷くしかなくて、俺らの様子を見ていた城南はさらに笑っていた。
久々のチキン南蛮定食は相変わらず卵いっぱいのタルタルソースとカラッとした衣で、口に入れると香ばしい。その味を堪能しつつも俺は完全に舞い上がっていた。午後の仕事も小さなミスをいくつしたことか。そして何度腕時計の時間を確認したことか。

十六時半過ぎに【南町亭】について引き戸を開けた。がらんとした店内のカウンター席にスナオくんは座っていた。
「遅くなってごめん」
恐る恐る、隣に座るとスナオくんはチラッと俺を見る。
「…また逃げたのかと思った」
その顔は出会った頃のように無愛想な、いや怒っているような顔だ。
ゆっくり立ち上がり、スナオくんはお茶を淹れてくれてた。暖かいお茶はドキドキする気持ちを和らげてくれる。ずずっとお茶を飲んだ後沈黙が続き気まずい空気。
「何であれからここに来てくれなかったの」
スナオくんは隣に座り、容赦ない言葉を飛ばしてきた。イケメンに詰められるとめちゃくちゃ怖い。俺は答えられなくて俯いていたら、はぁとため息をついた。
「俺、土曜日もずっとご飯作って待ってたよ。連絡しようにもスマホ壊れちゃって」
「え?」
なんとスナオくんは土曜日に俺を待っていてくれたと言う。顔を上げるとスナオくんの端正な顔がさらに近くなっていた。
「小畑さんに会えなくなって、色々考えたんだけど俺は今まで通り一緒にご飯食べたいし、作ってあげたい。美味しそうに食べてくれる小畑さんを見ていたい」
なんだか熱烈な言葉に顔がほてってきた。そんなに思っていてくれたなんて…。スナオくんは立ち上がると突然俺を抱きしめた。
「ち、ちょっとスナオくん!」
「気持ち悪くなんかないから、お願いだからご飯一緒に食べようよ」
ギュッと力が込められ痛いくらい。だけど、スナオくんの気持ちが嬉しくて嬉しくて。鼻がツン、として涙が出てきた。
「ごめんね、スナオくん。赴任終わったらまた俺にご飯作って。一緒に食べよう」
そう言うと、スナオくんは俺の体から少し離れまた顔を見つめる。
「本当に?もう逃げない?」
「うん。たらふく食わせてくれよ。俺の胃袋掴んでるんだから」
そう笑うと、スナオくんも笑顔になる。ああよかった。これでいいんだ。スナオくんが喜ぶなら…、と思っていた瞬間。スナオくんの右手が伸びてきて、俺の顎を持ち、顔を上に上げる。そしてスナオくんの顔が近づき唇にキスをしてきた。
「…!」
少しカサついた唇が重なってきたのはほんの一瞬だったけれど、俺は驚いて唇が離れたあとも目を丸くしていた。
「俺、恋愛対象は確かに女の子だし、他の男はありえないとと思ってる。だけど、小畑さんは、抱きしめたい、キスしたいって思えるんだ。俺のこと、叱ってくれたり、アドバイスくれる年上のサラリーマンが二人の時になったら子供みたいにはしゃいで。…可愛いなあって思ったときもあって…だから、小畑さんの望む関係になれると思う」
流れていた涙を指で拭いながらスナオくんは耳を赤くしながらそう言った。突然の展開に俺は半分パニックになっている。
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