ミニスカ婦警谷口有紀の熱烈事件簿

七度柚希

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SNSでセーラー服を売ってセクハラの被害を受けた女子大生の供述に疑問をもった有紀。自分でセーラー服を売って男にラブホテルに連れ込まれる。

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第一章 疑惑のセーラー服

 警視庁渋谷署の取調室は、いつも通り無機質で息苦しい空気に満ちていた。蛍光灯の白い光が、壁の剥げかけた灰色の塗装を冷たく照らし出し、テーブルの上に散らばった書類が、事件の重みを無言で物語っている。午後三時を回ったばかりのこの時間帯、署内は捜査員たちの足音と電話のベルが交錯する喧騒に包まれていたが、ここだけは静寂が支配していた。婦警の有紀は、テーブルの向かいに座る被害者の女子大生、佐藤美咲を前に、丁寧にペンを走らせていた。有紀は二十八歳。童顔のせいで、街を歩けば大学生と間違われることもしばしばだ。黒髪をポニーテールにまとめ、制服のスカートは膝丈だが、彼女のスタイルの良さからか、いつもより少し短く見えるのは気のせいではない。実際、有紀はミニスカートが大好きで、非番の日は膝上十五センチのタイトなものを選ぶのが常だった。合気道初段の体幹の強さが、細身の脚をより引き立てる。だが今は、そんな私服の自分を想像する余裕などない。目の前の美咲の顔は、少し青ざめ、目が赤く腫れぼったく、震える手で水の入った紙コップを握りしめていた。「それで、佐藤さん。もう一度、事件の経緯をお聞かせいただけますか? SNSで中古のセーラー服を売った、というところから……」有紀の声は穏やかで、相手を安心させるよう努めていた。美咲は十九歳の大学二年生。文学部で、アルバイト生活を送る普通の女子大生だ。美咲は目を伏せ、唇を噛みしめながら、か細い声で語り始めた。「……はい。メルカリじゃなくて、もっとマイナーな出会い系サイトで……セーラー服を売ろうと思って。古着なんですけど、状態が良くて、高く売れるかなって。そしたら、すぐに『セーラー服を買います』ってメッセージが来て……」「その相手の男の方は、どんなことを言っていましたか? 金額は?」有紀はノートにメモを取りながら、相手の表情を観察した。美咲の瞳は曇り、言葉を選ぶように間が空く。普通の詐欺やストーカー事件なら、被害者はもっと饒舌になるものだ。だが、この子は違う。何かを隠している。「……五万円で買うって。宅配じゃなくて、直接会って渡せばもっと上乗せするよ、って。渋谷で待ち合わせて……モスバーガーで会ったんです。そこでお金を貰って、セーラー服を渡したんですけど……急に連れていかれて……公園のトイレで着替えて、ビデオ撮れって言われて……それで、急に体を触られて……怖くなって逃げました……」美咲の声が途切れ、肩が震え始めた。有紀はそっと手を差し伸べ、背中を軽く叩いた。「大丈夫です。ゆっくりでいいんですよ。男の特徴は? 年齢、服装、名前は?」「三十代後半くらいで……スーツ姿で、眼鏡をかけてて……名前は、確か……田中さん、とか言ってました。でも、ビデオ撮ってる最中に、急に手を伸ばしてきて……私、怖くて叫んで、走って逃げました……」有紀はペンを止めた。心の中で、違和感が渦巻き始める。中古のセーラー服を売るのは、メルカリやヤフオクでごく普通のことだ。匿名配送で済むのに、なぜわざわざ直接会う? しかも、高額で上乗せを餌に。美咲の話は一貫しているが、肝心の「なぜ会ったのか」の部分が曖昧だ。サイトのメッセージのスクリーンショットを見せてもらったが、男のプロフィールは偽名で、写真もない。典型的な婦女暴行犯の匂いがする。「佐藤さん、もう少し詳しく。男が『着替えてビデオを撮れ』と言った時、あなたはどう思いましたか? それで応じた理由は?」美咲は顔を上げ、目を逸らした。「……お金が欲しかったんです。バイト代が足りなくて……。ビデオだけなら、と思って……でも、すぐにエスカレートして……触られて、気持ち悪くて……」有紀は深く息を吐いた。被害者の心理はわかる。十九歳の女子大生にとって、五万円は大金だ。だが、それでも引っかかる。もしこれが単なる出会いの失敗なら、もっとストレートに話すはず。いや、もしかすると……。有紀はノートを閉じ、優しく微笑んだ。「今日はこれくらいにしましょう。ゆっくり休んでくださいね。追加の質問があれば、またお呼びします。」美咲を同僚に預け、有紀は取調室を出た。廊下を歩きながら、頭の中でパズルのピースを並べ替える。セーラー服。ビデオ。セクハラ。偶然か? いや、絶対に何かある。翌日、非番の日。有紀は自宅のアパートで、コーヒーを淹れながらパソコンを開いた。二十畳ほどの狭いワンルームは、彼女の性格を反映して整然としている。壁には合気道の道着が掛けられ、押し入れには古い制服類がしまわれている。童顔の有紀は、学生時代から「可愛い系」の役を任されがちだったが、合気道の稽古で鍛えた体は、決して華奢ではない。ミニスカートが似合うのは、そのバランスの賜物だ。出会い系サイトにアクセスする。美咲が使っていたのは、匿名性の高い「Secret Meet」というマイナーなもの。IDとパスワードを借り、美咲の履歴を遡る。捜査の範囲外だが、非番の個人的調査だ。有紀の直感は、いつも正しい。画面をスクロールすると、すぐに目についた。男の投稿。「中古セーラー服、高額買取します。状態良好なもの、女子高生風の可愛い子が着用したもの優先。直接確認の上、即金五万円~。渋谷近辺で。」心臓が早鐘のように鳴った。これだ。美咲の事件と瓜二つ。書き込みの日付は、事件の数日前。男のハンドルネームは「SuitMan」。プロフィール写真はぼかしてあるが、スーツ姿のシルエット。間違いない、犯人だ。有紀は深呼吸をし、メッセージを送ってみた。「セーラー服、売ります。状態良好です。興味ありますか?」返事は意外に早かった。数分後。「本当? 写真送って。着用写真がいいな。女の子が着てるやつ。」有紀は眉をひそめた。変だ。普通の中古品取引なら、そんな要求はない。直感が警鐘を鳴らす。これは、ただの買取じゃない。美咲と同じ手口で、女の子を誘い出し、暴行する罠だ。押し入れを開ける。奥の方に、ビニール袋に入ったセーラー服があった。一年前の痴漢おとり捜査で着たものだ。深夜の渋谷で、一人歩きの女子高生を装い、痴漢を捕まえた時の。超ミニ丈のスカートは、膝上二十センチ以上あり、脚を大胆に露出させるデザイン。合気道の鍛錬で引き締まった太ももが、ぴったりとフィットするはずだ。当時は、男の視線を集めるための道具だった。今、また役立つ時が来た。有紀はため息をつき、セーラー服を広げた。白いブラウスに紺のプリーツスカート、リボン付きの襟。彼女は鏡の前に立ち、ゆっくりと着替えた。ブラウスはぴったり、だがスカートはウェストが少しきつい。二十八歳の体型は、二十歳の頃より少し丸みを帯びている。童顔のおかげで、鏡に映る自分は本物の女子高生のようだ。ミニ丈のスカートが、合気道で鍛えた脚を強調し、妙に似合ってしまう。携帯のカメラをセルフモードにし、ポーズを取る。笑顔で、少し屈んでスカートを翻す。シャッター音が部屋に響く。送信する前に、拡大して確認。確かに可愛い。男の餌食になるには、十分すぎる。メッセージを送る。「これです。着用写真、送ります。いくらで買ってくれますか?」返事は即座。「おお、めっちゃ可愛い! 七万円出すよ。直接会って確認してから、金払う。渋谷のセンター街、モスバーガーで明日午後二時。君の名前は?」有紀の指が止まった。七万円。美咲の時より高額。ますます怪しい。だが、これで犯人を炙り出せる。合気道の技が、きっと役立つはずだ。「有紀です。わかりました。楽しみにしてます。」送信ボタンを押し、有紀はセーラー服を脱いだ。心の中で、静かに決意を固める。明日、罠にかかるのは、君の方だ。

第二章 甘い誘惑の罠

 渋谷のセンター街は、午後二時を回ったばかりの陽射しがアスファルトを熱く焦がし、人々の足音と笑い声が渦巻く喧騒の渦中だった。ネオンサインの残像が昼の光に溶け込み、ファストファッションのショップから溢れ出る若者たちの群れが、道を埋め尽くしている。有紀は、そんな雑踏を縫うように、約束のモスバーガーに向かっていた。非番の今日、彼女は婦警の制服を脱ぎ捨て、女子大生らしいおしゃれな装いに身を包んでいた。白いオフショルダーのブラウスに、膝上十八センチのタイトなミニスカート。黒いストッキングが、合気道で鍛えられた引き締まった脚をより洗練されたラインで強調する。童顔の頬に軽くチークを入れ、ポニーテールを少し崩して自然なウェーブを加えた。鏡で確認した限り、二十八歳の自分は、紛れもなく十九歳の大学生に見える。完璧だ。これで、男の警戒心を解けるはず。店内に入り、窓際のカウンター席を確保する。少し早めに着いたのは、男の顔を事前に観察するためだ。紙袋を膝の上に置き、中身のセーラー服を指で軽く撫でる。一年前の痴漢おとり捜査で着た、あの超ミニ丈の制服。埃を払い、アイロンをかけて準備した。男がこれを餌に、どんな罠を仕掛けてくるのか。美咲の被害はセクハラ止まりだったが、放っておけば次はもっと深刻になる。有紀の直感が、そう告げていた。合気道の稽古で培った集中力が、今、彼女の心を静かに研ぎ澄ます。スマホの時計が二時五分を指した頃、店のドアが開き、男が入ってきた。三十代後半痩せ型、スーツは安物のグレーで、眼鏡の奥の目は獲物を狙うような鋭さ。ハンドルネーム「SuitMan」のシルエットと一致する。男は店内を素早く見回し、有紀の席に視線を止めると、にこやかな笑みを浮かべて近づいてきた。「君が有紀ちゃんだね? 写真通り、いや、それ以上に可愛いよ。待たせたかな?」男の声は滑らかで、営業スマイルが完璧だ。有紀は内心で警戒を強めつつ、少女らしい照れ笑いを浮かべて応じた。「はい、そうです。有紀です。少し早めに着いちゃいました。田中さん、ですよね?」男は頷き、向かいの席に腰を下ろした。テーブルに置かれた紙コップからアイスコーヒーを一口すすり、すぐに本題に入る。「さっそくだけど、品物を確かめさせてもらえるかな。セーラー服、楽しみにしてたんだ。」有紀は紙袋を差し出し、男が中身を覗き込むのを横目で観察した。男の指がセーラー服の生地を撫で、プリーツスカートの丈を測るように広げる。満足げに頷き、財布から一万円札七枚を束ねてテーブルの下で渡してきた。「七万円、約束通り。状態抜群だね。これなら、もっと高くてもよかったよ。」有紀は札を受け取り、ポケットにしまう。心の中でカウントする。一、二、三……。男の視線が、自分のミニスカートにちらりと落ちるのを捉えた。やっぱり、ただの買取じゃない。「ありがとうございます。助かります。」男はコーヒーをもう一口飲み、眼鏡を押し上げて有紀の顔をまっすぐ見つめた。「ところで、有紀ちゃん。もっとお金が欲しくないかな? 今日みたいな可愛い子なら、稼ぎ方、いくらでもあるよ。」有紀の胸に、予感が走った。やっぱり。援助交際の誘いか、それともセクハラの前触れ。美咲の話と重なる。だが、ここで引けば、男は逃げる。犯人を炙り出すには、餌を撒くしかない。「お金がもらえるなら、その方がいいですけど……。どんなんですか?」男の笑みが深くなった。テーブルに肘をつき、声を低くして囁くように言った。「それはちょうどよかった。このセーラー服を着て、ビデオを撮らせてもらえるかな。君みたいな可愛い子が着てポーズ取るだけさ。ファン向けの動画、需要あるんだよ。」有紀の頭の中で、警鐘が鳴る。ビデオを撮るだけで済むはずがない。美咲もそうやって公園に連れ込まれ、触られた。だが、逮捕のためには応じるしかない。合気道の投げ技が、きっと活きる時が来る。「ビデオだけ、ですか? それでいくら……?」男の目が輝いた。獲物が食いついた、という表情。「有紀ちゃんはとっても可愛いから、セーラー服を着てビデオ撮らせてもらえたら、七万円出すよ。追加でさ。今の倍だよ、十四万円。どう?」有紀は内心で頷いた。なるほど。七万円と聞いたら、普通の女子大生なら大喜びで飛びつくに違いない。お金に困る十九歳にとって、十四万円は夢のような額。男の心理を読み、罠の深さを測る。「十四万円……本当ですか? 夢みたい。でも、どんなビデオなんですか? エッチなの、じゃないですよね?」男は手を振って笑った。「本当にビデオ撮るだけだよ。公園で遊んでる感じの、可愛い動画さ。君の笑顔を撮るだけ。七万円払うんだから、こんないい話はないだろう? 信じてよ、有紀ちゃん。」有紀は男の目を見つめ、嘘を見抜こうとした。眼鏡の奥で、わずかに瞳が揺れる。確信した。それだけじゃない。セクハラか、それ以上の企みだ。だが、今は泳がせる。「……わかりました。じゃあ、お願いします。十四万円、ほんとに貰えるんですね?」「もちろんだよ! それじゃあ、一緒に来てもらえるよね。すぐ近くの公園で撮ろう。着替えも持ってきてるんだろ?」有紀は頷き、紙袋を握りしめた。「はい。楽しみです。」男は満足げに立ち上がり、モスバーガーのドアを押して外へ。有紀は後を追い、センター街の喧騒を抜ける。男の背中は自信たっぷりで、時折振り返って笑顔を向ける。数百メートル先の小さな公園に着くと、木々が日陰を作り、ブランコや滑り台が寂しく揺れていた。平日午後のため、人影はまばら。完璧な舞台だ。「そこのトイレで着替えてくれるかな。多目的のやつ、奥にあるよ。」男が指差すのは、公園の端にあるコンクリートの小屋。公衆トイレだ。有紀は頷き、中に入った。個室の扉を閉め、深呼吸。ミニスカートを脱ぎ、セーラー服に着替える。ブラウスが胸元を優しく包み、スカートの超ミニ丈が太ももを大胆に露出する。鏡はないが、感触でわかる。童顔の自分が、完璧な女子高生に変身した。合気道の体幹が、姿勢を自然に正す。ポケットに忍ばせた小型のボイスレコーダーをオンにし、手錠の感触を確かめる。準備完了。トイレから出ると、男はスマホを構え、待ち構えていた。「わあ、完璧! 本物の女子高生みたいだよ。有紀ちゃん、こっち来て。じゃあ、そこのブランコに乗ってみようか。軽く漕いで、笑顔でさ。」有紀はブランコに腰掛け、足を交互に動かして軽く漕いだ。風がスカートをわずかに翻し、男のレンズがそれを捉える。男の指示は的確で、撮影に慣れた様子。「そこでちょっと微笑んでごらん。うん、そう! 可愛いよ、有紀ちゃん。目線をこっちに……いいね!」ブランコの揺れが止まると、次は滑り台へ。「階段登って、上から滑り降りて。スカートがふわっとする感じで。自然に、ね。」有紀は言われた通りに登り、滑る。男の声が続く。「最高! 次はシーソーだ。一人で乗って、上下に動かしてみて。笑って、もっと笑って!」シーソーの板にまたがり、交互に体重を移す。男のスマホが間近で回り、息遣いが聞こえるほど。指示は巧みで、有紀のポーズを引き出す。童顔の笑顔が、自然にこぼれる。だが、心の中は冷静だ。男の視線が、スカートの裾に何度も落ちるのを、感じ取っている。セクハラの気配が、徐々に濃くなる。まだだ。もう少し、泳がせて。撮影は十五分ほど続き、男の興奮が声に滲み始めた。「有紀ちゃん、最高だよ。これなら、もっとすごい動画が撮れそう……」

第三章 崩れゆく仮面

 公園の空気は、午後の陽射しが木々の葉を優しく揺らす中、甘く淀んだ匂いに満ちていた。ブランコの軋む音が遠くに響き、シーソーの板が最後の揺れを止めた時、有紀の額に薄い汗が浮かんでいた。セーラー服の超ミニ丈スカートが、風に軽く翻るたび、太ももの肌が空気に触れ、合気道で鍛えた筋肉が微かに緊張する。男のスマホは、十五分間の撮影を終え、満足げにポケットに収められていた。だが、有紀の心は、決して安堵していなかった。男の視線が、指示の合間にスカートの裾や、ブラウスから覗く鎖骨に何度も絡みつくのを、彼女は感じ取っていた。セクハラの気配が、公園の穏やかな風景を不気味に歪めている。男は眼鏡を押し上げ、にこやかな笑みを浮かべて有紀に近づいた。痩せた体躯が、木陰で少し長く影を落とす。「じゃあ、有紀ちゃん。別の場所で撮影するから、来てもらおうか。こっちの公園じゃ、ちょっと狭くてね。もっと広々としたところで、君の可愛さを引き出したいんだ。」有紀はブランコから立ち上がり、セーラー服の裾を無意識に整えた。童顔の頬が、少女らしい赤らみを帯びるように演じながら、内心で警鐘が鳴る。別の場所? 美咲の話では、公園で終わらなかった。だが、ボイスレコーダーは正常に作動し、手錠の重みがポケットで存在を主張する。逮捕の瞬間を待つしかない。「……わかりました。でも、早く終わらせましょうね。ビデオだけ、ですよね?」男の笑みが一瞬、深くなった。「もちろんさ。十四万円、ちゃんと払うよ。信じて。」彼は有紀の肩に軽く手を置き、公園の出口へ導く。指先の感触が、布地越しに熱く伝わり、有紀の背筋に寒気が走った。セクハラの第一歩。だが、今は耐える。センター街の喧騒を抜け、路地裏の細い道を進む。数百メートル先、ビルの谷間にひっそりと佇むピンクのネオンが灯る建物が現れた。ラブホテルだ。看板の「Relax Inn」が、嘲笑うように輝いている。有紀の足が、一瞬止まった。「ここで……撮影するんですか?」声に、わずかな震えを意図的に混ぜる。少女の不安を装い、男の反応を窺う。男は振り返り、肩をすくめて笑った。「撮影にはちょうどいいんだよ。照明が柔らかくて、背景もきれいさ。七万円……いや、十四万円欲しいんだろう? 心配すんな、すぐ終わるよ。」彼の目が、眼鏡のレンズ越しに有紀の脚を舐めるように這う。最初から、ここを狙っていた。美咲を逃がしたのは、運が良かっただけだ。次は、もっと深く嵌め込むつもりか。有紀の胸に、不安が渦巻く。ラブホテルに男と一緒に入るのは、婦警として最悪のシナリオ。合気道初段の技があっても、密室で体格差がある相手に、万一の隙を突かれる可能性はゼロじゃない。だが、証拠を固めるには、これしかない。現行犯のセクハラ、未遂なら立件できる。深呼吸をし、頷いた。「……はい。でも、早くですよ。」男は満足げにドアを押し開け、受付で部屋を選ぶ。エレベーターの狭い空間で、二人は無言。男の息遣いが近く、有紀の鼻をくすぐる。タバコと安いコロンの混じった匂い。三階の部屋に入ると、ドアが静かに閉まる音が、決定的な響きを残した。部屋は予想以上に広々としており、中央にキングサイズのベッドが鎮座し、ピンクのシーツが柔らかく波打つ。壁際の立派なソファーは、革張りで深みがあり、向かいの鏡が部屋全体を映し出す。間接照明が暖かなオレンジを放ち、空調の低い唸りが、静寂を強調する。ラブホテルの典型的な甘美さだが、有紀には牢獄のように感じられた。「じゃあ、そのソファーに座ってもらえるかな。まずはリラックスした感じで。」男はスマホを三脚にセットし、録画ボタンを押す。レンズが有紀を捉え、赤いランプが点滅する。有紀はソファーに腰を下ろし、膝を揃えて座る。セーラー服のスカートが短すぎて、太ももの半分が露わになる。合気道の姿勢が、無意識に背筋を伸ばすが、少女らしく肩を落とす。「こんな感じで……いいですか?」男はカメラの後ろから頷き、声を低くして指示を出した。「いいね、とっても可愛いよ。有紀ちゃん、ちょっと横を向いてもらえるかな。手は膝の上に、優しく置いて。うん、そう。微笑んで……目線をカメラに。」有紀は言われた通りにポーズを取る。童顔の笑顔が、鏡に映る自分を嘲るように微笑む。男の指示は続き、徐々に親密さを増す。「今度は、ソファーの前で立って。両手を広げて、くるっと回ってみて。スカートがふわっと広がる感じで。」立ち上がり、ゆっくりと回転する。プリーツスカートが風を孕み、脚のラインを強調。男の息が、わずかに荒くなる。「最高! 次は、ソファーの背もたれに寄りかかって。首を少し傾けて、髪をかき上げてごらん。」ポーズごとに、男の視線が熱を帯びる。有紀の心拍数が上がる。まだ、セクハラの範囲内。証拠として、録音されている。耐えろ。だが、男の次の言葉で、空気が変わった。「じゃあ、今度はベッドの端に腰を掛けてくれないか。自然に、くつろいだ感じで。」ベッドに近づく。シーツの柔らかな感触が、尻に伝わる。男のレンズが、間近に迫る。「可愛いよ、そう。軽く微笑んで、そのまま後ろに倒れてごらん。髪を広げて、夢見るような目で。」有紀はゆっくりと背を倒す。セーラー服のブラウスがわずかにずれ、腹部が覗く。恥ずかしさが、演技を超えて本物になる。「……これで、いいんですか?」男の声が、興奮を抑えきれずに震える。「いいね、足もベッドに載せてみようか。その方が可愛いよ。膝を軽く曲げて、脚を揃えて。」有紀は脚をベッドに引き上げ、仰向けになる。超ミニ丈のスカートが危うく捲れ上がり、ストッキングの縁が露わに。急に、胸がざわつく。恥ずかしさが、熱に変わる。童顔の頬が、本当に赤らむ。「ちょっと……恥ずかしいです。」男はカメラを近づけ、指示を続ける。「じゃあ、足を左右に広げて、腰を上に持ち上げるんだ。腰をゆっくり上下に動かしてごらん。セクシーな感じで、ね。」その瞬間、有紀の直感が爆発した。変だ。これは、ただのビデオじゃない。男の目が、獣のように変わる。腰を動かすポーズは、明らかな性的示唆。「なんのつもりなんですか? ビデオだけじゃ、なかったんですか!」男の仮面が、剥がれ落ちた。眼鏡の奥の目が、凶暴に光る。「おいおい、わかってるだろ? 可愛い子がこんなところで、何するつもりだと思ってんだよ。」彼はスマホを置き、ベッドに飛び乗る。有紀の上に体を重ね、腕を押さえつけようとする。痩せた体躯だが、興奮で力が倍増。息が熱く、顔にかかる。「七万円? そんなもんより、俺が直接可愛がってやるよ。」有紀の心臓が、激しく鳴る。危機だ。だが、合気道の血が騒ぐ。男の腕を捩じ上げ、手錠をポケットから取り出そうとする。「私は婦警です! セクハラの現行犯で逮捕します!」男の動きは、予想外に素早かった。手錠を弾き飛ばし、有紀の腕を逆方向に捻り上げる。四つん這いの姿勢に強引にさせ、背中に体重を預ける。痩せた体躯が、有紀の背骨にずっしりと圧し掛かり、セーラー服の生地が擦れる音が部屋に響く。「どうも変だと思ってたぜ。やっぱり婦警か。たっぷり思い知らせてやるよ。お前みたいなミニスカの女警が、俺の餌食になるんだ。」腕の痛みが、電流のように走る。男の指が、有紀の細い手首を鉄のように締め付け、関節がきしむ音が自分でも聞こえるほど。合気道の稽古で耐え抜いた痛みとは違う、生の暴力。息が詰まり、視界がわずかに揺れる。男の体重が、腰に食い込み、太ももがベッドのシーツに押しつけられる。セーラー服のスカートが乱れ、冷たい空気が肌に触れる恥ずかしさと、恐怖が混じり合う。心の中で、必死に呼吸を整える。パニックは敵だ。合気道の教えが、脳裏に閃く――「力に逆らわず、相手の力を利用せよ」。男の声が、耳元でどなりつける。息が熱く、汗の匂いが鼻を突く。「どうして欲しいのか、自分で言ってみろ。言うんだよ、な? お前みたいな可愛い婦警が、俺に何を懇願するんだ? 言えよ!」痛みが頂点に達し、有紀の唇から、抑えきれないうめき声が漏れる。だが、ここで諦めない。油断を誘うしかない。声を震わせ、甘く変える。少女の怯えを、最大限に演じる。「なんでも……言うことを聞きますから、許してください。本当です。優しく……してください。」言葉を絞り出し、視線を伏せて涙を浮かべるふりをする。童顔の頬に、わざと息を吹きかけて赤みを強める。男の息が、一瞬止まる。締め付ける指の力が、わずかに緩む。「へえ……そうか。優しく、ね。もっと言ってみろよ。」興奮が、油断を生む。男の体が少し浮き上がり、膝の圧力が弱まる。獲物が折れたと、確信した瞬間だ。有紀の心の中で、カウントが始まる。一……二……。男の次の言葉が、引き金になる。「たっぷり可愛がってください……お願い。」声に、甘い媚びを加える。唇を震わせ、目を潤ませて上目遣いに男を見る。演技か本物か、境界が曖昧になるほどの集中力。男の笑いが、低く喉から漏れる。「いい子だ。じゃあ、腕を離してやるよ。ゆっくり動くなよ。」指が、有紀の手首から滑り落ちる。体重がベッドに移り、男の体がわずかに後退する。隙だ。開いた――一瞬の、永遠のような隙。有紀の体が、爆発する。痛みの残る腕を、無視して男の右腕を素早く掴む。合気道の基本、「四方投げ」の型。指を正確に男の肘の内側に食い込ませ、腰を落とす。男の体重を借り、自身の体を軸に回転。ベッドの反動を利用し、男の体を空中に浮かせる。男の驚きの叫びが、遅れて響く。「ぐあっ! 何だてめえ!」男の体が、シーツを乱してベッドの上に投げ飛ばされる。痩せた体躯が、クッションに沈み、眼鏡がずれ落ちる。有紀は即座に追撃。痛む腕を押さえつつ、跳びかかる。膝で男の胸を押さえつけ、息を詰まらせる。男の両手を背後に回し、床に落ちた手錠を拾い上げる。冷たい金属が、カチッと音を立てて男の両手を拘束する。男の抵抗が、虚しくもがくだけになる。「動くな! 警視庁渋谷署の有紀だ。婦女暴行未遂の現行犯で逮捕する! 黙秘権はあります。弁護士を呼ぶ権利もありますが、今は大人しくしろ。」男の顔が、青ざめ、眼鏡が床に落ちる。抵抗を試みるが、有紀の合気道の握力に、指一本動かせない。「くそ……お前、ほんとに婦警かよ……」部屋の鏡に、映るのは勝利の姿。セーラー服の乱れた有紀が、男を押さえつける。ボイスレコーダーが、全てを記録していた。外に連絡を入れ、署の同僚が駆けつけるまでの間、有紀は静かに息を整える。罠は、逆転した。だが、心の奥に、わずかな震えが残る。ミニスカートが似合う婦警の、危険な一日が、ようやく幕を閉じようとしていた。

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