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ラスボス(魔王)の溺愛の始まり

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他人の恋を盛り上げるためだけの存在が、どこにでもいる。
私はまさに、勇者と聖女の恋を燃え上がらせるための役だった。

「まったく。最後に一言くらいあっても良いじゃない……」

誰もいない宿屋に、私の声が響く。
手に力を込めて、手紙をぐしゃりを丸めた。
『やっぱり聖女と婚約するわ(笑)勇者より』と書かれていた紙を。

前世でやりこんだゲームに転生したから、この結末は知っていた。
私はヒロインである聖女の恋敵。貴族の悪役令嬢、ヘレナだから。

「分かっててもムカつく。誰の金で、ここまで来たと思ってるのよ!」

シナリオでは、婚約破棄された後にヘレナの出番は無い。
勇者と聖女の愛の力(笑)でラスボスの魔王を倒して、エンディングだ。

そうなると、こうしてはいられない。
宿屋を出て、雑貨屋で買い物をして、ある場所へ向かった。

ゲームの推し、ラスボスである魔王が住む城へ。



城への道のりは知っていたから、すぐに辿り着いた。

「勇者たちは、まだ時間かかるわね。精霊の開放とかなんとかしてるから」

扉はすんなり開き、城の中へ足を踏み入れた。
夜に来ると不気味だが、朝に来ると意外と立派で、ちゃんとしている。

「でも、物が多すぎるのよねー」

ゲームをしていた時から気になっていた。
この城、とにかく物が多い。棺、鎧、剣、弓矢、拷問器具。

「雑貨屋で買った収納で、足りるかしら?」

散らかっているものたちを、ジャンル分けして収納箱に放り込んでいく。
無心で片付けをしていくと、勇者に与えられた心の傷も癒えて行った。
推しには、心地よく過ごしてもらいたい。どうせ勇者に倒されてしまうから。
一心不乱に片付けていたから、背後にいた存在に気付かなかった。



「お前、何をしている」
「うわ!?」

突然聞こえた推しの声に、私はのけぞった。
生で聞くと、ますますイケメンボイスだ。

振り向くと、夢にまで見たラスボス、魔王が立っていた。

「盗賊か?それにしては身なりがきちんとしてるな。立ち振る舞いも品がある」
「い、いえ。片付けていただけです……」

今日も魔王はかっこいい。
たくましい身体、金髪に赤い瞳、悪魔的な美しさ。

「片付けだと?」
「はい。魔王に気持ちよく過ごしていただきたくて」
「……」
「これらを地下の倉庫に入れれば、もっと快適な空間が出来ると思いまして」

完全な沈黙が、数秒ほど流れた。
彼は顎に手を当てて、しばらく考えた後に、言った。

「素晴らしいな」
「え?」
「その発想は今までなかった。魔物たちにやらせよう」

彼が指を鳴らすと、ゴーレムやミイラが集まって来た。
少し怖い。ゲームでは倒すべきモンスターだし。

「君の名前は?」
「ヘレナです」
「良い名前だな。みんな、ヘレナの指示を聞くように」

ウォオオオオオ!と、雄叫びと咆哮が上がる。
普通に怖い。どことなく、みんな嬉しそうだし。

でも、力仕事をしてくれるのは頼もしい。
みるみるうちに、魔王城は片付けられていった。



その日の午後。
魔王と私は、食堂の大きなテーブルを囲んでいた。
「ヘレナ、何とお礼を言ったら良いか」
「いえ。こうしてお話できたけで光栄です」

彼は優雅に紅茶を飲んだ。
そうして私を見て、にっこりと微笑んだ。

「君は聡明なだけでなく、謙虚でもあるんだな」

魔王ってこんな甘々キャラだったのか!?
ゲームでは全く分からなかった。

ラスボスである魔王との会話は、ほぼない。
彼を倒してアイテムを手に入れて、世界を救って終わり。

数少ない立ち絵と、パターンの限られたボイス。
しかし私のハートを射止めるには充分だった。

「こんな素敵な女性がいるなんて、人間も捨てたものじゃない……」

彼はどこか遠い目をした。
そして、私をまっすぐに見つめた。

「なあ、ヘレナ。ここで一緒に暮らさないか?」
「え?」
「欲しいものは何でもあげよう。魔王城の魔物たちも、好きに使って良い」

あまりに急な展開に、私は目の前が真っ白になった。




目を覚ますと、見慣れないベッドの上にいた。
ふかふかで、薔薇の花弁に横たわっているようだ。

辺りを見渡すと、部屋が広い。広すぎる。
現状を把握できずいると、横から声をかけられた。

「ヘレナ、気付いたか!」
「ま、魔王様?」
「食堂で転倒したから、ここで休ませていたんだ」

魔王は私を抱きしめた。セクシーな匂いが鼻をついた。
ミントとゼラニウムが混じった、さわやかな香水だ。

「良かった。せっかく愛する人を見つけたのに、もう失うのかと……」

今、何て言った?愛する人?
そういえば、一緒に城で暮らそうって言われたんだっけ。
「あの、先程のお返事ですが」

やっと魔王の抱擁から解放されて、私は言った。
彼ははっとして、少しだけ目をふせた。

「あぁ。もちろん無理強いはしないさ」
「喜んで、ご一緒させてください」

彼は微笑んだ。ゲームで見た、不敵な笑みではない。
あたたかく、深い笑みだった。



数か月後。
魔王と昼食を楽しんでいると、家来のメデューサが慌ててやって来た。

「大変です。勇者たちが魔王城へ押し寄せてきました」
「何だって?」
「門を守っていたゴーレムたちが、やられました」
「分かった。すぐ行く」

魔王は立ち上がった。その顔は怒りに満ちている。
魔物を心から愛する彼にとって、ゴーレムの件は許せないのだろう。

そして優しい顔で、私を見た。

「ヘレナ、少しだけ待っていてくれるか?」
「私も行きます」
「だめだ。大切な人を傷つけるわけにはいかない」
「分かりました。部屋で待っています」
「良い子だね」

メデューサと魔王は、急ぎ足で去って行った。

「……とは言ったものの、気になるわよね」

私は部屋と反対方向の扉へ向かった。
そして、彼らの後をつけて行った。



城の広間では、勇者が破壊行動を繰り返していた。

「おらぁ、魔王!出てこい!」

彼は魔王城にあるアイテム「賢者の石」を探しているのだ。
それがあれば、魔力が不足している国を救えるから。

勇者は次々と魔物を倒している。
婚約者である、聖女が回復してくれることを良いことに。

「でも、これじゃあ、どっちが悪者か分からないわね」

私が呟くと、魔王が現れた。
目は怒りで赤々と燃えている。

「何か用か、勇者よ」
「やっと出て来たな!お前を倒しに来たぜ!」

いきなり切りかかる勇者たち。
魔王は涼しい顔で指を鳴らした。すると、ドラゴンが現れた。

ドラゴンは紅蓮の火を噴き、勇者たちに炎が降りかかる。
メデューサが石化の魔法をかけて、パーティの動きを止めていった。

「くっ、石化なんて卑怯だぞ!」
「いきなり人の城を襲っておいて、どっちが卑怯だ?」

やがて勇者以外、みんな石化された。
がっくりと肩を落とす勇者に、魔王は冷静に言い放った。

「安心しろ。石にしているだけだ。死んではいない」
「クソ、何が望みだ?」
「この城から出て行け。そして二度と来るな」
「俺は、賢者の石を見つけるまで……帰れない!」

剣を持って、勇者は突進した。
向かう先は魔王でなく、私だった。



私は勇者から、剣の先を首に突きつけられた。

「おっと。動くと切るぜ?」
「あんた、本当に最悪ね」
「魔王に寝返った女が、よく言うぜ。俺が捨てた女も、ここで役に立つとはな!」

勇者は、決定的な一言を放ってしまったらしい。
かつて見たことがないほど、魔王のオーラは怒りに満ちていた。
魔王は恐ろしいくらい冷徹な声で、言った。

「勇者よ。捨てた女とは、どういう意味だ?」
「こいつは俺の婚約者だったんだよ!持参金が目当てで、婚約破棄したけどな」
「それは本当か、ヘレナ?」
「はい、本当です」

だって、それがゲームのシナリオだから。
その通りにしないと、悪役令嬢は処刑エンドなのだ。

意外なことに、魔王はふっと笑った。

「なら、良かった。もう手加減する理由はないな」
「はぁ?」
「俺の愛する女性を二度も傷つけた罪は重いぞ……」

ゴゴゴゴゴ、と地響きが起こる。
やがて地震のように大きく揺れて、勇者も私も立っていられなくなった。

私は膝から崩れ落ちたが、魔王が支えてくれた。
いつの間にか、すぐ横に来ていたらしい。

勇者は、地面に尻もちをついている。
そんな彼を指さして、魔王は叫んだ。

「この者を生贄に捧げる。地獄の門よ、開け。『ダークホール』!」

勇者は口を開いて、何かを言いかけた。
しかし、それは叶わなかった。

勇者の下に大きな穴が出現し、彼は飲み込まれていった。
ふと、目を大きな手に覆われた。もう慣れた香水の匂いがする。

「見てはいけない。あれは深淵だ」

魔王の声から、もう怒りは消えていた。
いつもの穏やかで、私を溺愛してくれる声だった。



石化が解かれた後、私はお茶会を楽しんでいた。
席を共にしているのは、魔王だけではない。懐かしのパーティの面々も一緒だ。

「え、じゃあ聖女も婚約破棄されそうになってたの?!」
「そうですわ。私の回復魔法が目当てだったみたいですの」
「本当に、勇者って最悪だったのね……」

聖女、魔法使い、盗賊、格闘家。
かつて勇者に追放された僧侶、踊り子、商人も加わり、大団円だ。

彼らと昔話に花を咲かせているうちに、魔王がいないことに気が付いた。

「ちょっと、席を外すわね」
「魔王を探しに行くんですの?ラブラブですわね」

聖女にからかわれながら、私は広間へ向かった。



「ヘレナ、どうした?仲間と楽しんでいると思ったが」
「魔王様がいないから、気になって来たの」
「君は本当に優しいな」

彼は優雅な動作で、私を抱き寄せた。
そうして広間を見渡して、言った。

「あの戦闘で、またすっかり散らかったな」
「大丈夫、また片付ければ良いから」
「ヘレナは、どうしてそんなに片付けが得意なんだ?」
「それは……」

前世でOLだった私は、営業社員のデスクの整理ばかりさせられていた。
薄給で、学歴も平凡で出世もせず、報われない日々だった。

「言えないんだな、まあ良いさ。元婚約者の話より、大したことないだろう」
「あ、根に持ってます?」
「好きな女性の元婚約者に嫉妬しない男性が、世の中にいると思うか?」

お詫びになにかしてもらおうか、と耳元でささやかれる。
私は耳まで赤くなっていくのを感じた。

「はは。ヘレナを傷つけることはしないよ。気持ち良くさせるだけだ」
「こ、声が大きいです!みんながあっちにいるんですから!」



かつての仲間が賢者の石を使い、世界も無事に救われた。
魔物も一役買ったので、後年、魔王城と国の出入りは盛んになって行った。

私は国に戻らず、魔王城に留まった。
いつまでも魔王の溺愛の元で、幸せに暮らすのだった。
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