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壊れた心と拒絶⑤
しおりを挟む「意見は賛否両論。寧ろ、否の方が若干多いかしらね。あんたに対しての同情意見の多さに驚いたわ」
川瀬さんの言う通り、ざっと目を通してみた段階でも、ドッキリを仕掛けた二人や番組制作者に対するコメントより、仕掛けられた側の私への同情が多い。
「人を笑わせるのが仕事の芸人が、同情されるなんてね」
「………」
「まぁ、今回のケースは仕方ないか」
溜め息混じりに言う川瀬さんに、私は何も言えなかった。
どんなに同情を寄せられても、私の傷が癒える事はない。
川瀬さんの言う通り、人を笑わせてなんぼのお笑い芸人である私が同情を浴びるなんて………最大の屈辱だ。
逆に、傷口に塩を………いや、唐辛子を擦り込まれているかの如く、拷問。
同情なんて、耐えがたい苦痛でしかない。
三ヶ月前と同じく、事務所内は、忙しく電話対応に追われている。
問い合わせの電話がひっきりなしに掛かってくるからだ。
その中で、ひっそりとついているテレビ。
懲りもせずに、同じ話題を取り上げている。
ビッグスターの結婚並みに大きく報道され、特集まで組まれているけれど、ここまで騒ぎが大きくなれば、一周回って、もうどうでも良い。
当事者のくせして、まるで他人事のように、私は画面の中にいる自分の顔写真をぼんやり眺めていた。
その日の夜、母から着信があった。
電話に出た瞬間から既に母は涙声で、用件を容易に予想出来た。
『素良………もうやめて頂戴…』
「………」
『テレビ観たけど、お母さん、切ないよ…』
次第に、母の声に嗚咽が混ざり始める。
『あんな惨めな思いして……大勢に笑われて………切ないだろ?虚しいだろ?情けないだろ?』
「………」
『あんな酷い扱いを受けてまで、しがみついていないといけない世界なのかい?あれが、あんたのやりたかった事なのかい?』
「………」
何も返す言葉が見付からない。
その代わりに、生温い液体が頬を滑り落ちていく。
『もう沢山だよ。あんたのみっともない姿を観るのは…』
手の甲で涙を拭う私に、母が少しの間を置いてから言う。
『………帰ってきなさい』
「……え」
ここで漸く声を発する事が出来た。
『もう帰ってきなさい。こっちできちんとした仕事をして、良い人と結婚して……普通が一番じゃないか』
「お、母さん…」
『田舎でも働き口はいくらでもあるから………お父さんももう怒ってないから…』
芸人になる事を大反対していた父。
父と大喧嘩の末に家を飛び出した私は、もう帰る家すらないと思っていたけれど……
『素良、もう無理しないで良いから………あんたは十分頑張ったじゃない』
芸能界は、博打のような世界だ。
一発当てれば大儲け、外せば地獄。
私のような小娘が、身も心も磨り減らしてまでしがみつくような世界ではないのかもしれない。
『帰ってきなさい、素良』
いつもは煩いだとか、ほっといてくれとか……鬱陶しく思っていた母の言葉が、今日程嬉しく感じた日はない。
私は、いつまで芸能界にしがみついているのだろう?
本当は、お笑い芸人なんて向いてないんじゃない?
……ずっと、心の片隅にあった疑問。
これらを意識しないよう生きてきたけれど、ここへ来て、やっとこの疑問と向き合う機会を得られたような気がする。
私にこの仕事は向いているか、いないのか……
この答えを、私は今、自信を持って言える。
向いていない、と。
何があっても、どんなに辛くても、全部おいしいと思わなければならない過酷な職業のお笑い芸人。
メンタルの弱い私には、適応し難い。
よって、不向き。
思えば、五年間、弱音を吐かずによく頑張ってきたと思う。
母の言う通り、過酷な世界で十分頑張った。
きらびやかなスポットライトなんか、もう浴びなくていい。
今になれば、何故あんなものに固執していたのだろう?とさえ、思えてしまう。
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