売名恋愛

江上蒼羽

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壊れた心と拒絶⑥

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ドッキリと同時に判明した失恋で心を打ち砕かれ、母の言葉が決定打となり、芸人引退を決意した。

一般人に戻り、実家のある田舎に引っ込もう………そう決めた。

けれども、スケジュール帳をびっしり埋め尽くす予定が、それを許してはくれそうもない。

売名を機に、一気に増えた仕事。

その上、売名がドッキリだと判明してから更に入った仕事。

超弩級の殺人的過密スケジュールが私を引き留める。

こんな状況の中で辞めたいと言ったら、川瀬さんはどんな顔をするだろう?

相方の間宮は、どの様な反応を示すだろうか?

それに、ここで仕事を投げ出したら、私を起用したいと申し出てくれた人々を裏切る事になる。

せめて、今入っている仕事だけはこなしてから、引退を表明すべきなのでは?……と、不真面目になりきれない自分が訴えてくる。

本当は、今すぐにでも、この世界から足を洗いたいけれど、与えられた仕事は必ずやり遂げなければ……という使命感が、それを妨害してくる。

社会人としての責任を果たして、ケジメがついた所で引退表明でも、きっと遅くはないと思う。





数日後、川瀬さんから小包を一つ渡された。


「………何ですか?これ…」

「開けてみなさい」


川瀬さんに促され、戸惑いながら包みを解いていく。


「……爆弾とかじゃないですよね?」

「そんな物騒なもんじゃないわよ」


カサカサ音が立つ包みの中から出てきたのは、苦い思い出のあるもの……


「………これって…」


驚きながら川瀬さんを見上げると、彼女は表情を変えずに言う。


「誰が差出人か位は分かるでしょ?」

「…………」


落とし穴から落ちた時に破れてしまったお気に入りのワンピース。

損傷があるのと、見ると辛い記憶と心への激痛が甦ってくるからという理由で、もう二度と着れないだろうと思っていた。

小包の中から、出てきたのは、そのワンピースと全く同じものの新品。


「遅くなって申し訳ないって言ってたわ」

「………」


ワンピースを手に固まる私に構わず、川瀬さんは続ける。


「彼、わざわざどこのブランドのものか調べて、取り寄せて貰ったそうよ」


小包の中には、ワンピースの他に、可愛らしいヘアアクセとネックレス等の小物が入っていた。

恐らく、ワンピースに合わせて選んだのだろうと思える、センスの良いセレクト。


「本当は、直接会って渡したかったそうだけど………あんたに会わす顔がないって、私に託してきたの」

「…………」

「どうしても弁償したかったみたいよ、そのワンピース」

「………そうですか。弁償なんてしなくて良かったのに…」


包みの底に小さな紙があるのを見付け、それをそっと手に取ってみた。

四つ折りにされていた紙には、お世辞にも上手とは言い難い、手書きの文字が並んでいる。




《遅くなってしまい、大変申し訳ございません
このワンピース、森川さんにとても良く似合ってました
迷惑に思われるのは承知ですが、どうしても弁償させて頂きたく、このような形を取りました。
どうか、受け取って下さい
それから、このワンピースを着た森川さんと、また一緒にどこかに出掛けられたら嬉しく思います
連絡待ってます


忍足 慧史》




ショートメールの時と同じ最後の一文に、またしても淡い期待を抱きかけた。

そんな愚かな自分をドアホと詰り、罵りながら手紙を折り畳む。

ついでに広げたワンピースを元のように綺麗に畳み、包みに戻す。


「………受け取りません。返して下さい」


最初に手渡されたのと同じ状態に戻した小包を、川瀬さんに向かって突き出すと、彼女は目を大きく見開いた。


「……森川?どうして…」


私はその問いには答えない代わりに「返して下さい」と、繰り返す。

忍足さんが私にワンピースを弁償してきたのは、単なる罪滅ぼし。

自分が楽になりたいだけだ。

こっちは、ずっと心の重苦しい痛みを知らん振りしているというのに……

彼の心だけ軽くなるのは、絶対許せない。

それに、見ているだけで涙が出てくるワンピースなんか欲しくない。


「森川……本当にいいの?」


念を押すように聞いてくる川瀬さんに、私は「はい」と力強く答える。


「二度と彼と関わるつもりはないですから」


迷いなく言った私は、最後に独り言のように呟く。


「………平気で嘘を吐ける人なんて、嫌い…」

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