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売名後の売名?①
しおりを挟む3月14日は、ホワイトデー。
だからか知らないけれど、目の前には大きな箱が鎮座している。
中には、美味しそうなお菓子の詰め合わせが入っていた。
そして、いつものように手書きのコメントも添えられている。
「……どうする?それも返すの?」
私を誘惑してくる美味しそうな焼き菓子達を前に生唾を飲み込み、箱の蓋を閉じた。
「………勿論です。要らないので」
箱を自分から遠ざけ、ふいと背を向けた。
「こういう事されても迷惑でしかないって、ちゃんと伝えてくれてますよね?」
語尾を荒めに川瀬さんに問うと、彼女は溜め息混じりに「えぇ…」と頷く。
「本人に受け取る気はないって伝えてるんだけど、向こうはどうしてもって聞かないのよ」
「…………」
むくれる私に、川瀬さんが宥めるように言う。
「ねぇ、森川……いい加減、受け取ってあげたら?忍足さん、可哀想よ?」
「…………」
「この前は舞台のチケット、その前は花。またその前はスイーツの差し入れ……彼、あんたと仲直りしたいのよ」
仲直りと言われた所で、私と彼は、仲直りする程仲が良かった訳じゃない。
「………彼は、私を物で釣れる程の安い人間だと認識してるんでしょうね…」
「森川……あんたは、どうしてそうひねくれた風に捉えるの?忍足さんなりに誠意を示してくれているんだと思うけど?」
「誠意?笑わせないで下さいよ。こんな貢ぎ物………ただの彼の自己満足でしょうよ」
刺々しく言い放つと、川瀬さんは深過ぎる溜め息を吐いた。
それには、苛立ちが微かに含まれている。
「こういうやり取りに巻き込まれる私の身になって欲しいわ」
「…………」
それもマネージャーの仕事の一つでもあるんじゃないですか?と、言いたい所を、必死に我慢。
怒りかかっている川瀬さんに、火に油を注ぐ事になりかねないから。
「大体、迷惑だっていうなら、自分ではっきり断んなさいよ」
「嫌です」
「あのね、森川……いつまでこのやり取り続けるつもりよ?」
「さぁ……彼が諦めるまでですかね」
冷めた素振りで言う私に、川瀬さんがまた一つ溜め息を吐く。
「とにかく、一度会って話してみたら?そうすれば、彼も気が済むだろうし……」
「い・や・です!!」
「せめて、着信は無理でも、ショートメールの受信拒否くらいは解除してあげなさいよ」
「嫌ですってば」
忍足さんから、何度かショートメールが送られてきた。
毎回、謝罪の文面と、話がしたいとの要求。
その都度、言葉を微妙に変えながらも、用件はいつも同じ。
何度メールを送り付けられても、彼の謝罪は受け入れられないし、要求にも応えたくない。
ガン無視を決め込んでいたら、次第に着信まで入れてくるようになって……
問答無用で、着拒、メール受信拒否を設定させて貰った。
「もう、軽いストーカーですよね」
吐き捨てるように言うと、川瀬さんが「森川!」と、声を荒げる。
「逃げてないで、一度彼と向き合いなさい!」
それに対して、私も声を大にして言う。
「嫌なものは嫌なんです!大っ嫌いです、あんな人!」
「そんなに嫌う事ないでしょ!彼があんたを騙したのは、仕事としてやっていただけなんだから!」
「分かってますよ!でも、人を騙す仕事を受けた時点で最低の人間ですよ!」
「そこまで言うか!誰のお陰で今のあんたがあると思ってんの?!」
激しい言葉の応酬。
と、ここで、今の今まで静かにBLアンソロジー本を読んでいた間宮が「あ……」と、声を挙げた。
「渦中の彼じゃん」
間宮の言葉に、私と川瀬さんは、彼女が視線を送る先へと顔を向ける。
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