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売名後の売名?④
しおりを挟む「森ちゃん!」
「芹沢さん!」
僅かコンマ何秒かの差はあったにしろ、ほぼ同時に声が揃った。
「ひっさしぶりじゃ~ん!どうしたの?こんな所で」
人懐っこい笑顔で近付いてくる芹沢さんにつられて、私も自ずと笑顔になる。
「先輩芸人に飲みに誘われて……いや、まぁ……合コン、なんですけど…」
「あ、マジ?俺も、先輩に飲みに誘われて……」
芹沢さんは、中から賑やかな声が漏れる部屋に向かって「もしかして、この部屋?」と指差した。
それに「はい」と、頷けば、芹沢さんは、嬉しそうに歯を見せる。
「そっか、そっか。合コンって、森ちゃん達とか」
「まさか、芹沢さんが来るとは思いませんでした」
「あはは、俺も俺も。また森ちゃんと飲める日が来るとは思ってなかった」
意外なタイミングで意外な人と再会するとは、完全に予想外だ。
それでも初対面のあまり知らない人と飲むよりは、見知った顔がある方がホッとする。
「もう皆壊れかかって大変なんです」
「聞こえてくる声からして、そんな感じっぽい」
特に、小久保姐さんが。
水のように焼酎を流し込み、ブドウジュースのようにワインをがぶ飲み。
気持ちの良い飲みっぷりではあるけれど、酔いが深まれば深まる程、姐さんが質の悪い酔っ払いへと変貌していくから、後が大変で。
姐さんのしつこい絡みと無茶なフリの餌食になったら、最後……
今頃は、タイプのガチムチ系のお兄さんが餌食となっている事だろう。
遅れて堂々ご登場の芹沢さんは、女性陣に大歓迎され、男性陣には「おせーよ!」とブーイングを浴びた。
「ニューフェイスよ!ニューフェイス!」
小久保姐さん、ここで完全にぶっ壊れ。
「そこのボーイ!遅れて来たバツとして、私と飲み勝負といきましょ!オーケー?」
遅れて来た芹沢さんを指名して、どちらが酒に強いか勝負しようと言い出した。
途端に、芹沢さんの顔が引き攣る。
「マジっすか?勝てる気がしねーんだけど……俺、酒激弱っすよ?」
ここは止めた方が良いのか………でも、水を挿すような真似をしたら、姐さんの機嫌を損ねてしまう……
どうしよう、どうしよう……と、一人テンパっていると、タイミング良く、誰かの携帯が鳴った。
どうやら、姐さんの携帯だったらしい。
「は~い、もしもし?」
姐さんは愛想良く電話に出たものの、すぐに表情を笑顔から怒りへと変える。
「はぁ?!何言ってんの?これから仕事だなんて聞いてないわよ!!今、すっごく良い所だってのに……」
突如怒鳴り出した姐さんに、盛り上がっていた空気が冷え始める。
「信じらんない!てゆーか、あんた、スケジュールの管理もまともに出来ない訳?!つっかえないわね!」
恐らく、担当のマネージャーと思われる電話の相手。
その人に向かって、ありとあらゆる暴言を吐いた姐さんは、現在地にタクシーを寄越すよう指示をして通話を終えた。
「ったく、これだから新人は駄目なのよ。ほんっと、使えない」
吐き捨てるように言った姐さんに、その場に居る面々は黙り。
多分、姐さんのあまりの迫力を前に萎縮してしまっているのだと思う。
私も同じく。
「姐さん、マネージャー交代したんですか?」
空気を読んだ間宮が、空気の読めないフリをして、姐さんに問う。
私なら、怒り狂う姐さんに話し掛ける事すら出来ないだろう。
間宮の度胸には、感服する。
姐さんは、徐にバッグから煙草を取り出し、口にくわえた。
間宮がすかさず、火を着ける。
キャバ嬢かって位の手際の良さだ。
気怠そうに煙草を味わい、紫煙を吐き出した姐さんが不機嫌そうに言う。
「この前のマネ、クビにしてやったのよ。使えなかったし。でも、新しいのも全然駄目。前のがまだマシだったわ」
「姐さん……苦労されてますね」
姐さんをこれ以上怒らせないよう、彼女に同調する間宮。
きっと、心の中ではマネージャーに対して同情しているに違いない。
「新人だからって大目に見てたけど、さすがに限界。あんた等のとこの敏腕マネと変えて欲しいわ」
「姐さんクラスの芸人には、もっとちゃんとしたマネージャーでないと困りますよね」
ここで漸くガチムチが重そうに口を開く。
「この後どうします?また今度仕切り直しとしましょうか?」
小久保姐さんは、灰皿に灰を落としながら「そうね」と頷く。
「ここでお開きとしましょ。ごめんなさいね、折角楽しんでいたのに…」
そう言いながらも、姐さんが一番残念そうにしている。
私も「残念です……」と、ションボリ頭を垂れた。
心の中では「ヨッシャー!」と、ガッツポーズしていたりするのだけれど。
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