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第1話(辻涼葉・談)
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五歳年上の幼馴染である狩谷咲真君と初めて出会ったのは、私がまだ三歳の時だった。ずっと空き地だったお隣に新築物件が建ち、そこに狩谷一家が引っ越して来た事がきっかけで知り合ったのだ。この辺は古い住宅街だから高齢者ばかりで子供が少ないからか、五歳も離れていようが彼はいつも私と遊んでくれた。最初はまぁ、親に言われて仕方なくだったかもしれない。だけど私の記憶に残っている昔の彼はいつも笑顔で優しく、遊ぶ時なんかは大型犬が飛びついてくるみたいに私の所まで駆け寄って来る、そんな印象の人だった。
◇
「——あれ?今日も来てたんだ?」
朝起きて、二階にある私室から下に降りるとダイニングに置いてある椅子に座って咲真君がくつろいでいた。勝手に珈琲なんかも淹れて飲んでいて、すっかり我が家の一員みたいな顔で座っているが『貴方のお家はお隣ですよ?』と毎度思う。
「ウチの父さん達また昨日から出張で……。あ、凉葉の母さん、朝一からのシフトだったからオレが代わりに朝飯作っておいたから、飯冷める前に食べて」
ボソボソとした声でそう言って、小難しい内容を特集している科学系の雑誌をテーブルに置いて咲真君がのっそりとした動きで我が家のキッチンに立つ。今身に付けたエプロンなんかも彼が自分で買って来て、当然の様にウチでだけ使っている物なのだが、この状況に対して違和感を抱いている者なんかもう両家の中には誰も居ない。勿論私も含めて。
「簡単なもんだけど、文句言うなよ」
「はいはい、言いませんよー。寝坊したのは私だし」
単調な彼の話口はずっと聞いているとたまに眠くなる。昔は笑顔に溢れた太陽みたいに眩しい美少年だったのに、二十八歳になった咲真君はすっかりくたびれたオッサンと化してしまっている。就職先が薬剤開発系だって事までは知っているけど、その職場で社会の荒波に揉まれて心も体も擦り減ってしまったんだろうか。
「……今も、あんまり食べれてないの?」
少しこけた気がする頬が気になり訊いてみる。よくよく観察すると目の下のクマがいつもよりも酷く、栄養失調や疲労どころか、睡眠時間もあまり確保出来ていなさそうな感じもあった。
「あぁ、まぁ、そうな」
ぶっきらぼうな返しをしながらも、私も手伝いながら並べていく朝食はどれも美味しそうだ。『簡単なもん』と言っていた割には、サラダにスープ、カットした果物、焼き鮭、炊き込みご飯と十分過ぎる程豪華なメニューだった。
「そっかぁ……。咲真君は、もう食べたの?」
「ん?あー……うん」
対面の席に座り、珈琲を口にしながら咲真君が開いた雑誌に目を落とす。この様子だと多分また食べれていない気がする。多分これは、蓄積される一方な疲労やストレスからくる食欲不振だけが原因じゃないと思う。
咲真君は生まれた時からずっと味覚が鈍いから、食欲の減退はそのせいもあると思う。
味がしないという程では無い分マシかもだけど、ご飯を食べて、『美味しい』と感じる事は無いそうだ。なので咲真君には『好物』と言える物が無い。出されれば食べるけど、腹が程良く満たされたらもうそこで食べるのを止めてしまう。なので身長は高いのにひょろっとした印象の風貌になってしまっている。
(昔はイケメンだったのに、勿体無いなぁ)
美味しいとは思えずとも、子供の頃はちゃんと食べていた。なのに彼が中学生になったくらいの頃から急に食事という行為を疎かにする様になっていった気がする。
(そう言えば……何がきっかけだったっけか)
何となく思い出せそうな、思い出せない様な。必死に記憶の糸を辿っていく。すると咲真君が私の手を掴んで何かを言っていた光景が頭の中にふとよぎったのだが、「……おい」と声を掛けられてハッと我に返った。
「くわえ箸すんな」
「くわえ?——あ、ごめっ!」
いつの間にか箸を咥えたまま考え込んでいたみたいだ。
慌てて箸を口から離してきちんと食事を始める。咲真君の作る料理はどれもすごく美味しいのに、これらを『美味しい』と思えない彼の味覚が不憫に思える。思えるけど、ちゃんと味見が可能な私が作るよりも美味しいご飯を作れる技術の差にはちょっともやっとした。
「ほら、今日の分」
朝食を終えた後。食器を洗ったり、拭いた皿の片付けをしていると、ガラス製の小さな器を咲真君がテーブルに置いた。その中には色々な形をした錠剤が何個も入っている。
「少し肌が荒れているから今日はビタミンCを追加しておいたぞ。あとは、本を読んでる時間的に眼精疲労も最近気になるから、近いうちにそっちのケアも出来るもん用意しておくな。そっちの水筒にはハトムギ茶淹れておいたから、潤い対策の為にそれも全部飲めよ」
「あ、うん。いつもありがとー」
自分の体には無到着のくせして、彼はいつも私の体のメンテナンスの為にと食事だけでは補いきれていない栄養素を市販のサプリメントの中からチョイスして用意してくれている。薬剤師の資格だけじゃなくて栄養士の資格や調理師免許も取った咲真君のおかげでここ数年私の体調は頗る良い。その反面、彼の方は絶不調にしか見えないので己の体にも気を遣って欲しいものだ。
水を用意し、彼が用意してくれたサプリメントを次々と飲み込んでいく。その様子をじっと監視でもするみたいに咲真君に見られていたが、いつもの事なんで気にもしていなかった。
「ところで、咲真君は今日もお仕事なの?」
「オレ?……あ、うん。帰りは夜中になるかな。……でも、何で?」
「ん?だって狩谷のおじさんとおばさん出張で居ないんでしょう?なら晩御飯は私が三人分用意しておこうかなって。母さん、疲れて帰って来るだろうからさ」
「凉葉が、飯を?」
「んー……いらない、かな?」
「いや、食べるよ。ありがとうな」
「う、うん」
頭をくしゃりと撫でられ、髪がひどいことになったがちょっと嬉しい。三歳の頃から変わらないこの距離感が心地良くって、そのせいで恋人なんか出来た事もないけど、『別にそれでもいいや』って思えてしまってちょっと困る。
(でも、ずっとこのままって訳にもいかないんだよなぁ)
彼はもう二十八歳だし、私だって二十三になった。いつまでもお互いの家を当たり前に行き来する幼馴染の関係で居続ける事なんか出来やしないんだってわかってる。わかってるけど……彼の体温が私の頭から離れていくのが、少しだけ寂しかった。
◇
「——あれ?今日も来てたんだ?」
朝起きて、二階にある私室から下に降りるとダイニングに置いてある椅子に座って咲真君がくつろいでいた。勝手に珈琲なんかも淹れて飲んでいて、すっかり我が家の一員みたいな顔で座っているが『貴方のお家はお隣ですよ?』と毎度思う。
「ウチの父さん達また昨日から出張で……。あ、凉葉の母さん、朝一からのシフトだったからオレが代わりに朝飯作っておいたから、飯冷める前に食べて」
ボソボソとした声でそう言って、小難しい内容を特集している科学系の雑誌をテーブルに置いて咲真君がのっそりとした動きで我が家のキッチンに立つ。今身に付けたエプロンなんかも彼が自分で買って来て、当然の様にウチでだけ使っている物なのだが、この状況に対して違和感を抱いている者なんかもう両家の中には誰も居ない。勿論私も含めて。
「簡単なもんだけど、文句言うなよ」
「はいはい、言いませんよー。寝坊したのは私だし」
単調な彼の話口はずっと聞いているとたまに眠くなる。昔は笑顔に溢れた太陽みたいに眩しい美少年だったのに、二十八歳になった咲真君はすっかりくたびれたオッサンと化してしまっている。就職先が薬剤開発系だって事までは知っているけど、その職場で社会の荒波に揉まれて心も体も擦り減ってしまったんだろうか。
「……今も、あんまり食べれてないの?」
少しこけた気がする頬が気になり訊いてみる。よくよく観察すると目の下のクマがいつもよりも酷く、栄養失調や疲労どころか、睡眠時間もあまり確保出来ていなさそうな感じもあった。
「あぁ、まぁ、そうな」
ぶっきらぼうな返しをしながらも、私も手伝いながら並べていく朝食はどれも美味しそうだ。『簡単なもん』と言っていた割には、サラダにスープ、カットした果物、焼き鮭、炊き込みご飯と十分過ぎる程豪華なメニューだった。
「そっかぁ……。咲真君は、もう食べたの?」
「ん?あー……うん」
対面の席に座り、珈琲を口にしながら咲真君が開いた雑誌に目を落とす。この様子だと多分また食べれていない気がする。多分これは、蓄積される一方な疲労やストレスからくる食欲不振だけが原因じゃないと思う。
咲真君は生まれた時からずっと味覚が鈍いから、食欲の減退はそのせいもあると思う。
味がしないという程では無い分マシかもだけど、ご飯を食べて、『美味しい』と感じる事は無いそうだ。なので咲真君には『好物』と言える物が無い。出されれば食べるけど、腹が程良く満たされたらもうそこで食べるのを止めてしまう。なので身長は高いのにひょろっとした印象の風貌になってしまっている。
(昔はイケメンだったのに、勿体無いなぁ)
美味しいとは思えずとも、子供の頃はちゃんと食べていた。なのに彼が中学生になったくらいの頃から急に食事という行為を疎かにする様になっていった気がする。
(そう言えば……何がきっかけだったっけか)
何となく思い出せそうな、思い出せない様な。必死に記憶の糸を辿っていく。すると咲真君が私の手を掴んで何かを言っていた光景が頭の中にふとよぎったのだが、「……おい」と声を掛けられてハッと我に返った。
「くわえ箸すんな」
「くわえ?——あ、ごめっ!」
いつの間にか箸を咥えたまま考え込んでいたみたいだ。
慌てて箸を口から離してきちんと食事を始める。咲真君の作る料理はどれもすごく美味しいのに、これらを『美味しい』と思えない彼の味覚が不憫に思える。思えるけど、ちゃんと味見が可能な私が作るよりも美味しいご飯を作れる技術の差にはちょっともやっとした。
「ほら、今日の分」
朝食を終えた後。食器を洗ったり、拭いた皿の片付けをしていると、ガラス製の小さな器を咲真君がテーブルに置いた。その中には色々な形をした錠剤が何個も入っている。
「少し肌が荒れているから今日はビタミンCを追加しておいたぞ。あとは、本を読んでる時間的に眼精疲労も最近気になるから、近いうちにそっちのケアも出来るもん用意しておくな。そっちの水筒にはハトムギ茶淹れておいたから、潤い対策の為にそれも全部飲めよ」
「あ、うん。いつもありがとー」
自分の体には無到着のくせして、彼はいつも私の体のメンテナンスの為にと食事だけでは補いきれていない栄養素を市販のサプリメントの中からチョイスして用意してくれている。薬剤師の資格だけじゃなくて栄養士の資格や調理師免許も取った咲真君のおかげでここ数年私の体調は頗る良い。その反面、彼の方は絶不調にしか見えないので己の体にも気を遣って欲しいものだ。
水を用意し、彼が用意してくれたサプリメントを次々と飲み込んでいく。その様子をじっと監視でもするみたいに咲真君に見られていたが、いつもの事なんで気にもしていなかった。
「ところで、咲真君は今日もお仕事なの?」
「オレ?……あ、うん。帰りは夜中になるかな。……でも、何で?」
「ん?だって狩谷のおじさんとおばさん出張で居ないんでしょう?なら晩御飯は私が三人分用意しておこうかなって。母さん、疲れて帰って来るだろうからさ」
「凉葉が、飯を?」
「んー……いらない、かな?」
「いや、食べるよ。ありがとうな」
「う、うん」
頭をくしゃりと撫でられ、髪がひどいことになったがちょっと嬉しい。三歳の頃から変わらないこの距離感が心地良くって、そのせいで恋人なんか出来た事もないけど、『別にそれでもいいや』って思えてしまってちょっと困る。
(でも、ずっとこのままって訳にもいかないんだよなぁ)
彼はもう二十八歳だし、私だって二十三になった。いつまでもお互いの家を当たり前に行き来する幼馴染の関係で居続ける事なんか出来やしないんだってわかってる。わかってるけど……彼の体温が私の頭から離れていくのが、少しだけ寂しかった。
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