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番外編

冬籠り

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「お前はいつまでここに居る気なんだ?」
 寒くなる季節に備え薪割りをするミリアが、見るからに重たそうな斧を振り上げながらレンに言った。
 カコーンっと森中に響く薪の割れる音。
 グッグッと土台にしている木の台から先程刺さった斧を引っこ抜き、また別の木を台の上に立てる。
「で?いつまで!」
 ミリアが割ったまま周囲に放置してる薪を拾い集めながら、レンがきょとんとした表情をした。
「いつまでも何も、今僕毎日家に帰ってるじゃないか」
「その、通い妻状態なのはいつまでやる気なんだって話だ!」

「……通い妻って、よくそんな言葉知ってるね」
「前に拾った本で見た」
 プイッとミリアがレンから視線を逸らす。使ってしまった言葉を後悔していた。
「待って、いったいどんな本だったんだよ」
 額を軽く押さえながら、レンが呆れた表情をする。
「へ、ヘンな本じゃないぞ!?読めなくって仲間に訊いたらそう書いてるって言われて、意味も知らないから、ちょっと訊いただけで」
「その時、何もされなかった?」
 眉間にシワをよせ、レンがミリアの側まで行き、顔を上から覗き込んだ。
「仲間から私が何をされるって言うんだ?レンは心配し過ぎだよ、何に対しても」
(……また背伸びた?)
 プイッと顔を横に反らし、ミリアが少し困ったような表情になる。
(どこまで私と差をつければ気が済むんだ、コイツはっ)
 成長期は本人の意思に関係なくくるものなのでどうにかなるものじゃないのだが、ミリアは残念ながらその事には気がついていないようだ。
「ならいいんだけど、今度何かわからない事があったら絶対に僕に訊いてね。大概の事はミリアよりは知ってるだろうから」
「はぁ⁈」
 レンが深く考えずに言った一言が、ミリアの癇に障る。持っていた斧を地面に投げるように置き、ミリアがスタスタと森に向かい歩き始めた。
 地面から拾った薪を積み上げ、ミリアが斧を投げた事に気が付いたレンが彼女に向かい大きな声で訊いた。
「どうしたの?薪割り、今日中に終わらせるんじゃなかったの?」
「ちょっと狩りに行ってくる」
 唐突な宣言に、レンが困惑した。
「……何で今から?今日は僕がご飯持ってきたじゃない」
「五月蝿い!」
 急に大声をあげられ、レンは驚いた。
「何不機嫌になってんの?」
「不機嫌になんかなってない。お前の勘違いだろう?」
 スタスタと早足でミリアの側まで行くと、レンが狼の尻尾を少し邪魔に思いながら、彼女の身体をギュッと後ろから抱き締めた。
「いや、絶対に不機嫌だ。そんなに僕がしょっちゅう来るの迷惑?」
「……そうだな、すごく」
 その一言で、今度はレンが不機嫌になった。
つがいの僕を、邪魔ってなんだよ!」
「お前は側に居過ぎなんだ!」
 レンの腕の中で逃げ様ともがくミリア。もちろん、暴れたくらいで彼が腕を放す訳がなく、その行為は無駄でしかないのだが、何もしないで抱かれているのは主義に反するとでも言うように、必死にミリアはもがき続ける。
「昼間は居ないだろう?本当ならその時間すらもあげたくないっていうのに」
「お前が居ると進まないんだよ!」
「……何が?」
 勢いで言ってしまった一言に、ミリアが『しまった!』と言いたげな表情になった。レンの彼女を抱き締める腕により力が入り、もがく事も出来ず、全く動けなくなる。
「何が、進まないの?」
 ゆっくりとした言い方で、レンは問いかけた。
「何でもない!気のせいじゃないのか?私はそんな事、言ってないっ」
「ミリアが秘密を持つとか、僕許せないんだよね。ミリアの全ては僕のモノなんだから、隠し事なんかさせないよ」
 耳元でそう囁くと、カプッとミリアの銀色に輝く獣耳に噛み付いた。
 それにより、ミリアがビクッと背を反らせる。
「何を隠してるの?」
「か、隠して何かいないって言ってるだろう?」
「いいや、絶対に何か隠してる。ミリアは嘘下手だからね」
「待て!って何だよ!それ以外にも何が下手だって言うんだ⁈」
「……口でするのとか」
 口でまでは言わなかったのだが、ミリアには即座に思い付く事があった様だ。
「ぎゃああああ!お前はまたそんな可愛い顔で下品な発言をするな!」
 真っ赤な顔で、悲鳴をあげたミリア。誰かに聞かれるかもといった心配が微塵も無い環境な為、声量など御構い無しなので、レンは耳の奥が痛くなった。
「可愛い?そろそろカッコイイって言われたい年頃なんだけど」
「どうでもいい!そんな事は。もういい加減放して」
「イヤだ」と言い、レンが腕により力を入れる。
「まだ何も訊けてないのに、放す理由がない」
「言える訳がないだろう⁈」
 悲鳴に近い声で、でも顔を真っ赤にしながらミリアが言った。
「……」
 黙ったまま、レンがちょっと考える。——あ、わかった。
 やっと、叫んでまで隠したいミリア『秘密』に気が付いたレンが少しだけ腕の力を緩めると、自由を得たミリアが、即座にレンの腕の中から逃げた。
 でも、側を離れて走り出すといった事まではせず、レンの側で口をへの字にし、右腕を左手で握りながら何も言わずに立っている。
「……何で放した?」
 不思議に思い、ミリアが問いかける。
「放せって言ってただろう?ミリアに嫌われたくないからね」
 肩をすくめてみせるレン。しばらくミリアはそんなレンに不信感丸出しの視線を投げかけていたが、スッと視線を逸らした。
「……それならいいんだが」
「さ、今日中に終わらせよう?冬も近いし、ね?」
 言われた言葉に対し、ミリアが黙ったまま無言で頷く。
 隠しておきたい事をレンには言わずに済んだ事に少しほっとし、元の場所へ歩き始めたレンの後に続いて歩く。
 数歩進んだ所でレンは歩みを止めると、少しだけミリアの方へと振り返り、彼女の少し冷える手をギュッと握った。
 ミリアは少し驚いたが、そのままその手を握り返し、一緒に並んで歩く。レンの足取りは軽く、少し嬉しそうにも見えた。


 ゆっくりと近づく冬という季節。
 それとともにくるクリスマスという異世界から持ち込まれた、由来も知らぬイベント。意外とお祭り騒ぎの好きなミリアが、今時期に自分の時間を欲しがる理由は目に見えている。
 レンの授業時間が終わり、直でミリアの小屋へ向かった時。彼が室内へと入る度に、焦って何かを隠そうとしてたのも何度かレンは目撃していた。
 きっとがミリアが隠したい秘密は『プレゼント』。自分も何か彼女に贈ろうとは考えていたが、まだまだ先の事だと用意はしていなかった。
(手作りの品に勝てる物……か。難しいなぁ)
 頭を軽くかきながら、レンがそっとため息を吐き出す。
「どうかしたのか?」
 以外に目聡かったミリアに向かい、レンが優しく微笑んで誤魔化した。
「……薪割り、今日中に終わるかなって考えていただけだよ」
 プレゼントの事を考えていたなんて、正直に話すのも馬鹿馬鹿しいと思い、少しの嘘をつく。でもミリアを傷つける嘘じゃないんだ、構わないだろう。
 それでも、少しだけ感じた罪悪感にギュッと握る手に力が入る。
「今年はあまり冷えないといいね」
「平気だろう、森の中は案外温かいしな」
「そういえば、ミリアは狼なのに火が怖くはないんだね?」
「馬鹿にするなっ」
「馬鹿にしたわけじゃないよ、でも動物って火が苦手なイメージがあったからね」
「扱いが苦手ではあるかな……」
 意地っ張りなミリアが正直に言ってくれて、レンが嬉しくなる。
「じゃあ僕が居る時は僕がやってあげるね」
「別に……自分でも出来るよ」
 そう言うも、ミリアがどこかホッとしたような表情をした。
「何だったら、薪割りも僕がやっておこうか?ミリアも自分の時間が欲しいだろう?」
「いいの?……正直、頼めるとありがたいかな」
 頬を軽くかき、ミリアが視線を反らす。
(今からでも間に合うかどうかって状態なんだろな、これは)
 レンに頼る事などしたがらないミリアが素直に頼ってきた事に、レンが進行状況を察してしまった。
「いいよ。僕にばっかり時間を使わせるもの、確かにミリアの言うとおり悪いかなって思ったし」
「じゃあ早速!」と言い、ミリアが先に走り出しそうになる。でもレンは繋いだ手を放さずに、グイッと彼女の腕を引っ張った。
「駄目、小屋の側までは一緒に行こう?」
 ニコッとレンが笑顔を向ける。渋々といった表情ではあったが、ミリアもコクッと頷いてこたえた。


 木の上に作られた小屋の前までつき、ミリアが中へと駆け登って行く。そんな彼女の背に向かい、小さな声で「楽しみにしてるよ」と笑顔で微笑むレン。
 レンはミリアには聞こえないだろうと思いながら言った一言だったが、耳のいい彼女にはしっかり呟き声が聞こえてしまっていた。
(ばてれるっ!)
 その事に気が付き、ミリアの顔が真っ赤になる。でも今更振り返って文句を言う気にもなれず、そのまま木を登り、自分の小屋の中へと入っていった。
 レンへ贈る、プレゼントをこっそり作る為に。

 今年の冬は、やっと互いの感情に対し素直に過ごす事が出来そうだ。


【終わり】
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