恋は媚薬が連れてくる

月咲やまな

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本編

【第3話】兄弟間での葛藤

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 みどりは勉強ともう一つのバイトの日々に追われ、忙しく毎日を過ごしているうちに、宗太君と宗一郎さんのどちらがどうやって自分を送ってくれたのか確かめる事をすっかり忘れたまま、再び金曜日になった。
 今日は遅刻しないぞと意気込みながら、少し早めに滝家へと向うみどり。新しい宿題も作ったし、教える予定範囲の復習もバッチリだ。
「よしっ」と意気込みながら駅を出て、滝家に向う為に歩き始めた時、後ろから彼女を呼び止める声が聞こえた。
「みどりさん」
 誰?と考えながら聞き慣れない声の方へ振り返ると、スーツ姿の宗一郎が微笑みながらがみどりの方へと駆け寄って来た。少し離れた場所から走り始めたせいで、途中少し眼鏡がずれたのか、みどりの前でクッと上にあげて整える。
「この間はどうも。今から家に来るのかい?今日は早いね」
「宗一郎さん!こんにちは。もう遅刻はしたくないので、ちょっと早めに出たんです」
 みどりは少し苦笑しながらそう言った。
「いい心がけだ、宗太にも見せてやりたいよ」
 同時にはははと笑い合い、『一緒に行こうか』と、どちらが言う事もなく、何となくそんな雰囲気になり二人で揃って滝家へと向う。
「鞄重いだろう?持つよ」
 そう言いながら、すっとみどりの肩から鞄を取り、彼女の鞄を宗一郎が持った。
「いいんですか?ありがとうございます」
 ちょっと重いなと毎回思っていたので、正直ありがたい。アルバイトで体は動かしてはいるものの、きちんと鍛えている体ではないので、大量の参考書と教科書は女性の標準的筋肉量しかないみどりには漬物石でも持ち歩いているのか⁈と、自分でツッコミを入れたくなるくらいに重かった。
「優しいんですね」
 みどりが微笑みながら宗一郎に対しそう言うと「君にならね」と、微笑み返された。
 彼の言葉に対し、みどりの頰がカァッと赤くなる。桜色に——などと可愛い表現を使える範囲を超え、茹蛸並みに染まったもんだから、みどりは慌てて自身の冷たい手で頰を覆った。
「か、からかっちゃ駄目ですよ!そういった事は彼女さんに言わないと!」
 不自然なくらいに思いっ切り視線を逸らし、みどりが言った。
「いないよ、そこまでモテないって。時間もないしね」
「…… 意外です、モテるタイプだと思っていたんで」
「ははは、今時真面目なくらいしか取柄のない奴よりは、面白い奴の方がモテるんじゃないかい?」
 ちょっと悲しそうともとれる微妙な表情を浮かべながら、宗一郎がみどりを見る。
「そんなことは。確かに面白い人っていいですけど、真面目ってのも大事な事だと思いますけどね。大人だったら特に」
「そう?君がそうならいいんだ」
(またそんな…… )
 深読みしてしまいそうな発言をされ、みどりに動揺の色が見て取れる。
 その顔を見て宗一郎は、自分の言葉でみどりが動揺している事に手応えを感じながらも、顔色一つ変えずに、何気ない会話へと話を移行していった。

       ◇

 無事滝家へと着き、宗一郎が家のドアを開けて、みどりを中へと促す。
「お邪魔しまーす」
「ただいま」
 みどりと宗一郎がほぼ同時にそう言うも、家の中から返事はない。
 母親に会ったら謝ろうと決めていた為、みどりが困った顔をしながら宗一郎の方を見ると「僕が今日も早く帰ってきた理由、わかった?」と微笑んだ。
 靴を脱ぎ、二人が一旦居間へと入る。
 宗一郎がスーツのジャケットを脱ぎ、ソファーの背もたれへとそれをかけた。
「母さんの職場で急に辞めた人が出たとかでね、僕が『金曜だったら早く帰れる』って朝に言ったら、仕事終えたら即戻って来いっ頼まれたんだ」
「なるほど…… 」
 みどりはそう返事をしつつも、宗一郎がネクタイに指をかけ、緩める姿から目が離せないでいた。
「母さんは別に遅刻した件を怒っていないから、直接謝れていない事は気にすることはないよ。むしろ母さんの方が、君に挨拶も出来てないって気にしていたくらいだ」
「そうなんですか」
 みどりが言い終えるか、終わらないかくらいで、バンッと大きな音が玄関の方から聞こえた。
「ただいまぁぁ!センセ、もう居る⁈」
 鞄を床に投げ、慌てて靴を脱ごうとしている音と、大声で叫ぶ宗太の声がやかましい。
「…… 静かに帰っては来られないのか、アイツは」
 額を押えながら、宗一郎がぼやく。
 その様子をちょっと楽しい気分になりながらみどりが見詰め、クスクスと笑った。
「仲がいいんですね、おニ人って」
「…… 良くはないよ。そう見えるとしたら、違うって事を君に教える為だけに、もっと宗太を苛め倒さないといけないな」
 ふうと溜息を吐きながら、バタバタ音をたてて居間に入って来る宗太に、宗一郎が視線をやる。
「やっぱこっちに居たし!よーし、そっちも来たばっかっぽ。間に合った!あ、ねぇねぇみどりセンセ、もう体調平気?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
 にっこりと笑って、みどりは答えた。
「——あ、アニキも居たの」
 宗太が宗一郎と目が合った途端、わざと鉄板な反応をしてみせる。
「居るってわかっていて、そんな反応すんなよ」
「ここはやっとかないとね。さっ、センセ俺の部屋行こ。アニキはもう放っておいてさ」
「真面目に勉強するんだぞ。後で部屋に茶菓子でも運んでやるから」
「うわー…… 親切なアニキ、きもっ」と、宗太が心底嫌そうな顔をした。
(うん、やっぱり仲いいじゃない)
 ニ人のやり取りをニコニコしながら見ているみどりの腕を宗太が掴み、引きずるように二階に行こうとするのを見て、宗一郎が険しい顔をした。
「触るなよ、お前が触る必要が無いだろうが」
 宗一郎が宗太の腕を掴み、グイッとみどりから引き離すように引っ張った。
「……アニキだって、先週触ってた」
「彼女を運ぶ為だろうが。他意は無い」
 互いの間で火花でもちりそうな状態のニ人の間に立ち、流石にみどりの表情が困った顔になってきた。
「…… あの、もう始めませんか?私は先に行ってますから」
 足元に置いてあった鞄を手に取り、逃げる様にみどりが一人でさっさと二階へと上がって行ってしまった。
 その様子を、兄弟揃って黙ったまま見送る。
 完全にみどりの姿が見えなくなり、ドアの閉まる音が聞こえたと同時に、宗太が宗一郎を鋭く睨みつけた。
「…… 俺が先だからな」
「順番なんかないだろうが、こういうのは相手の気持ちが問題だ」
「アニキなんか老客男女選り取りみどりじゃねぇかよ!」
「そっくりその言葉を、お前に返すよ」
「俺は本当に好きな奴には振り向いてもらえてない!いっつもアニキの方にいってるじゃねぇか」
 宗太が宗一郎の胸倉を掴み、心底憎そうな目を向ける。
 その様子に怯える事もなく、顔色一つ変えずに宗太の手首を掴みながら、宗一郎が力を入れた。
「俺は一度も、ソイツ等の気を引いた事なんか無いぞ。遊びで手を出だしたりもしていなければ、付き合ってすらいない。お前に文句を言われる筋合いは、何処にも無い」
 掴む手首がギシッと音をたて、手首に感じる痛みから宗太が宗一郎の服を放し「…… んな事はわかってんだよ」と吐き捨てた。
「…… とにかく、みどりセンセだけは譲らねえぞ」
 宗太が、強い決意を込めた声で宗一郎に伝える。
「同じ言葉をそっくりお前に返してやろうか。一目惚れなんて初なんですね、俺にとっても貴重な存在なんだ」
 宗太に胸倉を掴まれたせいで乱れたネクタイを直しながら、宗一郎が言う。その目はとても真剣で、宗太が困惑した表情を顔に浮かべた。
(アニキがこんな顔したの…… 初めて見た)
「…… センセ待たせてるから、もう行く」
「ああ」
「いい加減着替えろよ、アニキのスーツ姿うぜぇから」
「お前は学生だから制服、俺は社会人だからスーツ。何も問題はないだろうが」
「制服はガキ臭い象徴だけど、スーツは大人の証みたいで気に入らないんだよ!」
 言い掛かりに近い言葉を宗太に言われ、宗一郎が呆れた顔になった。

       ◇

 部屋に入るなり、宗太の机に今日渡す分の宿題として持ってプリント、自分の筆記具と参考書を出して、彼が部屋に来るのをみどりが待つ。
 一階の方からニ人の怒鳴る声が微かに聞こえる。
 兄弟での喧嘩は仲のよい証拠だなど考えながら、聞き取るまでは出来ない音に少しだけ耳を傾けつつ、宗太が来るのを今か今かと思いながら、みどりは椅子に座る脚をぶらんぶらんと振り子の様に揺らしている。
 ドスンドスンと、象でも上がって来るのかというくらい大きな音をたてながら、宗太が階段を登り、自分の部屋に入ってドアを勢いよく閉めた。
「ったく…… ムカツクなぁ、アイツ」
 ボソッとそう呟き、宗太が深呼吸して気持ちを整える。みどりの前で不機嫌なままではいられないと思っての判断なのだが、取り繕いたい相手の目の前でそれを始めてしまう辺り、まだまだ宗太は子供っぽい。
 沸点の低い奴だと思われては不利だと思いながら、無理に笑顔を作り「んじゃ、今日の分のお勉強でもしますか」と、みどりに話し掛けた。
 兄弟間って色々と葛藤とかあるんだろうなぁとみどりは察し、彼のノリに合わせてあげる事にした。
「んじゃ、まずは今日学校で習った部分の復習でもしようか!」
「おうっ」


 カチャ…… 。
 トレーにニ人分の紅茶カップと、角砂糖の入ったガラスの器をのせる。
 ティーポット、ラベンダーの香りがする紅茶の葉が入った缶を用意し、宗一郎がヤカンに水を入れた。
 まだお湯は沸かさない、二階にお茶を運ぶのは四十五分後くらいがいいだろう。
 スーツの胸ポケットに入れてある小さ目の、香水でも入っているかのような洒落たデザインのビンを一つ、宗一郎が取り出した。
 そのビンを顔の前まで掲げ、透明の液体を彼がじっと見詰める。
 口元には不敵な笑みが浮かび、ちょっと秘密結社の幹部っぽい。
 そんな悪どい顔をしながら、これから起きる事を想像するだけで彼の喉の奥からククッと笑いが込み上げてきてしまい、宗一郎がそれを堪えた。

 宗太がみどりに惚れているのは、もう随分前から分かっていた。だが、それを面と向って宣言されるのはちょっと予想外だったな…… 。まぁでも、計画に支障はないだろう。彼女は宗太を異性とあまり感じていない。あくまでも、ただの生徒だ。奴の気持ちになど、こちらが笑える程全く気が付いてもいないんじゃないだろうか。二人のやり取りは、傍から見て姉弟みたいなもんだしな。彼女の気持ちを俺に傾かせる時間は、十分にあるはず。
 ——結果が楽しみだ。

 ビンの蓋を開けて、紅茶のカップに一滴垂らす。
 そのカップを手に取り、零れない程度にクルッと軽く回し、液が乾ききって完全に見えなくなるのを待った。
「…… よし、問題ない」
 この液体の効果は、先週で充分過ぎる程わかった。効果が実感出来るか不安で過剰とも言える量を前回は使ってしまったが、今日は少量にしてみた。
 自分とだけ居るタイミングで、鼓動の早くなる感じをみどりにあたえる事が出来るだけでいい。高揚させ、そのままの勢いでどうにかしてやろうという気は宗一郎には全くない。
(欲しいのは彼女の心で、体はその後に手に入ればいいのだから)
 口元に弧を描き、液体の付着したカップをトレーに戻す。
「コレがこのタイミングで手に入ったのは、運が良かったな」
 小さくて綺麗な瓶の蓋をしっかりと閉め、宗一郎はその瓶を大事そうにスーツの胸ポケットの中へと戻したのだった。
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