恋は媚薬が連れてくる

月咲やまな

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本編

【第10話】伝えたい気持ち①

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 公園で偶然宗一郎とみどりが会った、次の週の金曜日。
 滝兄弟の家へ向うみどりの足取りは、ひどく重いものだった。疲れているからとか、面倒とかでは無く、公園での出来事を思い出してしまうせいだ。
(結果的には別に…… たいした出来事じゃなかったじゃない)
 そう何度も思うのだが、彼女の勝ち誇ったような顔が気になってしょうがない。

 あの時会った杉野は、有名ブランドのスーツをさりげなく着こなす、キャリアウーマン風の美人だった。
 対して自分はまだ学生で、仕事はしているとはいえ、どうしたってしょせんはアルバイトだ。世間の厳しさをしっかりわかっているとは言い切れないし、まだ親に頼って生活している身でもある。
(あの人も、絶対に宗一郎さん狙ってるよねぇ…… )
 彼女と宗一郎の取り合いをして、自分が勝てるような気がしない。同僚なのだから、宗一郎と一緒にいる時間もみどりとは比べ物にならないほどに長いだろう。
 週に一回。しかも、家まで送ってもらう数十分の短い時間しか一緒に居た事が無いという事実が、みどりの心と、先を進もうとする足を重くさせる。
(もっと自分を知ってもらうチャンスはないもんかなぁ)
 駅から滝家への道程、そんな考えばかりがみどりの頭の中をぐるぐると回っていた。

       ◇

「みどりセンセ、いらっしゃーい!」
 チャイムを押すとほぼ同時にドアが開き、宗太が嬉しそうに両手を広げながらそう言った。少し見える八重歯が、なんだかちょっとちょっと可愛い。
「何?まさか玄関でずっと待ってたの?」
「うんにゃ、窓からチラッとセンセが来るのが見えたからさっ」
 そう言って、宗太がニコニコと笑う。
 何か良い事でもあったのだろうかと思い、みどりが「機嫌いいのね、何かあったの?」と訊くと、「うん!今日はアニキがまだ帰ってないからさー」と宗太が教えてくれる。
「あ、そうなの?今夜はお仕事忙しいんだね」
 みどりは少し残念な気持ちになったが、表面には出さなかった。
「ホントなら暇な日なんてないからねーアニキには」
「へー大変なんだねぇ」
 そう返事をしながら、階段を上へと上がる宗太の後ろを続き、みどりも彼の部屋へと入った。


 宗太が机の前に座り、教科書を出す。
 みどりも既に用意されていた小さな椅子に腰掛け、膝に鞄を乗せて、中から宿題や勉強を教えるのに使おうと思って持ってきた物を机の上へと置いた。

 一瞬訪れる沈黙。

 その沈黙が、今この家には2人しか居ないのだという事を感じさせる。少し…… みどりの心が緊張感を持つ。最初の頃はずっとそうだったのだから、何も緊張する事などないのだとみどりは考えたが、最近の宗太の態度を考えると安心していてもいいものなんだろうか?とも思う。
 やたらと自分の事で宗一郎と言い合う姿や、些細な言葉が気になってしょうがない事が、最近は増えてきていたのだ。
 ハッキリと言われた訳でないが、鈍感過ぎるという訳でもないみどりには、どう考えても宗太は自分へ好意的な感情を持っているような気がしてならなかった。

 このままはまずいと思い、みどりが口を開けた時「センセさ」と宗太が先に言葉を出した。その声と顔がすごく真剣で、みどりの心拍数が否応無しに上がる。
「何?」
 即返事はしたが、少し声が上擦ってしまった。
「…… ねぇ、あのさ…… 」
(今なら邪魔者はいないんだ、何か言うなら今しかないだろ⁈)
 必死に自分へそう言い聞かせ、宗太が顔を真っ赤にしながらみどりの顔を真っ直ぐに見てきた。
 彼のあまりの真剣さに、みどりは目が逸らせない。
(あれ?この雰囲気って…… まずくない?)
 今さっき心配していた事にいきなり直面する事になり、みどりが焦った。
「俺、センセの事——」

 バタンッ!

 宗太の言葉を遮るように、玄関からドアを思いっきり開けた音が聞こえた。
 みどりと宗太が反射的に音のする方へと顔を向けると、一階から「ただいま!」と宗一郎さんの大きな声聞こえてきた。
(た、助かったぁ…… )
 このまま宗太の言葉の続きを聞いてしまったら、家庭教師のアルバイトなんか続けられない。そう考えていた為、ホッとしてみどりの口から安堵の息が軽くこぼれた。
 その姿が視界に入っていた宗太の顔が、一気に不機嫌になる。
「…… 何?その露骨に安心したって態度」
 普段の明るい声色からは想像の出来ぬ低い声で宗太が言った。聴きなれぬ声にみどりの体がビクッと跳ねる。
「俺がセンセの事好きだったら、そんなに迷惑なの?」
 眉間にシワを寄せ、言い損ねた言葉を、宗太がさらっとみどりに告げた。二人の間に甘い緊張感は無く、険悪な雰囲気が漂っている。
 椅子から勢いよく立ち上がり、みどりの肩を力強く宗太が掴んだ。そのせいで感じた痛さから、「いたっ!」と、みどりが苦痛の声をあげた。
「やっぱりアニキが好きなんだ?」
 痛がっている事など気にもとめていないといった感じの宗太を、みどりが困った顔で見返す。
「な、何を言って…… 」
 みどりは、否定も肯定も出来ない。
 宗太が宗一郎の弟でなければハッキリ「そうだ」と言い、下に居る宗一郎の元へ走り出して助けを求める事もあり得たかもしれないが——それを今やってしまっていいものなのだろうか。
「俺さ、ずっと前から……それこそ来てもらい始めたくらいから、みどりセンセの事好きだったんだよね」
 そう言いながら、宗太が椅子に座るみどりの体をぎゅっと抱き締めてきた。突き放したいと思うも、切なそうな声に縛られて体が動かない。
 困ったまま固まっていると、宗太の部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえてきた。
(宗一郎さん⁈)
 ドア越しにくぐもった声で「今帰ったぞ。そっちは勉強進んでるか?」と宗一郎の低い声が聞こえる。
「ああ、進んでるよ。邪魔だから入らないでくれる?」
 みどりから離れる事無く宗太が即座に返事をした。
「……お茶は?」
「今日はいらない」
「お前じゃない、みどりさんに訊いてるんだよ」
 みどりは返事をしようと口を開けたが、宗太の手に塞がれ「いらないみたいだよ!」と、勝手に返事をされてしまった。
(そ、そんな…… ちょっと待ってよ勝手に、そんな!)
 宗一郎の返事がない。
 そのせいか、宗太の手が少し汗ばんできた。この状況を宗一郎に見られたくない為、嘘がバレたんじゃないかという焦りのせいだ。
「…… 八時で、すぐ夕飯を食べられるようにしておくからな」
 そう言い残して宗一郎が立ち去る小さな足音が、みどりの耳の中でやけに響いて聞こえた。
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