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本編
【第5話】みどりの好み
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仕事用の鞄からプライベートで普段使っている物へと最低限必要な荷物を詰め、それを持つ。
不機嫌な顔のまま、宗太は宗一郎を睨んでいる。みどりが了承している以上、あまり喰ってかかるのも子供っぽいと判断したのか、文句は言ってこなかった。
みどりの方はと言えば、宗一郎の仕掛けた罠のせいで、少しだけ鼓動が早くなり始めている。だがこの鼓動をみどりは、これから宗一郎に車で送ってもらえる事への期待からくるものだと思っていた。実際、そのせいでドキドキしている面もある。それを、宗一郎のせいで助長させられている感じだ。
実は——スーツに眼鏡という組み合わせに、みどりは壊滅的に弱い。
壊滅的に、だ。二度言うほど、とにかくめっぽう弱い。ここまできたら、弱点と言ってもいいレベルで。しかも顔も声もいいとなっては、もう…… ときめくな、という方に無理があった。
「じゃあ行こうか」
そう言って、宗一郎がみどりの背中に手を軽く当てがった。
「触るのは禁止な!」
二人の間に手を入れて、宗一郎の手首を宗太が掴む。キッと相太が兄を睨みつけたが、宗一郎は全く顔色も変えず、動揺もしていない。彼に睨まれ慣れていて怖くもなんともないのだが、宗太が自分を睨みたい気持ちもわかるので、みどりの背中に触れる手を宗一郎はスッと離した。
「…… えっと、また来週ね宗太君。宿題ちゃんとやっておいてね」
軽く首を傾げ、みどりが宗太を上目遣いで見上げた。
仕草の可愛さに二人の頬が同時に軽く染まったが、みどりはその事に全く気が付かないまま、玄関に向かい、しゃがみこんで靴を履き始める。
(今の仕草は犯罪だ!)
兄弟そろって同じ事を心の中で叫び、みどりに続いて宗一郎も、オタクのいう人種が萌えの対象を見た時の様に震える気持ちを隠しつつ、平静を装いながら靴を履き始めた。
宗太は額に手をあてて、俯きながら染まる頬を必死に隠している。
「お邪魔しました、ちゃんと夕飯食べてね」
立ち上がったみどりが振り返り、ニコッと宗太に微笑みかける。
そのせいで、宗太が真っ赤な顔をしながら眉間にシワをよせ、困り果てた表情になった。
恥ずかしいくらいに破顔しているその顔をみどりには見せまいと横に向けながら、「アニキには気を付けてね!」と言い、宗一郎に対し追払うような仕草をしてみせたのだった。
玄関を出て、みどりと宗一郎の二人が車に乗る。
車内の微かに香る匂いに、ちょっとだけ先週の記憶が蘇ったみどりが、口元に手を当てながら宗一郎の方をチラッと見た。
「俺の顔に何かついてるかい?」
視線に気が付き、キーを回してエンジンをかけながら、宗一郎が訊いた。
「い、いえ!ただ…… その…… 先週、宗一郎さんが送ってくれたのをちょっと思い出して…… 」
「覚えていたんだ?」
「いえ!実は、今の今までどちらが送ってくれたのかわかっていなかったんです。でもなんとなくですけど、車内のいい香りで、ちょっと思い出したような、そうじゃないような程度の曖昧なものなんですが、送ってくださったのは宗一郎さんで正解でしたか?」
「あぁ、正解だ。それにしても、香り…… か。自分じゃ慣れ過ぎていて感じないけど、何か匂いがするんだ?」
「ええ、紅茶のような香りがします。宗一郎さんと同じですね」
「俺、紅茶の匂いなの?」
「そんな感じがしただけで、本当にそうだとは断言できませんけどね。紅茶には色々な香りがありますし」
「はは、汗臭いとは言われなくて安心したよ」
宗一郎が安堵の笑みを浮かべながら車を発進させ、みどりの家の方まで向かい始めた。
トクン…… トクン……
車が発進した事を合図としたかのようなタイミングで、みどりの心臓が、鼓動が、騒がしさを感じるくらいに早さを増し始めた。
赤くなる頬、少しだけ敏感になり、しっとりと肌が濡れる。
チラッと、運転する宗一郎の方をみどりが見ると、更に鼓動が早くなった。
(かっこよ過ぎますよ、宗一郎さんっ)
男女問わずに、運転する大人の姿とはどうしてこうも魅力的なのか。真剣に真っ直ぐ前を見据える瞳、ハンドルを掴む宗一郎の仕草、一つ一つにドキドキする。
(こんな側で、宗一郎さんのこんな姿が見れる私は幸せ者かも!)
ひっそりと悶えながら、口を横に結び、みどりが膝にのる鞄を力強く掴んだ。
その様子を、宗一郎が横目に見る。自分の仕掛けた罠が上手くいっている事を実感し、満足気な笑みを一瞬頬に浮かべたが、すぐに真顔に戻った。
不機嫌な顔のまま、宗太は宗一郎を睨んでいる。みどりが了承している以上、あまり喰ってかかるのも子供っぽいと判断したのか、文句は言ってこなかった。
みどりの方はと言えば、宗一郎の仕掛けた罠のせいで、少しだけ鼓動が早くなり始めている。だがこの鼓動をみどりは、これから宗一郎に車で送ってもらえる事への期待からくるものだと思っていた。実際、そのせいでドキドキしている面もある。それを、宗一郎のせいで助長させられている感じだ。
実は——スーツに眼鏡という組み合わせに、みどりは壊滅的に弱い。
壊滅的に、だ。二度言うほど、とにかくめっぽう弱い。ここまできたら、弱点と言ってもいいレベルで。しかも顔も声もいいとなっては、もう…… ときめくな、という方に無理があった。
「じゃあ行こうか」
そう言って、宗一郎がみどりの背中に手を軽く当てがった。
「触るのは禁止な!」
二人の間に手を入れて、宗一郎の手首を宗太が掴む。キッと相太が兄を睨みつけたが、宗一郎は全く顔色も変えず、動揺もしていない。彼に睨まれ慣れていて怖くもなんともないのだが、宗太が自分を睨みたい気持ちもわかるので、みどりの背中に触れる手を宗一郎はスッと離した。
「…… えっと、また来週ね宗太君。宿題ちゃんとやっておいてね」
軽く首を傾げ、みどりが宗太を上目遣いで見上げた。
仕草の可愛さに二人の頬が同時に軽く染まったが、みどりはその事に全く気が付かないまま、玄関に向かい、しゃがみこんで靴を履き始める。
(今の仕草は犯罪だ!)
兄弟そろって同じ事を心の中で叫び、みどりに続いて宗一郎も、オタクのいう人種が萌えの対象を見た時の様に震える気持ちを隠しつつ、平静を装いながら靴を履き始めた。
宗太は額に手をあてて、俯きながら染まる頬を必死に隠している。
「お邪魔しました、ちゃんと夕飯食べてね」
立ち上がったみどりが振り返り、ニコッと宗太に微笑みかける。
そのせいで、宗太が真っ赤な顔をしながら眉間にシワをよせ、困り果てた表情になった。
恥ずかしいくらいに破顔しているその顔をみどりには見せまいと横に向けながら、「アニキには気を付けてね!」と言い、宗一郎に対し追払うような仕草をしてみせたのだった。
玄関を出て、みどりと宗一郎の二人が車に乗る。
車内の微かに香る匂いに、ちょっとだけ先週の記憶が蘇ったみどりが、口元に手を当てながら宗一郎の方をチラッと見た。
「俺の顔に何かついてるかい?」
視線に気が付き、キーを回してエンジンをかけながら、宗一郎が訊いた。
「い、いえ!ただ…… その…… 先週、宗一郎さんが送ってくれたのをちょっと思い出して…… 」
「覚えていたんだ?」
「いえ!実は、今の今までどちらが送ってくれたのかわかっていなかったんです。でもなんとなくですけど、車内のいい香りで、ちょっと思い出したような、そうじゃないような程度の曖昧なものなんですが、送ってくださったのは宗一郎さんで正解でしたか?」
「あぁ、正解だ。それにしても、香り…… か。自分じゃ慣れ過ぎていて感じないけど、何か匂いがするんだ?」
「ええ、紅茶のような香りがします。宗一郎さんと同じですね」
「俺、紅茶の匂いなの?」
「そんな感じがしただけで、本当にそうだとは断言できませんけどね。紅茶には色々な香りがありますし」
「はは、汗臭いとは言われなくて安心したよ」
宗一郎が安堵の笑みを浮かべながら車を発進させ、みどりの家の方まで向かい始めた。
トクン…… トクン……
車が発進した事を合図としたかのようなタイミングで、みどりの心臓が、鼓動が、騒がしさを感じるくらいに早さを増し始めた。
赤くなる頬、少しだけ敏感になり、しっとりと肌が濡れる。
チラッと、運転する宗一郎の方をみどりが見ると、更に鼓動が早くなった。
(かっこよ過ぎますよ、宗一郎さんっ)
男女問わずに、運転する大人の姿とはどうしてこうも魅力的なのか。真剣に真っ直ぐ前を見据える瞳、ハンドルを掴む宗一郎の仕草、一つ一つにドキドキする。
(こんな側で、宗一郎さんのこんな姿が見れる私は幸せ者かも!)
ひっそりと悶えながら、口を横に結び、みどりが膝にのる鞄を力強く掴んだ。
その様子を、宗一郎が横目に見る。自分の仕掛けた罠が上手くいっている事を実感し、満足気な笑みを一瞬頬に浮かべたが、すぐに真顔に戻った。
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