インキュバスのお気に入り

月咲やまな

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第三章

【第六話】君をこの腕に・前編

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「……“ウルカ”?」
「はい!」
 名前を呼ばれ、ウルカがホッとした表情になった。自分が“誰か”をわかってくれたんだと思うと、沈みっぱなしだった気持ちが少し軽くなる。
 キョトンとした顔をする瀬田と目が合い、少しの間じっと互いに視線を交わす。だが、彼はふと我に返った途端、慌ててスーツのジャケットを脱いでウルカの体を隠すように包んだ。
「な、何て格好をしてるんだ!」
「……格好?」
 何を焦っているのかわからず、ウルカが下を向き、自分の姿を確認した。

(あれ?私ったら、随分小さいわ。胸も全く無いし……待って、裸にエプロン一枚しか着けていないとか、何故⁈)

 脚は細くて裸足だし、ショーツも穿いていなくって背後がすごくスースーする。ジャケットを着せてもらえていなければ、お尻が確実に丸見えのままだったろう。

「な、な、な——何で私は、この格好なんですか⁈」 
「俺が知るか!」

 『瀬田の望む姿になりたい』と“変幻の魔法”を使ったウルカとしては彼に訊くしかないのだが、無自覚だった者に『何故?』と訊いても答えは出ない。『幼妻が好き→妻といえば家庭料理→料理といえば裸エプロン』的思考の流れなのだろうが、そんな事、彼の好みにちっとも気が付いてすらいないウルカが察する事など、到底出来るわけがなかった。

「と、とにかく、その格好のまま放置も出来ないな。帰るぞ!」
 瀬田はそう言うと、着せたジャケットごとウルカを横向きに抱き上げた。
「か、帰るって言われても……」
 初めての夜伽の直後に『出て行け』と追い出された身としては、『帰る』と言う言葉が『帰れ』としか受け取れない。
 自分には住む場所もなければ行く当てもないというのに、『家に送る。何処に住んでいるんだ?』とでもこの人はこの後訊く気でいるのではないだろうか、とウルカの顔が少し強張った。

「アレが夢じゃなかったんなら、俺の家しかないだろ」

 そう言って、瀬田がウルカの額に優しく口付けをしてくれる。
 だが、前回の別れ際との落差があまりに大きく、ウルカは喜ぶよりも、困惑の気持ちの方で頭がいっぱいになってしまった。


       ◇


「んっ……。くふ、んぁ——」
 走るに近い速度でマンションまで帰宅し、玄関に入るなり、瀬田がウルカの唇に噛み付くようなキスをし始めた。唇の隙間に無理矢理舌を押し込まれたが、横抱きに抱えたままという不安定な体勢のせいでウルカは上手くそれに応えられない。
「こ、浩二さ……おろし、て」
「何故だ?俺とのキスは嫌か?」
 眉間にシワが入り、瀬田は苦い気持ちになった。
 『夢だ』と思っていた記憶に間違いがなければ、“ウルカ”はこんなナリでも“サキュバス”だ。サキュバスといえば“淫魔”の代表とも言えよう。今まで彼女がどれだけの相手とこうやって口付けを交わしてきたのかと思うと、胸の奥がチクリと痛む。自分は嫉妬深い質ではないと思っていたため、瀬田は己の感じた痛みを上手く消化出来ず、ウルカを玄関に下ろすと、少し乱暴に、そのまま彼女を床に向かって押し倒した。

「嫌なわけがないじゃないですか。でも、あの……」

 限りなく、ほぼ素に近い姿なせいで恥ずかしくって心が今にも死にそうだ。
 この容姿は彼女にとって最も自信の持てない姿なので、申し訳ない気持ちで頭がいっぱいにもなる。彼を満足させるためにも、姿をもっと淫猥な女性体に変えたいのに、最初に『浩二さんの望む姿に』という条件づけで変幻してしまったからか、再び姿を変えようとしても、魔力は十分あるのにそれが出来ない。

(ど、どうしたらいいの?本当にこんな姿で満足させられる?また事後に突然『帰れ』って追い出されるんじゃないだろうか)

 不安を隠せぬままウルカが瀬田から視線を逸らすと、彼は彼女の顎を掴み、無理矢理正面を向かせた。
「『でも』、何だ?」
 怒気を孕んだ声が少し怖い。

「は、は、恥ずかしいです、こんな姿だし」

 ウルカは『小さい自分』に対し『こんな姿』と言ったのだが、瀬田は違う意味で受け取った。
「あぁ……確かに、玄関には不釣り合いな格好だな」
 ジャケットの上に横たわり、ウルカが着ているのは相変わらず白いエプロン一枚のままだ。

「そうだな、『夫の帰宅を待ちきれず、他の何よりも真っ先に自分を喰べてもらいたい一心で、そんな格好で出迎えた嫁』だと思えばアリなんじゃないか?」

 ニッと笑いながら瀬田に言われ、ウルカが顔を真っ赤にさせながら口元を震わせた。『そういう意味じゃなかったんだけど』と彼女は思ったが、瀬田の楽しそうな笑顔が眩しくって言葉には出来なかった。

 ウルカが黙ったままでいると、また瀬田が彼女の唇に噛み付くようなキスをし始めた。長年溜め込んできた『外見だけが幼女のような大人の女性を抱きたい』という難易度の高い欲求をぶつけるような激しい口付けを贈られ、ウルカの瞳がとろりと溶ける。
「あ……んぁ、ふ、んっ」
 甘い吐息をこぼしてしまうのをウルカが我慢出来ない。舌が絡み合い、飲み込みきれなかった唾液が口の端から垂れ落ち、首筋を伝った。
「……キスは、好きか?」
「す、好きですぅ」
 ウルカは即座にそう答え、瀬田の着る水色をしたワイシャツの胸元に縋り付いた。
「そうか……」
 ウルカ以外との深い口付けなど一度も経験が無いため自信が持てず、瀬田はほっと安堵の息を吐いた。だが同時に、モヤッとしたものを胸の奥に感じる。常に誰かと比較されているような気持ち悪さが付き纏い、瀬田はその不快感から逃げるようにウルカの細い首筋に軽く噛み付いた。
「んあっ」
 鈍い痛みさえ心地よく、ウルカの体がぶるっと震えた。かかる吐息も、当たる歯の感触や舌のぬめりも、全てが全て気持ちいい。
 横になっているせいで存在感が皆無となっている胸元を隠すエプロンを瀬田が指先でよけ、ごくりと彼が唾を飲み込む。色素が薄く、淡い桃色をした尖りが露出してしまい、ウルカは「見ちゃイヤです」と小声で言いながら顔を両手で隠した。
「何故だ?こんなに愛らしいのに」
 彼が舐めてくれるのを待っているみたいにぷっくりと膨れ上がる両胸の尖りが、瀬田の目に美味しそうな果実のように写る。

(あぁ……やっと、やっとだ——)

 前回の記憶がイマイチはっきりしないため、この瞬間が『初めての経験』のように感じてしまう。夢見心地な気分にもなり、嬉しくってたまらない。長年喰べてみたかった憧れの対象を前にして心臓が激しく高鳴り、今にも壊れそうだ。
 呼吸を乱しながら、ちろりと舌先で尖りを舐められ、ウルカの背が軽く跳ねた。
「いやぁ!」
「……俺じゃ、嫌なのか?」
「い、いえ!びっくりしたというか、恥ずかし過ぎて『イヤ』というか……嬉し過ぎて死にそうだというか、でもこの瞬間に死んでしまうのは勿体ないからイヤというか、そういう類の……アレです!」
 切なげに揺れる瞳と目が合い、ウルカが場違いな程解説を混えながら必死に訴える。
「そうか、良かった」
 ホッとしながら瀬田が、かぷっと胸の尖りを周囲の膨らみごと口に含んだ。吸い付き、舌で転がし、感触を堪能する。常に鼻に感じる林檎の香り効果もあってか、小さなグミを食べているみたいでちょっと楽しい。

 口を一度離し、今度は瀬田が反対側に噛み付いた。
「ひゃん!」
 舐める、吸うなどがなく、真っ先に甘噛みをされたせいでウルカから変な声が出る。
「気持ちいいのか?」
 上目遣いで問われ、ウルカが口元をへの字に引き絞りながら、必死に何度も首肯した。
「もっとして欲しいか?舐めた方がいいか、いや……噛んだ方が嬉しそうに震えているが、実際のところはどうなんだ?」
 尖りの感触を堪能しながら、瀬田が楽しそうにクスクスと笑う。愛撫をするという行為に夢中になり、胸の奥にあったモヤモヤは鳴りを潜めたみたいだ。

「さてと……コッチは、どうだろうな?」
 そう言って、瀬田がウルカの脚の方へと手を伸ばす。エプロンの裾を捲り上げると、布で隠れていた細い太腿が全て、いとも簡単に露わになってしまった。

「あぁ、随分と濡れているな。まだ触ってもいなかったのに」

 瀬田の熱い手の平が太腿の内側に触れ、ウルカが慌てて脚を閉じようとした。——が、あまりにも脚が細いせいで動きを邪魔する効果はほとんどなかった。
 ウルカの肌がしっとりと汗ばみ、吸い付くような肌触りになっている。和毛も全く無く、つるりとした陰部からはもう蜜が流れでていて、淫魔特有の美味しそうな芳香を漂わせていた。
「……直に、触って欲しいか?」
 眼鏡の奥に潜む切れ長な瞳がスッと細くなり、瀬田が少し意地悪そうな顔をする。
「んっ」
 短く答え、ウルカが頷いたが、瀬田は彼女の細い太腿をただ撫でるだけだ。
「きちんと言わないと、ダメだよな?」
「『言う』って……何を」

「触って欲しいなら『触って』と言うべきだろう?『何処を』までは……まぁ恥ずかしいだろうけど、『何で』くらいなら平気だろう?」

 女心にちょっと配慮した提案に対しウルカは、胸の奥を軽くキュッと掴まれたような気がした。淫魔として生まれたのに、今まで一度も『卑猥な言葉』を口にした経験がないせいもあってか、求められても言える気がしなかったので、正直ありがたい。耳年増でしかない身には、直接的な言葉を言えというのはどうしたって難易度が高過ぎるからだ。

「あ、え、ゆ……指で、ちょ、ちょ、ちょくせ、ナカ、を……あわぁぁっ」

 この程度ですら恥ずかしくなってしまい、ウルカは再び顔を手で覆って隠してしまった。
 彼女の初心うぶな反応に対し、瀬田はどう受け止めていいのか少しだけ迷った。
 可愛い、すごく可愛くて理想的な反応なのだが、コレが計算の上での行為なのか、素なのか、判断がつかない。やはりどうしても、『ウルカはサキュバスなのだ』という前提が判断材料として付きまとってしまう。
 だが、かろうじて嬉しい気持ちの方へ軍配が上がり、瀬田はそのまま言わせる事に成功したお願い事をきいてやる事にした。

 ゆっくりと指を忍ばせ、幼い雰囲気を纏う陰部に向かい指を近づけていく。
 前にも既に散々弄んでおきながら、やはりその実感が薄いせいで瀬田の心拍数は上昇し続け、興奮し過ぎ、無駄に笑い出しそうな程テンションも上がっている。だが、表情がほとんど変わらないせいで、ウルカには全く気が付かれていない。彼女の瞳には彼が余裕の笑みを浮かべているだけに写り、自分ばかりが喜んでいるだけなのでは?と少し不安になってきた。
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