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第三章
【第八話】華への不安①
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学校から慌てて帰宅し、玄関で瀬田とウルカがイチャイチャとしていた同時刻。
華は途中で立ち寄ったスーパーで買った大きな袋を片手に、自宅の鍵を開けて室内に入った。
「ただいまー」
荷物をいったん床に置き、靴を脱ぎながら室内に向かって声をかける。すると華の声を聞きつけたカシュが、バタバタと足音をたてながら玄関まで小走りでやって来た。
「おかえりなさい!良かった、今日も……帰って来てくれたんですね」
そう言ってカシュが、華の顔を見るなりホッと安堵の息を吐く。一人きり、華の部屋で彼女の帰りを待っている間中、『ちゃんと今日も家に帰って来てくれるだろうか?』と不安で、怖くて堪らなかったのだ。
あの日ちゃんと謝ったが、それでも——
◇
話は数日前の月曜日まで遡る。
“とある伝手”を使って勝手に戸籍を手に入れたカシュは、華の勤め先でもある学校への入学話を単独で進めて、全てを事後報告としてしまった。そのせいで『華さん……怒って今日は家に帰って来ないんじゃ?』と、先程からずっとヒヤヒヤしている。
まだ仕事のある華よりも先に彼女の部屋に帰宅して、狭い部屋で一人、電気も点けずにいると、真っ暗なせいか段々不安の方が大きくなっていく。部屋の壁掛け時計をじっと見詰めながら家主の帰りを待つも、ふと気が付いた時には勝手にソファーの上で正座状態になっていた。
あの時は“華を手に入れる為にも最善策だ”と確信を持ってとった行動だったが、冷静になって考えてみると、自分勝手が過ぎたかもしれないという気持ちが“正座をする”という行為に集積されている。
『——ただいま』
玄関の方から鍵やドアの開く音が聞こえ、カシュの背がスッと伸びた。迎えに出ていいものか、このまま此処で待機するべきか……。彼がどちらにするか決めかねて迷っていると、先に華が居間へと入って来た。
『……何を、しているの?』
真っ暗な部屋の中。
ソファーの上で綺麗な背を保ちながら正座をしているカシュが目に入り、華が訝しげな顔になる。行動の理由はすぐに察しがついたが、それでも訊かずにはいられなかった。
『華さん!もう此処へ帰って来ないんじゃと……怖くって』
『此処は私の家よ?帰って来ないワケがないじゃない。……それにしても、電気も点けず、こんな暗い部屋に一人でいるなんて、悪い方にしか考えられなくなっても当然ね。君って子は、全く……』
『……ごめんなさい。でも、勝手な行動を相談もなしにしちゃったから、もしかしたらすごく怒ってるんじゃないかと思うと、不安で不安で……』
押してダメなら引くと決めたハズなのに、結局そんな気持ちは長くは保たなかった。目の前に常にご馳走が立っていては、一歩引き続けるなんて気持ちを維持する事など出来るはずがない。
『まぁ……相談もなしに、急に学校で理事長から色々と聞かされた件は、確かに驚いたわね。貴方を保護している家主としては、相談の一つでもして欲しかったというのが本心だわ。——でも……多分、君のやった事は人間から見れば不法な手段なんでしょうから、反対されるとわかっていて、私には言えなかったのでしょう?』
『……そう、です。はい、そうなんです!』
やはりこの人はわかってくれる!と、カシュは一瞬でテンションが上がった。
(あぁ、やっぱり僕の運命の相手はこの人で間違いない。華さんを選んで本当に良かった!)
『でも、受持ちの生徒と同居なんて益々問題でしかないから、約束の一週間も待たずに早く家を出てもらわないといけないんだけど、寮の件はどうだったのかしら。あの後、理事長にちゃんと訊いた?』
部屋の電気を点けてから上着を脱ぎ、華が仕事用の鞄を片付ける。質問にどう答えたらいいか少し迷いながら、カシュは華が買い物をしてきた食材を袋から取り出し始めた。
『……えっと、「今は寮の部屋は空いていない」と言われました』
話している間中、華にジッと瞳を見詰められ、カシュの背中に冷や汗が伝う。嘘をついていないかを見透かすような瞳と目が合うというのは正直居心地が悪かった。
『そう、なの……それは困ったわね。じゃあ、寮が空くまでの間はしばらく此処にって感じになるのかしら』
ふぅとため息を吐きつつ、華がカシュから顔を逸らす。彼女の口元が少し笑っていたが、本人も無自覚なものだった。
『そう……させてもらえると、正直助かります。学校に通うとなると荷物が多くなるから、路上生活に戻るのは流石に無理があるので』
ほっとした顔を見られないように、カシュが華に対して背を向け、冷蔵庫内へ食材をしまう。
理事長であるカミーリャから、『絶対に、寮に入る気なんかないとバラすような発言はしちゃダメだよ。彼女は何でか嘘を見抜くからね。真実はどうであれ、「今寮は空いていないと僕に言われた」とでも説明するといいよ』と念を押された事が頭をよぎる。
今ので誤魔化せたかな?と少し不安ではあったが、チラッと華の方を見ても、訝しげな顔をされたりはしていなかった。
『さてと、ご飯の用意をすぐにするわね。今日は酢豚にでもしようと思うんだけど、いいかしら』
『もちろんです。あ、僕も玉ねぎの皮むきとか手伝いますね』
『ありがとう、助かるわ』
嬉しそうに微笑む華と目が合い、カシュも少し嬉しくなった。これはもう気にはしていない、と受け止めていいのだろうか?
『ねぇカシュ』
『はい』
『蒸し返して悪いんだけど……もう、勝手な事はしないと約束してね』
『……はい』
改めて釘を刺され、再び、不安で胸の奥がいっぱいになる。もう済んだ事なのでやむなしと流してはくれていても、許してはくれていないみたいな気がした。
華は途中で立ち寄ったスーパーで買った大きな袋を片手に、自宅の鍵を開けて室内に入った。
「ただいまー」
荷物をいったん床に置き、靴を脱ぎながら室内に向かって声をかける。すると華の声を聞きつけたカシュが、バタバタと足音をたてながら玄関まで小走りでやって来た。
「おかえりなさい!良かった、今日も……帰って来てくれたんですね」
そう言ってカシュが、華の顔を見るなりホッと安堵の息を吐く。一人きり、華の部屋で彼女の帰りを待っている間中、『ちゃんと今日も家に帰って来てくれるだろうか?』と不安で、怖くて堪らなかったのだ。
あの日ちゃんと謝ったが、それでも——
◇
話は数日前の月曜日まで遡る。
“とある伝手”を使って勝手に戸籍を手に入れたカシュは、華の勤め先でもある学校への入学話を単独で進めて、全てを事後報告としてしまった。そのせいで『華さん……怒って今日は家に帰って来ないんじゃ?』と、先程からずっとヒヤヒヤしている。
まだ仕事のある華よりも先に彼女の部屋に帰宅して、狭い部屋で一人、電気も点けずにいると、真っ暗なせいか段々不安の方が大きくなっていく。部屋の壁掛け時計をじっと見詰めながら家主の帰りを待つも、ふと気が付いた時には勝手にソファーの上で正座状態になっていた。
あの時は“華を手に入れる為にも最善策だ”と確信を持ってとった行動だったが、冷静になって考えてみると、自分勝手が過ぎたかもしれないという気持ちが“正座をする”という行為に集積されている。
『——ただいま』
玄関の方から鍵やドアの開く音が聞こえ、カシュの背がスッと伸びた。迎えに出ていいものか、このまま此処で待機するべきか……。彼がどちらにするか決めかねて迷っていると、先に華が居間へと入って来た。
『……何を、しているの?』
真っ暗な部屋の中。
ソファーの上で綺麗な背を保ちながら正座をしているカシュが目に入り、華が訝しげな顔になる。行動の理由はすぐに察しがついたが、それでも訊かずにはいられなかった。
『華さん!もう此処へ帰って来ないんじゃと……怖くって』
『此処は私の家よ?帰って来ないワケがないじゃない。……それにしても、電気も点けず、こんな暗い部屋に一人でいるなんて、悪い方にしか考えられなくなっても当然ね。君って子は、全く……』
『……ごめんなさい。でも、勝手な行動を相談もなしにしちゃったから、もしかしたらすごく怒ってるんじゃないかと思うと、不安で不安で……』
押してダメなら引くと決めたハズなのに、結局そんな気持ちは長くは保たなかった。目の前に常にご馳走が立っていては、一歩引き続けるなんて気持ちを維持する事など出来るはずがない。
『まぁ……相談もなしに、急に学校で理事長から色々と聞かされた件は、確かに驚いたわね。貴方を保護している家主としては、相談の一つでもして欲しかったというのが本心だわ。——でも……多分、君のやった事は人間から見れば不法な手段なんでしょうから、反対されるとわかっていて、私には言えなかったのでしょう?』
『……そう、です。はい、そうなんです!』
やはりこの人はわかってくれる!と、カシュは一瞬でテンションが上がった。
(あぁ、やっぱり僕の運命の相手はこの人で間違いない。華さんを選んで本当に良かった!)
『でも、受持ちの生徒と同居なんて益々問題でしかないから、約束の一週間も待たずに早く家を出てもらわないといけないんだけど、寮の件はどうだったのかしら。あの後、理事長にちゃんと訊いた?』
部屋の電気を点けてから上着を脱ぎ、華が仕事用の鞄を片付ける。質問にどう答えたらいいか少し迷いながら、カシュは華が買い物をしてきた食材を袋から取り出し始めた。
『……えっと、「今は寮の部屋は空いていない」と言われました』
話している間中、華にジッと瞳を見詰められ、カシュの背中に冷や汗が伝う。嘘をついていないかを見透かすような瞳と目が合うというのは正直居心地が悪かった。
『そう、なの……それは困ったわね。じゃあ、寮が空くまでの間はしばらく此処にって感じになるのかしら』
ふぅとため息を吐きつつ、華がカシュから顔を逸らす。彼女の口元が少し笑っていたが、本人も無自覚なものだった。
『そう……させてもらえると、正直助かります。学校に通うとなると荷物が多くなるから、路上生活に戻るのは流石に無理があるので』
ほっとした顔を見られないように、カシュが華に対して背を向け、冷蔵庫内へ食材をしまう。
理事長であるカミーリャから、『絶対に、寮に入る気なんかないとバラすような発言はしちゃダメだよ。彼女は何でか嘘を見抜くからね。真実はどうであれ、「今寮は空いていないと僕に言われた」とでも説明するといいよ』と念を押された事が頭をよぎる。
今ので誤魔化せたかな?と少し不安ではあったが、チラッと華の方を見ても、訝しげな顔をされたりはしていなかった。
『さてと、ご飯の用意をすぐにするわね。今日は酢豚にでもしようと思うんだけど、いいかしら』
『もちろんです。あ、僕も玉ねぎの皮むきとか手伝いますね』
『ありがとう、助かるわ』
嬉しそうに微笑む華と目が合い、カシュも少し嬉しくなった。これはもう気にはしていない、と受け止めていいのだろうか?
『ねぇカシュ』
『はい』
『蒸し返して悪いんだけど……もう、勝手な事はしないと約束してね』
『……はい』
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