インキュバスのお気に入り

月咲やまな

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第五章

【第十一話】華への告白

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 ウルカと瀬田が喫茶店でお互いの事情を確認し合っていた、その時。
 華は“青年の姿”をしたカシュを前にして固まっていた。

「……誰、かしら?」

 華の仕事が終わるのを校内のカフェで待ち、だがその間に営業時間が終わってしまい、結局は店の前でじっと忠犬の様に愛しい人のお迎えを待っていたカシュを見た華の第一声が、コレだった。

「『誰?』って……健気に、華さんの仕事終わりを待っていたボクに対して、それは流石に失礼じゃないですか?」

 スラッと背の高い、スーツ姿のカシュが拗ねた顔をする。見覚えはあれども姿形が違うため確信を持てなかったのだが、彼の表情を見て、やっと華は『この人はカシュなのね』と思った。

「だって、いつもと全然違うんだもの。仕方ないでしょう?でも……ごめんなさい、失礼な言い方だったわ」

 反省し、華がカシュへ謝罪を伝える。気高い雰囲気を持つ華がしゅんっと凹んだ様子になった姿を見て、カシュは胸の奥が喜びからギュゥと苦しくなった。
「いいですよ、ちゃんと迎えに来てくれましたし。——あぁ、でもそうだな、頰でもいいんで、軽くキスをしながら『ごめんなさい。貴方が好きよ、お詫びに結婚しましょうか』なんて言ってもらえたら、とっても嬉しいです」
 そう言って、カシュが自身の頬を指で軽くトントンッと叩く。すると華は「すぐ調子に乗って、悪い子ねぇ」と言いながら、彼の足を強めに踏み付けた。
「痛い、痛いです華さん!」
「自業自得よ!」
 全く……と呆れ顔をする華に対し、カシュがクスッと笑みをこぼす。ほんの数時間の短かい別れでしかなかったのに、やっと好きな人の側に戻れた事が嬉しくて堪らなかった。

「じゃあ、一緒に帰りましょうか」
「えぇ、そうね。そのために待たせてしまったのだし。それに、その姿なら、誰も貴方を“転入生のカシュ”だなんて思わないでしょうから問題もないでしょう。だけど……貴方って、そんな姿にも……その、なれるのね」
 視線をスッと彼から逸らし、華が先に帰路に向かって歩みを進める。
 自分よりも高い身長、細身なのにスーツの上からでもわかるスタイルのよい身体、サラサラとした金髪に、切れ長でシトリンっぽい色をした瞳の好青年に変化したカシュの姿は、正直、彼を子供扱いしている華から見てもかなりの好印象だった。

(この姿でベランダにカシュが現れていたら、あのまま流されていたかもしれないわ……)

 一瞬そんな事を考えてしまい、慌てて華が頭をぶんぶんと横に振る。『もしも』の話なんかしても無駄だと、彼女は歩く速度を早めた。
「えぇ。実は“コレ”がボクの“本来の姿”なんです。普段のアレは、言わば“省エネモード”みたいなやつですね。人の見る“淫夢”から得られる魔力はあまり多くないので」
「じゃあ……何で、今はその姿でいられるの?」

「華さんの作ったご飯を食べたおかげですよ」

 彼女の横に並び、カシュが華の手をそっと握る。この手はどうせ華に叩き払われるんだろうなぁと思いながらの行為だったのだが、意外にも彼女は繋いだ手をそのままにした。だけど、握り返したりはしていない。まるでそれが、“お互いの心”を体現しているみたいだとカシュは感じた。
「私のご飯を食べた、から?」
 何故それでカシュが魔力を得られたかわからず、華が首を傾げる。
「だって、華さん——」とまで言い、一度カシュが言葉を止めた。言うか、言わない方がいいものなのか、迷いを持ってしまったからだ。

「……どうしたの?私が、何かしたかしら」

 続きをなかなか言わないカシュの顔を、華が軽く下から覗き込む。一体どうしたんだろうか?と彼女が不思議に思っていると、紫陽花に囲まれた校門の付近にまでたどり着いたカシュの歩みが、ピタリと止まった。
「どうしたの?さっきから」
 一歩だけ彼よりも前に進んでいた華が、後ろを振り返る。
 もう空には欠けた月が昇っていて、それを背にしたカシュの姿にちょっと胸の奥がゾクッと震えた。表情はとても真剣で、何度も口を開いては閉じてとを繰り返し、何かを迷っているみたいな雰囲気だ。

「……言いたいことは、ハッキリ言って欲しいわ」

「そうですよね、うん。ごめんなさい」
 催促するみたいな言葉に対してカシュは謝ると、一度深く息を吸い、今度はそれをゆっくりと吐き出す。数回同じ様に深呼吸を繰り返したかと思うと、彼は改まった顔になりながら、自由になっていた方の手でそっと華の頬に触れ、少しだけ悲しげな笑みを浮かべた。

「だって、華さんは“魔女”だから」

「…………はい?」
 間の抜けた声が華の口からこぼれ、体が固まる。
 不意に二人の間を風が吹き抜け、華がハッと我に返った。

(落ち着け、冷静になって考えるのよ。“魔女”に“呪われている”らしいカシュが、こんな嘘を言うわけがないんだもの。……でも、冗談くらいならあり得る?——いや、無いわね、無い無い。こんな事言ったって、面白くもなんともないもの)

「えっと、私は……“魔女”、なの?」
「はい、そうですよ。華さんは、ボク達を呪った“ハンナ・アダムス”の末裔であり、現存する数少ないであろう“本物の魔女”の一人です」
 こくっと頷くカシュの口から、図書館館長である本多さんからも聞いた名前が出てきた事で、この話は冗談ですら無いのだと華は確信した。

 よくよく考えれば図書館に居た時点できちんと受け止めるべき話だったではないかと、今更気が付く。『魔女の遺産を受け取る』『魔女の子孫だ』と散々言われていたのに、いくら現実味の無い話だったとはいえ、どうしてあの時イコールで自分も魔女なのかと、きちんと受け止めなかったのだろうか?——と、華は思った。

「……あの、でもね、カシュ」
「はい」
「“魔女”って……確か、貴方達の……」

「“天敵”ですね。でも好きになってしまったものは、もうどうしようもないんで」

 華の手を握るカシュの力がギュッと強くなる。彼の表情はどこか少し悲しげなままで、割り切ったつもりでいた気持ちが、まだ所詮は強がりでしかなかった事を物語っている。『華は魔女である』事実から意識を散らしている間ならまだほとんど平気だったが、『魔女なのだ』と深く認識している今は、どうしても彼女に対して感じてしまう。

(それでも、華さんが好き、好き、大好き——)

 そう強く思う気持ちは間違いなく胸の奥にあり続けているが、魂をも縛る、“淫魔”の“本能的な根底”までをも覆した“魔女の呪い”への感情は、深い愛情を持ってしても、容易く乗り越えられるものではなかったようだ。

「改めて言いますね。ボクは……それでも、華さんが好きです」

「……カシュ……」
「——さ!じゃあ、帰りましょうか、ボクらの家に」

 無理に気持ちを切り替えたのか、カシュが華の手を引いて帰路に向かって走り出した。
「ま、待って!ヒールの高い靴なのよ?そんなに早くは走れないわ!」
 急にひっぱられたせいで華の体が前のめりになる。慌てて体勢を立て直したので顔面からのダイブを回避出来たが、カシュは止まってくれない。

「じゃあ抱き上げて帰りましょうか。きっと理事長が言ったみたいに噂されますよ、『金髪の青年と華先生が学校帰りに逢瀬を楽しんでいた』ってね」

 と言いながら、カシュが思いっ切り華の腕を引っ張ったせいで、彼の胸の中に体がすっぽりと収まってしまう。静電気が走ったみたいな痛みをカシュは感じたが、それでもそのまま腕の中にギュッと抱き留め、彼女の体を持ち上げた。

「カ、カシュ⁉︎——何しているのよ!」

 足が地に着かないせいで、華の声が怯えている。“誰か”に抱き抱えられた経験など子供の頃以来で、『ドラマみたいでロマンチックね』と思うよりも先に、重くて落とされるかもしれない恐怖で心がいっぱいだ。

「このまま帰りましょう、華さん」
「いやよぉ!絶対にいやぁぁぁ」

 恥ずかしいやら、怖いやら、重いかもしれないから申し訳ないやらで、華がカシュの提案を全否定してしまう。でもカシュは、“魔女”に感じた“不快感”を“別の感情”で上書きでもしたいみたいに、家の玄関先に着くまでの間、愛しい華を一度も地面に下ろさなかった。
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