眠り姫の憂鬱

月咲やまな

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本編

【第十話】事の顛末②(アステリア談)

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「来るのが随分と早かったな」
 急に表情を変え、茨で遮られた方向をヒョウガが指差す。彼がその指を軽く下へさげると、私のかけた茨の魔法が一瞬で消えてしまった。

 嘘…… 他人の使った魔法を、こうも簡単に解けるものなの?

 狐は魔法に特化した獣だとは聞いてはいたけれど、ここまでだとは思わなかったせいか、ちょっと背筋に寒気が走った。
「アステリア様!」
 驚く私の名前を呼び、誰かがベットの上に座る私の方へ駆け寄って来る。

「え?あ——」

「アステリア様ぁ!!」
 相手の顔を見る間もなく、私に思いっきり抱きつく女性に、困惑しか出来ない。
 避ける事も間に合わず、されるがまま抱きつかれた状態を放置してしていると、隣に居るヒョウガの顔がひどく不機嫌なものへと変わっていき、同時に見知らぬ一人の獣人の顔色まで悪くなっていく。この状況を生んだのは私ではないのに、二人の視線が刺さる様で痛い。

「アステリア様っ!アステリアさまぁぁぁぁ!!」

 何度も何度も私の名前を呼ぶばかりで、何がしたいのさっぱり伝わってこない。その声がだんだんと子供の泣き声みたいになってきた。
「ちょっと⁉︎何なのですか貴女は!」
 ぐいっと抱きつく女性の肩を掴み、自分から引き離す。彼女の顔を見た瞬間、私の頭の中が真っ白になった。
「…… ヴァルキリア?」
「はい!やっとお目覚めになられたのですね、この日をどれだけ私は待ち望んだ事か!!」
 わぁぁぁと声をあげて泣き出す彼女に、頭の処理が追いつかない。

『貴女を守護する役目を持つ、戦乙女は先程戦死しました。さぁ、彼女が私と結んだ約束は、主人である貴女が果たして下さい』と、確かにヒョウガが…… 。
 彼女が生きていて、今目の前で泣き叫んでいる事の喜びよりも、現状を理解出来ない気持ちの方が強く、ヴァルキリアの生を素直に喜べない。

 ——どういう事なの!?

「あぁ。その点は私がお答えしましょう。ヴァルキリアには仮死状態になっていただいていたのです。ヒョウガ様は確かに彼女を殺したつもりでいたでしょうが、私の勝手な一存でそうさせて頂きました」
 ヒョウガに向かい頭を下げ、報告したのは赤い髪をした狐の獣人だった。
「詳しく聞かせてもらおうか、カエデ」
 掛布で下半身を隠しながらベットの上であぐらをかき、ヒョウガが膝に頬杖をつく。尻尾はゆらりと揺れ、私の知る彼とは違う雰囲気を纏っていて、少し怖く感じる。
「はい。ヒョウガ様」
 無表情な、赤い髪色をしたカエデと呼ばれる狐の獣人がコクッと頷く。胸に手を当てて軽く俯きながら、彼は事情を話し始めた。
「私は以前から、戦乙女…… ヴァルキリアに好意を持っていました。ですが、この土地を守る彼女は我々の邪魔でしかない。その為、ヒョウガ様が賭けに乗じて彼女の命を奪う事に反対をするつもりは、私の立場的にも全くございませんでした」
「あぁそうだな、知ってる。常軌を逸した追いようだったからな。人目を避けて行動していた様子ではあったが、あれは完全にストーカーだったぞ」
「はい。流石ヒョウガ様、お気づきでしたか」

「え?え⁉︎」
 無表情のまま続けるヒョウガとカエデ達の会話内容のせいで、戸惑いを隠せない。
「ス、ストーカーって…… 」

 カエデとかいう狐はいったい、私の大事な侍女に何をしていたの!?

「あ…… 」と呟くヴァルキリアに対し、「どうしたの!?」と尋ねる。
「実は、色々と思い当たる事が、いっぱい」
「んな!?」
 サァと顔を青くする私に対し、ヴァルキアの方はちょっと頬を染めるもんだからビックリだ。
「あの熱い視線は、貴方だったのですね」
 そんな彼女に対し、全く表情を変える事無く、カエデが頷く。感情が全く外に出ていないが、瞳だけには熱い色が。

「——先程の話の続きなのですが、計画の日の前日に、隣国の貴族の娘とその恋人の逃亡を助ける交換条件として、摂取した者を仮死状態に出来る薬を手に入れたのです」
「なるほどな。それで、まだあの程度で致命傷になるはずがなかったのに、死体の様な状態になったのか」
「その通りです。即効性の物ではなかったので、効果の出る時間を計算し、戦闘中に倒れる様ヴァルキリアには事前に、勝手に飲ませておきました」

 事前に城へ侵入していたということよね、それって。
 精神体でしかなかった私の監視を掻い潜って飲ませるとか、アサシンか何かなのだろうか。

「…… 言えばよかったんじゃないのか?その女が欲しいって。反対などしなかったぞ?恋路の邪魔だけは絶対させない分、人にも私はしないからな」
「わかっています。ですが、ノーム達との契約や、不老の魔法が邪魔でしたので」
「契約を無効にする為に、一度彼女を死亡した状態にしたかったのか」
 瞼を閉じ、ヒョウガが『なるほど』と言いたげにコクッと頷く。
「その通りです」
「共に時を歩むのに不老が邪魔なのはわかるが、ノーム達の契約を切るのはもったいなくないか?今後はいい戦力として役に立つと思うが」
「交尾を覗かれたくないので」
 人前でサラッと言った一言に驚き、「こ——⁉︎」と叫んでしまい、慌てて口を手で塞ぐ。無表情のままそんな発言を出来てしまうカエデの神経が理解出来ない。
「ちょっと待って、ヴァルキリアはお前の妻でもなんでも無いのに、何を言っているの!?」
 腕の中に居るままになっているヴァルキリアをギュッと胸に抱き締め、私は少し彼等から距離を取った。
「いいえ、私のモノです。私が戦乙女を自らのつがいにすると決めた以上、それ以外の選択肢は存在しません」
 カエデが私に向かい、ハッキリと言い切る。
「獣っていう生き物は何て身勝手なのかしら!」

 ヒョウガといい、このカエデとかいう狐といい、なんて強引なの!?

「…… ヒョウガ様の番であられるアステリア様であっても、私の妨害をするのでしたら——」
 表情を変えぬままカエデが尻尾をボワッと逆立て、眼を光らせる。本物の殺気を向けられることなど生まれて初めての事で、ヴァルキリアを抱き締める腕に力が入った。
「待て、カエデ。彼女に手を出せば、アステリアが死ぬ前に私がお前を殺すぞ」
 ヒョウガも尻尾を膨らませながらカエデを睨みつけ、二人の間に火花が散る。
 一触即発状態と化したヒョウガ達へ「あ、あの…… 」と声をかけたのは、私の腕の中で涙を流しつつも、頬を真っ赤に染めるヴァルキリアだった。
「私は、アステリア様の許可され頂ければ…… カエデ様の妻となっても」
 もじもじと、恥ずかしそうにヴァルキアが小声で言う。彼女の言葉がよっぽど胸に刺さったのか、無表情を崩す事のなかったカエデが体を震わせながら耳を垂れ、視線を下に落とした。
 彼女の言葉一つで、彼から完全に戦意が消えたのだ。

「…… 相手は狐よ?獣人なのよ?わかっているの?」
 ヴァルキアの腕を掴み、何度も確認する。
「はい。たとえ彼は人間でなくとも、私の命の恩人で、アステリア様を眠りから救って下さった方の腹心ならば、きっと私は幸せになれると思うのです」
 戦う時の勇ましい姿が想像出来ぬ優しい天使の様な笑みを浮かべ、幸せそうにヴァルキアが言う。

 彼女が、とても意思の強い女性だと私は知っている。だから私は彼女に全てを任せ、この地を百年もの間、ノーム達と共に守ってもらったのだもの。

 その彼女が決めた事ならば、たとえ私であっても止める権利などないわ。

 私はそっと彼女を自分の腕の中から放し、「わかったわ。でも何かあったらすぐに相談するのよ?貴女は私の侍女である前に、親友なんですから」と言った。
 そんな私にニコッとヴァルキリアは微笑みで答えると、そっと私の耳に近づき、「アステリア様も、素敵な王子様に起こしてもらえて良かったですね。あ、違いますね、あのお方は王様でしたっけか」と囁いた。
 彼女の言葉のせいで、ボッと一気に真っ赤になる私の頬と耳。

「嫌よ!私は狐なんて‼︎」

 ブンブンと首を横に振り、全力で否定したが、ヴァルキリアはニコニコと微笑むばかりだ。
 そんな私達を、ムスッとした表情でヒョウガとカエデが見詰めてくる。
「仲、良過ぎじゃないですか?」
「もうヴァルキリアは私の妻なのです。離れて下さいまし、アステリア様」
 カエデの方は我慢がきかなかったのか、そう言いながら私達の側まで靴音を鳴らしながら来ると、私からヴァルキアを奪い取り、自らの腕で彼女をギュッと抱き締めた。

「ヒョウガ様。城下や城内の眠りはまだ解かぬようにしていましたが、如何しましょうか?」
 今度は、オレンジに近い色をした髪を持つ狐がヒョウガに尋ねる。

 …… 狐って、随分皆派手なのね。
 獣耳や尻尾は同じ色のようだけど、髪や瞳の色が皆違うみたい。

 そう思いながらオレンジ色をした髪の狐を見ていると、ヒョウガの操るツタが私の方へと伸びてきて、彼の方へ私を引っ張った。
「きゃああ!」と叫び声をあげながら、彼の体の上にドサッと倒れこんでしまう。
「何をするのですか!」
 顔を上げそう訊くと、「私の傍に居ない貴女が悪いんですよ。コトばかり見ていないで私を存分に御覧なさい」と両頬をガシッと押さえながら言われた。

 コト?
 オレンジ色をした彼の名前なのかしら。
 別に他意などなく見ていたのだけど…… もしかして嫉妬でもしたの?
 やだ、ちょっと嬉しいって思うとか、自分の気持ちに腹が立つわ。

 複雑な心境なせいか、どうしたって顔がしかめっ面になる。だけど、頬に感じる熱だけはどうにも出来なかった。
「か、可愛いですっ!なんて可愛い人なんだ、アステリアは!」
 ヒョウガが嬉しそうにそう叫ぶと、私の身体をギュッと強く抱き締めた。
「人前で何を!!」と叫んだが、彼の体が近過ぎて思った程声が出ない。
「あぁ。城下も城内も、もう起こして構わない。が、彼女の両親への謁見や民への報告、今後の方針や統合に関しての和解案の提示などは二時間後だ」
 ギュッと私を胸に抱いたまま、ヒョウガがコトと呼ばれる少年の様な姿をした狐に向かい指示をする。
「了解しました。根回しはとうに済んでおりますし、まぁ問題は無いでしょう」
 瞼を閉じ、コトが頭を軽く下げる。
「ヒョウガ様はこの後如何なさいますか?」と尋ねたのは、緑色をした髪の狐だった。
「私は、妻の熱を冷ましてから向かうとするよ」
 ニッコリ笑いながら答えると、カプッと人前にも関わらず私の耳をヒョウガが噛んでくる。
 突然の事に驚き、私は背を反らせ、「ひゃあ!」と情けない声を出してしまった。

 熱を冷ますって、何を言って——

『貴方は何をする気なの?』と問いただす眼差しをしながらヒョウガの方を見たが、優しく微笑んで彼は曖昧に誤魔化す。
「では、失礼いたします」
 狐達とヴァルキリアが揃って言い、私の寝室を出て行く。
「ま、待って!」
 私は咄嗟に彼らの方へ手を伸ばし『嫌!助けて』と叫ぼうとしたが、即座にヒョウガが私の口に手を当て塞いだ。明らかに愛情のある関係には見えないはずなのに、ヴァルキリア達は嬉しそうに私に手を振ってくる。

 違う!私も一緒に貴女達と!

「んんん!!」
 口を塞がれたまま、必死にもがく。だが無常にも扉は閉じられ、私は再びこの狐と寝室に二人っきりにされてしまった。
「頬をそんなに染めて、可愛すぎる妻を触らないなんて私には出来なかったものでね」
 ボソボソッと、ヒョウガが耳元で囁く。
「さぁ、時間はありませんよ。あまり私をじらさないで下さいね」
 その言葉と共に、私は何度目かもわからぬ快楽の渦に無理矢理堕とされてしまったのだった。
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