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それでも俺は貴女が好き
第1話
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今からもう八年、いや…… もう十年くらい前になるだろうか。
その日は親戚の子と一緒に『アイスを買おう』って話になり、二人でお金を持って家を出た。
近所のコンビ二で、家からもそんなに遠くない道のり。曲がり角を曲がった瞬間、ドンッと誰かにぶつかってしまった。
『ご、ごめんなさい』
咄嗟に謝り、相手の方へと顔を向ける。背の高い相手だったので上を見ると、残念なことに近所でもあまり評判のよくない中学生だった。
まずい…… 反射的にそう思い、咄嗟に逃げようとするも、腕をガッと捕まれてしまい逃げられない。そんな中、親戚の子はそんな俺を置いて一目散に逃げて行く。恨み言の一つでも叫びたい気分になるが、腕を掴まれる力が強く、俺は顔をしかめた。
『ぶつかっておいて、逃げるなんてヒドイんじゃねぇのか?』
『おー痛い痛い、こりゃ出すもん出してもらわねぇとなぁ』
古風なヤンキーみたいな発言に正直驚いた。
漫画の影響でも受けてんのか?コイツ。しかも、小学生相手に何タカってんだアホか⁈と思うも、当然怖くて言えない。
震える手で、急いでポケットからさっき親戚のおじさんからもらったお小遣いを出し、相手に差し出す。
『なんだよこりゃ、今日日のガキは金持ってんじゃねぇのかよ…… しけてんなぁ』
イヤ、だからさ、お前何なんだよ!言う事が一々古いってば!
俺が必死に頭ん中でツッコミを入れてる事など全く気が付かぬまま、文句を言いながらも、差し出されたお金はちゃっかり俺の手から全部盗る。
『これっぽっちじゃおさまらないから、ちょっくら同じ思いしてもらおうかね』
そう言いながらゆっくり俺に近づき、中学生の一行が指を鳴らす。
殴られるっ!
ちょっとぶつかっただけで、何でこんな目に合わないといけないんだ⁈
そんな理不尽さを感じながらも、怖くて目を瞑り、俺は顔を腕で庇った。
ドスッ…… ガッ——
俺の耳に殴る音が聞こえる。でも…… 全然痛くない。あれ?
不思議に思いながら、腕を下ろし、ゆっくりと前を見る。
すると、先程の中学生達がみんな地面に倒れていて、中心には背の高いお姉さんが立っている姿が目に入った。
そんなお姉さんを、ポカーンとした顔で見詰める。状況が把握出来ず、言葉が出ない。
『大丈夫?ボウヤ。これ君のでしょ?』
そう言いながらお姉さんは、俺の手に先程のお金をポンとのせてきた。
『最近のガキはホントまったく…… バカしかいないねぇ』
呆れ顔でボヤくお姉さん。
この人が助けてくれたの?女の人なのに?
『…… 助けてくれたの?』
『ん?あぁ、だって見捨てる訳にいかないだろう?こんな小さい子に絡むなんてなぁ』
『強いんだね、お姉さん』
『そうかい?コイツ等が不甲斐無いだけだよ。集団なら強いと思い込んでるアホに負ける程、ヤワにはできてないんでね』
ニコッと笑い、お姉さんが腰を折って俺の頭を撫でてくれた。手の前で人を殴った手なのに、怖くもなければ、強過ぎて痛いということもなく。ただただ優しい手から伝わる体温が心地いい。
『アンタも、強くなんな。男だろう?立ち向かっていくか、逃げる勇気を持つか。どっちかは身に付けな』
そう言うと、手を上げてお姉さんが去って行く。
ドラマとか映画のワンシーンみたいな立ち去り方をサラッとやられて、不覚にも俺は、ついその姿に魅入ってしまった。
『……か、かっこいい』
そのお姉さんの顔は今でもハッキリ覚えている。男勝りな感じの声も、仕草も。お姉さんの全てが、俺には新鮮なものに感じた。
そんな出来事がきっかけで、俺は格闘技を習おうと決心した。親に必死に頼んで、近所にあった空手の道場に通わせてもらえる事に。
もうその頃には小学校も高学年に入っていた。始めたのが、道場の中ではちょっと遅かったせいもあって、一緒に習ってる同じ歳の子に追いつくのが大変だった。
でも、あのお姉さんに追いつきたい、いつか会えれば、『こんなに強くなったよ』って言えるような奴になりたいと毎日頑張った。
その甲斐あってか、中学に入った頃には大会でも上位に入れるようになり、高校もスポーツ特待生として有名進学校に入学する事に。
期待に答えようと練習に励み、高校も三年生になる頃には大会で優勝も出来るまでの実力をつけた。
十八歳の誕生日を迎え、部活動は引退という今。
俺はあの日のお姉さんの事が、まだ忘れられずにいる——
「一緒にメシ食って帰ろうぜー要」
「あぁいいな。んでもちょっと本屋寄ってってもいいか?読みたい特集組んでる雑誌の発売日だったはずなんだ」
テスト最終日、学校は午前で終わりだ。答案の内容は正直ボロボロだった。必死に勉強したのに結果に繋がらず、イヤでも凹んでしまう。
でもまぁ、ひとまずはテスト期間が終わってくれた事にだけ安堵しながら、鞄に筆記具をしまった。
友達で、同じ部活仲間でもあったクラスメイトの板垣と一緒に帰る約束をし、二人で教室を出る。
「お前…… 今回どうだった?テスト」
板垣に訊かれ、俺は当然渋い顔になった。
「空手だけでココに入ったんだぞ?良い訳無いだろ」
そう言い、ため息をこぼす。
全国でも有数の進学校に、スポーツだけで入ってしまった事がこの二年半正直重荷だった。
故障して運動が出来なくなったらどうなるんだろう?そうなった時、自分がこの成績でこの学校に残れるんだろうか?
色々考える日々。一番痛かったのは、勉強して入ってきた奴等の視線だ。
こっちだって運動を頑張ってんだ、白い目でみられる事がおかしいんだと思うも、スポーツ組が学校のレベルを下げていると影でよく言われた。
毎回、今回こそは見返してやると勉強するも、基礎が全くなっていないせいで成績はさっぱり伸びなかった。もちろん、今回も例外ではない。
「…… 次回こそは頑張ろうぜ、お互いにさ」
肩をに腕を回され、板垣が慰めの言葉を言う。
「次回で最後じゃねぇかよ」
「いい結果残して卒業出来ればいいじゃないか」
「まぁなぁ…… 」
確かにその通りだが、やれる気がしない。くそ…… 運動ばっかやってないで、もっと子供の頃から勉強もするべきだった。
下駄箱に向かい靴を履き替えようとした時、知らない女子生徒に声をかけられた。
「あの、日野先輩」
「ん?」
うちの学校は学年でネクタイとリボンの色が分かれている。リボンの色から、声をかけてきたこの子はどうやら二年生のようだった。
「いきなり話し掛けてすみません。あの…… 何度かお手紙差し上げていた、本村といいます」
…… 手紙?や、やばい。君のも…… 一通も読んでないぞ。
入学してちょっとくらいした時期。下駄箱に入っているという手法で初めてもらった差出人不明の手紙。『…… こ、コレが伝説のラブレターってやつか⁉︎』と期待して緊張しながら中を開いたら、いわれのない罵詈雑言が書かれていて、それがショックでそれ以来は一切手紙類を読まなくなった。結局あれは俺宛の物じゃなく、別の下駄箱と間違って入っていただけの物であったと後で知ったが、あの気味悪さは今でも尾を引いていて、とてもじゃないが他の手紙も読む気になどなれないのだ。
「お返事頂けないかと思いまして。…… このままだと、勉強も手につかなくって」
震える彼女の声。緊張してるのがイヤでもわかる。手紙の内容はわからないが、この感じからして…… たぶん告白なんじゃないだろうか。
えっと、でもまぁそうだって確信もないし、ここは当り障りのない返事をするべきだよな。出来るだけ傷付けないように。
「あー…… ごめん、俺そういうのはちょっとまだ…… 」
彼女の体がビクッとし、動かなくなる。
気不味い雰囲気に、どう声をかけていいのかわからない。
「おーい!要ぇ何してんだよ⁈早く行こうぜ?本屋寄るんだろう?」
場の雰囲気も読まずに、板垣が声をかけてきた。
「ごめん、友達呼んでるから行くよ。あー…… えっと、君の気持ちは嬉しいけど、今は自分の事だけで精一杯なんだ」
周囲に気を使い、小さい声でそう言うと、彼女がコクッと頷く。
「俺なんかより、君だったら…… 可愛いし、もっといい奴探した方がいいよ。んじゃ」
ポンッと彼女の肩を叩き、その場から逃げるように走り去る。
…… こ、告白なんて初めてされたっ!
彼女の告白を断りはしたものの、内心はすごく嬉しかった。そりゃ俺だって、健全な高校生男子ですから。
◇
俺よりも先に外へ出て、先を歩いていた板垣の後を追う。
「お前さぁ、少しくらい待てないのか⁈」
板垣に追いつき、頭を叩きながら言う。
「だって、あの場に俺まで居たら流石にどっちも気不味いじゃん」
なんだ、状況理解したうえで声かけてきてたのか。そうならそうと、言…… えないよなぁ。
「お前すんげぇ困った顔してたから声かけたんだけど、まずかったか?」
「いや、ありがたかったよ。断る気だったし」
「お前さぁ、あんな可愛い子もダメだなんて、一生彼女できねぇぞ?折角モテるのに」
「はぁ?モテるって…… 誰の話だ。及川の間違いじゃないのか?」
及川というのは俺達と同じ空手部員で、主将を務めていた友達だ。
格闘の才能は正直いまいちなのだが、面倒見の良さとルックスで、女子生徒に相当人気があったのは知っている。
大会の度、奴の出番の時にはいつも黄色い悲鳴が会場中に響いていた。そいつがモテると言われればすぐに納得出来るのだが、何で板垣は俺の事もそう思っているんだろうか?サッパリわからない。
「及川から聞いたぞー?もらったチョコの中に、結構お前宛のが混ざってたってな」
「俺が預かって、アイツに渡したヤツの中にいくらか混じってたのかね」
「それさ、どう考えたって預かったんじゃなく、フツーにお前宛にだったんじゃないのか?よく確認してから渡せよ。逆に嫌味だから」
「げっ!マジかよ…… 一個ももらってないと思ってたから、お返しなんて誰にもしてないぞ?」
「…… この天然男が」
手紙は何度ももらった経験があったが、怖いから一回も読んでいない。でもまぁ、最初がアレだったのだし、他もどうせたいした内容じゃないだろう。頭の良い奴等が俺達をどう思ってるかぐらい知ってる。なのに、何で文句タラタラだろう手紙まで、わざわざ読まないといけないんだって思ったいたからだ。
…… でも、さっきの子の感じだと…… もしかして、今まで捨てていた手紙も俺の思っていたような内容とは違ったんだろうか?
「さっきの子にさぁ…… 手紙の返事が欲しいって言われたんだが」
「ん?」
「全部捨てちまって、誰のも読んでないんだよ」
「ばっか!お前意外に酷い奴だな」
板垣が呆れ、馬鹿呼ばわりしてくる。
「なぁ?もしかしてもらってた手紙って、全部ラブレターだったのかなぁ?なぁ?」
「知るか!ってか、それ以外に何があるっていうんだ⁈アホかぁ!いったい何と勘違いして捨てたんだよ、まったく」
「だって、ご時世的にもそういうのはSNSとかが主流らしいだろう?何で今時手紙なんだよ!俺の中ではもう、手紙イコールで罵詈雑言って感じなんだってば!」
八つ当たりに近い俺の発言に、板垣の呆れ顔が可哀想なモノでも見るかの様な眼差しになった。
「空手ばっかしてて、ありとあらゆるSNSの登録すらしてないお前相手じゃ、仕方ないだろうがよ」
「…… そ、そうか、そうだよな」
至極当然のツッコミに関心し、頷く。
「コイツはもう…… 」
板垣が頭を抱えながらため息をついた。
学校を出て、少し歩いた先には昔ながらの商店街がある。豆腐屋、文具店、花屋に果物の店などなど。巨大ショッピングセンターと違って食材関係も別々の店舗で買い物をしないといけないのは多少面倒ではあるが、趣のあるこの商店街が俺は好きだった。
五年前に父親の転勤でこの街に引っ越して来て、初めて買い物した店もこの商店街にあった。
「ここ来るの久しぶりだなぁ」
「んだなぁ、最近こっち通らなかったもんな。部活あると遅くなって、もう開いてない店も多いし」
懐かしさもあって、ついキョロキョロと周りを見てしまう。
「雑誌もコンビニで買ってばっかで、本屋も行かなかったもんなぁ」
「要と違って、俺の家はこっち側じゃないから余計に来る機会ないよ」
さすが商店街。
主婦と思われるおばさん達があちこちに立ち止まり話をしている。いったいどんだけ色々話す事があるんだかなぁ…… おばさん達って。
花屋や喫茶店のあたりにも、数人のおばさん達が輪を作って話をしていた。その中に一人、微かに聞こえる若い女性の声。
へー…… 珍しいな、若奥様ってやつかな?
「ねぇねぇ、鈴音ちゃん。いつにしましょうかね?お見合い」
お見合い?なんだ、若奥様じゃ無いのか。しっかし今時お見合いって…… 世話好きのおばちゃんに捕まってる所か。可哀想に、あれじゃ断れないだろう。
横を通り過ぎる瞬間イヤでも聞こえる内容に、ちょっと同情する。
「土日は店閉められないんで、平日だとありがたいんですが」
朗らかに答える、若い女性の声。その声に既視感を覚え、俺の足がピタッと止まった。
「大丈夫だと思うわよ?今話した彼はサービス業だったはずだし、彼もその方が助かるんじゃないかしら」
「よかったぁ、いい人なんですか?その方」
……この声聞いた事がある。
立ち止まり、動けなくなる俺に「どうした?」と板垣が声をかけてくる。その問いに返事も出来ず、俺は否応なしにドキドキする胸元をギュッと掴んだ。
嘘だろう?何で、ここでこの声が?
ゆっくり振り返り、若い女性の顔を確認しようと思い、声のする方を見る。
「なぁ、板垣」
「なんだ?」
「…… 神様って、いるんだな」
「は?——って、おい!要?どこ行くんだ?」
「来月なら、時間取れると思うんです」
そう話す若い女性の近くへ足早に向かい、すぐ横で止まる。
いきなり近寄ってきた高校生を不思議に思ったのか、その場にいたおばさん達が話すのを止めて一斉にこっちを見てきた。
「どうしたの?何かあった?」
俺に向かい、年配のおばさんが真っ先に声をかけてきた。若い女性はキョトンした顔をしている。
スラッとした細身の体だが、鍛えているのが二の腕から見て取れる。背は女性にしてはかなり高く、髪は腰辺りまでと長くて、眼力のある気の強そうな顔立ちをしていた。
——間違いない、あの日俺を助けてくれたお姉さんだ!
間近で顔を見て確信を得た俺は、背筋を伸ばし、運動部特有の大きな声で話し出した。
「いきなりすみません!あの、俺…… 清明学園高等部の三年で、日野要っていいます」
お姉さんの顔をしっかり見て自己紹介をする。あの日は名前なんて言う余裕もなかったからだ。
「…… はぁ」
だから何?と言いたげな表情のお姉さん。
無理も無い、昔過ぎて俺は見た目も全然違うし、すぐにわかってもらえなくても全然ショックでは無かった。
「八…… いや、十年前だったかな。危ない所助けてもらって、ありがとうございました!」
深々と頭を下げ、お礼を言う。
「あんな大勢を一瞬でぶっ倒してくれた姿がかっこよくって俺、ずっと覚えてたんです!」
「え?」
ビックリした声のおばさん達。その横で、お姉さんの顔が見る見るうちに青くなっていく。
「…… 誰かと、勘違いしてるんじゃないかしら?」
そう言うお姉さんの声は震えていた。
「…… そ、そうよねぇ。鈴音ちゃんがそんな事できる訳もないわよねぇ」
おばちゃん達が笑いながら「それもそうよね」と同意しだす。
ちょっとカチンときた俺は、身を乗り出すようにし、グッと手を握り「絶対に間違えるはずありませんっ」と言い切った。
するとお姉さんがガシッと俺の腕をすごい力で掴んだ。
「冗談は場所を選ばないとダメよ?ボウヤ」
顔は笑顔だが、声がちょっと怖い。
「皆さんごめんなさいね、ちょーっと、『変な冗談はやめなさい』ってお説教してきますわ」
おばさん達に一礼し、その場から足早に立ち去ろうとする。お姉さんはそのまま強引に俺の腕を引っ張ると、側にあった喫茶店の中へと引きずって行った。
俺の事を放り込むように店に入れ、ドアを閉める。側の柱に寄り掛かり、お姉さんは「ふう…… 」とため息をこぼした。
やっと会えた事がただ嬉しくて、思いつくままに話してしまったんだが…… お姉さんをチラッと見ると、先程の女性と同じ人物だとは思えない形相をしていた。
「何考えてんの、アンタ」
「…… えっと、お礼をいつか言いたいと思っていて」
「状況を選べって言ってんだよ!おばさん達の情報網をなめんじゃないよ!変な噂でもたったらどうしてくれるんだ!婚期に影響するじゃないか!」
こ、怖い…… 美人だけど、すんげぇ怖い!いや、美人だから、怖いのか⁉︎
ドアの方をチラッと見ると、外で板垣が困った顔をしてウロウロしているのが見えた。
俺が外を見ている事にお姉さんも気が付いたみたいで、振り返りドアを開け「お友達?一緒に入りなさい。軽食しかない店だけど」と優しい声で板垣に話し掛ける。
すんげぇギャップなんだけど…… 。
憧れの女性に逢えた嬉しさよりも、この状況をどうするべきかで頭がいっぱいになってきた。
中に入り、勧められるままに板垣がカウンター席に座る。
「お前はこっち!」
怒った声で板垣の隣を指差され、恐る恐る指示に従い、大人しく隣に座る。板垣もその急変に驚き、肩を縮めた。
「喫茶店だから運動部員が好みそうな食事は出せないけど、それでもいいなら何か食べるかい?」
俺達の返事を聞かぬまま、何か作り始めるお姉さん。顔は怒ったままだが、声がさっきよりも少し落ち着いた感じがする。気持ちを切り替えようとしてくれているんだろうか?
「アンタ達、近所の学校の生徒だろう?あの学校で運動部だなんて珍しいね」
「よく俺達が運動部ってわかりましたね」
「そりゃぁな、体格が全然違うよ。他の奴等のナヨナヨした体といったら…… 風が吹いただけでも飛びそうだ」
「俺達、スポーツ推薦で…… 」
「ああ、なるほどね。今の理事長はそっちにも力入れてるもんな、高校生はもっと運動もするべきだって。その考えだけは同感だよ」
そう言いながら、俺達によく冷えたオレンジジュースを出してくれた。
「ちゃんと、おばさん達に捕まる前に絞ったやつだよ。パック入りのジュースじゃ無い。アンタらはきちんとビタミンも摂らないとね」
少し笑顔になるお姉さん。
さっきもちょっと思ったけど、すげぇ美人だ。昔の記憶よりも、ずっと。
「あの…… お二人って、知り合いなんですか?」
俺とお姉さんの顔を交互に見て、板垣が怯えた顔のまま訊いた。
「知らないな」
ハッキリと否定される。
ここまでキレイに否定されると、少し自信が揺らいできた。
「ずっと前に中学生に絡まれた小学生を助けた記憶はありませんか?あれ、俺だったんです」
俺の言葉を聞き、眉を寄せ、お姉さんが考え込む。
「俺あの日のお姉さん見て、カッコイイなって思って。強くなりたいからって空手始めたんですよ!」
「残念だね、私は空手なんてやってないよ。それに、助けたヤツの事なんていちいち覚えちゃいないしね」
あれは空手じゃなかったのか。ちょっと残念ではあったが、助けた事自体は否定されなかった。それだけで少し嬉しくなる。
「それと、お姉さんはやめてくれるか?アタシにはちゃんと神鈴音って名前があるんだ」
「んじゃ、鈴音さん!」
「苗字で呼びな!」
間髪入れず、キッと睨まれてしまった。
「お待ちどうさま、ハンバーガーのセットだよ」
トンっと目の前に出してくれたそれに、ちょっと唖然としてしまった。
「…… でかっ」
テレビで見た事があるアメリカとかのハンバーガーみたいな高さと、具の多さに二人揃ってビックリした。
「今日だけの特別だ、毎回こんなのは同じ値段じゃ作れないからね。いっぱい食べないと、お前達じゃ足りないだろう?」
「いただきますっ」
お腹が空いていた事もあり、一心不乱に食べる。そんな俺達の姿を頬杖をつきながら、優しい顔で俺達を鈴音さんが見詰める。
食べる所を見るのが好きなタイプなんだろうか?言葉はちょっとキツイけど優しい人みたいだ。声も大きくて、ちょっと二面性もあるみたいだけど、でもモデル並みに整った顔でドキドキする。さっき告白してくれた後輩よりも、ずっと自分には魅力的に見えた。
助けてもらって、俺が格闘技を始めるきっかけになった女性。そんな人に作ってもらった物を食べてる姿を見られてるんだって思うだけで、ちょっと緊張する。
このドキドキする感情って、もしかして好きってやつなんじゃないだろうか。
…… きっとそうだ。ずっと忘れれなかった事も、きっと——
「鈴音さん!」
「神だと言っただろうがっ!」
「俺と付き合って下さい!」
目を見開き、鈴音さんが驚いた顔になった。
思いついたら即行動の俺としては自然な行動だったのだが…… 次の瞬間には、「はっ」と鼻で笑わらわれ、ちょっと傷ついた。
「あのねぇ…… アンタはまだ高校生だ。そして、大人の女をからかっていい歳でも無い。それ食べたらさっさと帰りなさい」
そう言い、鈴音さんが後ろにある棚の整理を始める。
「からかってない!ずっと忘れられなかったんだから」
「そんなもの一時の感情だよ。アンタはまだ若い。歳相応な子を見つけるんだね」
「鈴音さんだって若いじゃないですか!それに、すごい、美人だし…… 」
女性を誉めた経験がないせいか、どんどん声が小さくなる。
「…… あんまり自分の歳は、言いたくないんが」
めちゃくちゃ渋い顔をされ、かなり躊躇してるのが俺にも伝わってくる。
「もうアタシは二十九だ。アンタとは十一、二歳も違う。こんなおばさん口説くくらいなら、可愛いマネージャーにでも声をかけてやった方がずっと有意義な時間の過ごし方だと思うけどね」
二十九歳…… 十一歳差か。正直ピンとこない。だからなんだって言うんだろう?好きならそれでいいんじゃないのか?
そう言おうと思い口を開けた瞬間、板垣に腕を捕まれた。奴の方を向くと、『ダメだ』と言いたげに首を横に振っている。
何故?と思うも、「今お前が何を言おうが聞いてなんてもらえないぞ?」と小声で言われ、渋々堪えた。
「ごちそうさまでした!美味かったです、ありがとうございました!」
大声で板垣が礼を言う。
後ろ姿だった彼女がこちらを向き、可愛い笑顔を見せてくれた。
「いい挨拶だね!これだから運動部員は好きなんだよ」
「あの」
俺が声をかけると、可愛い表情がすぐに嫌そうな顔になる。
「ごちそうさまでした!また来てもいいですか?」
「客としてなら歓迎するが……… そうじゃないなら、二度と来ないで欲しいね」
普通のハンバーガーセットと同じ料金を払い、店を出る。『いらない。私が勝手に作って押し付けたもんなんだから』と言われたのだが、商売人としてそれはダメだと必死に訴えお金を受け取ってもらった。だが、ジュース代だけはサービスの一点張りでもらってくれなかった。
「いやーしかしまぁ世の中狭いな」
真っ先にそう言ったのは、板垣の方だった。
「あぁ!それな!まさかこんな近所にあの人が居ただなんて、今でも信じられないよ!」
興奮気味に話す俺をなだめるように、板垣が背中を叩いてくる。
「でも…… 確か、お前が思い出のお姉さんに助けてもらった街って…… 」
「釧路だ!北海道の!」
「…… 信じられんなぁ。お前、親の転勤こっち来たんだったろう?まさかそこで再会するとはなぁ」
「運命だよ!絶対にっ」
「いやいや、落ち着けって。やめとけよ、二十九だぜ?無理無理、絶対に相手にしてくれないって。それに、おばさん達と神さんが話してた内容聞いてなかったのか?見合いがどうこうって」
「聞こえてはいたけど、見合いするって事は、好きな奴も付き合ってる相手もいないって事だろう?」
「お前はどうしてそんなに前向きなんだよ」
本屋へと向かい歩いている俺の前のバッと出て、板垣が歩くのを遮る。俺の顔を指差し「自分から進んで見合いするって事はだな、焦ってるって事だろうが」と言った。
「…… 焦ってる?」
「あぁ、自分が三十になる前には結婚したいって腹なんだろうよ。節目だし、色々思うところがあるんだろう?きっと」
「…… 」
頭が働かない。もともと考えるのは苦手な方だ。
でも、もし板垣の言う事が本当だったとしたら——
「…… あれ?そうだとしたら、俺なんて眼中にないじゃん」
「その通り。高校生のお前とじゃ世間体的に結婚もできなければ、仕事してないお前となんて子供をつくるのだって到底無理だ。それにお前、大学に進学するんだろう?もっと無理じゃねぇか」
「じゃあ、高卒で仕事すっかなぁ」
「おいおい!そんな簡単に進路変えるなよ!」
「働いていれば可能性があるかもしれないじゃないか!」
「突っ走るなって、両想いでもないのにそんなことしたら、それこそ神さんに殺されるんじゃねぇのか?強いんだろう?あの人」
「…… あ、ありえるな」
「時間は無いかもしれないけど…… まぁ潔く諦めるか、コツコツ通って打ち解ける事だな」
板垣の言葉を聞き、即座に自分の取るべき道が見えてくる。
決めた、通って俺を知ってもらおう。まずはそれからだ。
◇
「お姉ちゃんいる?」
妹の美鈴が花カゴを持って、私の店の中に入ってきた。
隣にある花屋を経営している双子の妹で、私と違って大人しく、可愛い雰囲気がある。可憐なイメージもあり、この商店街の人気者だ。でも、片想いの相手にする告白がなかなか上手く出来ず、私と同じく二十九歳になった今も独身である。
花屋を経営するだけあって、花が大好きで、フラワーアレンジも大の得意だ。毎日のように花カゴを作ってはこの店に飾っていってくれる為、私の店のあちこちに美鈴の作品が置いてある。
「…… どうしたの?テーブルなんかに突っ伏して。また変なお客さんでも来た?」
古い花カゴを回収し、今作ってきたばかりの物をそこに置く。カウンター席に座り、美鈴が頬杖をつきながら私を見てきた。
「…… コクられた…… 」
美鈴に向かい、力なく答える。妹とはかなり仲が良いので、恥ずかしい話でも秘密になど出来なかった。
「ええええええ⁈いいなぁ!ちょっと誰?どこの人?カッコイイ?優しいの?ねえねえ?」
自分の事の様に顔を真っ赤にして、美鈴が大騒ぎする。
「…… 高校生のガキに」
「——え?」
はしゃいでいた声が急に止まる。予想した通りの反応だった。当然だ、自分だって驚いてるんだから。
なんだってそんなガキにコクられないといけないんだまったく。冗談や思い込みで人を振り回すなど、ホントいい加減にして欲しい。
「…… こ、高校生かぁ。それは、残念ね」
「いくら顔はよくとも高校生は無理だ!…… 手なんかだしたら即私は犯罪者だ!…… たくっ」
自分よりも高い身長、無駄の無い筋肉質な体。整った顔立ちは古風な作りだったが、笑い顔に見える優しげな眼差しは、正直『可愛いな、おい』と思ってしまった。
「あ、顔は好みなんだ。でもなぁ…… んー」
天井を見上げ、美鈴がコメントに苦しんでいる。
「…… 彼が、もし本気だったらどうするの?」
「どうもしない」
「放置?」
「当然じゃないか、どうしろってんだ。付き合って、相手が卒業するまで待つなんて…… したくない。無理だ」
「そっかぁ。でも告白された事自体は、イヤじゃなかったりするんでしょ」
「んなっ⁈何言ってんのアンタって子は!」
「だってー鈴音、結構メンクイじゃん。相手の子、好きな顔立ちだったんでしょ?」
「うっ、五月蝿いっ‼︎」
どうせばれると思い素直に話したが、その事を今猛烈に後悔している。
◇
あの日以来、俺は学校が終わるとすぐに鈴音さんの店に急いで向かうようになった。
進学校であるせいもあってか、この学校の部活動の引退時期は早い。三年である自分はもう引退している。
本来ならば、受験に向けて勉強に励むべき時期。だが、自分はもうスポーツ推薦での大学進学のめどがついている為、受験勉強までする気は正直あまり無いでいた。定期テスト対策の勉強だけで、もう頭の中はパンク状態だからだ。
今まで遊べなかった分たっぷり遊んでやるんだと思っていたんだが、ひたすら喫茶店通いの毎日だ。時々友達も一緒に来たりもしたが、出来るだけ一人で行くようにしていた。美人な鈴音さんに、俺以外の人間が惚れでもしたら困る。
最初の数日はイヤそうな顔だった鈴音さんだったが、流石にもう二週間目となると諦めが出てきたようだ。
店に入った瞬間「そろそろ来ると思ってたよ」と言いながら、カフェオレを出してくれるまでになった。
その事が嬉しくてたまらない。まるで、俺の事を待っていてくれているみたいだ。
「この店はいつお休みなんです?」
毎日来てるのに、常に開いてる為ちょっと不思議に思い訊いてみた。
「火曜日が定休日だよ」
「あれ?この間の火曜やっていたじゃないですか」
「…… お前が休みも確認しないで来るからだろうが!」
キッと睨みながら言われたが、俺の頬は緩みっぱなしだったと思う。
俺の為に開けててくれたんだ。ちょっとは期待してもいいんだろうか。全く眼中にない訳じゃないんだろうか。
「お姉ちゃんっ!ちょっとお願い!」
突然バンッと店のドアが勢いよく開き、女の人が入って来た。
「どうした?」
声のする方へ、鈴音さんが即座に反応する。
「学園の理事が来て、また無茶言うのよ、どうにかしてもらえない?」
困ったような声で、鈴音さんとよく似た声の人が訴えている。
「アイツっまたか‼︎」
言うや否やエプロンを外し、すごい勢いで鈴音さんが店から飛び出して行ってしまった。
何がおきたんだろう?
『学園の理事』って聞こえた気がするんだけど…… まさか、うちの学校の理事長じゃ……。否定したいが、かなりの確率でありえる。
鈴音さんの出て行ったドアを呆然とした顔で見ていると、ドアの横に立っていた女の人が俺に「ねえ君」と声をかけてきた。
相手の顔を見て、ビックリした。鈴音さんと同じ顔だ。雰囲気は随分違うが、すごく似ている。双子なんだろうか?
「もしかして、君のその制服は清明の生徒さん?」
「あ、はい。三年の日野といいます」
簡単に自己紹介をし、一礼する。
「ありゃ、アナタだったの。ごめんね邪魔しちゃって」
手を合わせ、謝られてしまった。
「そ、そんな、謝られる程の事じゃないんで」
「お姉ちゃんにかかればきっとすぐだろうから、もうちょっと待っていてくれる?」
「お姉ちゃん…… もしかして双子なんですか?鈴音さんとは」
「ええ、でも全然似てないでしょ?」
「顔はそっくりですけど…… 雰囲気が違うから、すぐ別人だってわかりますね」
女の人がこちらに近づき、俺の隣の席に座る。
頬杖をつきながら、こちらをチラッと見てきた。
「ふーん。姉さんの言う通り、本当にいい顔してるね」
「え⁈す、鈴音さん俺のこと褒めてたんですか?」
「まぁ…… うん。そんな、感じ?」
「なんかすんげぇ微妙な返事ですね」
なんとも言えぬ反応に、喜びが一気に失せる。
「ごめんね、君が高校生じゃなければ…… よかったのにねぇ」
深いため息を吐かれ、反論出来ない。
「うっ……」
この人にまで言われてしまった。そんなに高校生である事はマズイんだろうか?
俺の通っている学校は噂によると、入れただけでも一種のステータスがつくくらいに有名な学校らしい。なので他校の生徒からも、将来の有望株という事から結構声をかけられると聞いた事もあるんだが——どうやらこの二人にはまったくそれが通用しないようだ。
「そんなに、高校生ってのはマイナス点ですか」
「うん、すごくね。互いの間に埋められない溝があるって感じ」
「うぐ……」
何も言い返せない。
もし『君には若さ以外に売りがあるのか』と追い討ちをかけられでもしたら、太刀打ちできない気がしたから。
「そんな若い子に付き合ってって言われてもね、姉さんじゃなくても本気になんて出来ないと思うの」
「鼻で笑われました」
「あははっ…… て、ごめん。笑い事じゃ無いよね。んでもそこまで若いとね、一時の感情っていうか、若さゆえのーみたいな感じ?もしくはただの年上への憧れだったり」
「俺はそんな事はないと思うんだけど……」
「三年だから、十二歳差かな?」
「十一歳差です。俺、四月生まれで、もう十八になったから」
「そっか。いずれにしてもすごい差だよね。逆ならまだあまり問題ないんだけど」
「逆が問題無いんなら、俺達だっていいんじゃないですか?」
「おおありよ」
柔かい雰囲気のあるお姉さんの表情が、クッと硬くなる。
こうなると、まるで鈴音さんと話してるような気がしてきた。
「男って浮気する生き物なの。若い可愛い子がいれば、フラフラとそっちに行っちゃう。もちろん、そうじゃない人も多くいるけど」
「俺だって、そんな事はしませんよ」
「先に女が年老いていく、男はまだ若い。それでも老いた女を愛し続けられるか。結構難しいと思うなぁ…… よっぽど本気で愛し合ってないとね」
「俺、本気ですよ」
「…… どうだろうね。若い時って、自分の感情すらもわかってない事があるし」
結構言うなこの人。存在まで否定された気がして、これ以上は全然話す事が出来なくなった。
「美鈴ー終わったよ」
「ありがとう!どうなった?」
美鈴さんがバッと立ち上がり、鈴音さんの方へ駆けて行く。
「美鈴の店のは半分で妥協してもらった。その代わり、知り合いの花屋から足りない分は送らせる事になったから」
「よかったぁ…… でも、明日の仕入れ大変だなぁ。半分も持っていかれるのか」
「いい売上になったんだ、感謝しときな。仕入れは私が手伝ってやるし」
「ありがとう!姉さん」
さっきとは別人みたいに可愛い笑顔で話す美鈴さん。この双子は雰囲気が全然違うけど、二面性があるって点がすごく似てるんだな、きっと。
「美鈴はあの理事の事警戒し過ぎなんだよ、まったく。『話半分のまま店から出て行った』ってアイツ大笑いしていたぞ?」
「だって、あの人姉さんが好きみたいだし……『呼んで来い』と言いたげに無理難題を押し付けてくるから」
好き⁈ちょっと待てなんだよそれは!
聞き捨てならない言葉に、俺は二人の方へ顔を向けた。
「アレはアタシを好きなんじゃない。気の強い女が理事の好みなだけで、アタシ限定じゃないよ」
「そうなのかなぁ……」
そう言い、チラッと美鈴さんが俺の方を見る。まさか、俺がどんな反応をするのか伺っているんだろうか。
「妹さんと一緒にウチへ来店した時の理事はすごかったじゃないか。ベッタベタの甘々で。あれ見て、『コイツはアタシに惚れてる』なんて勘違いできる奴なんて、世界中探したって居ないよ」
「…… まぁ、そうねぇ」
チラチラと美鈴さんが何度も俺を見てくる。確信した、この人俺の反応見て楽しんでる。嫉妬に燃えて、『鈴音さんは俺のもんだ!』って大騒ぎでもして欲しいんだろうか。
「さ、いつまでも待たせてたら電話がくるよ。さっさと店に戻りなさい」
「そうだね!んじゃ店に戻るよ、ありがとう姉さん!」
そう言い、美鈴さんが自分のお店へと戻って行く。
それにより一気に静かになる店内。他のお客の姿も無く、完全に二人きりになった。
「やれやれ」
鈴音さんがカウンターの奥に戻って行く。
「お疲れ様です」
「…… あ、ああ。ありがとう」
ちょっと照れくさそうに鈴音さんが返事した。
「理事って、まさか俺の学校の?」
「…… ああ、その通り。アイツはこの商店街の大のお得意様でね。地域の活性化だって言っては、色々難題を押し付けてくるんだよ」
「商店街にまでですか」
学校でもめちゃくちゃな内容のイベントをしょっちゅう開催されて困ってはいたが、まさかこっちにまで触手を伸ばしていたとは。
「毎度毎度売り上げはデカイし、何だかんだ言って、皆楽しんでやってるけどね。次は何を言ってくるのかってさ」
「まぁ気持ちはわかります。俺達もそうだし」
テレビの企画モノかよ!ってツッコミたくなるイベントも多いが、文句を言いながらも皆楽しそうに取り組んでる。勉強に支障がないように、企画も運営も生徒に丸投げではないので、一日潰れる程度で済んでいるのも、苦情が少ない要因だろう。
「嫌わないでやってやんな、ちょっと無茶苦茶な所はあるが、本当にいい奴なんだよ」
鈴音さんの表情が、今までに一度も見た事がないくらいに穏やかなものになった。見た事のない表情が見られて嬉しいはずなのに…… 少し胸が痛む。あぁ、コレは絶対に、自分がその表情をさせてあげれたわけじゃないからだ。
「仲いいんですね、うちの理事長と」
「みんなこんなもんだよ、別に友達だったりとかって訳じゃないさ」
「でも、なんかすごく楽しそうだから」
「あははっ!まぁね。あんなイイ男とギャーギャー騒ぐのは、そりゃあ楽しいさ」
鈴音さんの言葉に、感情が隠せずムスッとなる。
「でも、特別な感情は互いにまったくないよ。断言してもいいね」
ニコッと笑い、鈴音さんが俺の前にカフェオレのおかわりを出してくれた。
「お客をほったらかしにしちまったからね、これはアタシからのおごりだ」
「鈴音さん大好きです!」
感情のまま、唐突に叫んでしまった。
「五月蝿い!早く飲め!」
顔を真っ赤にしながら、鈴音さんが文句を言う。…… そんな顔がすごく、可愛かった。
その日は親戚の子と一緒に『アイスを買おう』って話になり、二人でお金を持って家を出た。
近所のコンビ二で、家からもそんなに遠くない道のり。曲がり角を曲がった瞬間、ドンッと誰かにぶつかってしまった。
『ご、ごめんなさい』
咄嗟に謝り、相手の方へと顔を向ける。背の高い相手だったので上を見ると、残念なことに近所でもあまり評判のよくない中学生だった。
まずい…… 反射的にそう思い、咄嗟に逃げようとするも、腕をガッと捕まれてしまい逃げられない。そんな中、親戚の子はそんな俺を置いて一目散に逃げて行く。恨み言の一つでも叫びたい気分になるが、腕を掴まれる力が強く、俺は顔をしかめた。
『ぶつかっておいて、逃げるなんてヒドイんじゃねぇのか?』
『おー痛い痛い、こりゃ出すもん出してもらわねぇとなぁ』
古風なヤンキーみたいな発言に正直驚いた。
漫画の影響でも受けてんのか?コイツ。しかも、小学生相手に何タカってんだアホか⁈と思うも、当然怖くて言えない。
震える手で、急いでポケットからさっき親戚のおじさんからもらったお小遣いを出し、相手に差し出す。
『なんだよこりゃ、今日日のガキは金持ってんじゃねぇのかよ…… しけてんなぁ』
イヤ、だからさ、お前何なんだよ!言う事が一々古いってば!
俺が必死に頭ん中でツッコミを入れてる事など全く気が付かぬまま、文句を言いながらも、差し出されたお金はちゃっかり俺の手から全部盗る。
『これっぽっちじゃおさまらないから、ちょっくら同じ思いしてもらおうかね』
そう言いながらゆっくり俺に近づき、中学生の一行が指を鳴らす。
殴られるっ!
ちょっとぶつかっただけで、何でこんな目に合わないといけないんだ⁈
そんな理不尽さを感じながらも、怖くて目を瞑り、俺は顔を腕で庇った。
ドスッ…… ガッ——
俺の耳に殴る音が聞こえる。でも…… 全然痛くない。あれ?
不思議に思いながら、腕を下ろし、ゆっくりと前を見る。
すると、先程の中学生達がみんな地面に倒れていて、中心には背の高いお姉さんが立っている姿が目に入った。
そんなお姉さんを、ポカーンとした顔で見詰める。状況が把握出来ず、言葉が出ない。
『大丈夫?ボウヤ。これ君のでしょ?』
そう言いながらお姉さんは、俺の手に先程のお金をポンとのせてきた。
『最近のガキはホントまったく…… バカしかいないねぇ』
呆れ顔でボヤくお姉さん。
この人が助けてくれたの?女の人なのに?
『…… 助けてくれたの?』
『ん?あぁ、だって見捨てる訳にいかないだろう?こんな小さい子に絡むなんてなぁ』
『強いんだね、お姉さん』
『そうかい?コイツ等が不甲斐無いだけだよ。集団なら強いと思い込んでるアホに負ける程、ヤワにはできてないんでね』
ニコッと笑い、お姉さんが腰を折って俺の頭を撫でてくれた。手の前で人を殴った手なのに、怖くもなければ、強過ぎて痛いということもなく。ただただ優しい手から伝わる体温が心地いい。
『アンタも、強くなんな。男だろう?立ち向かっていくか、逃げる勇気を持つか。どっちかは身に付けな』
そう言うと、手を上げてお姉さんが去って行く。
ドラマとか映画のワンシーンみたいな立ち去り方をサラッとやられて、不覚にも俺は、ついその姿に魅入ってしまった。
『……か、かっこいい』
そのお姉さんの顔は今でもハッキリ覚えている。男勝りな感じの声も、仕草も。お姉さんの全てが、俺には新鮮なものに感じた。
そんな出来事がきっかけで、俺は格闘技を習おうと決心した。親に必死に頼んで、近所にあった空手の道場に通わせてもらえる事に。
もうその頃には小学校も高学年に入っていた。始めたのが、道場の中ではちょっと遅かったせいもあって、一緒に習ってる同じ歳の子に追いつくのが大変だった。
でも、あのお姉さんに追いつきたい、いつか会えれば、『こんなに強くなったよ』って言えるような奴になりたいと毎日頑張った。
その甲斐あってか、中学に入った頃には大会でも上位に入れるようになり、高校もスポーツ特待生として有名進学校に入学する事に。
期待に答えようと練習に励み、高校も三年生になる頃には大会で優勝も出来るまでの実力をつけた。
十八歳の誕生日を迎え、部活動は引退という今。
俺はあの日のお姉さんの事が、まだ忘れられずにいる——
「一緒にメシ食って帰ろうぜー要」
「あぁいいな。んでもちょっと本屋寄ってってもいいか?読みたい特集組んでる雑誌の発売日だったはずなんだ」
テスト最終日、学校は午前で終わりだ。答案の内容は正直ボロボロだった。必死に勉強したのに結果に繋がらず、イヤでも凹んでしまう。
でもまぁ、ひとまずはテスト期間が終わってくれた事にだけ安堵しながら、鞄に筆記具をしまった。
友達で、同じ部活仲間でもあったクラスメイトの板垣と一緒に帰る約束をし、二人で教室を出る。
「お前…… 今回どうだった?テスト」
板垣に訊かれ、俺は当然渋い顔になった。
「空手だけでココに入ったんだぞ?良い訳無いだろ」
そう言い、ため息をこぼす。
全国でも有数の進学校に、スポーツだけで入ってしまった事がこの二年半正直重荷だった。
故障して運動が出来なくなったらどうなるんだろう?そうなった時、自分がこの成績でこの学校に残れるんだろうか?
色々考える日々。一番痛かったのは、勉強して入ってきた奴等の視線だ。
こっちだって運動を頑張ってんだ、白い目でみられる事がおかしいんだと思うも、スポーツ組が学校のレベルを下げていると影でよく言われた。
毎回、今回こそは見返してやると勉強するも、基礎が全くなっていないせいで成績はさっぱり伸びなかった。もちろん、今回も例外ではない。
「…… 次回こそは頑張ろうぜ、お互いにさ」
肩をに腕を回され、板垣が慰めの言葉を言う。
「次回で最後じゃねぇかよ」
「いい結果残して卒業出来ればいいじゃないか」
「まぁなぁ…… 」
確かにその通りだが、やれる気がしない。くそ…… 運動ばっかやってないで、もっと子供の頃から勉強もするべきだった。
下駄箱に向かい靴を履き替えようとした時、知らない女子生徒に声をかけられた。
「あの、日野先輩」
「ん?」
うちの学校は学年でネクタイとリボンの色が分かれている。リボンの色から、声をかけてきたこの子はどうやら二年生のようだった。
「いきなり話し掛けてすみません。あの…… 何度かお手紙差し上げていた、本村といいます」
…… 手紙?や、やばい。君のも…… 一通も読んでないぞ。
入学してちょっとくらいした時期。下駄箱に入っているという手法で初めてもらった差出人不明の手紙。『…… こ、コレが伝説のラブレターってやつか⁉︎』と期待して緊張しながら中を開いたら、いわれのない罵詈雑言が書かれていて、それがショックでそれ以来は一切手紙類を読まなくなった。結局あれは俺宛の物じゃなく、別の下駄箱と間違って入っていただけの物であったと後で知ったが、あの気味悪さは今でも尾を引いていて、とてもじゃないが他の手紙も読む気になどなれないのだ。
「お返事頂けないかと思いまして。…… このままだと、勉強も手につかなくって」
震える彼女の声。緊張してるのがイヤでもわかる。手紙の内容はわからないが、この感じからして…… たぶん告白なんじゃないだろうか。
えっと、でもまぁそうだって確信もないし、ここは当り障りのない返事をするべきだよな。出来るだけ傷付けないように。
「あー…… ごめん、俺そういうのはちょっとまだ…… 」
彼女の体がビクッとし、動かなくなる。
気不味い雰囲気に、どう声をかけていいのかわからない。
「おーい!要ぇ何してんだよ⁈早く行こうぜ?本屋寄るんだろう?」
場の雰囲気も読まずに、板垣が声をかけてきた。
「ごめん、友達呼んでるから行くよ。あー…… えっと、君の気持ちは嬉しいけど、今は自分の事だけで精一杯なんだ」
周囲に気を使い、小さい声でそう言うと、彼女がコクッと頷く。
「俺なんかより、君だったら…… 可愛いし、もっといい奴探した方がいいよ。んじゃ」
ポンッと彼女の肩を叩き、その場から逃げるように走り去る。
…… こ、告白なんて初めてされたっ!
彼女の告白を断りはしたものの、内心はすごく嬉しかった。そりゃ俺だって、健全な高校生男子ですから。
◇
俺よりも先に外へ出て、先を歩いていた板垣の後を追う。
「お前さぁ、少しくらい待てないのか⁈」
板垣に追いつき、頭を叩きながら言う。
「だって、あの場に俺まで居たら流石にどっちも気不味いじゃん」
なんだ、状況理解したうえで声かけてきてたのか。そうならそうと、言…… えないよなぁ。
「お前すんげぇ困った顔してたから声かけたんだけど、まずかったか?」
「いや、ありがたかったよ。断る気だったし」
「お前さぁ、あんな可愛い子もダメだなんて、一生彼女できねぇぞ?折角モテるのに」
「はぁ?モテるって…… 誰の話だ。及川の間違いじゃないのか?」
及川というのは俺達と同じ空手部員で、主将を務めていた友達だ。
格闘の才能は正直いまいちなのだが、面倒見の良さとルックスで、女子生徒に相当人気があったのは知っている。
大会の度、奴の出番の時にはいつも黄色い悲鳴が会場中に響いていた。そいつがモテると言われればすぐに納得出来るのだが、何で板垣は俺の事もそう思っているんだろうか?サッパリわからない。
「及川から聞いたぞー?もらったチョコの中に、結構お前宛のが混ざってたってな」
「俺が預かって、アイツに渡したヤツの中にいくらか混じってたのかね」
「それさ、どう考えたって預かったんじゃなく、フツーにお前宛にだったんじゃないのか?よく確認してから渡せよ。逆に嫌味だから」
「げっ!マジかよ…… 一個ももらってないと思ってたから、お返しなんて誰にもしてないぞ?」
「…… この天然男が」
手紙は何度ももらった経験があったが、怖いから一回も読んでいない。でもまぁ、最初がアレだったのだし、他もどうせたいした内容じゃないだろう。頭の良い奴等が俺達をどう思ってるかぐらい知ってる。なのに、何で文句タラタラだろう手紙まで、わざわざ読まないといけないんだって思ったいたからだ。
…… でも、さっきの子の感じだと…… もしかして、今まで捨てていた手紙も俺の思っていたような内容とは違ったんだろうか?
「さっきの子にさぁ…… 手紙の返事が欲しいって言われたんだが」
「ん?」
「全部捨てちまって、誰のも読んでないんだよ」
「ばっか!お前意外に酷い奴だな」
板垣が呆れ、馬鹿呼ばわりしてくる。
「なぁ?もしかしてもらってた手紙って、全部ラブレターだったのかなぁ?なぁ?」
「知るか!ってか、それ以外に何があるっていうんだ⁈アホかぁ!いったい何と勘違いして捨てたんだよ、まったく」
「だって、ご時世的にもそういうのはSNSとかが主流らしいだろう?何で今時手紙なんだよ!俺の中ではもう、手紙イコールで罵詈雑言って感じなんだってば!」
八つ当たりに近い俺の発言に、板垣の呆れ顔が可哀想なモノでも見るかの様な眼差しになった。
「空手ばっかしてて、ありとあらゆるSNSの登録すらしてないお前相手じゃ、仕方ないだろうがよ」
「…… そ、そうか、そうだよな」
至極当然のツッコミに関心し、頷く。
「コイツはもう…… 」
板垣が頭を抱えながらため息をついた。
学校を出て、少し歩いた先には昔ながらの商店街がある。豆腐屋、文具店、花屋に果物の店などなど。巨大ショッピングセンターと違って食材関係も別々の店舗で買い物をしないといけないのは多少面倒ではあるが、趣のあるこの商店街が俺は好きだった。
五年前に父親の転勤でこの街に引っ越して来て、初めて買い物した店もこの商店街にあった。
「ここ来るの久しぶりだなぁ」
「んだなぁ、最近こっち通らなかったもんな。部活あると遅くなって、もう開いてない店も多いし」
懐かしさもあって、ついキョロキョロと周りを見てしまう。
「雑誌もコンビニで買ってばっかで、本屋も行かなかったもんなぁ」
「要と違って、俺の家はこっち側じゃないから余計に来る機会ないよ」
さすが商店街。
主婦と思われるおばさん達があちこちに立ち止まり話をしている。いったいどんだけ色々話す事があるんだかなぁ…… おばさん達って。
花屋や喫茶店のあたりにも、数人のおばさん達が輪を作って話をしていた。その中に一人、微かに聞こえる若い女性の声。
へー…… 珍しいな、若奥様ってやつかな?
「ねぇねぇ、鈴音ちゃん。いつにしましょうかね?お見合い」
お見合い?なんだ、若奥様じゃ無いのか。しっかし今時お見合いって…… 世話好きのおばちゃんに捕まってる所か。可哀想に、あれじゃ断れないだろう。
横を通り過ぎる瞬間イヤでも聞こえる内容に、ちょっと同情する。
「土日は店閉められないんで、平日だとありがたいんですが」
朗らかに答える、若い女性の声。その声に既視感を覚え、俺の足がピタッと止まった。
「大丈夫だと思うわよ?今話した彼はサービス業だったはずだし、彼もその方が助かるんじゃないかしら」
「よかったぁ、いい人なんですか?その方」
……この声聞いた事がある。
立ち止まり、動けなくなる俺に「どうした?」と板垣が声をかけてくる。その問いに返事も出来ず、俺は否応なしにドキドキする胸元をギュッと掴んだ。
嘘だろう?何で、ここでこの声が?
ゆっくり振り返り、若い女性の顔を確認しようと思い、声のする方を見る。
「なぁ、板垣」
「なんだ?」
「…… 神様って、いるんだな」
「は?——って、おい!要?どこ行くんだ?」
「来月なら、時間取れると思うんです」
そう話す若い女性の近くへ足早に向かい、すぐ横で止まる。
いきなり近寄ってきた高校生を不思議に思ったのか、その場にいたおばさん達が話すのを止めて一斉にこっちを見てきた。
「どうしたの?何かあった?」
俺に向かい、年配のおばさんが真っ先に声をかけてきた。若い女性はキョトンした顔をしている。
スラッとした細身の体だが、鍛えているのが二の腕から見て取れる。背は女性にしてはかなり高く、髪は腰辺りまでと長くて、眼力のある気の強そうな顔立ちをしていた。
——間違いない、あの日俺を助けてくれたお姉さんだ!
間近で顔を見て確信を得た俺は、背筋を伸ばし、運動部特有の大きな声で話し出した。
「いきなりすみません!あの、俺…… 清明学園高等部の三年で、日野要っていいます」
お姉さんの顔をしっかり見て自己紹介をする。あの日は名前なんて言う余裕もなかったからだ。
「…… はぁ」
だから何?と言いたげな表情のお姉さん。
無理も無い、昔過ぎて俺は見た目も全然違うし、すぐにわかってもらえなくても全然ショックでは無かった。
「八…… いや、十年前だったかな。危ない所助けてもらって、ありがとうございました!」
深々と頭を下げ、お礼を言う。
「あんな大勢を一瞬でぶっ倒してくれた姿がかっこよくって俺、ずっと覚えてたんです!」
「え?」
ビックリした声のおばさん達。その横で、お姉さんの顔が見る見るうちに青くなっていく。
「…… 誰かと、勘違いしてるんじゃないかしら?」
そう言うお姉さんの声は震えていた。
「…… そ、そうよねぇ。鈴音ちゃんがそんな事できる訳もないわよねぇ」
おばちゃん達が笑いながら「それもそうよね」と同意しだす。
ちょっとカチンときた俺は、身を乗り出すようにし、グッと手を握り「絶対に間違えるはずありませんっ」と言い切った。
するとお姉さんがガシッと俺の腕をすごい力で掴んだ。
「冗談は場所を選ばないとダメよ?ボウヤ」
顔は笑顔だが、声がちょっと怖い。
「皆さんごめんなさいね、ちょーっと、『変な冗談はやめなさい』ってお説教してきますわ」
おばさん達に一礼し、その場から足早に立ち去ろうとする。お姉さんはそのまま強引に俺の腕を引っ張ると、側にあった喫茶店の中へと引きずって行った。
俺の事を放り込むように店に入れ、ドアを閉める。側の柱に寄り掛かり、お姉さんは「ふう…… 」とため息をこぼした。
やっと会えた事がただ嬉しくて、思いつくままに話してしまったんだが…… お姉さんをチラッと見ると、先程の女性と同じ人物だとは思えない形相をしていた。
「何考えてんの、アンタ」
「…… えっと、お礼をいつか言いたいと思っていて」
「状況を選べって言ってんだよ!おばさん達の情報網をなめんじゃないよ!変な噂でもたったらどうしてくれるんだ!婚期に影響するじゃないか!」
こ、怖い…… 美人だけど、すんげぇ怖い!いや、美人だから、怖いのか⁉︎
ドアの方をチラッと見ると、外で板垣が困った顔をしてウロウロしているのが見えた。
俺が外を見ている事にお姉さんも気が付いたみたいで、振り返りドアを開け「お友達?一緒に入りなさい。軽食しかない店だけど」と優しい声で板垣に話し掛ける。
すんげぇギャップなんだけど…… 。
憧れの女性に逢えた嬉しさよりも、この状況をどうするべきかで頭がいっぱいになってきた。
中に入り、勧められるままに板垣がカウンター席に座る。
「お前はこっち!」
怒った声で板垣の隣を指差され、恐る恐る指示に従い、大人しく隣に座る。板垣もその急変に驚き、肩を縮めた。
「喫茶店だから運動部員が好みそうな食事は出せないけど、それでもいいなら何か食べるかい?」
俺達の返事を聞かぬまま、何か作り始めるお姉さん。顔は怒ったままだが、声がさっきよりも少し落ち着いた感じがする。気持ちを切り替えようとしてくれているんだろうか?
「アンタ達、近所の学校の生徒だろう?あの学校で運動部だなんて珍しいね」
「よく俺達が運動部ってわかりましたね」
「そりゃぁな、体格が全然違うよ。他の奴等のナヨナヨした体といったら…… 風が吹いただけでも飛びそうだ」
「俺達、スポーツ推薦で…… 」
「ああ、なるほどね。今の理事長はそっちにも力入れてるもんな、高校生はもっと運動もするべきだって。その考えだけは同感だよ」
そう言いながら、俺達によく冷えたオレンジジュースを出してくれた。
「ちゃんと、おばさん達に捕まる前に絞ったやつだよ。パック入りのジュースじゃ無い。アンタらはきちんとビタミンも摂らないとね」
少し笑顔になるお姉さん。
さっきもちょっと思ったけど、すげぇ美人だ。昔の記憶よりも、ずっと。
「あの…… お二人って、知り合いなんですか?」
俺とお姉さんの顔を交互に見て、板垣が怯えた顔のまま訊いた。
「知らないな」
ハッキリと否定される。
ここまでキレイに否定されると、少し自信が揺らいできた。
「ずっと前に中学生に絡まれた小学生を助けた記憶はありませんか?あれ、俺だったんです」
俺の言葉を聞き、眉を寄せ、お姉さんが考え込む。
「俺あの日のお姉さん見て、カッコイイなって思って。強くなりたいからって空手始めたんですよ!」
「残念だね、私は空手なんてやってないよ。それに、助けたヤツの事なんていちいち覚えちゃいないしね」
あれは空手じゃなかったのか。ちょっと残念ではあったが、助けた事自体は否定されなかった。それだけで少し嬉しくなる。
「それと、お姉さんはやめてくれるか?アタシにはちゃんと神鈴音って名前があるんだ」
「んじゃ、鈴音さん!」
「苗字で呼びな!」
間髪入れず、キッと睨まれてしまった。
「お待ちどうさま、ハンバーガーのセットだよ」
トンっと目の前に出してくれたそれに、ちょっと唖然としてしまった。
「…… でかっ」
テレビで見た事があるアメリカとかのハンバーガーみたいな高さと、具の多さに二人揃ってビックリした。
「今日だけの特別だ、毎回こんなのは同じ値段じゃ作れないからね。いっぱい食べないと、お前達じゃ足りないだろう?」
「いただきますっ」
お腹が空いていた事もあり、一心不乱に食べる。そんな俺達の姿を頬杖をつきながら、優しい顔で俺達を鈴音さんが見詰める。
食べる所を見るのが好きなタイプなんだろうか?言葉はちょっとキツイけど優しい人みたいだ。声も大きくて、ちょっと二面性もあるみたいだけど、でもモデル並みに整った顔でドキドキする。さっき告白してくれた後輩よりも、ずっと自分には魅力的に見えた。
助けてもらって、俺が格闘技を始めるきっかけになった女性。そんな人に作ってもらった物を食べてる姿を見られてるんだって思うだけで、ちょっと緊張する。
このドキドキする感情って、もしかして好きってやつなんじゃないだろうか。
…… きっとそうだ。ずっと忘れれなかった事も、きっと——
「鈴音さん!」
「神だと言っただろうがっ!」
「俺と付き合って下さい!」
目を見開き、鈴音さんが驚いた顔になった。
思いついたら即行動の俺としては自然な行動だったのだが…… 次の瞬間には、「はっ」と鼻で笑わらわれ、ちょっと傷ついた。
「あのねぇ…… アンタはまだ高校生だ。そして、大人の女をからかっていい歳でも無い。それ食べたらさっさと帰りなさい」
そう言い、鈴音さんが後ろにある棚の整理を始める。
「からかってない!ずっと忘れられなかったんだから」
「そんなもの一時の感情だよ。アンタはまだ若い。歳相応な子を見つけるんだね」
「鈴音さんだって若いじゃないですか!それに、すごい、美人だし…… 」
女性を誉めた経験がないせいか、どんどん声が小さくなる。
「…… あんまり自分の歳は、言いたくないんが」
めちゃくちゃ渋い顔をされ、かなり躊躇してるのが俺にも伝わってくる。
「もうアタシは二十九だ。アンタとは十一、二歳も違う。こんなおばさん口説くくらいなら、可愛いマネージャーにでも声をかけてやった方がずっと有意義な時間の過ごし方だと思うけどね」
二十九歳…… 十一歳差か。正直ピンとこない。だからなんだって言うんだろう?好きならそれでいいんじゃないのか?
そう言おうと思い口を開けた瞬間、板垣に腕を捕まれた。奴の方を向くと、『ダメだ』と言いたげに首を横に振っている。
何故?と思うも、「今お前が何を言おうが聞いてなんてもらえないぞ?」と小声で言われ、渋々堪えた。
「ごちそうさまでした!美味かったです、ありがとうございました!」
大声で板垣が礼を言う。
後ろ姿だった彼女がこちらを向き、可愛い笑顔を見せてくれた。
「いい挨拶だね!これだから運動部員は好きなんだよ」
「あの」
俺が声をかけると、可愛い表情がすぐに嫌そうな顔になる。
「ごちそうさまでした!また来てもいいですか?」
「客としてなら歓迎するが……… そうじゃないなら、二度と来ないで欲しいね」
普通のハンバーガーセットと同じ料金を払い、店を出る。『いらない。私が勝手に作って押し付けたもんなんだから』と言われたのだが、商売人としてそれはダメだと必死に訴えお金を受け取ってもらった。だが、ジュース代だけはサービスの一点張りでもらってくれなかった。
「いやーしかしまぁ世の中狭いな」
真っ先にそう言ったのは、板垣の方だった。
「あぁ!それな!まさかこんな近所にあの人が居ただなんて、今でも信じられないよ!」
興奮気味に話す俺をなだめるように、板垣が背中を叩いてくる。
「でも…… 確か、お前が思い出のお姉さんに助けてもらった街って…… 」
「釧路だ!北海道の!」
「…… 信じられんなぁ。お前、親の転勤こっち来たんだったろう?まさかそこで再会するとはなぁ」
「運命だよ!絶対にっ」
「いやいや、落ち着けって。やめとけよ、二十九だぜ?無理無理、絶対に相手にしてくれないって。それに、おばさん達と神さんが話してた内容聞いてなかったのか?見合いがどうこうって」
「聞こえてはいたけど、見合いするって事は、好きな奴も付き合ってる相手もいないって事だろう?」
「お前はどうしてそんなに前向きなんだよ」
本屋へと向かい歩いている俺の前のバッと出て、板垣が歩くのを遮る。俺の顔を指差し「自分から進んで見合いするって事はだな、焦ってるって事だろうが」と言った。
「…… 焦ってる?」
「あぁ、自分が三十になる前には結婚したいって腹なんだろうよ。節目だし、色々思うところがあるんだろう?きっと」
「…… 」
頭が働かない。もともと考えるのは苦手な方だ。
でも、もし板垣の言う事が本当だったとしたら——
「…… あれ?そうだとしたら、俺なんて眼中にないじゃん」
「その通り。高校生のお前とじゃ世間体的に結婚もできなければ、仕事してないお前となんて子供をつくるのだって到底無理だ。それにお前、大学に進学するんだろう?もっと無理じゃねぇか」
「じゃあ、高卒で仕事すっかなぁ」
「おいおい!そんな簡単に進路変えるなよ!」
「働いていれば可能性があるかもしれないじゃないか!」
「突っ走るなって、両想いでもないのにそんなことしたら、それこそ神さんに殺されるんじゃねぇのか?強いんだろう?あの人」
「…… あ、ありえるな」
「時間は無いかもしれないけど…… まぁ潔く諦めるか、コツコツ通って打ち解ける事だな」
板垣の言葉を聞き、即座に自分の取るべき道が見えてくる。
決めた、通って俺を知ってもらおう。まずはそれからだ。
◇
「お姉ちゃんいる?」
妹の美鈴が花カゴを持って、私の店の中に入ってきた。
隣にある花屋を経営している双子の妹で、私と違って大人しく、可愛い雰囲気がある。可憐なイメージもあり、この商店街の人気者だ。でも、片想いの相手にする告白がなかなか上手く出来ず、私と同じく二十九歳になった今も独身である。
花屋を経営するだけあって、花が大好きで、フラワーアレンジも大の得意だ。毎日のように花カゴを作ってはこの店に飾っていってくれる為、私の店のあちこちに美鈴の作品が置いてある。
「…… どうしたの?テーブルなんかに突っ伏して。また変なお客さんでも来た?」
古い花カゴを回収し、今作ってきたばかりの物をそこに置く。カウンター席に座り、美鈴が頬杖をつきながら私を見てきた。
「…… コクられた…… 」
美鈴に向かい、力なく答える。妹とはかなり仲が良いので、恥ずかしい話でも秘密になど出来なかった。
「ええええええ⁈いいなぁ!ちょっと誰?どこの人?カッコイイ?優しいの?ねえねえ?」
自分の事の様に顔を真っ赤にして、美鈴が大騒ぎする。
「…… 高校生のガキに」
「——え?」
はしゃいでいた声が急に止まる。予想した通りの反応だった。当然だ、自分だって驚いてるんだから。
なんだってそんなガキにコクられないといけないんだまったく。冗談や思い込みで人を振り回すなど、ホントいい加減にして欲しい。
「…… こ、高校生かぁ。それは、残念ね」
「いくら顔はよくとも高校生は無理だ!…… 手なんかだしたら即私は犯罪者だ!…… たくっ」
自分よりも高い身長、無駄の無い筋肉質な体。整った顔立ちは古風な作りだったが、笑い顔に見える優しげな眼差しは、正直『可愛いな、おい』と思ってしまった。
「あ、顔は好みなんだ。でもなぁ…… んー」
天井を見上げ、美鈴がコメントに苦しんでいる。
「…… 彼が、もし本気だったらどうするの?」
「どうもしない」
「放置?」
「当然じゃないか、どうしろってんだ。付き合って、相手が卒業するまで待つなんて…… したくない。無理だ」
「そっかぁ。でも告白された事自体は、イヤじゃなかったりするんでしょ」
「んなっ⁈何言ってんのアンタって子は!」
「だってー鈴音、結構メンクイじゃん。相手の子、好きな顔立ちだったんでしょ?」
「うっ、五月蝿いっ‼︎」
どうせばれると思い素直に話したが、その事を今猛烈に後悔している。
◇
あの日以来、俺は学校が終わるとすぐに鈴音さんの店に急いで向かうようになった。
進学校であるせいもあってか、この学校の部活動の引退時期は早い。三年である自分はもう引退している。
本来ならば、受験に向けて勉強に励むべき時期。だが、自分はもうスポーツ推薦での大学進学のめどがついている為、受験勉強までする気は正直あまり無いでいた。定期テスト対策の勉強だけで、もう頭の中はパンク状態だからだ。
今まで遊べなかった分たっぷり遊んでやるんだと思っていたんだが、ひたすら喫茶店通いの毎日だ。時々友達も一緒に来たりもしたが、出来るだけ一人で行くようにしていた。美人な鈴音さんに、俺以外の人間が惚れでもしたら困る。
最初の数日はイヤそうな顔だった鈴音さんだったが、流石にもう二週間目となると諦めが出てきたようだ。
店に入った瞬間「そろそろ来ると思ってたよ」と言いながら、カフェオレを出してくれるまでになった。
その事が嬉しくてたまらない。まるで、俺の事を待っていてくれているみたいだ。
「この店はいつお休みなんです?」
毎日来てるのに、常に開いてる為ちょっと不思議に思い訊いてみた。
「火曜日が定休日だよ」
「あれ?この間の火曜やっていたじゃないですか」
「…… お前が休みも確認しないで来るからだろうが!」
キッと睨みながら言われたが、俺の頬は緩みっぱなしだったと思う。
俺の為に開けててくれたんだ。ちょっとは期待してもいいんだろうか。全く眼中にない訳じゃないんだろうか。
「お姉ちゃんっ!ちょっとお願い!」
突然バンッと店のドアが勢いよく開き、女の人が入って来た。
「どうした?」
声のする方へ、鈴音さんが即座に反応する。
「学園の理事が来て、また無茶言うのよ、どうにかしてもらえない?」
困ったような声で、鈴音さんとよく似た声の人が訴えている。
「アイツっまたか‼︎」
言うや否やエプロンを外し、すごい勢いで鈴音さんが店から飛び出して行ってしまった。
何がおきたんだろう?
『学園の理事』って聞こえた気がするんだけど…… まさか、うちの学校の理事長じゃ……。否定したいが、かなりの確率でありえる。
鈴音さんの出て行ったドアを呆然とした顔で見ていると、ドアの横に立っていた女の人が俺に「ねえ君」と声をかけてきた。
相手の顔を見て、ビックリした。鈴音さんと同じ顔だ。雰囲気は随分違うが、すごく似ている。双子なんだろうか?
「もしかして、君のその制服は清明の生徒さん?」
「あ、はい。三年の日野といいます」
簡単に自己紹介をし、一礼する。
「ありゃ、アナタだったの。ごめんね邪魔しちゃって」
手を合わせ、謝られてしまった。
「そ、そんな、謝られる程の事じゃないんで」
「お姉ちゃんにかかればきっとすぐだろうから、もうちょっと待っていてくれる?」
「お姉ちゃん…… もしかして双子なんですか?鈴音さんとは」
「ええ、でも全然似てないでしょ?」
「顔はそっくりですけど…… 雰囲気が違うから、すぐ別人だってわかりますね」
女の人がこちらに近づき、俺の隣の席に座る。
頬杖をつきながら、こちらをチラッと見てきた。
「ふーん。姉さんの言う通り、本当にいい顔してるね」
「え⁈す、鈴音さん俺のこと褒めてたんですか?」
「まぁ…… うん。そんな、感じ?」
「なんかすんげぇ微妙な返事ですね」
なんとも言えぬ反応に、喜びが一気に失せる。
「ごめんね、君が高校生じゃなければ…… よかったのにねぇ」
深いため息を吐かれ、反論出来ない。
「うっ……」
この人にまで言われてしまった。そんなに高校生である事はマズイんだろうか?
俺の通っている学校は噂によると、入れただけでも一種のステータスがつくくらいに有名な学校らしい。なので他校の生徒からも、将来の有望株という事から結構声をかけられると聞いた事もあるんだが——どうやらこの二人にはまったくそれが通用しないようだ。
「そんなに、高校生ってのはマイナス点ですか」
「うん、すごくね。互いの間に埋められない溝があるって感じ」
「うぐ……」
何も言い返せない。
もし『君には若さ以外に売りがあるのか』と追い討ちをかけられでもしたら、太刀打ちできない気がしたから。
「そんな若い子に付き合ってって言われてもね、姉さんじゃなくても本気になんて出来ないと思うの」
「鼻で笑われました」
「あははっ…… て、ごめん。笑い事じゃ無いよね。んでもそこまで若いとね、一時の感情っていうか、若さゆえのーみたいな感じ?もしくはただの年上への憧れだったり」
「俺はそんな事はないと思うんだけど……」
「三年だから、十二歳差かな?」
「十一歳差です。俺、四月生まれで、もう十八になったから」
「そっか。いずれにしてもすごい差だよね。逆ならまだあまり問題ないんだけど」
「逆が問題無いんなら、俺達だっていいんじゃないですか?」
「おおありよ」
柔かい雰囲気のあるお姉さんの表情が、クッと硬くなる。
こうなると、まるで鈴音さんと話してるような気がしてきた。
「男って浮気する生き物なの。若い可愛い子がいれば、フラフラとそっちに行っちゃう。もちろん、そうじゃない人も多くいるけど」
「俺だって、そんな事はしませんよ」
「先に女が年老いていく、男はまだ若い。それでも老いた女を愛し続けられるか。結構難しいと思うなぁ…… よっぽど本気で愛し合ってないとね」
「俺、本気ですよ」
「…… どうだろうね。若い時って、自分の感情すらもわかってない事があるし」
結構言うなこの人。存在まで否定された気がして、これ以上は全然話す事が出来なくなった。
「美鈴ー終わったよ」
「ありがとう!どうなった?」
美鈴さんがバッと立ち上がり、鈴音さんの方へ駆けて行く。
「美鈴の店のは半分で妥協してもらった。その代わり、知り合いの花屋から足りない分は送らせる事になったから」
「よかったぁ…… でも、明日の仕入れ大変だなぁ。半分も持っていかれるのか」
「いい売上になったんだ、感謝しときな。仕入れは私が手伝ってやるし」
「ありがとう!姉さん」
さっきとは別人みたいに可愛い笑顔で話す美鈴さん。この双子は雰囲気が全然違うけど、二面性があるって点がすごく似てるんだな、きっと。
「美鈴はあの理事の事警戒し過ぎなんだよ、まったく。『話半分のまま店から出て行った』ってアイツ大笑いしていたぞ?」
「だって、あの人姉さんが好きみたいだし……『呼んで来い』と言いたげに無理難題を押し付けてくるから」
好き⁈ちょっと待てなんだよそれは!
聞き捨てならない言葉に、俺は二人の方へ顔を向けた。
「アレはアタシを好きなんじゃない。気の強い女が理事の好みなだけで、アタシ限定じゃないよ」
「そうなのかなぁ……」
そう言い、チラッと美鈴さんが俺の方を見る。まさか、俺がどんな反応をするのか伺っているんだろうか。
「妹さんと一緒にウチへ来店した時の理事はすごかったじゃないか。ベッタベタの甘々で。あれ見て、『コイツはアタシに惚れてる』なんて勘違いできる奴なんて、世界中探したって居ないよ」
「…… まぁ、そうねぇ」
チラチラと美鈴さんが何度も俺を見てくる。確信した、この人俺の反応見て楽しんでる。嫉妬に燃えて、『鈴音さんは俺のもんだ!』って大騒ぎでもして欲しいんだろうか。
「さ、いつまでも待たせてたら電話がくるよ。さっさと店に戻りなさい」
「そうだね!んじゃ店に戻るよ、ありがとう姉さん!」
そう言い、美鈴さんが自分のお店へと戻って行く。
それにより一気に静かになる店内。他のお客の姿も無く、完全に二人きりになった。
「やれやれ」
鈴音さんがカウンターの奥に戻って行く。
「お疲れ様です」
「…… あ、ああ。ありがとう」
ちょっと照れくさそうに鈴音さんが返事した。
「理事って、まさか俺の学校の?」
「…… ああ、その通り。アイツはこの商店街の大のお得意様でね。地域の活性化だって言っては、色々難題を押し付けてくるんだよ」
「商店街にまでですか」
学校でもめちゃくちゃな内容のイベントをしょっちゅう開催されて困ってはいたが、まさかこっちにまで触手を伸ばしていたとは。
「毎度毎度売り上げはデカイし、何だかんだ言って、皆楽しんでやってるけどね。次は何を言ってくるのかってさ」
「まぁ気持ちはわかります。俺達もそうだし」
テレビの企画モノかよ!ってツッコミたくなるイベントも多いが、文句を言いながらも皆楽しそうに取り組んでる。勉強に支障がないように、企画も運営も生徒に丸投げではないので、一日潰れる程度で済んでいるのも、苦情が少ない要因だろう。
「嫌わないでやってやんな、ちょっと無茶苦茶な所はあるが、本当にいい奴なんだよ」
鈴音さんの表情が、今までに一度も見た事がないくらいに穏やかなものになった。見た事のない表情が見られて嬉しいはずなのに…… 少し胸が痛む。あぁ、コレは絶対に、自分がその表情をさせてあげれたわけじゃないからだ。
「仲いいんですね、うちの理事長と」
「みんなこんなもんだよ、別に友達だったりとかって訳じゃないさ」
「でも、なんかすごく楽しそうだから」
「あははっ!まぁね。あんなイイ男とギャーギャー騒ぐのは、そりゃあ楽しいさ」
鈴音さんの言葉に、感情が隠せずムスッとなる。
「でも、特別な感情は互いにまったくないよ。断言してもいいね」
ニコッと笑い、鈴音さんが俺の前にカフェオレのおかわりを出してくれた。
「お客をほったらかしにしちまったからね、これはアタシからのおごりだ」
「鈴音さん大好きです!」
感情のまま、唐突に叫んでしまった。
「五月蝿い!早く飲め!」
顔を真っ赤にしながら、鈴音さんが文句を言う。…… そんな顔がすごく、可愛かった。
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