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おまけのお話(※ラブコメ成分強めです※)
抱擁は緑の香り(ハク談)
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この屋敷に僕の桜子を連れて来てから、彼此半年程が経過した。
「ハクさん…… 私、お散歩に行きたいです」
天使とはこういう者の事をいうのだなと認めざるおえない美しい瞳をうるうると潤ませ、愛らしい手を口元で祈る様に組み、僕を見上げながら桜子が可愛く懇願してくる。
流石に半年もの期間この部屋に閉じ込めたままにしておけば、当然いつかは避けて通れない願いを、とうとう言われてしまった。今までよくまぁ言わずに我慢していたものだとは思うが、出来れば一生言って欲しくない言葉でもあった。
散歩、か。
さて、彼女の真意は…… 何なのだろうか。
此処から逃げたいのか?
その為の脱出経路を探したい?
我が家の警備状態や助けを求める事の出来る人間が他にいるのか、電話やネットで己が緊急事態である事を伝える事が可能か否か、それらの情報を少しでも収集する為に『散歩』などと柔らかい表現で脱出手段を計画しているのではと、やましい気持ちを多少は自覚しているのでどうしたって勘繰ってしまう。
だが、僕の愛読書やよく視聴して参考にさせてもらっている拉致・監禁モノの話の様に、『実は主人公は元海兵隊』だとか『引退した特殊部隊』や『亡国の女スパイ』だなんだといった隠れた設定が桜子には存在しない。それは事前の身辺調査で確認済みだ。それならば、僕の目を盗んで何かを調べ上げる能力などありはしないのだし、こんなに小さくて愛らしく、小鳥の様な少女を外へ少しだけ出しても特に問題は無いはずだ。
この屋敷は人里からも離れていて、歩いて脱走をする気も失せる程森の奥深くに建造されているし、メイド達も外からの通いなので午後にはもう屋敷内には居ない。通信手段に関してだって、この部屋からは随分と離れた鍵のかかる部屋にまとめているから、それすらも知らない彼女ではどうにも出来ないだろう。
桜子の健康の事を考えると、確かに散歩は必要な行為かもしれない。天窓から日差しは入ってはくるが、紫外線を完全に遮断しているし、多少の日光浴はさせた方がいいだろう。でも僕の理想は足に纏足を施された女性の様に自力での歩行が困難だったり、何も出来ず完全に僕に依存した存在だ。桜子は、僕が与えるものだけで血肉の全てを構築し、身も心も全てが僕によって作り替えられた者であって欲しい。なので正直多少不健康であっても、脚の骨や筋肉が衰えて一人で歩けなくなってくれても一向に構わないのだが…… 長生きはして欲しい。いずれは僕と共に死んで欲しいが、二人の生活はまだまだ始まったばかりだ。この先も長い時間を共に過ごし、僕が今まで歩んできた刻の全てを桜子のみで書き換えてしまいたい——などと一、二秒の間に色々と考える。
早く結論を伝えねば…… 。僕はため息を吐きつつも、桜子に頷きを返した。
「わかりました。いいですよ」
「ほ…… 本当、ですか?」
僕の返事を聞き、きょとんとした顔をされてしまった。どうやらダメ元での懇願だった様だ。
ならば今からでも撤回するか?あ、いや…… 。
嬉しそうな表情に段々変わっていく様子に水を差す真似も出来ず、僕は必死に自分の欲を押し殺した。
「ありがとうございます!窓から見た感じではとても空が高いから、今日は心地いいお天気なのでしょうね」
君の笑顔が心地良過ぎて、僕はもうそれだけで満足だ。ここでその笑顔を何時間でも見ている方が、庭の景色なんか眺めるよりもずっと有意義な時を過ごせそうなのに残念でならない。
だが、約束は約束だ。
「じゃあ準備しようか。上着はいらないと思うよ。今日はとても暖かいからね。あ…… 」
今更すごく大事な事に気が付いた。
「桜子の、靴が無い」
外に出す気が無かったので、服や下着までも用意しておきながら、靴が無い。今は必要のない物だが、当然コートや手袋といった防寒具もクローゼットの中には皆無だ。
「靴ですか、それは困りましたね」
あ、これは無理かな?と、ちょっと諦めムードが桜子から漂う。
外出を諦めてくれるという状況は非常にありがたい話のはずなのに、彼女の期待を裏切るみたいで何だか悔しい。ここまできたらもう、意地でも外を見せてやりたいと、さっきとは違う気持ちで頭がいっぱいになってきた。
スリッパでも履かせるか?でも私の物では大き過ぎてかえって歩きづらくて大変そうだ。
じゃあ屋敷の中を案内するか?いや、それでも運動にはなるが、散歩とは何か違う気がする。
——あ、いい方法があるじゃないか。
「僕が抱っこしていってあげよう」
「…… え?」
僕が彼女を抱き上げていればここから逃げる事も出来ないし、足も痛くならない。桜子は見た目通りとても軽いから、僕でも連れて行けるし、完璧じゃないか。
「あれ?もしかして、照れているのかい」
口を引き絞り、桜子がわなわなと肩を震わせている。顔は林檎みたいに真っ赤で、とても可愛い。
「大丈夫だよ。桜子はとても軽いからね、恥ずかしがる事なんて何も無いから」
「ななななな、な、何で知ってるんですか⁉︎」
かなり動揺しているみたいで、声が大きい。
「ここへ来た時にも抱いていたからだけど」
「…… だ、抱いて…… わぁ…… 」
桜子が顔を伏せ、表情を全て両手で隠してしまった。もっと愛らしい顔を見たかったのでとても残念だ。
「ほら、おいで。怖く無いよ、落としたりなんかしないから」
両手を広げ、出来るだけ優しい色で声をかける。
指の隙間からチラチラとこちらを見てくるので、どうやら興味はある様だ。良かった、『私に触れるな』と叫ばれたら死にたくなる所だったから。
「で、でで、では、失礼、します…… 」
決心がついたのか、五分ほど経過した後、桜子が僕に向かって手を広げてくれた。
抱っこしてくれとせがんでいる姿なだけなのに、胸の奥がモヤッとする。耳がちょっと熱っぽい気もするし、何なんだろうか?この感覚は。
自分の体の変化の理由がわからないままで気持ちは悪いが、女性を待たせるのは失礼だろう。そう思った僕は、「じゃあ失礼するね」と声をかけてから、小さな桜子の体を優しく抱き上げたのだった。
◇
「久しぶりの外は、どうだい?」
「…… 気、気持ちいい、ですぅ」
「…… ?」
古くて大きいだけの屋敷の周り囲う庭を歩きながら、桜子の口から出てきた感想はコレだった。ただ縦抱きにして歩いているだけなのに、一体彼女はどうしたのだろうか。小さくって愛らしい頭は僕の肩にべったりくっつけている様な気がするのだが、景色は見えているんだろうか?もしかして、『散歩したい』というのは『歩きたい』という意味だったのか?だとしたら屋敷内に戻って、スリッパを履かせて廊下を回った方がいいのだろうか。
んーと悩みながらも、僕は散策を続ける事にした。
「この庭には、庭師の人が定期的に手入れに来てくれているから、とても綺麗だろう?」
僕の話に興味を持ってくれたのか、頭を軽く持ち上げてチラリと周囲を見てくれた。だけども「き、綺麗…… です、本当。もう無理ってくらいに、綺麗ですぅ」と言いながら、僕の腕の中で桜子が脱力していく。
「大丈夫?」
声をかけながら、背中をぽんぽんと軽く叩く。すると、桜子が「はうん!」と言って仰け反ってしまった。
「お、落ちる!落としちゃうから、もっと僕にくっついていて!」
必死に抱き寄せ、ギュッと腕の中に強く包む。彼女が小柄なおかげで落とさずに済んだが、本当に危なかった。
「好きぃ…… 好きですぅ…… 」
茹だったタコみたいな耳の色をしながら、桜子が僕の肩にすがりつく。
「うんうん、僕も好きだよ」
桜子の頭に顔を寄せ、背中を撫でながら甘えん坊な彼女が安心出来るように僕もそう答えた。こんなに懐いてくれるとは、嬉しいけどちょっとくすぐったい。僕を嫌わないでくれれば、此処から逃げないでもらえればそれで充分だと思っていたのに…… こんなふうに愛情まで向けてもらえるだなんて思ってもいなかった。
「もう、部屋に戻る?」
「…… いえ。もう少しだけ、あと少しだけ…… こうしていたいです」
緩く首を横に振り、小声で懇願された。景色を見ている様子はやっぱり無いのだが、外の空気を吸えるだけでも心地いいのだろうか?
「わかった、いいよ。全ては君の仰せのままに」
そう言って、僕も何かを共有出来ればと思いながら何度も深呼吸をする。嗅ぎ慣れた緑の匂いに桜子から漂う甘い香りが混じり、二人でする散歩もたまには悪く無いかもなと思う事が出来た。
こうやって、少しづつ色々な事を彼女に許してあげてもいいかもしれない。僕の愛を伝える為にも桜子をあの部屋に一生閉じ込めておかねばと、頑なだった心に少しだけ綻びが生じたが…… 不思議と嫌では無かった。
【終わり】
「ハクさん…… 私、お散歩に行きたいです」
天使とはこういう者の事をいうのだなと認めざるおえない美しい瞳をうるうると潤ませ、愛らしい手を口元で祈る様に組み、僕を見上げながら桜子が可愛く懇願してくる。
流石に半年もの期間この部屋に閉じ込めたままにしておけば、当然いつかは避けて通れない願いを、とうとう言われてしまった。今までよくまぁ言わずに我慢していたものだとは思うが、出来れば一生言って欲しくない言葉でもあった。
散歩、か。
さて、彼女の真意は…… 何なのだろうか。
此処から逃げたいのか?
その為の脱出経路を探したい?
我が家の警備状態や助けを求める事の出来る人間が他にいるのか、電話やネットで己が緊急事態である事を伝える事が可能か否か、それらの情報を少しでも収集する為に『散歩』などと柔らかい表現で脱出手段を計画しているのではと、やましい気持ちを多少は自覚しているのでどうしたって勘繰ってしまう。
だが、僕の愛読書やよく視聴して参考にさせてもらっている拉致・監禁モノの話の様に、『実は主人公は元海兵隊』だとか『引退した特殊部隊』や『亡国の女スパイ』だなんだといった隠れた設定が桜子には存在しない。それは事前の身辺調査で確認済みだ。それならば、僕の目を盗んで何かを調べ上げる能力などありはしないのだし、こんなに小さくて愛らしく、小鳥の様な少女を外へ少しだけ出しても特に問題は無いはずだ。
この屋敷は人里からも離れていて、歩いて脱走をする気も失せる程森の奥深くに建造されているし、メイド達も外からの通いなので午後にはもう屋敷内には居ない。通信手段に関してだって、この部屋からは随分と離れた鍵のかかる部屋にまとめているから、それすらも知らない彼女ではどうにも出来ないだろう。
桜子の健康の事を考えると、確かに散歩は必要な行為かもしれない。天窓から日差しは入ってはくるが、紫外線を完全に遮断しているし、多少の日光浴はさせた方がいいだろう。でも僕の理想は足に纏足を施された女性の様に自力での歩行が困難だったり、何も出来ず完全に僕に依存した存在だ。桜子は、僕が与えるものだけで血肉の全てを構築し、身も心も全てが僕によって作り替えられた者であって欲しい。なので正直多少不健康であっても、脚の骨や筋肉が衰えて一人で歩けなくなってくれても一向に構わないのだが…… 長生きはして欲しい。いずれは僕と共に死んで欲しいが、二人の生活はまだまだ始まったばかりだ。この先も長い時間を共に過ごし、僕が今まで歩んできた刻の全てを桜子のみで書き換えてしまいたい——などと一、二秒の間に色々と考える。
早く結論を伝えねば…… 。僕はため息を吐きつつも、桜子に頷きを返した。
「わかりました。いいですよ」
「ほ…… 本当、ですか?」
僕の返事を聞き、きょとんとした顔をされてしまった。どうやらダメ元での懇願だった様だ。
ならば今からでも撤回するか?あ、いや…… 。
嬉しそうな表情に段々変わっていく様子に水を差す真似も出来ず、僕は必死に自分の欲を押し殺した。
「ありがとうございます!窓から見た感じではとても空が高いから、今日は心地いいお天気なのでしょうね」
君の笑顔が心地良過ぎて、僕はもうそれだけで満足だ。ここでその笑顔を何時間でも見ている方が、庭の景色なんか眺めるよりもずっと有意義な時を過ごせそうなのに残念でならない。
だが、約束は約束だ。
「じゃあ準備しようか。上着はいらないと思うよ。今日はとても暖かいからね。あ…… 」
今更すごく大事な事に気が付いた。
「桜子の、靴が無い」
外に出す気が無かったので、服や下着までも用意しておきながら、靴が無い。今は必要のない物だが、当然コートや手袋といった防寒具もクローゼットの中には皆無だ。
「靴ですか、それは困りましたね」
あ、これは無理かな?と、ちょっと諦めムードが桜子から漂う。
外出を諦めてくれるという状況は非常にありがたい話のはずなのに、彼女の期待を裏切るみたいで何だか悔しい。ここまできたらもう、意地でも外を見せてやりたいと、さっきとは違う気持ちで頭がいっぱいになってきた。
スリッパでも履かせるか?でも私の物では大き過ぎてかえって歩きづらくて大変そうだ。
じゃあ屋敷の中を案内するか?いや、それでも運動にはなるが、散歩とは何か違う気がする。
——あ、いい方法があるじゃないか。
「僕が抱っこしていってあげよう」
「…… え?」
僕が彼女を抱き上げていればここから逃げる事も出来ないし、足も痛くならない。桜子は見た目通りとても軽いから、僕でも連れて行けるし、完璧じゃないか。
「あれ?もしかして、照れているのかい」
口を引き絞り、桜子がわなわなと肩を震わせている。顔は林檎みたいに真っ赤で、とても可愛い。
「大丈夫だよ。桜子はとても軽いからね、恥ずかしがる事なんて何も無いから」
「ななななな、な、何で知ってるんですか⁉︎」
かなり動揺しているみたいで、声が大きい。
「ここへ来た時にも抱いていたからだけど」
「…… だ、抱いて…… わぁ…… 」
桜子が顔を伏せ、表情を全て両手で隠してしまった。もっと愛らしい顔を見たかったのでとても残念だ。
「ほら、おいで。怖く無いよ、落としたりなんかしないから」
両手を広げ、出来るだけ優しい色で声をかける。
指の隙間からチラチラとこちらを見てくるので、どうやら興味はある様だ。良かった、『私に触れるな』と叫ばれたら死にたくなる所だったから。
「で、でで、では、失礼、します…… 」
決心がついたのか、五分ほど経過した後、桜子が僕に向かって手を広げてくれた。
抱っこしてくれとせがんでいる姿なだけなのに、胸の奥がモヤッとする。耳がちょっと熱っぽい気もするし、何なんだろうか?この感覚は。
自分の体の変化の理由がわからないままで気持ちは悪いが、女性を待たせるのは失礼だろう。そう思った僕は、「じゃあ失礼するね」と声をかけてから、小さな桜子の体を優しく抱き上げたのだった。
◇
「久しぶりの外は、どうだい?」
「…… 気、気持ちいい、ですぅ」
「…… ?」
古くて大きいだけの屋敷の周り囲う庭を歩きながら、桜子の口から出てきた感想はコレだった。ただ縦抱きにして歩いているだけなのに、一体彼女はどうしたのだろうか。小さくって愛らしい頭は僕の肩にべったりくっつけている様な気がするのだが、景色は見えているんだろうか?もしかして、『散歩したい』というのは『歩きたい』という意味だったのか?だとしたら屋敷内に戻って、スリッパを履かせて廊下を回った方がいいのだろうか。
んーと悩みながらも、僕は散策を続ける事にした。
「この庭には、庭師の人が定期的に手入れに来てくれているから、とても綺麗だろう?」
僕の話に興味を持ってくれたのか、頭を軽く持ち上げてチラリと周囲を見てくれた。だけども「き、綺麗…… です、本当。もう無理ってくらいに、綺麗ですぅ」と言いながら、僕の腕の中で桜子が脱力していく。
「大丈夫?」
声をかけながら、背中をぽんぽんと軽く叩く。すると、桜子が「はうん!」と言って仰け反ってしまった。
「お、落ちる!落としちゃうから、もっと僕にくっついていて!」
必死に抱き寄せ、ギュッと腕の中に強く包む。彼女が小柄なおかげで落とさずに済んだが、本当に危なかった。
「好きぃ…… 好きですぅ…… 」
茹だったタコみたいな耳の色をしながら、桜子が僕の肩にすがりつく。
「うんうん、僕も好きだよ」
桜子の頭に顔を寄せ、背中を撫でながら甘えん坊な彼女が安心出来るように僕もそう答えた。こんなに懐いてくれるとは、嬉しいけどちょっとくすぐったい。僕を嫌わないでくれれば、此処から逃げないでもらえればそれで充分だと思っていたのに…… こんなふうに愛情まで向けてもらえるだなんて思ってもいなかった。
「もう、部屋に戻る?」
「…… いえ。もう少しだけ、あと少しだけ…… こうしていたいです」
緩く首を横に振り、小声で懇願された。景色を見ている様子はやっぱり無いのだが、外の空気を吸えるだけでも心地いいのだろうか?
「わかった、いいよ。全ては君の仰せのままに」
そう言って、僕も何かを共有出来ればと思いながら何度も深呼吸をする。嗅ぎ慣れた緑の匂いに桜子から漂う甘い香りが混じり、二人でする散歩もたまには悪く無いかもなと思う事が出来た。
こうやって、少しづつ色々な事を彼女に許してあげてもいいかもしれない。僕の愛を伝える為にも桜子をあの部屋に一生閉じ込めておかねばと、頑なだった心に少しだけ綻びが生じたが…… 不思議と嫌では無かった。
【終わり】
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