愛玩少女

月咲やまな

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追憶

愛玩少年・最終話(ハク談)

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 衝撃的な出逢いから一ヶ月ほどが経過した。その間は色々準備を整え、いずれは彼女を屋敷に向かい入れるつもりでいる。彼女の合意などはまだ取れてはい無いが、その辺はまぁどうとでもなるだろう。最悪の場合は無理にでも連れ去ればいいのだし。


 朝になり、父から電話があった。挨拶もそこそのに本題に入る。
「今日もまた、あのお宅に行ってもらいたいのですが…… 行けますよね?」
「私が出したレポートに不満でもありましたか?」
「いいえ、初めてにしては上出来でしたよ。センスがありますね、でも次はもっと良い物を期待しています」と言い、父がクスッと笑う。
「あぁでも今日は、何も考えずにただ家に行ってくれるだけで大丈夫ですよ。君は人目を引く容姿をしていますからね、お人形さんの様に座っているだけでもいいので。もう慣れたものでしょう?」
 嫌味か?…… まぁいいんですけどね。実際僕の今までの人生なんて義母の“お人形だった”の一言で終わる程度のものだったのだから。
「家人達の注意を引いておけばいいんですね、わかりました」
 ふぅと息を吐き、必要性もわからぬまま引き受ける。断る理由も浮かばないし、もしかしたら桜子さんがまたあの家に手伝いで来てくれるかも。そうなれば、偶然の出逢いの一つでも演出する事だって可能かもしれない。


       ◇


「わざわざ遠方からお越し頂き、ありがとうございます」
 そう言って、玄関先で迎えてくれたのはこの家の御隠居さん達だった。存在は知っていたが、会ったのは今回が初めてだ。どうやらこの方が父と面識のある人で、前回ここへ来た時に会った若旦那と呼ばれていた男の祖父のなのだろう。
「御丁寧にお出迎え頂き、ありがとうございます」
「こちらへどうぞ」と言い、御隠居さんが屋敷の奥へと案内してくれる。他にもお手伝いさんやこの家の次男と三男の方が迎えの為にと玄関まで来てくれていたのだが、その面子の中に長男の姿は無かった。

「ご長男さんは、お出掛けですか?」
「…… あぁ、いいえ。すみません、ご無礼をお許し下さい。奔放な奴でして…… 家には居るのですが、本当に申し訳ない」
「あぁ、構いませんよ。皆さんがお迎えして下さっただけでとても嬉しいので」
 人の良さそうな笑みを浮かべながら、彼の後について行く。庭のよく見える縁側を通り、客間に向かう時、離れた先の廊下から人の話し声が微かに聞こえた。
 誰が話しているのか気になり、少しだけ立ち止まる。視線の先に居たのは、僕が心惹かれる桜子と——神経質そうな顔をした“若旦那”だった。

 あの二人が何故一緒に?

 悪い予感しかしない。給与は悪くないのに、この屋敷に若い家政婦が居つかない理由を知っているから余計に。

「すみません、先にちょっとお庭を散歩させて頂いてもいいですか?ここまで美しいお庭にはそうそうお目にかかれないので」
「おお、この庭の良さが貴方にもお分かりになられますか。どうぞどうぞ、ご自由に。私は一足先に客間で寛がせてもらっていてもよろしいですかな?きちんと庭をご案内したいところなのですが、歳のせいなのか膝がちょっと」
「ありがとうございます。では——」
 互いに頭を軽く下げ、僕は桜子達が向かった先へ足を向ける。御隠居さんは何かを察したのか、その後もまるで僕と一緒に居るみたいに振る舞いながら、客間の方向へと歩いて行ったのだった。


       ◇


 二人が行った先には古い蔵があり、微かに話し声が聞こえる。だがその声も段々と小さくなり、重そうな扉が段々と閉まっていく。
 早足で近づき、聞き耳を立てると辛うじて話し声が聞き取れた。

『警戒心の欠片も無いとは、本当にお前は馬鹿だな。まぁその方が都合がいいんだが…… 』

『あんな薄気味悪い男に、俺がもてなしなんかすると思うか?ホント、つくづくお気楽なもんだ。…… そういや、お前らは随分似てるな。まぁそんな事はどうでもいいか』

 くっくっくっと薄気味悪い笑い声がするが、桜子の声は全く聞こえない。男の側からは少し離れた場所に居るのだろうか。だとしたら多少はマシだな。だがあまり時間は無さそうだから、早くどうにかしなければ…… 。

 少しだけ蔵から離れ、持っている鞄の中からスマートフォンを取り出す。唯一登録してある父に電話をかけると、彼はワンコールですぐに出てくれた。
「どうしましたか?君からだなんて、珍しいですね」
 案ずる様な声が妙に耳に心地いい。今まで僕からの連絡はメールのみだったからか、ちょっと驚いた感じもする。

「…… 僕が何をしても、は僕を見捨てないでくれますか?」

 返事が無い。
 状況を読んでいるのだろうか。もしくは面倒事に巻き込まれたく無いと呆れているのか。どちらにせよ、どうして僕はこのタイミングでこの人に電話をし、こんな話をしているのだろうかと今更思ったが、通話を切る気にもなれなかった。
「あぁ、すみません。何でそんな心配をしているのかと、少し驚いてしまったじゃないですか」
 やっと返事があったが、別に呆れた訳ではなかったみたいだ。

「何も心配する必要はありませんよ、ハクさん。君は私の愛しい息子なのですから、君が絶対に見放したりなどしませんよ。なので、何でも

「…… 本当に?」
「あはは、案外疑り深いのですね。やっと父と呼んでくれたのに、裏切る訳がないじゃ無いですか。彼女程にとまでは正直言いませんが、世界で二番目に愛していますよ」
「ありがとうございます。言質が欲しかっただけなので、これで切りますね」
 そう言って電話を一方的に切る。時間が惜しい。このまま家族愛について語り合う時間は無いのだ。

『来るな、来るな来るな来るな…… いや、いやいやいや!触らないで。助けて、誰か——』

 微かにだが、蔵の中から桜子の悲鳴が聞こえてくる。僕を呼ぶ声だ。僕に助けて欲しいと願っている声だ。

 僕に、僕に僕に僕にこそ、愛されたいと願う叫びだ——

 そう確信した僕は、鞄にスマートフォンをしまい、代わりに中から手袋を出す。父が用意してくれた外出セットなのだが、ここまで揃っているとはありがたい。
 手袋を身につけると、僕はゆっくり音に気を使いながら蔵の重たい扉を引っ張った。幸い鍵は外からしかかけられぬ構造みたいで助かった。こんな頑丈な扉では、内鍵なんかあったらお手上げだっただろう。
 重い重い扉を開けて蔵の中に入る。叫び声が庫内に響き、小さな裸電球だけが辛うじて灯る室内はとても薄暗い。ガタガタと五月蝿い音がするおかげで、すぐに二人の居場所がわかった。
 一刻の猶予もない。実に気味の悪い言葉を口走りながら、男が桜子にゆっくりと迫って行く。完全に、小鹿を追い詰める捕食者の顔だ。

 こんなゴミがこの家を巣食っているとか…… 何という不幸だろうか。
 ゴミは処分するべきだ。処分しても悲しむ者はいない。家人達が嘆く事も無ければ、家政婦達が探すべきではと怪しむ事すらないと、前の訪問時に確認済だ。

 後はもう…… 。

 近くにあった重たい物を適当に手に取って、男の元に背後から近づく。僕が歩くたびに古い床が軋む音が微かにするのに、奴は気が付いていない。誰かが来るはずがないという思い込みと、これから起きる事への興奮で周囲に気がいかないみたいだ。

 助かるな、ホント。単細胞な奴は虫並みに仕留めやすそうだ。

 ゴッ!と、鈍い音と共に「あがっ…… 」と男が声をこぼす。頭部が不自然に凹み、外傷を見ただけで確実にコレは助からないと素人目でもわかる。頭から血がダバダバと流れ、ぐちゃりと潰れた脳みそまでもがこぼれたが、不思議と気持ち悪いとは思わなかった。

 ゴミの最後なんて、こんなもんか。

 率直な感想だった。当然ながら、義母が亡くなった時以上に心が冷めている。
 だけど桜子は無事だろうか?距離はあるが、血が飛び散ったりなんかしていたら大変だ。あんな物を浴びたら彼女の綺麗な肌が汚れてしまう。

「間に合ってよかった…… 大丈夫かい?」

 出来る限り優しさを意識して声をかけ、手を差し出す。だが桜子はガタガタと体を恐怖で震わせているばかりでこの手を取ってはくれない。

 僕を…… 拒否するのか?

 冷めた心の中で、負の感情が頭をもたげる。
 この手を取らないのなら、僕が君の手を奪うまでだ。どこにもやらない、誰にも渡さない。その想いだけを胸に桜子へ向かって手を更に伸ばすと、彼女はその場にバタンと倒れてしまった。
「…… 桜子?大丈夫かい?」
 慌てて近づき、細い体を抱き起こす。裸電球の灯り程度では確信は出来ないが、怪我をした様な感じは無い。どうやら桜子は気を失っただけみたいだ。
「…… じゃあ、このまま、僕の家に帰ろうか」
 ギュッと桜子を腕の中に初めて抱き締めた時、あまりに柔らかさと心地よさで心臓が止まるかと思った。


       ◇


「——間に合いはしなかった、みたいですね」
 不意に聴きなれた声が蔵の入り口辺りから聞こえ、咄嗟に桜子の体を隅に隠した。ゆっくり声の方へ姿を表すと、思った通り声の主は僕の父だった。
 わざわざ来るとは。しかも、今さっき電話したばかりだというのに何というお早い到着だ。
「君が頼ってくれたので、私が直々に助けに来てあげましたよ。さぁ君はこの服に着替えて。今の服と同じ物を用意しました。あぁ、コレの処分は、元々の予定通りにおこなうだけなのでご心配無く。君にこんな面倒な事をやらせる気は微塵もなかったのですが、でもまぁ全然平気そうでよかったです。流石は私の息子ですね」
 転がる遺体をグッと踏みつけながら、ニコニコと笑う父が少し怖い。
 多少の誤差はあれども、コレは元々の予定通りの流れらしいが、何を誰から依頼されていたのかは、僕は訊くべきでは無いのだろうな。

「さて、後はすぐ客間に戻って家人達とお話を楽しんできて下さい。最悪の場合のアリバイくらいは必要でしょう?まぁ…… 必要ないでしょうけどね」
 くっくっくと笑いながら渡された服に、素直にその場でさっさと着替える。
「僕にも、何かさせて下さいね。この不始末を全て押し付ける訳にはいかないので」
「不始末?そんな事を君はしましたか?コレは正統は行為でしょ、ゴミは処分するのが常識ですから。でもまぁ…… したいのなら、いいですよ」
 この人は慣れているのだな、こういった状況に。趣味なのか実益を追求した結果なのかはわからないが、義母の遺体までもを愛せる人なので何でもありな気がしてきた。

「…… おや?目撃者ですか」
 桜子の姿に気が付いた父が、眉間にシワを寄せる。悪い予感しかせず、僕は慌てて彼女の体を抱き締めた。
「駄目です。この子は…… この子だけは」
「彼女も処分されると思ったのですか?まさか!その目を見れば、君の本気度くらい私にもわかります。もしかして、今までの屋敷の改装もこの子為なのかな?」
 僕が無言のまま頷くと、父は和かな笑顔を返してくれた。
「じゃあ私が屋敷に連れて行ってあげましょう。何か無駄な事をして息子に嫌われたくなど無いですし、愛する者を奪われる苦しみを…… 私ならよく知っていると、君ならわかるでしょう?なので、安心して全てお任せ下さい」
 僕の側にしゃがみ、よしよしと頭を撫でてくる。義母とは違う大きな手で撫でられる事で、安堵が胸の奥にじわりと湧いてくる。この人はどう考えたって狂っているが、一度受け入れた者ならば、どこまでも許容出来る人なのかもしれない。

「大事にするのですよ。愛しているのなら、その子を逃しちゃいけません。その方法は…… 君ならばわかりますよね?」
「はい、父さん」
 瞼を閉じて、素直に頷く。
 男の遺体が転がった側で親子の絆を実感出来るとか、僕らには相応しい状況だなと思った。


【終わり】
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