古書店の精霊

月咲やまな

文字の大きさ
32 / 72
第三章

【第七話】天神様の花嫁①

しおりを挟む
 朝になり、冷たい空気が肌に触れた事で柊華は目を覚ました。
 遠くて烏がギャアギャアと鳴く声が聞こえ、少し騒々しい。そのせいで小鳥の愛らしい囀りを聞きながらの爽やかな目覚めとはいかず、『あー。角のゴミステーション、カラスに荒らされて無いといいけど』何て、今はかなりどうでもいいことを考えながらの朝となった。

「おはよう、お雪」
 襖を開けて、白い頭巾を被ったお雪の母親が柊華の休んでいた部屋へと入って来た。
 昨夜の宴の先で聞きかじった話によると、この家は本来ならお雪達の家では無く、『天神様の花嫁』になるのだからといった理由で泊まらせてもらっただけのお宅らしい。その為なのか、母親は部屋へ入るなり片付けや掃除の準備を始め、立つ鳥跡を濁さずと言わんばかりにテキパキと動き始めた。
「おはようございます。今布団から出ますね、すみません、こんな時間まで寝てしまって」
「いやねぇ、他人行儀なんだから。……アンタはまだウチの子よ。変に気を遣わんでええわ」
 挨拶をしながら、柊華が布団から慌てて起き上がる。はだけていた着物の前を整え、自分は何をするべきか困っていると、母親は布団を片付けだした。
「私も手伝いますね」
「いいや、アンタは隣の部屋へお行き。そっちで、花嫁衣裳に着替えんと」
 気を紛らしたいかの様に忙しなく体を動かし、目を合わせぬまま指示をされる。そんな母親の姿が胸に刺さり、柊華は少し眦を涙で潤ませた。
「綺麗にしてもらっておいでね、父ちゃんも楽しみにしとるから」
「…… はい」
「だけどまぁ、あんのアホは二日酔いでげーげー吐いて、アンタの事見ても、『綺麗だ』なんだって言ってる場合じゃないかもやけどな!」
 あはは!と笑いながらも、やはり母親は柊華の方を見ようとしない。
 気持ちを察し、柊華は「じゃあ、ここは頼むね」と少し砕けた言葉を残して、隣の部屋へと移動して行った。

       ◇

 婚礼用の衣装を着せてもらい終わり、部屋で一人になった柊華が複雑な顔をしている。
 真っ赤な紅を唇にさし、目元にも少しの紅を引いた顔を鏡で見た時『どうしてこれがセフィルさんとの式では無いんだろうか』と思ってしまった。この儀式が本当は生贄だとしても、ただの口減らしにしても、いずれにしてもこんな衣装を着て挑むのはやはり気が引ける。
 まずは村人達の言う通りにして気持ちを満足させ、人目が無くなった所でどこかへ逃げてからセフィルの助けを待てばいいかと思っていたのだが、『こんな重い衣装を着たまま逃げるとか、ちょっと無理!』とも思ってしまった。

 軽く腕を持ち上げて、構造を確認する。
 頭に被る綿帽子はただ脱げばいいとして、打掛を脱いだ程度で森の中を歩けるだろうか?裾は長くてどうやっても引きずってしまう。側に用意されている婚儀用の草履は藁草履と違って土の上は歩きにくそうだし——と、何もせぬうちから不安が募る。
「困ったな。早くセフィルさん助けに来てくれないかなぁ…… 」
 自分でどうにか出来る気がせず、彼を頼ってしまう自分を柊華は情けなく思ったが、状況が状況なだけに仕方がないだろう。

「お雪。出発するわよ。駕籠かごも家の前に来てるそうだから」
 隣の部屋から、着付けを手伝ってくれた女性が声をかけてきた。
「あ、はい!ただいま」
 大きな声で返事をし、柊華が息を吐き出す。
「…… いよいよ、か」
 一人になったら逃げる以外、全くもって計画性の無いこの状況に不安を抱えつつ、柊華は裾を軽く持って、ずるずると着物を引きずり歩き出す。
「あぁごめんごめん。花嫁さん手伝わんとね」
 そう言って、女性が補助についてくれる。
「ありがとうございます」
 柊華は礼を言ったが、先行きへの不安から、その声は少しだけ震えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る

ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。 義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。 そこではじめてを経験する。 まゆは三十六年間、男性経験がなかった。 実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。 深海まゆ、一夜を共にした女性だった。 それからまゆの身が危険にさらされる。 「まゆ、お前は俺が守る」 偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。 祐志はまゆを守り切れるのか。 そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。 借金の取り立てをする工藤組若頭。 「俺の女になれ」 工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。 そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。 そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。 果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜

せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。 取締役社長 城之内 仁 (30) じょうのうち じん 通称 JJ様 容姿端麗、冷静沈着、 JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。 × 城之内グループ子会社 城之内不動産 秘書課勤務 月野 真琴 (27) つきの まこと 一年前 父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。 同じ日に事故で両親を亡くした真琴。 一年後__ ふたりの運命の歯車が動き出す。 表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。

処理中です...