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第三章
【第七話】天神様の花嫁①
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朝になり、冷たい空気が肌に触れた事で柊華は目を覚ました。
遠くて烏がギャアギャアと鳴く声が聞こえ、少し騒々しい。そのせいで小鳥の愛らしい囀りを聞きながらの爽やかな目覚めとはいかず、『あー。角のゴミステーション、カラスに荒らされて無いといいけど』何て、今はかなりどうでもいいことを考えながらの朝となった。
「おはよう、お雪」
襖を開けて、白い頭巾を被ったお雪の母親が柊華の休んでいた部屋へと入って来た。
昨夜の宴の先で聞きかじった話によると、この家は本来ならお雪達の家では無く、『天神様の花嫁』になるのだからといった理由で泊まらせてもらっただけのお宅らしい。その為なのか、母親は部屋へ入るなり片付けや掃除の準備を始め、立つ鳥跡を濁さずと言わんばかりにテキパキと動き始めた。
「おはようございます。今布団から出ますね、すみません、こんな時間まで寝てしまって」
「いやねぇ、他人行儀なんだから。……アンタはまだウチの子よ。変に気を遣わんでええわ」
挨拶をしながら、柊華が布団から慌てて起き上がる。はだけていた着物の前を整え、自分は何をするべきか困っていると、母親は布団を片付けだした。
「私も手伝いますね」
「いいや、アンタは隣の部屋へお行き。そっちで、花嫁衣裳に着替えんと」
気を紛らしたいかの様に忙しなく体を動かし、目を合わせぬまま指示をされる。そんな母親の姿が胸に刺さり、柊華は少し眦を涙で潤ませた。
「綺麗にしてもらっておいでね、父ちゃんも楽しみにしとるから」
「…… はい」
「だけどまぁ、あんのアホは二日酔いでげーげー吐いて、アンタの事見ても、『綺麗だ』なんだって言ってる場合じゃないかもやけどな!」
あはは!と笑いながらも、やはり母親は柊華の方を見ようとしない。
気持ちを察し、柊華は「じゃあ、ここは頼むね」と少し砕けた言葉を残して、隣の部屋へと移動して行った。
◇
婚礼用の衣装を着せてもらい終わり、部屋で一人になった柊華が複雑な顔をしている。
真っ赤な紅を唇にさし、目元にも少しの紅を引いた顔を鏡で見た時『どうしてこれがセフィルさんとの式では無いんだろうか』と思ってしまった。この儀式が本当は生贄だとしても、ただの口減らしにしても、いずれにしてもこんな衣装を着て挑むのはやはり気が引ける。
まずは村人達の言う通りにして気持ちを満足させ、人目が無くなった所でどこかへ逃げてからセフィルの助けを待てばいいかと思っていたのだが、『こんな重い衣装を着たまま逃げるとか、ちょっと無理!』とも思ってしまった。
軽く腕を持ち上げて、構造を確認する。
頭に被る綿帽子はただ脱げばいいとして、打掛を脱いだ程度で森の中を歩けるだろうか?裾は長くてどうやっても引きずってしまう。側に用意されている婚儀用の草履は藁草履と違って土の上は歩きにくそうだし——と、何もせぬうちから不安が募る。
「困ったな。早くセフィルさん助けに来てくれないかなぁ…… 」
自分でどうにか出来る気がせず、彼を頼ってしまう自分を柊華は情けなく思ったが、状況が状況なだけに仕方がないだろう。
「お雪。出発するわよ。駕籠も家の前に来てるそうだから」
隣の部屋から、着付けを手伝ってくれた女性が声をかけてきた。
「あ、はい!ただいま」
大きな声で返事をし、柊華が息を吐き出す。
「…… いよいよ、か」
一人になったら逃げる以外、全くもって計画性の無いこの状況に不安を抱えつつ、柊華は裾を軽く持って、ずるずると着物を引きずり歩き出す。
「あぁごめんごめん。花嫁さん手伝わんとね」
そう言って、女性が補助についてくれる。
「ありがとうございます」
柊華は礼を言ったが、先行きへの不安から、その声は少しだけ震えていた。
遠くて烏がギャアギャアと鳴く声が聞こえ、少し騒々しい。そのせいで小鳥の愛らしい囀りを聞きながらの爽やかな目覚めとはいかず、『あー。角のゴミステーション、カラスに荒らされて無いといいけど』何て、今はかなりどうでもいいことを考えながらの朝となった。
「おはよう、お雪」
襖を開けて、白い頭巾を被ったお雪の母親が柊華の休んでいた部屋へと入って来た。
昨夜の宴の先で聞きかじった話によると、この家は本来ならお雪達の家では無く、『天神様の花嫁』になるのだからといった理由で泊まらせてもらっただけのお宅らしい。その為なのか、母親は部屋へ入るなり片付けや掃除の準備を始め、立つ鳥跡を濁さずと言わんばかりにテキパキと動き始めた。
「おはようございます。今布団から出ますね、すみません、こんな時間まで寝てしまって」
「いやねぇ、他人行儀なんだから。……アンタはまだウチの子よ。変に気を遣わんでええわ」
挨拶をしながら、柊華が布団から慌てて起き上がる。はだけていた着物の前を整え、自分は何をするべきか困っていると、母親は布団を片付けだした。
「私も手伝いますね」
「いいや、アンタは隣の部屋へお行き。そっちで、花嫁衣裳に着替えんと」
気を紛らしたいかの様に忙しなく体を動かし、目を合わせぬまま指示をされる。そんな母親の姿が胸に刺さり、柊華は少し眦を涙で潤ませた。
「綺麗にしてもらっておいでね、父ちゃんも楽しみにしとるから」
「…… はい」
「だけどまぁ、あんのアホは二日酔いでげーげー吐いて、アンタの事見ても、『綺麗だ』なんだって言ってる場合じゃないかもやけどな!」
あはは!と笑いながらも、やはり母親は柊華の方を見ようとしない。
気持ちを察し、柊華は「じゃあ、ここは頼むね」と少し砕けた言葉を残して、隣の部屋へと移動して行った。
◇
婚礼用の衣装を着せてもらい終わり、部屋で一人になった柊華が複雑な顔をしている。
真っ赤な紅を唇にさし、目元にも少しの紅を引いた顔を鏡で見た時『どうしてこれがセフィルさんとの式では無いんだろうか』と思ってしまった。この儀式が本当は生贄だとしても、ただの口減らしにしても、いずれにしてもこんな衣装を着て挑むのはやはり気が引ける。
まずは村人達の言う通りにして気持ちを満足させ、人目が無くなった所でどこかへ逃げてからセフィルの助けを待てばいいかと思っていたのだが、『こんな重い衣装を着たまま逃げるとか、ちょっと無理!』とも思ってしまった。
軽く腕を持ち上げて、構造を確認する。
頭に被る綿帽子はただ脱げばいいとして、打掛を脱いだ程度で森の中を歩けるだろうか?裾は長くてどうやっても引きずってしまう。側に用意されている婚儀用の草履は藁草履と違って土の上は歩きにくそうだし——と、何もせぬうちから不安が募る。
「困ったな。早くセフィルさん助けに来てくれないかなぁ…… 」
自分でどうにか出来る気がせず、彼を頼ってしまう自分を柊華は情けなく思ったが、状況が状況なだけに仕方がないだろう。
「お雪。出発するわよ。駕籠も家の前に来てるそうだから」
隣の部屋から、着付けを手伝ってくれた女性が声をかけてきた。
「あ、はい!ただいま」
大きな声で返事をし、柊華が息を吐き出す。
「…… いよいよ、か」
一人になったら逃げる以外、全くもって計画性の無いこの状況に不安を抱えつつ、柊華は裾を軽く持って、ずるずると着物を引きずり歩き出す。
「あぁごめんごめん。花嫁さん手伝わんとね」
そう言って、女性が補助についてくれる。
「ありがとうございます」
柊華は礼を言ったが、先行きへの不安から、その声は少しだけ震えていた。
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