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帝国編

20 はつ恋

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side   ディラン


ごく普通の美しい両親から生まれた。

何をするにも笑顔で許される優しい世界で愛されて伸び伸びと育った俺は10才の時、突然この国の人間兵器になった。

前の人間兵器が老衰で死んだ為だった。

流れ込んでくる歴代の人間兵器の情報と感情の波に押し潰されそうになりながら両親に助けを求めた。

彼等は愛する息子が人間兵器になった事を知り喜んで国に差し出した。息子が国の役にたつならこんなに嬉しい事はない、例えそのせいで縁を切る事になろうとも自己犠牲の精神が高まり幸せいっぱいのようだった。

人間兵器になった事で優しきことわりから外れた俺はその時初めて違和感を感じた。

あんなに愛して育ててくれたのに何故手離す事が出来るのだろうか。

ニコニコ、ニコニコ、ニコニコ、ニコニコ。

自己犠牲、博愛精神、人間愛、他者優先、利他主義、思いやり……。

――気持ち悪い。

口を抑え吐き気を耐えていると無数の救いの手が伸びてくる。人形のような白い手が自分を覆いつくしていく様が恐ろしくて俺は気を失った。

美しいバイオリンの音で目が覚めると白いベッドの上に居た。

「あっ、目が覚めた。」

バイオリンを弾く同じ年くらいの少年が弾くのを止めこちらを見て言った。

「……綺麗な音色だ。心が癒されるようだ。」

さっきまでの気持ち悪さが嘘のようになくなっていた。

「ありがとう。あまりに寝ている君が美しいから早く起こしたくて弾いてしまったんだ……お詫びに僕の秘密を教えてあげる……僕はね――」

銀髪の可愛らしい少年がニコニコと笑い俺の耳元で囁いた。

「俺は君の音色にとても癒されたからきっとなれると思う。」

そう言うと、少年は困ったように笑った。

「なれないよ。僕はこの国の王にならないといけない。」

その時初めてその少年がこの国の第一王子だと分かった。そのせいで夢であるバイオリン弾きになるのを諦めた事も分かった。

確かに王子がバイオリン弾きになれるはずはない。

「こんなに心に響く音色なのに勿体ないな。」

本心からそう思った。

「ふふ。父上にこの国を守ってくれる子が同じ年だから会って来るように言われて来てみて良かった。こんなに綺麗で、僕の音色を誉めてくれる。君はもう僕の友達だよね?」

その屈託のない笑顔は全く気持ち悪いとは思わなかった。むしろ安心出来た。

「たまにバイオリンを弾いてくれるか?」

彼はもちろんと言うとすぐに美しい音色を響かせて俺を癒してくれた。

そうしてこの国で彼だけが俺の唯一になった。

同じ学園に通い、共に学び、遊び、時には喧嘩もした。喧嘩の原因は殆どが彼の奔放さに俺が心配して怒る事だった。彼は優しき国の住人らしく博愛主義で来るもの拒まず去るもの追わずを繰り返し恋多き人間だった。

「ディランは恋をしないの?」

10股をしていることを咎めていると、みんなに恋をしているんだから仕方ないと開き直りお前はどうなんだと聞かれた。

「……俺は無理だ。この国の人間が王子以外気持ち悪い。……今しているのはそんな話じゃないだろう!」

俺は話を切り替えるなと更に怒る。

「ならディランを僕の側室にしよう。異国では男でも側室になれるらしいよ。ディラン、結婚してくれるかい?」

名案を思い付いたとばかりに手を叩き宣う王子の頭をチョップする。もちろん手加減はした。脳味噌出てくるからな。

「いっ!!」

頭を抱え踞る王子を冷たい目で見下ろす。

「俺はそんな冗談が一番嫌いだと言わなかったか?」

「……冗談か………はは。うん、悪かったよ。でも仮にも王子にチョップはないだろう?割れるかと思ったよ。」

自業自得だと思ったが顔を上げた王子が涙ぐんでいたからちょっとやり過ぎたと反省した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ディラン、今日の晩餐会一緒に行こう?」

ある日突然誘われた晩餐会。

いつもの誘いだったが、いつもと違った。俺の袖を掴む手が僅かに震えているのを知ったから、いつもは決して行かないが行く事にした。

俺が目線で問うと王子はお前には敵わないなぁ。と力なく笑い、苦手な人物が出席するからだと言う。

単純にこの博愛主義の王子に苦手な人物がいることに驚いた。

「……そんな可愛い顔で驚くな。キスするぞ?……ああ、もう今日は嫌な晩餐会があるけどディランの可愛い顔を見れたからハッピーデイだ。」

そう言って王子は笑った。


――晩餐会では初めて出席する人間兵器に人々は興味津々だったせいか質問攻めに合い辟易した。気持ち悪さはこの数年で少しは慣れた為、倒れる事はなかった。ふと目線を上げると遠くで王子が両手を合わせごめんをしていた。結局お互い人々に囲まれ近くにいれない。俺が来た意味はあるのか?

後から後から飲み物や食べ物を差し出された俺は尿意を催し、その場を逃げるように後にした。それでも追って来るやつがいたが、角に差し掛かるとテレポートでトイレの中へ逃げた。

用を足しトイレの個室から出ると、黒髪のナチュラルショートヘアの男が背を向けて手を洗っていた。黒髪だから王室の人間かもしれない。

無言で横に並び手を洗う。

……見られてるな。そんなに珍しいか人間兵器がと睨み返すと男の顔に驚いた。

艶々の黒髪に白磁ような白肌。真夏の星空のような澄んだ黒瞳に形のよい赤い果実のような唇。

ディランはこの国を守る為に存在しているが、守りたいとは思ったことはなかった。しかし隣のこの存在は全力をかけて守らなければ、と思わせる儚さがあったし穢れを知らない存在のように危うく見えた。

口を開くまでは……。


「――クソガキ、お前は誰の許可を受けてここにいる?不敬であるぞ。……おや?なんと美しいガキだ。鳥籠に入れて飼うか。おい、餌は何がいい?やはり鳥の餌か?」

男は顎に白い手をやり考えている。

――そのまま断崖絶壁に飛ばしてやった。

部屋に戻ると王子が駆け寄ってくる、いつも嫌みを言うグレンという奴がトイレで消えたらしいと喜んでいたからよしとしよう。

そして運よく探し出された男は、俺が大嫌いだと体全体で表していたし、王子を苛めるあいつが俺も大嫌いになった。


――そんな俺に王子は珍しく冷めた目をして言った。

「ディラン、好きの反対は何だと思う?」

俺の答えを聞く前に王子は、国王が呼んでると従者に言われ行ってしまった。

……そんなの大嫌いに決まってるだろう?






――5年後

side   優しい国の優しき王


「……何がハッピーデイだ。あの日は国王の座は押し付けられるし、やっぱり最悪の日だった……ディラン、行くんだな?」

「ああ、あいつ年上のくせに危なっかしくて見ていられん……一人にしたら多分凌辱されまくる……バカだから凌辱されても気付かないかもしれないが……俺が鳥籠で飼って守ってやらないと、さて餌は何にしよう?」

無表情のディランが心なしかうきうきと問うと、王は椅子に座り前髪を弾き「そんなの自分で考えろ。」と言った。

そうだなと言って王の人間兵器は行ってしまった。「何かあったら呼べ。」と貝殻を置いていったが、――毎日呼んでやる。

椅子に深く座り、ため息をつく。

「……ディラン、好きの反対は無関心だ。お前は最後までこの国に無関心だったなぁ……私は良いところまでいったと思うんだ……あの悪役――ああ、本当にあいつはとんでもない悪役だった。」

そう言って王は前髪を弾いた。
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