美しい世界を紡ぐウタ

日燈

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第一章 いざ、新天地

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 食後、すぐに寮部屋へ戻ってシャワーを浴びたおれは、息を吐き、よいせと椅子に腰かける。食堂ではあちこちから突き刺さる視線に気が散って、食事が喉を通らなかった。廊下を歩いていても視線が付き纏う。今のところ、気が抜けるのは寮部屋だけである。
 そのとき、チラと感じた視線。

「リュエル…?」
「ああ?」

 おれは髪を拭いていた手を止め、片眉を上げてそちらを見やる。グランは驚きの表情をしていた。

「おまえ、なんで顔をちゃんと見せないんだ」

 言われて初めて髪型がオールバックのようになっていることに気づく。おれは頭からタオルを退かして髪を振り乱した。まだ、ぜんぜん乾いていない。飛び散った水滴に眉根を寄せて、俯いて続ける。

「おい、……顔の美しさは立派な取り柄だぞ。特にカムナギは」

 ――精靈に人々の言葉を伝え、ときに精靈の言葉を代弁する者。美しいはずだという人々の思い込みがある。カムナギは、人々の思いにこたえる存在だ。

「ま、ここは顔がよくないと入れないからな。ここへ来て、顔の心配するやつはいないだろうが」
「……そうなのか」
「武官になりたいやつすらそうだぜ?」

 俺はなんの心配もなかったがな!
 グランは腕を組んでフッと笑う。顔はともかく、ここまで自分に自信があるやつはそういないだろう。

「リュエル、メルと仲良くなれよ。そしたら俺も堂々と一緒にいられる」
「おまえは一人でも、堂々と勝手に一緒にいるだろ」

 髪の間から調子の良い同室者を睨みつけてしまった。



 グランはじっと同室者――同じ庶民でありながら由緒正しい血筋の同級生――を見詰める。

 (ツンツンで、口が悪くて擦れた感じ)

 リュエルはぜんぜん可愛げがない。背は平均的。髪は綺麗な銀色で、襟足だけ少し長い。ちらりと見える目は睨むようなものばかりだ。しかしながら、それを抜きにして見れば大層な美貌である。視線を落とした横顔は、軽く伏せられた睫毛といい、思わず見惚れてしまうほど――。

「鬱陶しいんだよ」

 投げつけるように言われ、グランはため息を吐いた。

「おまえは。そんな顔でそんなこと言わなければ綺麗なのに」
「うるせえ黙れ」

 まるでリュエルは、わざとその美しさに気づかれないようにしているようなのだ。

「顔関係で、何かイヤなことでもあったのか?」

 すると「もう寝る」と言い、リュエルはベッドに入ってしまった。

「その顔は武器になるぞ」

 護衛をやるグランとしては、リュエルの美貌が気づかれなければいいと思う。しかし、カムナギになりたいという彼の思いを優先するなら、話は別だ。
 カムナギに要求されるのは、ウタの技術だけではない。顔や人間性なども重要である。リュエルの顔なら、ちょっとアレな人柄など気にならないような気がしないでもない。
 そんなグランの忠告など知らんぷりで、リュエルは布団を頭までかぶった。



『よっ、リュエルちゃん。今日はスカートじゃないのか?』
『来んなよ、ここは男用のトイレだぞ』

 故郷の田舎には、突っかかってくる奴がたくさんいた。前髪を長めにして一人称を「おれ」に替え、男らしい言葉使いを心がけ、がさつに振る舞った。
 地元にいると喧嘩ばかりだ。そんな毎日にうんざりして、街へ出るようになった。そうして、一気に世界が広がったのだ。

 『フィーデルへおいで。待ってるよ』

 眩しい光のような人。木漏れ日に溶ける笑顔へ手を伸ばす。光のなかへ…――

 ぱっぽう ぱっぽう

 間抜けな音に意識が引っ張られた。おれは眉根を寄せて寝返りを打つ。

「リュエル、朝だぞ」

 あれでしっかり起床したらしいグランがこちらへやって来た。ぱっぽう ぱっぽう、煩いのを連れて。

「初日から遅刻はないだろう」

 ぱっぽう ぱっぽう

「おまえ、昨日あんなに早く寝たのに」

 ぱっぽう ぱっぽう ぱっぽう ぱっぽう

「~~うるせえッ」

 おれはガバリと起き上がり、煩い鳥型の目覚ましへ枕を思いっきり投げつけた。グランはさすが聖武科といった動きで枕をかわす。

「、おいっ、これお気に入りなんだぞ!」
「知るかさっさと止めろバカ」

 ゆらりと立ち上がり、グランの手元の鳥に手を伸ばしたところでふらっと傾く身体。

「おっと」

 素晴らしい瞬発力でグランが支えた。

「貧血か? ちゃんと食ってるのかおまえは。そういえば、晩飯も少なかったな」
「だまれうるさい…」

 頭がくらくらする。おれは抱えられた拍子に前髪が横へ流れたことにも気づかず、眉根を寄せて目蓋を閉じていた。
 ――一方グラン。なんとも悩ましげな表情にグラッときた。

「リュエル、キスしていいかぐふぉっ」
「……ったく、朝から無駄な体力使わせんなよ」

 大事なところを容赦なく膝蹴りする非道ぶり。腰に手を当てふっと息を吐く姿は気だるげで、妙に色気があったとさ。
 そんなこんなで、グランの視線の先には、おざなりに制服で身を包んだリュエルの姿があった。シルクのシャツのボタンを留めず、金色の装飾が施されたオフホワイトの上着をラフに羽織っている。ひらひらのシャツの裾も、ズボンに仕舞っていなかった。

「タイはどうした」
「蝶々結びか? ヤだね」
「生徒代表のアルシャさんだって、ちゃんとしてるぞ」

 その言葉に、ムッと眉根を寄せている。
 聖音科の生徒は、ズボンと同じ紺碧色の紐タイを蝶々結びすることになっている。ちなみに聖武科は赤いネクタイで、聖文科は金の留め具付きのループタイだ。それぞれ、上着の襟の形なども異なる。

「……おれはこれでいいんだよ」

 そうして部屋を出ていってしまったリュエルに、グランは息を吐いた。
 集まる視線、視線、視線。
 まず銀髪というだけで目を引くのに、なんという制服の着こなしだろう。「反逆者です」と言わんばかりだ。

「あいつ、聖界を汚しにきたのか?」
「ぼくはやっぱり認めないよ、あんなやつ」

(まったく、肝っ玉の大きいやつめ)

 グランは呆れを通りこして感心してしまう。もともと注目の的なのに、リュエルは周りに馴染もうともしない。

「おまえ、本当にカムナギになる気あるのか?」

 こんなに敵対心を持たれていては到底無理だ。
 答えをくれない頑ななリュエル。グランはやっぱりため息を吐いてしまった。
 そんなグランも、「よくリュエルと一緒にいられるな」と感心されていることを、本人は知らない。
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