美しい世界を紡ぐウタ

日燈

文字の大きさ
15 / 110
第一章 いざ、新天地

しおりを挟む
 聖音科といえど、普通の講義もある。薬草学や文学など、最低限学ばなくてはならないものだ。披露会の当日、午前中はそんな講義で過ぎていった。

「ぼく、緊張してきた…!」
「おれ本番に弱いんだよな…。人人人パクリ」

 運命の時間が迫ると、誰もが自分のことで精一杯になっていく。おれを笑っていたクラスメイトたちも、今はもう、それどころではないらしい。

「うー……ドキドキするー…」

 メルは胸を抑えて深呼吸していた。

「よろしい。揃ってますね」

 とうとうその時がやって来た。聖堂の舞台裏で、聖音科一年担当のダリヌがウタを披露する順番を読み上げる。耳を傾けていたが、おれは一向に呼ばれない。

「最後の取りはリュエル・フラムに任せましょう。アシャムス様の推薦状で入学した、あなたがふさわしい」

 途端に周囲がざわめいた。推薦状の件は、公にされていなかったのだ。嫌な笑みを浮かべるダリヌを睨みつける。

「では皆さん、健闘を」

 ダリヌは最後におれを見下して、控え室を後にした。
 周囲から突き刺さる視線が痛い。そんな中、目を輝かせてテテッとやってきたのがメルだった。

「すごいやリュエル、聖華さまから推薦状をいただけるなんて…!」

 この雰囲気のなか、おれに話しかけるメルも相当すごい。邪険にされている者に関われば、己の身も危うくなるのに。

「外の空気吸ってくる」
「あっ、リュエルっ」

 すべてを遮断するようにすっと身を翻し、外へ逃れた。
 小さく息を吐いたところで、近くの木に背中を預けていたラルジュを発見する。水色の長髪の生徒と一緒だ。――それはそう、入学前の長期休暇に、勉学を教えてくれた家庭教師のレルヒである。

(なんで二人がここに…)

 うっかり視線が絡む。ラルジュがよっと身体を起こしてやって来た。

「メルには、君と関わらないよう言ったんだけどね。友だちは自分で決めると言われたよ」

 眉根を寄せる。

「もっとキツく言えよ。もう充分、目立っちまってる」

 おれを狙う人間から目を付けられたら大変だ。するとラルジュは、ふっと息を溢すように笑った。

「安心するといい。メルは君と違って味方になってくれる人が多い。相手も、人気者に手を出すほど迂闊じゃないだろう」

 つい睨みつけてしまったが、ラルジュの微笑は相変わらずで、柳に風だった。

「君はどうなりたいんだい。周りはどうでもいいなんて素振りでいるけど、一番周りを気にしているのは君じゃないかな」
「なに…?」

 いきなりの核心をつくような話。にわかに戸惑う。

「シャツのボタンを留めたとはいえ、タイもしていない。そんな着こなしも前髪も、本当の自分を周りに知られたくないからだろう」
「……知ったような口効くな」

 睨んでも無駄だと分かっていても、睨みつけずにはいられない。

「自分に自信がないんだね」

 その瞬間、アルシャの姿が脳裏に浮かんだ。糸目のまま穏やかに落とされた言葉に胸が痛む。――ふと、近づいてくる数人分の足音。そちらに目をやると、例のお茶会三人組だ。
 アルシャが目の前までやって来た。伸ばされた手に身体が固まる。すると前髪を横に流して耳にかけられた。ついでに、整えるように髪を梳かれる。群青色の瞳は、おれの成功を確信していた。

『よかった…よかったね、リューくん…っ』

 アルシャにグラン、メル、テオに父や母――。周りのことなど関係ない。おれはただ、ウタを紡ぐのが好きなのだ。そしてここには、カムナギになるために来た。

 不意に開かれた扉からメルが姿を現した。おれを見つけて口を開きかけ、お茶会三人組にハッと息を呑んでいる。

「行っておいで」

 アルシャに背中を押されて歩きだす。

「リュ、リュエル、アルシャさんと仲良かったんだ。ビックリしたよー…」

 胸を撫で下ろすメルの頭を軽く撫で、扉の中へ。キョトンとその後ろ姿を見ていたメルは、ハッとして小走りで追いかけた。


 アルシャは微笑んでリュエルを見送る。その後ろで、赤髪タレ目のオルキデが口を開いた。

「綺麗な顔してんじゃん」

 そんな彼も、色気のある綺麗な顔をしている。オルキデの隣には、切り揃えられた前髪の、すっきりとした水色ショートヘアの聖文科生。銀縁眼鏡をカチリと上げて、カイトが続く。

「おせっかいですね、アルシャ」
「僕は一個人として、リュエルを応援してるんだ」

 アルシャは肩をすくめた。そこで、静かに成り行きを見守っていた水色長髪――レルヒが前へ出る。

「兄上たちも視察ですか?」

 そう、彼はカイトの一個下の弟なのである。顔のパーツは似ているが、髪型のせいか、二人の雰囲気はそこまで似ていない。

「それもあるが、アルシャがリュエルに会いたがったのが一番の理由だ」

 弟にだけ、丁寧語を解除するカイトである。

「それにしてもラルジュ、手厳しいこと言うじゃねえか」

 オルキデがニッと笑みを浮かべた。ラルジュはレルヒと幼馴染みで、その繋がりから彼らとも親交がある。

「二年の聖武科首席。あなたはリュエルを選ぶのですか」

 カイトには、ラルジュの言葉もリュエルのためのお節介に聞こえていた。

「それを今日、決めるつもりです」

 ラルジュは糸目で笑みを深める。

「メルはいいのかい? あんなに可愛がっていたのに」

 ふと口を開いたのはアルシャだ。ラルジュはそちらを向いて頷く。

「弟のように可愛いですよ。しかしメルは、俺が侍衛になるのを望んでいない」
「あなただって、ずっと迷っていたでしょう。無駄に実力があると厄介ですね」

 レルヒが腰に手を当て、さらりと口にした。
 弟のように可愛いメルの侍衛をしたい。自分が認めた力ある者の侍衛をしたい。レルヒには、そのように情と己の実力を試したいという欲求の狭間で揺れる、ラルジュの葛藤が丸見えだった。
 ラルジュはにわかに驚いたような顔をする。――糸目は変わらない。

「あー、メルは、そうだなぁ…」

 オルキデは前髪を掻き上げ、遠い目をした。
 微妙な沈黙が流れる。

「君がリュエルの侍衛を務めてくれるなら、安心だな」

 アルシャはそんな空気をものともせず、穏やかに落として微笑を浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

閉ざされた森の秘宝

はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。 保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...