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第一章 いざ、新天地
七
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アルシャと別れた後、おれは明日のことを思いながら寮部屋へ向け足を動していた。できる限りのこと――グランもこの顔は武器になると言っていた。けれど、それを利用すると考えるのは気が進まない…。
ガチャリと二〇八のドアを開く。後ろ手にドアを閉めて短く息を吐いたとき、頭の上から低い声が降って来た。
「遅かったな? リュエル」
顔を上げると、グランが腰に手を当て仁王立ちしていた。険しい表情だ。
「あれほど教室で待っているよう言ったのに、聞こえなかったのか」
これは相当怒っている。またおれを探して、あちこち走り回ったのに違いない。思わず睫毛を伏せる。
「頼んでねぇ、」
言い切らないうちにダンッと。ドアへ手をつき、グランはおれを見下ろした。
「途中でメルに会った。おまえ、ビリビリドカンとやらを浴びせられたらしいな」
グランはあれから再びメルと遭遇したのか。おれはぐっと眉根を寄せた。
「大したことじゃない。ちゃんと全員、返り討ちにしてやったさ」
「そんな声で何言ってる。大したことになってからじゃ遅いんだよ!」
ひどく感情的な声に驚いて顔を上げる。グランはしっかり留められているおれのシャツのボタンに目をやって、苦々しい顔をした。
「……そんなふうに言えるくらいでよかった」
そうしてゆらりと歩み寄り、おもむろに抱きしめてくる。
「おまえが酷い目に遭ったらって、気が気じゃなかったんだ」
すっぽりと包み込まれた腕の中、おれは目を見開いて唖然としていた。
「……簡単にやられたりしねぇって、言ってんだろ」
「阿呆。聖武科のやつらは日々鍛練してるんだ。それに、相手は一人で来るとは限らないんだぞ」
生徒を襲ったなんて知られたら、その聖武科の生徒は退学になるだろう。
「暴力でくるならまだしも、強淫するやつだっている。その方が、警らに報告されにくいからな」
「は?」
「もう、一人でうろうろするなよ」
そうだ、グランは同室者を守るのは侍衛になるためのテストの一環だと言っていた。ずいぶん熱を入れてやっている。もっと事務的な態度でいてくれれば、こんな気分にならずに済むのに。
「おまえ、入れ込みすぎじゃね?」
鼻で笑ってやった。胸の痛みには気づかぬ振りで、突き放すように冷たく言い放つ。
「暑苦しいんだよ」
抱擁を解いたグランは、無言でおれを見下ろした。気にせずグランの脇を通って机へ向かう。おもむろに、肩をガシッと掴まれた。
「いまさら他人のようには振る舞えないぞ、俺は」
「鬱陶しいって言ってんだ」
「おまえが今後も無謀な行動を取るなら、メルやラルジュさんにも応援を要請する」
「もう放っとけよ!」
バッと振り返ってグランを睨みつける。しかし、グランは揺るぎなかった。
「無理だ」
理解できない。これだけ言われたら、普通引くだろう。
「おまえは危なっかしくて、見ていられないからな」
そう言って、グランはおれの髪をぽふぽふ撫でてきた。
「なに意地張ってんだか知らないが、持つべきものは友だぜ?」
「友?」
おれは思わず怪訝な顔になる。
「ああ、そうだ。喜べ。おまえはここできた俺の友人一号だ!」
グランは晴れ晴れしく両手を広げて言った。
(……どんな装置の名だそれは)
聞かなかったことにして、シャワーを浴びる準備に取りかかる。
「おいっ、なにか言えよ」
「あんまデカい声出すな。隣に迷惑だ」
そうしてシャワールームへ向かったおれに、グランはグッと言葉を呑んだ。
おれは頭から熱いシャワーを浴びる。
自分が快く迎えられるはずがない。心を許せる相手など、ここにはいないのだ。そう思って来たのに、こちらにお構いなしで踏み込んでくる人たちに戸惑う。
街へ出てテオと出会い、色んな人と関わるようになった。それでもまだ、人付き合いには慣れない。特に、学び舎という閉じられた場所での人間関係。学問所自体、好きではない。一人で気ままに過ごす予定だったのに――。
(どうしたらいいのかわからない)
思いのほか嫌ではないことに気づき、戸惑いは増した。
部屋へ戻れば、おもむろにグランが振り返る。
「明日。昼休みだろ? ウタの披露。聞きに行くからな」
「はぁ? 来なくていい」
「自惚れるなよ。俺が一番聞きたいのはメルのウタだ!」
「ああそうかよ」
目を輝かせてフッと男前な笑みを浮かべられたが、実にどうでもいい。おれは他人のウタには興味がないのだ。あるとすれば、カムナギのアルシャのウタくらいか。
「おまえ、紡げるんだろうな」
ふと、真剣な眼差しを向けられた。
「まぁ」
「ぶちかましてやれよ。そこらの煩いお坊ちゃん連中を、アッと驚かせるんだ」
グランが自分のことのように意気込んで言うので、肩をすくめてかすかに笑ってしまった。
ガチャリと二〇八のドアを開く。後ろ手にドアを閉めて短く息を吐いたとき、頭の上から低い声が降って来た。
「遅かったな? リュエル」
顔を上げると、グランが腰に手を当て仁王立ちしていた。険しい表情だ。
「あれほど教室で待っているよう言ったのに、聞こえなかったのか」
これは相当怒っている。またおれを探して、あちこち走り回ったのに違いない。思わず睫毛を伏せる。
「頼んでねぇ、」
言い切らないうちにダンッと。ドアへ手をつき、グランはおれを見下ろした。
「途中でメルに会った。おまえ、ビリビリドカンとやらを浴びせられたらしいな」
グランはあれから再びメルと遭遇したのか。おれはぐっと眉根を寄せた。
「大したことじゃない。ちゃんと全員、返り討ちにしてやったさ」
「そんな声で何言ってる。大したことになってからじゃ遅いんだよ!」
ひどく感情的な声に驚いて顔を上げる。グランはしっかり留められているおれのシャツのボタンに目をやって、苦々しい顔をした。
「……そんなふうに言えるくらいでよかった」
そうしてゆらりと歩み寄り、おもむろに抱きしめてくる。
「おまえが酷い目に遭ったらって、気が気じゃなかったんだ」
すっぽりと包み込まれた腕の中、おれは目を見開いて唖然としていた。
「……簡単にやられたりしねぇって、言ってんだろ」
「阿呆。聖武科のやつらは日々鍛練してるんだ。それに、相手は一人で来るとは限らないんだぞ」
生徒を襲ったなんて知られたら、その聖武科の生徒は退学になるだろう。
「暴力でくるならまだしも、強淫するやつだっている。その方が、警らに報告されにくいからな」
「は?」
「もう、一人でうろうろするなよ」
そうだ、グランは同室者を守るのは侍衛になるためのテストの一環だと言っていた。ずいぶん熱を入れてやっている。もっと事務的な態度でいてくれれば、こんな気分にならずに済むのに。
「おまえ、入れ込みすぎじゃね?」
鼻で笑ってやった。胸の痛みには気づかぬ振りで、突き放すように冷たく言い放つ。
「暑苦しいんだよ」
抱擁を解いたグランは、無言でおれを見下ろした。気にせずグランの脇を通って机へ向かう。おもむろに、肩をガシッと掴まれた。
「いまさら他人のようには振る舞えないぞ、俺は」
「鬱陶しいって言ってんだ」
「おまえが今後も無謀な行動を取るなら、メルやラルジュさんにも応援を要請する」
「もう放っとけよ!」
バッと振り返ってグランを睨みつける。しかし、グランは揺るぎなかった。
「無理だ」
理解できない。これだけ言われたら、普通引くだろう。
「おまえは危なっかしくて、見ていられないからな」
そう言って、グランはおれの髪をぽふぽふ撫でてきた。
「なに意地張ってんだか知らないが、持つべきものは友だぜ?」
「友?」
おれは思わず怪訝な顔になる。
「ああ、そうだ。喜べ。おまえはここできた俺の友人一号だ!」
グランは晴れ晴れしく両手を広げて言った。
(……どんな装置の名だそれは)
聞かなかったことにして、シャワーを浴びる準備に取りかかる。
「おいっ、なにか言えよ」
「あんまデカい声出すな。隣に迷惑だ」
そうしてシャワールームへ向かったおれに、グランはグッと言葉を呑んだ。
おれは頭から熱いシャワーを浴びる。
自分が快く迎えられるはずがない。心を許せる相手など、ここにはいないのだ。そう思って来たのに、こちらにお構いなしで踏み込んでくる人たちに戸惑う。
街へ出てテオと出会い、色んな人と関わるようになった。それでもまだ、人付き合いには慣れない。特に、学び舎という閉じられた場所での人間関係。学問所自体、好きではない。一人で気ままに過ごす予定だったのに――。
(どうしたらいいのかわからない)
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ふと、真剣な眼差しを向けられた。
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