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第一章 いざ、新天地
十四
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ぱっぽう ぱっぽう
この間抜けな音は…。
ぱっぽう ぱっぽう ぱっぽう
「~~いつまで鳴らしてんだ!」
カッと目を開くと、目の前に鳥型の目覚まし時計。その向こうに糸目の笑顔があった。
「いつまで? 君が起きるまでだよリュエル」
「……なんで糸…、ラルジュ、さんが」
危ない。糸目とか言いそうになった。するとラルジュは笑顔のまま、鳥型の目覚まし時計を脇にやった。ベッドへ腰掛け、覆い被さるようにして顔を近づけてくる。
「ラルジュで構わないよ、リュエル」
開かれた目の威圧感ときたら。頬がヒクリと動く。視線を外し、なんとか言葉を紡いだ。
「グランは?」
「メルを起こしに行ったよ。俺にこの鳥を託してね」
グランのやつめ。まさかラルジュがそれを持っているとは思わないじゃないか。おれはクッと唇を引き結ぶ。
そのとき、ラルジュがふと囁くように言った。
「リュエル、いつまで布団の中でぬくぬくしてるんだい? 俺がキスで目覚めさせてあげようか」
「、もう覚めてるっつのッ」
横に転がってラルジュから距離を取り、起き上がる。耳が熱い。朝からいい声で何を言うのだ。
「おや、残念」
ラルジュはどこまで本気かわからない。ときどき無駄にいい声を出すのもやめてほしい。おれはチラチラとラルジュを睨んで牽制しながら服を着替える。
「さっきのことだけどね。俺やレルヒに気を使う必要はないよ」
ラルジュはおれのベッドに腰かけたまま、長い足を組んで続けた。
「今後は公の場で始終美しい言葉使いを心がけねばならなくなる。気を抜ける場所も必要だろう」
おれはパフッとシャツから顔を出し、眉根を寄せた。始終美しい言葉使いを心がける?
「なんでそんなこと、」
「カムナギとしては当然だ」
ラルジュが立ち上がり、こちらへやって来る。
「言葉には力がある。それはわかるね? つまり、この口から発せられた言葉が、君に大きな影響を及ぼすわけだ」
剣士らしい無骨な手が頬に添えられた。ムッと尖っていた唇を、親指の腹でなぞられる。
「君はどんなふうにウタを紡ぎたいんだい」
「そんなの、」
言葉に詰まった。アルシャに憧れているが、あんなふうにはできないと分かっている。
「誰かの真似はしなくていい。君は君のウタを紡ぐんだ」
少し考えたくらいでは答えが見つからず、糸目を見上げていることしかできない。
「紡ぎたいウタのように、言葉を発するようにしなさい」
「……わからない」
迷いに迷って口から出た言葉は、それだった。ラルジュの言葉はいつも難解だ。まったく意識していなかったことを指摘されるし、考えたこともないことに答えを求めてくる。
「今はそれでいいよ」
ラルジュはふっと笑む。そうして、流れるようにおれのシャツのボタンを留めた。前髪を横へ流して、左側の髪だけ耳にかけたら、最後にトンッと背中を叩かれた。
「背筋は、」
「……伸ばすんだろ」
背筋をなぞられるのはもうこりごりだ。鞄を受け取り、歩きだす。
「レルヒは?」
ふと気になって振り返った。
「疲れているようだから、今日のところは寝かせておいてあげようと思ってね」
にっこり笑顔を前に、これ以上聞かない方がいいと察したおれだった。
部屋へ帰ったらレルヒの家庭教師が待っていると思うと、幾分真面目に講義を受けられる。小言は聞きたくないし、どうせ頭に入れなくてはならないことだ。
休憩時間になると、メルがテテッとやって来た。おれの顔をじっと見て、小首を傾げる。
「リュエル、雰囲気変わったね」
「あ?」
――クラスメイトたちが、みんな話していた。当初の触ったら噛みつかれそうなピリピリした雰囲気はどこへ行ったのか、と。
「さっきも、リュエルが窓の外を見ていたとき、なんだか雰囲気があって、ぼく、思わず見惚れちゃった」
「眠くて欠伸噛み殺してただけだけどな」
おれは半目になってしまった。しかしながら、周りを気にして無駄に警戒していたことを気づかされ、少し肩の力が抜けたのは事実だ。
ふと、メルが思いだしたように言う。
「課題、もう終わったんだ」
「ああ…」
早々と教師に提出したおれである。
「優秀な家庭教師のおかげでな」
ブスッとした声になってしまった。レルヒの要求は高い。今回の課題も、三度目でようやく「まぁいいでしょう」と言われたのだ。
「心強い味方だね」
メルは苦笑する。
「あの人らのやる気は半端ねぇよ」
口にしてから、言葉に気をつけるよう言われたことを思い出す。ついでに糸目とのあれやこれやが頭をよぎった。
「ゔー…」
頭を抱えてしまう。レルヒは無邪気な瞳で見ているだけで、近くにいても何もしてくれない。救いはいづこ。そんなおれを、メルがまじまじと見てきた。
「なんだよ」
「え、っと……ラルとレルヒさんは、本気でリュエルをカムナギにしようとしてるんだなって」
おれはむくりと顔を上げ、メルへ目をやる。
「ちょっと悔しいな。ラル、すごく楽しそうなんだもん。……ぼくといたときは、あんな顔見れなかったよ」
楽しそうなのは遺憾なく鬼畜を発揮できているからで。おれとしては、ぜんぜん嬉しくない。
「メルは大事にされてるんだろ」
つい、遠い目をしてしまった。あの鬼畜っぷりを知らないなんて羨ましい。そんなおれの内心を知らないメルは、キョトンとして目を瞬いた。
「……気に入らないな」
――リュエルの対角線上の席に座っていた少年がボソリとこぼす。彼は首席で入学した生徒だった。
一年でカムナギの試験を受けるのは自分に違いないと思っていた。リュエルが聖華の推薦状を受け入学したと知っても、それがなんだと思った。あんな態度のやつだ。ちょっとウタがよくても、成績だって大したことないだろう。
(それが)
講義は真面目に受けているようだし、課題も早々と提出している。声学ではヒーヒー言う生徒が大半のなか、涼しい顔をしていた。
(あの顔)
ぐちゃぐちゃに泣かせたくなるような綺麗な顔だ。
彼はすぅっと目を細める。
聖界から追放されても、フラムのウタは失われなかったらしい。二年の文武両首席はそろってリュエルを選んだ。そんなに逸材なのか。いや。
(一年の首席はこのぼくだ)
彼は凍りつくような目でリュエルを睨みつけた。
この間抜けな音は…。
ぱっぽう ぱっぽう ぱっぽう
「~~いつまで鳴らしてんだ!」
カッと目を開くと、目の前に鳥型の目覚まし時計。その向こうに糸目の笑顔があった。
「いつまで? 君が起きるまでだよリュエル」
「……なんで糸…、ラルジュ、さんが」
危ない。糸目とか言いそうになった。するとラルジュは笑顔のまま、鳥型の目覚まし時計を脇にやった。ベッドへ腰掛け、覆い被さるようにして顔を近づけてくる。
「ラルジュで構わないよ、リュエル」
開かれた目の威圧感ときたら。頬がヒクリと動く。視線を外し、なんとか言葉を紡いだ。
「グランは?」
「メルを起こしに行ったよ。俺にこの鳥を託してね」
グランのやつめ。まさかラルジュがそれを持っているとは思わないじゃないか。おれはクッと唇を引き結ぶ。
そのとき、ラルジュがふと囁くように言った。
「リュエル、いつまで布団の中でぬくぬくしてるんだい? 俺がキスで目覚めさせてあげようか」
「、もう覚めてるっつのッ」
横に転がってラルジュから距離を取り、起き上がる。耳が熱い。朝からいい声で何を言うのだ。
「おや、残念」
ラルジュはどこまで本気かわからない。ときどき無駄にいい声を出すのもやめてほしい。おれはチラチラとラルジュを睨んで牽制しながら服を着替える。
「さっきのことだけどね。俺やレルヒに気を使う必要はないよ」
ラルジュはおれのベッドに腰かけたまま、長い足を組んで続けた。
「今後は公の場で始終美しい言葉使いを心がけねばならなくなる。気を抜ける場所も必要だろう」
おれはパフッとシャツから顔を出し、眉根を寄せた。始終美しい言葉使いを心がける?
「なんでそんなこと、」
「カムナギとしては当然だ」
ラルジュが立ち上がり、こちらへやって来る。
「言葉には力がある。それはわかるね? つまり、この口から発せられた言葉が、君に大きな影響を及ぼすわけだ」
剣士らしい無骨な手が頬に添えられた。ムッと尖っていた唇を、親指の腹でなぞられる。
「君はどんなふうにウタを紡ぎたいんだい」
「そんなの、」
言葉に詰まった。アルシャに憧れているが、あんなふうにはできないと分かっている。
「誰かの真似はしなくていい。君は君のウタを紡ぐんだ」
少し考えたくらいでは答えが見つからず、糸目を見上げていることしかできない。
「紡ぎたいウタのように、言葉を発するようにしなさい」
「……わからない」
迷いに迷って口から出た言葉は、それだった。ラルジュの言葉はいつも難解だ。まったく意識していなかったことを指摘されるし、考えたこともないことに答えを求めてくる。
「今はそれでいいよ」
ラルジュはふっと笑む。そうして、流れるようにおれのシャツのボタンを留めた。前髪を横へ流して、左側の髪だけ耳にかけたら、最後にトンッと背中を叩かれた。
「背筋は、」
「……伸ばすんだろ」
背筋をなぞられるのはもうこりごりだ。鞄を受け取り、歩きだす。
「レルヒは?」
ふと気になって振り返った。
「疲れているようだから、今日のところは寝かせておいてあげようと思ってね」
にっこり笑顔を前に、これ以上聞かない方がいいと察したおれだった。
部屋へ帰ったらレルヒの家庭教師が待っていると思うと、幾分真面目に講義を受けられる。小言は聞きたくないし、どうせ頭に入れなくてはならないことだ。
休憩時間になると、メルがテテッとやって来た。おれの顔をじっと見て、小首を傾げる。
「リュエル、雰囲気変わったね」
「あ?」
――クラスメイトたちが、みんな話していた。当初の触ったら噛みつかれそうなピリピリした雰囲気はどこへ行ったのか、と。
「さっきも、リュエルが窓の外を見ていたとき、なんだか雰囲気があって、ぼく、思わず見惚れちゃった」
「眠くて欠伸噛み殺してただけだけどな」
おれは半目になってしまった。しかしながら、周りを気にして無駄に警戒していたことを気づかされ、少し肩の力が抜けたのは事実だ。
ふと、メルが思いだしたように言う。
「課題、もう終わったんだ」
「ああ…」
早々と教師に提出したおれである。
「優秀な家庭教師のおかげでな」
ブスッとした声になってしまった。レルヒの要求は高い。今回の課題も、三度目でようやく「まぁいいでしょう」と言われたのだ。
「心強い味方だね」
メルは苦笑する。
「あの人らのやる気は半端ねぇよ」
口にしてから、言葉に気をつけるよう言われたことを思い出す。ついでに糸目とのあれやこれやが頭をよぎった。
「ゔー…」
頭を抱えてしまう。レルヒは無邪気な瞳で見ているだけで、近くにいても何もしてくれない。救いはいづこ。そんなおれを、メルがまじまじと見てきた。
「なんだよ」
「え、っと……ラルとレルヒさんは、本気でリュエルをカムナギにしようとしてるんだなって」
おれはむくりと顔を上げ、メルへ目をやる。
「ちょっと悔しいな。ラル、すごく楽しそうなんだもん。……ぼくといたときは、あんな顔見れなかったよ」
楽しそうなのは遺憾なく鬼畜を発揮できているからで。おれとしては、ぜんぜん嬉しくない。
「メルは大事にされてるんだろ」
つい、遠い目をしてしまった。あの鬼畜っぷりを知らないなんて羨ましい。そんなおれの内心を知らないメルは、キョトンとして目を瞬いた。
「……気に入らないな」
――リュエルの対角線上の席に座っていた少年がボソリとこぼす。彼は首席で入学した生徒だった。
一年でカムナギの試験を受けるのは自分に違いないと思っていた。リュエルが聖華の推薦状を受け入学したと知っても、それがなんだと思った。あんな態度のやつだ。ちょっとウタがよくても、成績だって大したことないだろう。
(それが)
講義は真面目に受けているようだし、課題も早々と提出している。声学ではヒーヒー言う生徒が大半のなか、涼しい顔をしていた。
(あの顔)
ぐちゃぐちゃに泣かせたくなるような綺麗な顔だ。
彼はすぅっと目を細める。
聖界から追放されても、フラムのウタは失われなかったらしい。二年の文武両首席はそろってリュエルを選んだ。そんなに逸材なのか。いや。
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※なるべくさくさく更新したい。
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