美しい世界を紡ぐウタ

日燈

文字の大きさ
21 / 110
第一章 いざ、新天地

十四

しおりを挟む
 ぱっぽう ぱっぽう

 この間抜けな音は…。

 ぱっぽう ぱっぽう ぱっぽう

「~~いつまで鳴らしてんだ!」

 カッと目を開くと、目の前に鳥型の目覚まし時計。その向こうに糸目の笑顔があった。

「いつまで? 君が起きるまでだよリュエル」
「……なんで糸…、ラルジュ、さんが」

 危ない。糸目とか言いそうになった。するとラルジュは笑顔のまま、鳥型の目覚まし時計を脇にやった。ベッドへ腰掛け、覆い被さるようにして顔を近づけてくる。

「ラルジュで構わないよ、リュエル」

 開かれた目の威圧感ときたら。頬がヒクリと動く。視線を外し、なんとか言葉を紡いだ。

「グランは?」
「メルを起こしに行ったよ。俺にこの鳥を託してね」

 グランのやつめ。まさかラルジュがそれを持っているとは思わないじゃないか。おれはクッと唇を引き結ぶ。
 そのとき、ラルジュがふと囁くように言った。

「リュエル、いつまで布団の中でぬくぬくしてるんだい? 俺がキスで目覚めさせてあげようか」
「、もう覚めてるっつのッ」

 横に転がってラルジュから距離を取り、起き上がる。耳が熱い。朝からいい声で何を言うのだ。

「おや、残念」

 ラルジュはどこまで本気かわからない。ときどき無駄にいい声を出すのもやめてほしい。おれはチラチラとラルジュを睨んで牽制しながら服を着替える。

「さっきのことだけどね。俺やレルヒに気を使う必要はないよ」

 ラルジュはおれのベッドに腰かけたまま、長い足を組んで続けた。

「今後は公の場で始終美しい言葉使いを心がけねばならなくなる。気を抜ける場所も必要だろう」

 おれはパフッとシャツから顔を出し、眉根を寄せた。始終美しい言葉使いを心がける?

「なんでそんなこと、」
「カムナギとしては当然だ」

 ラルジュが立ち上がり、こちらへやって来る。

「言葉には力がある。それはわかるね? つまり、この口から発せられた言葉が、君に大きな影響を及ぼすわけだ」

 剣士らしい無骨な手が頬に添えられた。ムッと尖っていた唇を、親指の腹でなぞられる。

「君はどんなふうにウタを紡ぎたいんだい」
「そんなの、」

 言葉に詰まった。アルシャに憧れているが、あんなふうにはできないと分かっている。

「誰かの真似はしなくていい。君は君のウタを紡ぐんだ」

 少し考えたくらいでは答えが見つからず、糸目を見上げていることしかできない。

「紡ぎたいウタのように、言葉を発するようにしなさい」
「……わからない」

 迷いに迷って口から出た言葉は、それだった。ラルジュの言葉はいつも難解だ。まったく意識していなかったことを指摘されるし、考えたこともないことに答えを求めてくる。

「今はそれでいいよ」

 ラルジュはふっと笑む。そうして、流れるようにおれのシャツのボタンを留めた。前髪を横へ流して、左側の髪だけ耳にかけたら、最後にトンッと背中を叩かれた。

「背筋は、」
「……伸ばすんだろ」

 背筋をなぞられるのはもうこりごりだ。鞄を受け取り、歩きだす。

「レルヒは?」

 ふと気になって振り返った。

「疲れているようだから、今日のところは寝かせておいてあげようと思ってね」

 にっこり笑顔を前に、これ以上聞かない方がいいと察したおれだった。


 部屋へ帰ったらレルヒの家庭教師が待っていると思うと、幾分真面目に講義を受けられる。小言は聞きたくないし、どうせ頭に入れなくてはならないことだ。
 休憩時間になると、メルがテテッとやって来た。おれの顔をじっと見て、小首を傾げる。

「リュエル、雰囲気変わったね」
「あ?」

 ――クラスメイトたちが、みんな話していた。当初の触ったら噛みつかれそうなピリピリした雰囲気はどこへ行ったのか、と。

「さっきも、リュエルが窓の外を見ていたとき、なんだか雰囲気があって、ぼく、思わず見惚れちゃった」
「眠くて欠伸噛み殺してただけだけどな」

 おれは半目になってしまった。しかしながら、周りを気にして無駄に警戒していたことを気づかされ、少し肩の力が抜けたのは事実だ。
 ふと、メルが思いだしたように言う。

「課題、もう終わったんだ」
「ああ…」

 早々と教師に提出したおれである。

「優秀な家庭教師のおかげでな」

 ブスッとした声になってしまった。レルヒの要求は高い。今回の課題も、三度目でようやく「まぁいいでしょう」と言われたのだ。

「心強い味方だね」

 メルは苦笑する。

「あの人らのやる気は半端ねぇよ」

 口にしてから、言葉に気をつけるよう言われたことを思い出す。ついでに糸目とのあれやこれやが頭をよぎった。

「ゔー…」

 頭を抱えてしまう。レルヒは無邪気な瞳で見ているだけで、近くにいても何もしてくれない。救いはいづこ。そんなおれを、メルがまじまじと見てきた。

「なんだよ」
「え、っと……ラルとレルヒさんは、本気でリュエルをカムナギにしようとしてるんだなって」

 おれはむくりと顔を上げ、メルへ目をやる。

「ちょっと悔しいな。ラル、すごく楽しそうなんだもん。……ぼくといたときは、あんな顔見れなかったよ」

 楽しそうなのは遺憾なく鬼畜を発揮できているからで。おれとしては、ぜんぜん嬉しくない。

「メルは大事にされてるんだろ」

 つい、遠い目をしてしまった。あの鬼畜っぷりを知らないなんて羨ましい。そんなおれの内心を知らないメルは、キョトンとして目を瞬いた。



「……気に入らないな」

 ――リュエルの対角線上の席に座っていた少年がボソリとこぼす。彼は首席で入学した生徒だった。
 一年でカムナギの試験を受けるのは自分に違いないと思っていた。リュエルが聖華の推薦状を受け入学したと知っても、それがなんだと思った。あんな態度のやつだ。ちょっとウタがよくても、成績だって大したことないだろう。
 
(それが)

 講義は真面目に受けているようだし、課題も早々と提出している。声学ではヒーヒー言う生徒が大半のなか、涼しい顔をしていた。

(あの顔)

 ぐちゃぐちゃに泣かせたくなるような綺麗な顔だ。
 彼はすぅっと目を細める。
 聖界から追放されても、フラムのウタは失われなかったらしい。二年の文武両首席はそろってリュエルを選んだ。そんなに逸材なのか。いや。
 
(一年の首席はこのぼくだ)

 彼は凍りつくような目でリュエルを睨みつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

閉ざされた森の秘宝

はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。 保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...