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第一章 いざ、新天地
二十ニ
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挨拶運動がようやく終わり、教室へ向かう。
「それじゃあ、放課後」
「補講、がんばってくださいね」
「おう」
ラルジュらと別れたあと、精靈の煌めきがふと近づいてきた。いつも思い思いに舞っている光たちなので、目を瞬いて足を止める。意識を向けると、切り拓かれて崩れた山が頭に浮かんだ。感じる痛みや苦しみ。言い争う人々の熱気。それから――。
(テオ?)
手紙を書いているテオの姿が。
おれは廊下を引き返して寮へ走った。もしかしたら、テオから手紙が来ているかもしれない。個人宛ての手紙は寮に届くのだ。そうして寮のエントランスに飛び込むように入ると、隅に置かれている伝書版へ目を走らせる。自分の名前を発見し、カウンターへ向かった。
「リュエル・フラムです。手紙を受け取りに…」
「ああ、はいはい。ついさっき届いたんだよ」
手渡された手紙の宛名の字は、間違いなくテオのものだった。その場で封筒を破き、中に入っていた便箋を取り出す。そこに書かれていたのは、“ウタ紡ぎ” への依頼。学び舎にいるおれを気遣ってか、「来れたらでいい」と書かれていたが、文面から切羽詰まったものを感じる。
(さっき見えたのが依頼されたところなら)
一刻を争う事態だろう。急いで寮部屋まで戻ると、素早く着替えて寮を出た。エントランスを通ったときに管理人が何か言っていたような気がするが、依頼のことに集中していたおれの耳には届かない。
走って長いアプローチを抜け、門の外へ。
緑の煉瓦屋根が目印の小さなガゼボのような建物――移動ボックスと呼ばれている――まで来ると、スイングドアを開いて移動の陣に飛び乗った。
一瞬で麓の街へ出て、再び移動ボックスを探す。大きな街には、他の大きな街へ移動できる陣があるのだ。少し迷ってようやく緑の屋根を見つけたおれは、文字盤を操作してテオのいる街へ移動した。《なんでも屋》に走って向かい、見慣れた緑のドアを開く。カウンターの向こうにいたテオが振り返った。灰色の目が大きく見開かれる。
「リュエル、」
「依頼場所に急ぐぞ」
「、おうっ」
そうして、今度は並んで移動の陣へ向かった。小走りのテオが窺うようにこちらを見やる。
「学問所はいいのか?」
「なんとかなるだろ。それより、これから向かう場所だ。山が崩れてるのが見えた。精靈たちが怒ってる」
「ああ…。なんかスゲー資源が採れるのがわかったとかで、採掘が始まったらしい。いきなり山を切り拓いて、反対してた住民も多いらしいんだ」
前の村長が亡くなり、新たに村長となった者が強行したらしい。村人たちは賛成派と反対派に別れて争うようになり、いざこざが絶えなかった。そのようなエネルギーは、精靈たちがもっとも嫌うものだ。
「それで精靈たちが、争いの元凶を潰した…」
「山を切り拓かれたことに怒ったんじゃないのか?」
「それも嫌だっただろうけど、争いのエネルギーも耐えがたいんだ」
話しながら移動ボックスに辿り着いたおれは、そこにいた人物にギョッとして後ろに下がる。
「……ラルジュ」
「君が私服で寮から走り出て行くのを目撃した人がいてね。もしかしたらと思ったんだ」
テオはラルジュがフィーデルの生徒であることを知っていたのかもしれない。おどおどと、おれとラルジュの顔を見ている。
「テオ、行くぞ」
「お、おう…」
今まさに起こっている不調和を、おれは無視できない。ラルジュからすっと視線を外し、移動ボックスへ入る。隣に並んだラルジュに、かすかに眉根が寄った。
「俺は君の護衛だからね」
「……そうかよ」
「よしっ、移動するからな」
文字盤を操作したテオが陣に入って、三人で依頼場所近くの町へ出た。そこから、テオの案内で黙々と田舎道を歩く。無心で足を進めていたところ、テオが口を開いた。
「カムナギが来ないってんで、リュエルに手紙書いたんだ。なんか放っといたらヤバそうな感じだし…。だけどこういうのって、あんまり引き受けないほうがいいのか」
テオはラルジュを窺いつつ、こちらを向いている。おれは前を向いたまま、淡々と答えた。
「これまで通り、テオが引き受けたほうがいいと思ったら受けてくれ」
「……おう。そのときは、また手紙書くな」
そうして辿り着いた現場は、頭に浮かんだ通りの場所だった。ギスギスした感じで、トゲトゲしたエネルギーに満ちており、不快感に襲われる。
「あっ、来てくれたぞ!」
「“ウタ紡ぎ” さんかい?」
「こっちだ、あの山を見てくれ!!」
わっと住人たちが寄って来て、あれよと言う間に山へと連行される。中には包帯を巻いている人などもいて、彼らの間で起こった諍いは、おれが地元でたまにしていた喧嘩のようなちょっとしたものではないのだなと思わされた。
「反対派のやつら、追い出してやった!」
「こんなんじゃもうできねえって、出てったぜ」
「ハンッ、清々したわい」
彼らの話題は出て行った反対派のことばかりだ。これまでの鬱憤を吐きだすように、感情的に言い募る。
おれはおもむろに足を止めた。周りを囲んでいた村人たちも気づいて立ち止まる。テオはおれの心情を察したようで、苦しそうに眉根を寄せて口を開いた。
「リュエル、」
「あんたたちは、ウタを紡いでどうしてほしいんだ?」
俯いたまま、堪えきれずに言っていた。
「どうってそりゃ…、やっと反対派がいなくなったから、今後はまた昔みたいに…」
「採掘の話が出るまでは、穏やかでいい所だったんだ」
「んだ。今時期には、この山も綺麗に色づいてたはずだしな」
そこでようやく、村人たちは我に返ったようだった。
「山が切り拓かれるって頃、カムナギに依頼したんだ。けど、来てくれなくてよ」
「こんなことになって、恐ろしくてな。また頼んだが、やっぱり来ない」
山や精靈たちのことを思っていたはずなのに、どうしていいのかわからなくて、何かせずにはいられなくて。気付けば恐怖や不安から逃れるように、反対派への抗議を行っていた。それがエスカレートして、この様だ。
「俺らは、また穏やかに暮らしたいだよ」
「ここでの暮らしが気に入ってたんだ」
「山々の表情も豊かでな」
村人たちの気持ちが落ち着いて、ようやくおれも息を吐くことができた。
「そのことを精靈たちに伝える。あんたらも、その思いでいてくれ」
村人たちが頷くのを見て、崩れた山に近づいた。
そっとしゃがんで土砂に触れる。そうして目を閉じ、精靈たちの心に寄り添った。
たくさんの痛みを感じる。悲しみを感じる。苦しみを感じる。それでも彼らがここにいるのは、彼らもこの山での暮らしが気に入っていたからだ。
(思いは同じだ)
光のように浮かんだ音を紡ぐ。これから先も、ここで豊かな暮らしができるように。美しい自然が蘇るように。精靈たちがいれば、それができる。
精靈たちの溜め込んだ感情が、涙のような旋律となって溢れ出る。それが徐々に安らいで、精靈たち本来の清らかさを感じさせるような音色になった。それは赦し。安らぎ。調和――。
「それじゃあ、放課後」
「補講、がんばってくださいね」
「おう」
ラルジュらと別れたあと、精靈の煌めきがふと近づいてきた。いつも思い思いに舞っている光たちなので、目を瞬いて足を止める。意識を向けると、切り拓かれて崩れた山が頭に浮かんだ。感じる痛みや苦しみ。言い争う人々の熱気。それから――。
(テオ?)
手紙を書いているテオの姿が。
おれは廊下を引き返して寮へ走った。もしかしたら、テオから手紙が来ているかもしれない。個人宛ての手紙は寮に届くのだ。そうして寮のエントランスに飛び込むように入ると、隅に置かれている伝書版へ目を走らせる。自分の名前を発見し、カウンターへ向かった。
「リュエル・フラムです。手紙を受け取りに…」
「ああ、はいはい。ついさっき届いたんだよ」
手渡された手紙の宛名の字は、間違いなくテオのものだった。その場で封筒を破き、中に入っていた便箋を取り出す。そこに書かれていたのは、“ウタ紡ぎ” への依頼。学び舎にいるおれを気遣ってか、「来れたらでいい」と書かれていたが、文面から切羽詰まったものを感じる。
(さっき見えたのが依頼されたところなら)
一刻を争う事態だろう。急いで寮部屋まで戻ると、素早く着替えて寮を出た。エントランスを通ったときに管理人が何か言っていたような気がするが、依頼のことに集中していたおれの耳には届かない。
走って長いアプローチを抜け、門の外へ。
緑の煉瓦屋根が目印の小さなガゼボのような建物――移動ボックスと呼ばれている――まで来ると、スイングドアを開いて移動の陣に飛び乗った。
一瞬で麓の街へ出て、再び移動ボックスを探す。大きな街には、他の大きな街へ移動できる陣があるのだ。少し迷ってようやく緑の屋根を見つけたおれは、文字盤を操作してテオのいる街へ移動した。《なんでも屋》に走って向かい、見慣れた緑のドアを開く。カウンターの向こうにいたテオが振り返った。灰色の目が大きく見開かれる。
「リュエル、」
「依頼場所に急ぐぞ」
「、おうっ」
そうして、今度は並んで移動の陣へ向かった。小走りのテオが窺うようにこちらを見やる。
「学問所はいいのか?」
「なんとかなるだろ。それより、これから向かう場所だ。山が崩れてるのが見えた。精靈たちが怒ってる」
「ああ…。なんかスゲー資源が採れるのがわかったとかで、採掘が始まったらしい。いきなり山を切り拓いて、反対してた住民も多いらしいんだ」
前の村長が亡くなり、新たに村長となった者が強行したらしい。村人たちは賛成派と反対派に別れて争うようになり、いざこざが絶えなかった。そのようなエネルギーは、精靈たちがもっとも嫌うものだ。
「それで精靈たちが、争いの元凶を潰した…」
「山を切り拓かれたことに怒ったんじゃないのか?」
「それも嫌だっただろうけど、争いのエネルギーも耐えがたいんだ」
話しながら移動ボックスに辿り着いたおれは、そこにいた人物にギョッとして後ろに下がる。
「……ラルジュ」
「君が私服で寮から走り出て行くのを目撃した人がいてね。もしかしたらと思ったんだ」
テオはラルジュがフィーデルの生徒であることを知っていたのかもしれない。おどおどと、おれとラルジュの顔を見ている。
「テオ、行くぞ」
「お、おう…」
今まさに起こっている不調和を、おれは無視できない。ラルジュからすっと視線を外し、移動ボックスへ入る。隣に並んだラルジュに、かすかに眉根が寄った。
「俺は君の護衛だからね」
「……そうかよ」
「よしっ、移動するからな」
文字盤を操作したテオが陣に入って、三人で依頼場所近くの町へ出た。そこから、テオの案内で黙々と田舎道を歩く。無心で足を進めていたところ、テオが口を開いた。
「カムナギが来ないってんで、リュエルに手紙書いたんだ。なんか放っといたらヤバそうな感じだし…。だけどこういうのって、あんまり引き受けないほうがいいのか」
テオはラルジュを窺いつつ、こちらを向いている。おれは前を向いたまま、淡々と答えた。
「これまで通り、テオが引き受けたほうがいいと思ったら受けてくれ」
「……おう。そのときは、また手紙書くな」
そうして辿り着いた現場は、頭に浮かんだ通りの場所だった。ギスギスした感じで、トゲトゲしたエネルギーに満ちており、不快感に襲われる。
「あっ、来てくれたぞ!」
「“ウタ紡ぎ” さんかい?」
「こっちだ、あの山を見てくれ!!」
わっと住人たちが寄って来て、あれよと言う間に山へと連行される。中には包帯を巻いている人などもいて、彼らの間で起こった諍いは、おれが地元でたまにしていた喧嘩のようなちょっとしたものではないのだなと思わされた。
「反対派のやつら、追い出してやった!」
「こんなんじゃもうできねえって、出てったぜ」
「ハンッ、清々したわい」
彼らの話題は出て行った反対派のことばかりだ。これまでの鬱憤を吐きだすように、感情的に言い募る。
おれはおもむろに足を止めた。周りを囲んでいた村人たちも気づいて立ち止まる。テオはおれの心情を察したようで、苦しそうに眉根を寄せて口を開いた。
「リュエル、」
「あんたたちは、ウタを紡いでどうしてほしいんだ?」
俯いたまま、堪えきれずに言っていた。
「どうってそりゃ…、やっと反対派がいなくなったから、今後はまた昔みたいに…」
「採掘の話が出るまでは、穏やかでいい所だったんだ」
「んだ。今時期には、この山も綺麗に色づいてたはずだしな」
そこでようやく、村人たちは我に返ったようだった。
「山が切り拓かれるって頃、カムナギに依頼したんだ。けど、来てくれなくてよ」
「こんなことになって、恐ろしくてな。また頼んだが、やっぱり来ない」
山や精靈たちのことを思っていたはずなのに、どうしていいのかわからなくて、何かせずにはいられなくて。気付けば恐怖や不安から逃れるように、反対派への抗議を行っていた。それがエスカレートして、この様だ。
「俺らは、また穏やかに暮らしたいだよ」
「ここでの暮らしが気に入ってたんだ」
「山々の表情も豊かでな」
村人たちの気持ちが落ち着いて、ようやくおれも息を吐くことができた。
「そのことを精靈たちに伝える。あんたらも、その思いでいてくれ」
村人たちが頷くのを見て、崩れた山に近づいた。
そっとしゃがんで土砂に触れる。そうして目を閉じ、精靈たちの心に寄り添った。
たくさんの痛みを感じる。悲しみを感じる。苦しみを感じる。それでも彼らがここにいるのは、彼らもこの山での暮らしが気に入っていたからだ。
(思いは同じだ)
光のように浮かんだ音を紡ぐ。これから先も、ここで豊かな暮らしができるように。美しい自然が蘇るように。精靈たちがいれば、それができる。
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※なるべくさくさく更新したい。
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